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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

三章 ホーの借金返済

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45話

「このダンジョンはなにも身につけないで入った方がいい場所です」


 ――翌朝。
 本当にギルドで受付をせずに、ホーとアレクは目的のダンジョンまで来ていた。

 ホーはてぶらで、ゆするぎるワンピースのようなものしか着ていない。
 武装はアレクに何度か殺された時に、使い物にならない状態になっていたのだ。
 その代わり、アレクは大きな風呂敷を背負っていた。
 詳しい記憶はないが、嫌な予感しかしない荷物だとホーは思う。


 ここは街の北側にある、不思議な見た目のダンジョンの前だ。
 ホーの知識で『ダンジョン』といえば、だいたい洞窟を下るか、標高の高い建造物をのぼるかするものだった。

 だが、目の前のこれはなんだ。
 ただの、黒い空間。
 入口も出口も見当たらない。
 遠近感さえ一切ない。
 黒い、物質ではない球体が、山脈地帯のあいだにポツンとある。

 それが、本日アレクに連れてこられたダンジョン。
 レベル二十にして制覇者推奨の迷宮。
 その名も。


「『暗黒空間』というのが、このダンジョンの名前ですね」
「なんだと? 暗黒……空間? だいたいダンジョンの名前は『○○の洞窟』とか『○○の塔』とか『○○の園』じゃねーか? なんだよ空間って。迷宮のていをなしてねーじゃねーか」
「ですがご覧の通り、洞窟でも塔でもありません。ギリギリ『園』かもしれませんが、まあ、それよりは空間っていう感じでしょう?」
「そうだが……これ本当にダンジョンか? 黒雲の塊……いや、もっと現実味のない……」
「俺の世界で似たものを探すなら、ブラックホールですかね」
「なんだよ『俺の世界』って」
「異世界から来たもので」
「…………まあ、あんたならありえそうな話だが。つまりここはどういうダンジョンなんだ? あとなにも身につけない方がいいってのはどういう冗談なんだ?」
「ダンジョンの危険度を判断する目安は大きく三つあります。『敵の強さ』『構造の複雑さ』『トラップの多さ』。この三つです」
「なんだ急に」
「『敵の強さ』はご存じの通りですね。『構造の複雑さ』も、過去の膨大なデータから判断してどの程度迷いそうなダンジョンか判断します。『トラップの多さ』は、正確に申し上げれば『調査担当者が通った道にどの程度の割合でトラップが仕掛けられているか』です」
「……ババアのとこに住んでた時に、そのへんの話は腐るほど聞いてるよ」
「そうですね。このあたりはさらに細分化して基準が設けられていますが、五十年前から今まではこの三つの基準でだいたいダンジョンレベルが正確に測れました」
「そうだな」
「ところが、四つ目の基準が最近出て来たのです」
「四つ目?」
「まだ名称はついていませんが、つけるならば、『ダンジョンの構成素材』でしょうか」
「構成素材ねえ」
「最近……とは言ってももう十年近く前になりますが……発見されたダンジョンに『魔術師殺しの洞窟』というものがございます。これは、ダンジョン自体が内部の者の魔力を吸い取るという素材でできておりまして、レベル以上の難易度を誇っておりました」
「ダンジョン自体が魔力を吸収とかやべーな」
「はい。この『ダンジョンを構成する物質自体に危険性があるタイプ』は、危険回避の方法がありません。ありていに申し上げて、どうしようもないのです」
「じゃあまだ制覇されてねーのか」
「いえ。クーさんから直接依頼されて、俺が制覇しておきました」
「どうにかなってるじゃねーか」
「そうですね。死にながら挑めばどうにかなります」
「……」


 嫌な予感がした。
 今されてるのはまったく関係ない話ではない。
 なぜ今、『ダンジョンの構成素材』の話なんかしているのか。
 ホーは暗い気持ちで続きを促す。


「……それで?」
「『暗黒空間』も、ダンジョンの構成素材自体が危険なタイプのダンジョンです」
「魔力吸収か?」
「いえ」
「……じゃあ、このダンジョンの危険性は?」
「身につけたものがどんどん重くなっていきます」
「……身につけたものって?」
「武器、防具、服、その他装飾品、とにかく自分の体以外のすべてです」
「…………具体的にはどのぐらい重くなるんだ?」
「情報によりますと、十分で倍になり、二十分で四倍になり、三十分で八倍になります。その後も倍々のようです。ダンジョンから出ればもとの重さに戻るようですが」
「あんたは入ったことあんのか?」
「この手の危険度が測りにくいダンジョンは、一通り依頼を受けて調査しています。ですが、俺は腕力が強いので、あまり実感はありませんでした」
「素手でプレイトメイルぶち抜くからな……」


 ホーは平たい胸をさすった。
 まだ穴があるような気がする。

 アレクは。
 笑う。


「鎧については、弁償させていただきましたよ」
「ああ……助かる…………ん? 今、『ました』って言わなかったか?」」
「ということで、あなたの今日のお仕事は、このダンジョンの制覇です」
「あ、ああ……話を整理させてくれ」
「どうぞ」
「つまりあんたは、装備なしでダンジョンマスター倒せって言ってるわけだ」
「武器なしで、ですね」
「どう違うんだよ……どのみち無理だろ」
「そうですね。あなたの命が一つしかないなら」
「こわいよお……やだよお……らんぼうなの、やだよお」
「安心してください。セーブできますから」
「でも、きのう、しなないかもって、いってたもん。しなないかもって、しぬか、びみょうだってホーはきいたもん」
「そうですね。このダンジョンの一番簡単な攻略法をお教えしますと、裸でダンジョンマスターの部屋に直行することです。以前調査した際に俺が描いた地図もありますので、渡しておきます」


 はい、と手渡される、丸められた羊皮紙。
 どうやらエプロンのポケットに入れていたようだ。

 ホーはそれを見る。
 そして、首をかしげた。


「……なんだこりゃ。隠し部屋はあるけどほとんど一本道じゃねーか」
「そうですね。地図の正確性には自信がありますよ。マッピングはハック&スラッシュの醍醐味の一つですからね」
「端っこにかわいいイラスト描いたのもアレクさんか?」
「それは娘……ではなく奴隷の双子が。まだ今より幼いころに描いたんですけどね、この二つ並んだ丸い顔、わかります? 俺と妻なんですよ。ほら、お父さんとお母さんって。嬉しくてねえ。十枚ほど複製しちゃいました」
「のろけ話はあとにしてくれ……じゃあ、なんだ、ひょっとしてあたしの金策のために、修行にかこつけてサービスしてくれたってことか?」
「えっ?」
「……だって、正確なマップがあって、ほとんど一本道で、ダンジョンマスターを倒すための一番簡単な攻略法が、裸でダンジョンマスターの部屋に直行だろ? ……そりゃあ、一発でダンジョンマスターに勝てるとは思わねーけどさ。死んでもロードさせてくれるんだろ?」
「はい。何度だってロードしていただいて結構ですよ」
「だったら楽勝じゃねーか」
「そうですね。ダンジョンマスターを倒すだけなら」
「………………は?」
「あなたの今日のお仕事は、ダンジョンの制覇です」
「あ、ああ、そう聞いた」
「でも、あなたの今日の修行は、別にあります」


 ホーは首を何度も横に振った。
 震えた声で言う。


「やだ。やだ」
「まだなにも説明してませんよ」
「そ、そうだな。まだ夢を捨てるには早いよな」
「夢?」
「いや……で、なんだ。修行はなにをすればいい」
「ホーさんは、ご自身の運勢をどう思いますか?」
「現状だけで言うなら最悪かな」
「ああ、ならよかった」
「よくねーだろ」
「いえ、あまり運がいいと修行にならないんですよね」
「……どういうことだ?」
「このダンジョンには、希にレアモンスターが出ます」
「……レアモンスター?」
「弱いのに、狩ると不思議なほど強くなれるモンスターです。俺が以前調査した時には、十二時間で七匹ほど出ました。まあまあの出現率ですね」
「調査で十二時間もダンジョンに篭もるのか……普通は長くたって四時間ぐれーだぞ。だからダンジョンの奥の方の地図とかガバガバになってることばっかだし」
「隠し通路を念入りに探していたらつい」
「ついじゃねーよ。……で?」
「ホーさんには、そのモンスターを三十匹狩ってもらいます」
「……十二時間で七匹出るか出ないかのモンスターを三十匹狩れと?」
「はい。あ、無視してボスに行かないでくださいね。内部の気配の動きと、出て来た時の強さで真面目にやったかどうかはわかりますから」
「無視した場合はどうなるんだ?」
「今日上がるはずだったレベルを、別の方法で補填していただくことになります。俺は可能な限り楽にレベルが上がる方法で修行をしておりますので、補填の場合、少々辛くなるかもしれません」
「……あのね、ホーね、こわいゆめをみたよ。よくわかんないまっくろなとこがあってね、そこでわらってるおにいちゃんがね」
「ホーさん?」
「ハッ!? 悪い、意識が遠のいた」
「大丈夫ですか? 体調が悪いのでしたら一度死んでいただいても……」
「『一度家で休んでもらって』みたいに言うな」
「ご説明させていただいたことは、覚えていらっしゃいますか?」
「大丈夫だ。レアモンスターを三十匹狩って、それからダンジョンマスターを倒せ、だろ?」
「はい。そのころには、ダンジョンマスターはただの雑魚になっているはずですよ」
「そのレアモンスターはそんなにすげーのか。俄然やる気が出て来た……って、それだと説明がおかしくねーか?」
「はい?」
「あんまり運がいいと修行にならねーんだろ? でも、レアモンスターを狩るのが修行の目的だったら、運はいい方が早く終わってお得だと思うんだが」
「ああ、そちらのご説明もさせていただきますね」


 アレクは。
 今までまったく話題にも出さなかった、背負って来た包みを下ろす。

 ドシン!
 ……軽そうに背負っていた包みから、してはいけない重量感のある音がした。

 ホーは頬をひくつかせて。
 問いかける。


「……それはなんだい、アレクさん」
「俺が壊してしまったフルプレイトメイルですよ。あなたの」
「なんで今ここにあるんだい?」
「弁償したと申し上げましたでしょう? ですからきちんとこうして、弁償した物を、お持ちしました」
「い、いや、まあ、そうなんだが。でも、今はいらないだろ?」
「なぜです?」
「だって、あたし、これからダンジョンに挑むじゃん?」
「ははは。妙なことをおっしゃいますね。ダンジョンに挑むのに武装は必要でしょう?」


 当たり前のことを言われた。
 この店主から、当たり前のことを。


「やだよお……こわいよお……ホーは、ぼうけんしゃやめて、おはなやさんになりたいよお……」
「はははは。そのためにも借金の返済をしなくてはですね。では、どうぞ、ここで装備していってください」
「お、おちついてよお……おもくなるって、いったじゃん……そうび、どんどんおもくなるって、いったの、ホー、きいてたよ……」
「そうですね」
「しんじゃうよお……よろいにつぶされて、しんじゃうってっばあ……」
「はい」
「はい、じゃねーよ!」
「でも、もったいないとは思いませんか?」
「なにがだよ!?」
「経験値がおいしいモンスターを狩るなら経験値ブーストをかけておきたいのが人情でしょう?」
「……人情?」


 そんなもの、アレクにあるのだろうか。
 ホーは不思議なものを見るような目で、彼を見つめる。

 彼は笑っていた。
 安心させるように。


「大丈夫。このダンジョンでここまで重武装なら、モンスターにやられて死ぬことはありません」
「さっき聞いた説明だと、このダンジョンではどんどん装備が重くなるんだよな」
「はい」
「でも、ダンジョンから出ると重さはリセットされるんだよな」
「はい」
「探索途中でダンジョンから出てもいいのか?」
「はい?」
「……駄目なのか?」
「はい。でも、セーブポイントはダンジョンの外に置いておきますよ。内部に設置すると『詰み』が発生しかねませんので」
「死んだら外に出れるってことだよな?」
「はい」
「でも、フルプレイトメイルだと、なかなか死なないんだよな?」
「はい」
「それで、十二時間で七匹ぐらいしか出ないモンスターを三十匹狩るんだよな?」
「はい。あ、装備が外れないように魔法かけておきますね」
「そんな魔法があんのか」
「入ると装備が片っ端から脱げていく、中学生のエッチな妄想みたいなダンジョンがあったので、そこの攻略に必要だったんですよ」
「……編み出したのかよ」
「そうですね。魔法局に行って、いくつか特許も取得しています」
「あたしは脱げないどんどん重くなる鎧を着て、ダンジョンを十時間以上さまようのか?」
「あなたのLUCですと四十時間ぐらいですかね」
「う、うごけなくなったら、どうしたら、いいですか……?」
「簡単です。ロードしてください。『ロードする』と宣言すれば、セーブ地点に飛びます」
「そ、そうなのか……だったら多少は安心なのかなあ……」
「その場合、一回ごとに装備が増えます」
「あ?」
「最初は胴部分、次は籠手、その次に腰当て、すね当て、とロードのたびに装備を増やしていただきます。鎧が終わったら、重りをもってきているので、それを装備していただきます」
「……」
「なるべく均一に負荷をかけないといけませんからね」


 アレクはセーブポイントを出現させる。
 ホーは何度も何度も、首を小刻みに横に振った。


「やめてよお……ひどいこと、しないでよお……」
「ははは。でも、昨日、おっしゃっていたではありませんか。死なないなら楽勝だと」
「……だって、だって……! こんなことになるなんて、おもわなかったもん……」
「大丈夫。あなたならクリアできますよ」
「……」
「さ、どうぞ。俺はここで、セーブポイントの見張りをしてますからね」


 にこにこ。
 ホーは引きつけをおこしそうになる。
 呼吸が荒くなっていく。


「あ、あのね、なし、なしっていうのは、だめ?」
「俺から一つ、アドバイスを送りましょう」
「な、なあに?」
「一見無理そうに見えることも、やってみると意外と簡単な場合もあります」
「……か、かんたんなの? このしゅぎょうも、やったら、かんたんなの?」
「簡単かどうかは主観なので、個人差があります」
「……」
「どうぞ、お確かめください。あ、内部は明かりが存在できないので、暗さにご注意を」


 アレクがダンジョンの方向を手で示す。
 笑顔で。

 ホーは悟った。
 アレクは色々と、人と違うところがあるが――
 なによりこの男には、『やめる』という選択肢が欠如している。
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