挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

四章 トゥーラの近衛兵入隊

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

61/249

61話

 夜。
 トゥーラはセーブポイントのそばで、うつぶせに倒れていた。

 王都西。
 一陣の風が吹き抜ける、丘陵地帯。
 このあたりは草原だ。
 寝転がっていると、ひんやりとした草の感触と、みずみずしい青い香りがする。

 トゥーラはしかし、なにも感じていなかった。
 セーブポイントのそばに倒れて、動かない。
 たまにビクンと体がはねるので生きてはいるのだろう。


 トゥーラのそばには、一人の少女がいた。
 白い毛並みの猫獣人、ブランだ。

 ブランはしゃがみこんで、トゥーラを見ている。
 表情らしきものは浮かんでいない。
 彼女は普段から無表情なのだ。

 しかし――
 ブランが、頭の上部にある耳をピクリと動かして、立ち上がる。
 そして。


「……パパだ」


 嬉しそうに、つぶやいた。
 その声を聞いたとたん。
 トゥーラは慌てて立ち上がり、周囲を見回す。

 そして遠くから歩いてくるアレクを発見すると――
 猛烈な勢いで、駆けだした。


「教官どのおおおおおおおお!」


 アレクの目の前で止まる。
 止まりきれずに、つんのめりそうになった。

 それを、アレクが支えて。
 笑顔で言う。


「どうされました? ダンジョンの制覇は終わりましたか?」
「な、なんっ、なん、なん……」
「落ち着いて。深呼吸をしましょう。息を吸って」
「すー」
「吐いて」
「はー」
「落ち着きましたか?」
「教官どの!」
「なんでしょう」
「あ、あのダンジョン、なんなのでありますか!?」


 ビシッ、と後方を指さす。
 そこにあるのは、先ほどまでトゥーラが攻略していたダンジョンだ。


 それは、草原にそびえたつ石造りの塔だ。
 周囲は広い丘陵地帯。
 およそ文明の手が入っていない、豊かな自然。

 その中にあるあからさまな人工物は、明らかに、光景から浮いている。
 けれどその塔は人工物ではない。
 少なくとも――ここ数百年、人類が一つの国家を頂くようになってから作られた代物では、絶対にない。

 塔のかたちをしたダンジョン。
 その来歴を古代文明にまでさかのぼると言われる、人類未到の建造物。
 その名を。


「なんなのかと言われましても、『剣の塔』ですが」
「そ、そうではなく……自分は塔タイプのダンジョンというのは、上にのぼればダンジョンマスターがいるものと、そう聞いていただのでありますが!」
「そうですね」
「で、でもあのダンジョン、地下にダンジョンマスターがいたのであります!」
「そうですね」
「し、知っていらしたなら、教えてほしかったのであります!」
「あの塔の、一見最上階に見えるのは、実は一番低い階なのですよ。あれは『巨人が地面に突き立てた剣』という与太話のあるダンジョンでして、逆なのです。上下がね」
「知ってたなら……教えて、くださっても……自分、たくさん死にながら、ようやく最上階に着いたと思ったらなにもなくて……いくら探しても、ダンジョンマスターの部屋みたいなものも、なくて、何周も、何周も、全部の階を、回って、死んで、死んで、死んで……」
「……」
「あるかも、わからない、場所を、探すのに、心が、折れそうでっ……なんども、なんども、帰りたいって、ずっと、ずっと……」


 トゥーラは涙をボロボロとこぼし始める。
 アレクは、優しく微笑んで、告げた。


「でも、たくさん雑魚を狩れたでしょう?」
「…………」
「宝箱も、いっぱいありましたよね」
「………………」
「なにより、マップを埋めることができたのは、大変いいことです。空白部分があると、気になって仕方ないですからね」
「……………………」
「よかったですね。ダンジョンを味わい尽くせましたよ」
「あ、あの、教官どの……ダンジョンを味わい尽くす過程で、自分自身がモンスターに味わい尽くされてしまったのでありますが……」
「大丈夫。あなたは今、生きていますよ」
「……」
「それに、強くなっています」
「…………」
「『生きていること』『強くなるという目的を達成できていること』。それ以外に、なにか重要なことは、ありますか?」


 笑顔で、首をかしげた。
 その表情は。
 本当に、他の問題点を想定できていない様子で。

 言葉にならない。
 たしかに理屈で言えばそうなのだけれど、人には理屈以上に大事なものがあるはずなのだ。
 たとえばそう、心とか。

 でも、アレクに言っても無意味だろうなというのは、もうトゥーラもわかっていた。
 彼を人と思ってはならない。
 人に協力的なモンスターだと思った方がいい。
 数日間の修行でトゥーラが得た一番の気付きが、それだった。

 だからトゥーラは。
 死んだ目で、うなずく。


「ハイ、キョウカンドノノ、オッシャルトオリデ、アリマス」
「ご理解いただけたようでなによりです。ところで、制覇自体は完了したのですよね?」
「あ、は、はい! その、攻撃が通らなくて難渋したりもしたのでありますが……」
「攻撃力を上げる修行はまだでしたからね」
「でも、何度も死んでいるうちに、敵がだんだん弱くなっていくのが、すごく快適でありました」
「そうでしょうそうでしょう。死を乗り越えたようですね」
「はい!」
「そのうち、ちょっと遠出する時には家でセーブしておいて、『帰る時は死ぬか』などと考えるようになりますよ」
「そこまでいったら人として末期だと思うので、踏みとどまるよう努力するのであります」
「まあ、そうですね。死を乗り越えることと、死に癖がつくことは、また別ですので」
「死に癖というのも壮絶な……」


 脱臼じゃあるまいし。
 そんなもの癖になるほど体験したくはなかった。

 アレクは。
 笑顔で言う。



「これであなたを、女王陛下のもとへ帰すことができます」



 なにげなく、言われた言葉。
 たぶん、この時初めて、トゥーラは達成感を覚えた。

 ダンジョン制覇も、達成感を覚えるべき偉業のはずだが……
 死にすぎていたせいか、なんだかまだ制覇完了していないように錯覚してしまう。
 もう一度ダンジョンに入ったらまたダンジョンマスターがいるんじゃないかという思いこみ。

 でも。
 そうだ、修行の目的は、達成した。

 トゥーラは目に涙を浮かべる。
 そして、うわずった声で言った。


「ようやく……ようやく、帰れるのでありますな……」
「そうですね。まあ、実家に、ではありませんけれど」
「い、いえ……これでわたしも近衛兵に……」
「俺は選考基準を詳しく知らないのでなんとも申し上げられませんが……俺のもとでの修行は乗り越えたと、連絡しておきますよ。――ああ、そうだそうだ」


 アレクが、エプロンのポケットからなにかを取り出す。
 それは、不思議な光沢を放つ……仮面、だろうか。

 描かれているのは、どことなく恐ろしい、犬か、狐か、あるいはツリ目の女性。
 見たことのない意匠だ。
 トゥーラはたずねる。


「これは?」
「もともとは、ウチの宿屋で『渡すべきだ』と思った人に渡していた物です。けれど、いつの間にか修行の修了証書みたいになっていまして」
「な、なるほど?」
「ウチでお力になれる目的をすべて達成された方には、お渡ししていますよ。これを見せれば、女王陛下は『銀の狐亭』での修行が終わったと理解してくださるはずです」
「……ということは、この仮面は、狐なのでありますか?」
「そうですね。俺のいた世界の、民族工芸品です」
「故郷のものなのでありますね。今は教官どのが手ずから作成されているので?」
「いいえ。生産ラインがあります」
「…………はい?」
「と言っても月に五個ぐらいのペースですけれどね。まあ、ともかく、お持ちください。近衛兵になった方は、みなさんお持ちですよ。捨てられていなければですが」
「自分は、大事にするのであります」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、作った者も喜ぶでしょう」


 にこりと笑って、礼をした。
 それにしても、とトゥーラは思う。


「ダンジョン制覇と言われた時は、どのようなつらい修行かと思っていたのでありますが……蓋を開ければ、三十数回死んだ程度でありましたな」
「よく乗り越えましたね。俺の監督がない状況では死を恐れすぎて進めないのではないかとさえ、想像していましたよ」
「……だから、教官どのは、今日の修行を監督されなかったのでありますか?」
「それもあります。もちろん、用事があったのも本当です。……修行をつけている時、俺はそばにいて、セーブもできる。でも、修行を終えたら、俺はいない」
「…………」
「修行というのは、実戦で役に立たなければ意味がありませんからね。俺がいなくても前に進めるように。セーブのない状況で、死の気配をきちんと感じられるように。そして――」
「そして?」
「……悲しいことではありますが、生きていれば、命を懸けなければならない時もあります」


 笑顔。
 だけれど、どこか悲しそうに。
 なにかを悼むような顔で、アレクは言った。


「命を懸けねばならない時に、怖じ気づいてしまわぬように。自己を守る本能に負けて、人として大事なものを失うことがないように。……俺は、あなたにそういう人になってほしいと、願っていますよ」
「……はい。教官どののお言葉、胸に刻むのであります」
「でも、死なないのが一番ですよ。命は大事にしなければいけませんからね」
「…………申し訳ないであります。教官どののそのお言葉が、まったく胸に響かないであります」
「では、行きますか」
「…………どこへ?」


 また修業かと思い、警戒する。
 でも、アレクが言ったのは。


「王宮ですよ」
「……お、王宮?」
「いえ、だって、普通に手続きを踏んだら、明日までに女王陛下に拝謁できないでしょう?」
「……それは……それは、そうでありますが」
「そうなると、近衛兵にもなれず、陛下を守るというあなたの目的が達成できません。ですから今のうちに行きましょう。……心配事もありますし」
「しかし、どのように?」
「直接お部屋にうかがってしまえばいいのですよ」
「はい?」


 また意味のわからないことを言い出した。
 トゥーラは首をかしげる。

 アレクは。
 笑ったまま、言った。


「王宮に入って、お部屋まで行き、扉をノックして、中に入り、女王陛下に会えばいいのです。まあ、誰にも見つかってはいけませんけれど。見つかったら、例の予告を出した犯人と勘違いされて、獄につながれたり、その場で殺されたりするかもしれませんからね」


 なにを言っているのか理解できない。
 厳重な王宮の警備を知らないのだろうか。
 トゥーラは絶句する。


「では、行きますか」


 彼は、にこりと笑って、話を進める。
 トゥーラは。
 獄につながれるかも、とか。
 その場で殺されるかも、とか。
 そんな心配で心がつぶれそうで。



「…………おうち、おうち、かえ、かえ、かえっ……」



 お父さんとお母さんに、会いたくなった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ