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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

四章 トゥーラの近衛兵入隊

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60話

 翌日。
 アレクは一度ダンジョンまでトゥーラを送り、王都に戻った。
 セーブポイントそばには、見張りとして娘のように扱っている奴隷の、ブランを残してある。




 彼はどこかを目指して目抜き通りを進んでいる。
 しばし歩いて、大きな建物の前で足を止めた。
 綺麗な石造りの、三階建ての物件。
 大きく開け放たれた入口には、花が飾られ、綺麗な身なりのボーイが立っていた。

 看板がある。
 そこには、こう書かれていた。



『翡翠のゆりかご亭』



 それは、街で一番高級と言われる宿屋の名称だ。
 宿屋へ入る。

 ぴかぴかに磨かれた、美しい石でできた受付カウンター。
 広い廊下。
 精緻な技巧を感じさせる、活け花。
 敷かれた朱色の絨毯の上を、アレクは歩いていく。

 目指す場所は最上階だ。
 そこにいる人物の気配を、アレクはとっくに捉えている。


 その部屋。
『支配人室』というプレートのあるドアを、アレクはノックした。


 しばし間があって。
 ガチャリ、と分厚い扉が開く。

 出迎えてくれたのは、メイド服を着て、メガネをかけた理知的な女性だ。
 種族はエルフ。
 手袋や襟巻きなどで、極度に肌を隠していた。

 メイドは。
 アレクを見て、おどろいたように目を丸くする。
 しかし、すぐさま居住まいを正して。


「あらあら、ようこそ、いらっしゃいました」


 まるで主を出迎えるように、深々と礼をする。
 そして、恭しく扉を開き、中へと招き入れた。


 内部は応接室のような空間だ。
 まずは部屋の中央。ローテーブルに、対面式のソファが見える。

 天井にはシャンデリア。
 床には、やはり絨毯が敷かれている。

 どこをとっても高級そうな部屋。
 奥にある、部屋の主のものとおぼしき、重厚な執務机。
 そこには人間の少女が座っていた。


 髪はきらびやかな黄金。
 ゆるく毛先をカールさせているので、ふわりと髪がふくらんで見える。
 まるで獅子のたてがみだ。

 気の強そうな面立ち。
 やや幼さを残しているせいで、生意気そうな印象にも映るだろう。
 ただ、顔立ちの幼い印象をくつがえすように、その人物は派手に胸元の開いたドレスを身にまとっていた。


 金髪の少女は。
 入って来たアレクを見て、執務机を叩いて立ち上がる。


「ど、どうしたのよ急に来るなんて!」


 おどろき、喜んでいる様子だった。
 アレクは彼女の正面まで、歩いてから、言う。


「久しぶりですね。ブリジット」
「そうよ! だってあなた、用事がある時しかうちにこないじゃない!」
「俺の方も宿屋の仕事があるもので」
「お金ならあたしが稼いであげるってば!」
「いいえ、お金より大事なことがありますから。それより、申し訳ないのですが、また用事があって来ました」
「どういう用件かしら? 宿屋主人として?」
「いいえ。もう一つの顔です」
「ああ、やっぱりそっちなのね。ロクな話じゃなさそうだわ。――クロエ、お茶を淹れなさい」


 ブリジットがメイドのクロエに命じる。
 クロエは、恭しく礼をして、部屋の奥にある扉から出て行った。
 そちらに給湯室のようなものがあるのだろうか。

 ブリジットは大きな執務椅子に座る。
 体をめいっぱいあずけて、天井を見ながら、言った。


「それで、どういうご用件かしら」
「『銀の狐団』を名乗る集団が、女王陛下に殺害予告を出したようです」
「……最近、多くない? 昔を思い起こす事件をよく聞くわ」
「そうですね。『狐』にまつわる事件。『はいいろ』にまつわる事件。そして、今度は『銀の狐団』にまつわる事件が起きようとしています。……近頃は、短い期間で頻発しすぎです」
「……」
「各々の事件の実行犯とは別に、教唆犯がいる可能性が高いように、俺には思えます。ひょっとすると俺の捜し人が見つかる時も、近いかもしれません」
「……ともかく、あたしはその殺害予告をした『銀の狐団』について調べればいいのかしら?」
「ええ、お願いします」
「ふん、三日もあれば全部調べ尽くしてみせるわ。このあたし、ブリジット様の有能さをとくとごらんくださいな」
「いえ、今日中にお願いします。襲撃予告日が、もう明日なので」
「……ねえ、さらっと無茶ぶりするその癖、いい加減にしない?」
「他者になにかを頼む時、無茶をさせたことはありませんよ」
「はん、うまいこと言っちゃって。あたしの能力ならできるって信じてるわけね? いいわ、そういうの燃えるから。望み通り半日で情報を手に入れてあげましょ。その代わり無茶じゃなくても全力を要求するんだから、それなりの報酬はもらうわよ」
「かまいませんよ。望みを言ってください」
「ヨミを捨ててあたしと結婚なさい」
「あなたにお願いをすることは、今後ないでしょう」
「あーあーあーあー! 待って! 冗談! 冗談だから!」
「言っていい冗談と悪い冗談がありますよ」
「あんたのとこの良すぎる夫婦仲の方が、あたしにとっては悪い冗談よ」
「良すぎる夫婦仲といえば、このあいだ結婚記念日でしてね。仕事が忙しかったので旅行とまではいきませんでしたが、ささやかなお祝いを――」
「紅茶が来てからにしてくれるかしら? あなたの甘いのろけ話は、砂糖の節約になりそうだわ」
「いえ、紅茶が来る前に、おいとましますよ」


 アレクがきびすを返す。
 その背中に、ブリジットが声をかけた。


「報酬! まだ言ってないんだけど」
「……そうでしたね。それで?」
「今度、トイレの改築をするから、設計指示をお願いするわ」
「それぐらいならば、喜んで。例のスライム式でよろしいですか?」
「試験的に導入したら好評だったからね。まあ、本当はベッドを作ってもらいたいんだけど」
「この宿のすべての部屋にスプリングベッドを作るのは、少々手間ですね」
「ちなみに一台のベッドを作るのにどのぐらいかかるの?」
「ひと月かかりました。今ならもう少し早くできるかもしれません。まだまだ、工業系はライン化するのが難しいですね。大型機械があれば楽なのですが」
「『元いた世界』の話ね? 信じられないわ。あんな手間暇かかるものが大量生産されていただなんて」
「この世界に長くいると、俺もそんなような気がしますよ。どちらの世界が本当で、どちらの世界が夢なのか。……両方とも、俺にしてみれば現実のはずですが。あるいはどちらも、夢なのかも」
「ふぅん。あたしにはわからない感覚ね」
「そうかもしれません。……では、調査をお願いしましたよ」


 その言葉に――
 ブリジットが立ち上がり、恭しく、礼をする。
 そして。



「おまかせください、クランマスター。我ら『銀の狐団』は、偽物を決して許しません」



 まるで王に忠誠を誓う騎士のように。
 静かな声で、御意を述べた。
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