挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

四章 トゥーラの近衛兵入隊

53/249

53話

「あたくしの直属になりたいのかしらあ? そうしたら、『銀の狐亭』っていう宿屋で修行をつけてもらってきなさあい?」


 という女王陛下の勅命により。
 トゥーラは『銀の狐亭』という宿屋に来ていた。

 街は夕方の光に照らされてオレンジ色に染まっている。
 まだまだ暗いとまではいかない時刻。
 だというのに、裏通りにある『銀の狐亭』は、早くもおどろおどろしい雰囲気が漂っていた。

 建物がおんぼろなせいだろう。
 二階建て。
 宿屋にしては狭い造り。

 トゥーラは教えてもらった住所が本当にここなのか不安になった。
 とてもじゃないが、女王陛下の近衛兵になるために修行する場所には、見えない。
 それに、裏通りは少し怖い。


 トゥーラは育ちのいい少女だった。
 長い黒髪。
 スレンダーな体つきを包むのは、革製の軽装鎧。
 武器は、自前のロングソード。
 いつか近衛兵の鎧に身を包み、女王陛下から剣を賜るのが夢だ。

 まだまだ幼さはあるものの、将来はきっと美人になるであろう、人間の少女。
 女王陛下の直属になろうというだけあって、家柄もいい。

 だから街の裏通りなど、入ったこともなかったし。
 まさか入ることになるなどと、思ったことさえなかった。


 ともかく、入口を前に止まっていても仕方がない。
 トゥーラは意を決して宿の中へと足を踏み入れた。



「いらっしゃいませ。ようこそ『銀の狐亭』へ」



 迎え入れてくれたのは、受付カウンターにいた男性だ。
 相手が異性というだけで、緊張する。
 ずっと箱入りで育ったトゥーラは、あまり異性と接する機会かなかったのだ。

 ゴクリ、と唾をのみこむ。
 そして敬礼。
 あらかじめ決めておいたあいさつをする。


「おはようございます!」
「もう夕方ですが」
「自分は女王陛下より勅命を賜り、この宿に修行をつけていただきに来た、トゥーラ・マカライネンであります!」
「ああ、はいはい。ルクレチア様からのご紹介ですね。ご利用ありがとうございます」
「つきましては、教官どのにお目通り願いたいのであります!」
「俺です。アレクサンダーと申します」
「ご紹介をお願いいたします!」
「だから俺です。アレク、もしくはアレックスとお呼びください」
「あなたが教官どのでありますか!」
「そうですね。一応、そういうことになっています。まあ、本業はごらんの通り宿屋の主人ですけれど。女王陛下からは信頼していただいて、今でも時々、新兵の訓練をさせていただいておりますよ」


 にこり、と笑う。
 トゥーラは安心した。

 女王陛下直属の部隊は、エリート集団だ。
 簡単には所属できない。
 なにより、部隊に所属する兵士たちの異常な強さを、トゥーラは目の当たりにしている。

 なので、どのような鬼教官のもとへ派遣されるのかと心配していた。
 でも、どうやら教官は、この優しそうな、年上の男性らしい。
 トゥーラはやや緊張を解く。


「あ、自分は、えっと、トゥーラ・マカライネンであります」
「先ほどうかがいました。そして、先ほど言いましたが、聞いていないといけないのでもう一度自己紹介を。俺は、アレクサンダーです。アレク、もしくはアレックスと呼んでくださいね」
「はい、教官どの」
「……それで、修行のプランについてはなにかありますか?」
「いえ、なにも聞いていないのであります」
「じゃあいつものでいいのかな。ええと、兵隊さんは冒険者のようにレベルで強さを測ったりはしないのでしょうけれど、うちは基本、冒険者さんを相手に商売していますので、強さの基準はレベルで表現します」
「はい」
「それで、現在のあなたのレベルは、俺が見立てたところ、十五です」
「は、はい……見ただけでわかるものなのでありますか?」
「ステータスが見えますから」
「はい?」
「俺の世界の言葉です。……それで、あなたのレベルを、近衛兵の平均値である、六十まで上げます」
「……ええと、自分はレベル制についてさほど詳しいわけではないのでありますが、冒険者の方々は『一人前』でもレベル三十程度だという話を聞いているのであります」
「そのようですね」
「そして、一人前になるには数年が必要だとも」
「そのようですね」
「……ここでの修行は、何年も行なわれるのでありますか?」
「いいえ、一週間です」
「………………ええと、自分、頭が悪いので、確認させていただいても?」
「どうぞ」
「通常の冒険者が何年もかけてたどり着くレベルに、一週間でたどり着けと、そういうことで間違いないのでありますか?」
「たどり着きますよ。大丈夫です。命懸けならね」


 にこにこ。
 優しそうに笑ったまま、アレクは言う。

 トゥーラは首をかしげた。
 この人は、きっと、優しい人なのだと思う。
 でもなにか今、とてつもない鬼畜発言をしなかっただろうか?

 ……いいや、きっと気のせいだろう、とトゥーラは結論した。
 軍属ではないとはいえ、彼は教官だ。
 教官を鬼畜などと、そのように思うことはあってはならない。

 トゥーラは。
 改めて姿勢を正した。


「では早速、訓練をお願いするであります」
「いえ、今日はもう遅いので、明日からにしましょう。あなたの目標はあと四十五レベルですから急ぐ必要もありませんしね」
「はい?」
「はい?」
「……えっと、急ぐ必要はないのでありますか?」
「はい」
「きょ、教官どのは画期的な修行法を考案されておいでなのですね……」
「そうですねえ、画期的といえば、そうなのかな。俺の世界では誰でも思いつくような、普通のことしかやっていないつもりですけれど。この世界では珍しいみたいですね」


 この世界。
 トゥーラは、ルクレチアから聞かされた話を思い出す。
 なんでも『銀の狐亭』の経営者は、異世界から来た者だとか。

 聞いた当時はなんらかの比喩だと思っていたが……
 本当だったりして、と冗談みたいな想像をしてみる。

 それにしても、『異世界風』の修行。
 どのようなものなのか、不安もあった。
 なので、トゥーラはたずねる。


「教官どの、よろしければ、明日からの修行内容をおたずねしてもよろしいでありましょうか」
「はい、かまいませんよ」
「明日はどのようなことを?」
「そうですね。明日は基礎訓練で、みなさんやっていることですが、体力作りと、体の丈夫さを鍛えていただきます」
「具体的には?」
「断崖絶壁から飛び降り、豆を食べていただきます」
「はい?」
「はい?」
「……えっ、えっ、えっと、か、画期的な、修行……修行? なのであります、か?」
「修行ですよ。他のなにに聞こえます?」


 殺人に聞こえました。
 という発言を、トゥーラは飲みこむ。

 なんらかの比喩かもしれない。
 比喩以外のはずがない。

 飛び降りるというのはまあ、壁面での行動訓練だろうけれど。
 豆を食べるというのは、比喩以外の解釈のしようがない。


 トゥーラはちょっとひるむ。
 でも、次のスケジュールをたずねた。


「その翌日は、なにをするのでありましょうか?」
「近衛騎士のみなさんに、決まって行っていただいているダンジョンがあるので、そこに」
「なるほど。ダンジョンでありますね。たしかに冒険者の方々はモンスターとの戦いで屈強な肉体を手に入れている様子。そこでの実戦により、戦闘能力を上昇させるというわけでありますか」
「いいえ、戦いはしない方がよろしいかと」
「どういうことでありますか?」
「挑んでいただくのは、レベル二百のダンジョンです」
「…………自分、頭が悪い……いや、耳が悪いのでありましょうか? ちょっと、意味が」
「『立ち入り禁止』のダンジョンでして、まあ、制覇してしまってもいいのですが、せっかくなので修行に利用させてもらっています」
「ちなみに、どのような修行でありましょう?」
「要人警護がお仕事のみなさんですからね。気配をうまく消して風景に溶け込み、要人に影のごとく付き従う術を学んでいただくための訓練です」
「具体的には?」
「ダンジョンの一番奥に、あるアイテムを置いておきますので、それをとって帰ってきていただくというものです。なお、モンスターに察知されると死にます」
「はい?」
「はい?」
「……えっ、うぇっ、か、か、画期的……? な、自殺……? でありますか?」
「修行ですよ。自殺に聞こえましたか?」


 自殺の他にどう解釈すればいいのだろう。
 トゥーラはだんだん頭がぼんやりしてきた。


「そ、そ、そ、そ、その、よ、翌日、は、ど、ど、どんな、自殺、を」
「修行の言い間違いですか?」
「そ、そう、そうで、あります……たぶん……」
「修行と自殺を言い間違えるだなんて、面白い方ですね」
「は、はは、ははは……じ、自分は、真面目だけが、取り柄でありまして……面白いなどと、言われたのは、初めてで……」
「まあ、ともかく。次の修行は、いよいよ本格的です。前二つのぬるい修行に比べれば、少々難易度は上がるかもしれませんが」
「……申し訳ないのでありますが、教官どのは『ぬるい』という言葉をどのような意味で使われているのでありましょうか」
「え? それはもちろん、『お湯の温度が低い』とか『難易度が低く物足りない』とか、そういう意味で使用していますが、なにか?」
「……なんだか自分、教官どのの言葉を、間違って聞いているようであります。初日が絶壁から飛び降り豆を食べる、二日目がモンスターに察知されたら死ぬダンジョンを往復する、で間違っていないでありましょうか?」
「はい」
「……なるほど」


 どうやら耳も頭も正常だったらしい。
 ということは、教官の頭が正常ではないのだろうか。

 ……いや、とトゥーラは首を横に振る。
 きっとなにかの比喩だ。
 そうに違いない。
 だってどう聞いたって死ぬもの。

 足がいつの間にか震えだしているけれど。
 トゥーラは、勇気を出して、たずねる。


「そ、それで、詳しい、修行内容などは……?」
「近衛兵のみなさんのお仕事は要人警護ですからね。敵対する相手がいた時、対象は人であることが多くなるかと思われます」
「そうでありますな。教官どののおっしゃる通りであります」
「なので、手加減の方法を覚えなければいけません。たとえばあなたがルクレチア様を守っているとしましょう。不届きにも、ルクレチア様に害を為す何者かが現れた。そんな時、そいつを殺してしまっては、背後にあるかもしれない組織などの情報を引き出せない。それは困りますよね」
「おっしゃる通りであります」
「それ以前に、人を殺すのは、よくないことです。この世に生まれた命は、大切にしなければなりませんよね」
「はい?」
「はい?」
「……あ、いえ。続けてください」
「そうですか? では……そこであなたに挑んでいただくのは、『入門者の洞窟』です」
「たしか……冒険者なりたての人が、実際のモンスターの強さを体験するため利用するダンジョンでありましたか?」
「そうですね」
「急に難易度が下がったような気が」
「いいえ」
「いいえ?」
「はい。そのダンジョンでやっていただきたいことは、『すべてのモンスターのHPを1にする』という修行です」
「…………ええと」
「全部のモンスターを、かすり傷一つで死ぬような、瀕死の状態にしてください」
「……すべて?」
「『入門者の洞窟』には、最大で五百匹のモンスターが出るとされています」
「……五百匹?」
「はい。あ、大丈夫ですよ。『入門者の洞窟』にいらっしゃるみなさんは、俺が修行に使おうとすると、利用をやめてくださいますからね。気を遣わせてしまって申し訳ない限りですが、冒険者のみなさんの温かい心遣いに感謝をして、修行をさせていただきましょう」
「い、いえ、その、大丈夫という言葉の意味が……」
「『大丈夫』というのは、『安心』『安全』『心配するほどのことはない』という意味です」
「…………」
「あなたの攻撃力は上げないでおきますので、三日ほどで終わることができると思いますよ。終わるまで、ダンジョンからは、一歩も出ないでいただきますが」


 にこにこ。
 アレクは笑って言う。

 トゥーラはまじまじと彼を見ることしかできない。
 なんだろうこのひと。
 よくわからないこといってる。

 トゥーラの中で、アレクの印象は、おおよそ『人』ではない。
 初めて見た不思議な生き物という印象だった。

 アレクは。
 笑ったまま、続ける。


「そして、最後の修行ですが――」


 トゥーラは引きつった笑いを浮かべる。
 そして。


「どうにも来る場所を間違えたようであります! 失礼するであります!」


 逃げた。

 きっとなにかの間違いに決まっている。
 だって、修行、全部、死ぬ。
 だから女王陛下にもう一度修行場の場所を確認するべく、王城へと走った。


 ――もちろん。
 ルクレチア女王が修行場として紹介した宿は、アレクの経営する『銀の狐亭』で間違いなく。
 トゥーラは深夜にすごすご帰ってくる羽目になるのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ