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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

二章 モリーンの『屋敷』侵入

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38話

「あの、アレク様、アンロージー様に、すさまじい謝罪をされたのですが……」


 アンロージーの屋敷を襲撃した、翌朝。
『銀の狐亭』の一階食堂には、多くのお客が集まっている。


 ……が、それにしても、普段より多すぎる。
 今日は宿泊客と従業員だけではない。
 アンロージーに曰く『亜人』と呼ばれていた少年少女たちがいるのだ。

 総勢七名。
 モリーンを含め八名。

 その子らは、アンロージーの屋敷から連れ出され、そのまま『銀の狐亭』で夜を明かした。
 そして今に至る。

 アレクは。
 カウンター内部で豆を炒りながら、たずねる。


「先ほど会ってきたんですよね」
「はあ……あなた様のおっしゃる通り、中央通りのあたりで……人が変わったかのように、深く謝罪をされましたわ。罪を着せたことを謝罪され、馬鹿にされたことを謝罪され、これからも屋敷で暮らしていいと、そのように……」
「よかったではないですか。これでようやく、念願のおうちに帰れますよ。今度は裏のない、あなたを本当の子としてかわいがってくれる方のおうちにね」
「いえ、あそこまで人が変わってしまわれると、逆に裏を疑ってしまうのですけれど」
「いいじゃないですか。いい方向で話がまとまりそうなんですから」


 アレクは笑う。
 だから、モリーンはそれ以上聞くことをやめた。

 アンロージーの人が変わった件について、たずねれば答えてくれそうな気はしたが……
 答えを聞くのは、なんとなく怖ろしかった。


「……とにかく、感謝をいたしますわ。アンロージー様が改心されたようなので、あまりこの子たちを連れ出す意味もなかったように思いますが……」
「人の心はわかりませんからね。改心するかどうかは、本人の資質にもかかっていますので。もし駄目だった時のために、連れ出しておくのは必要だったと、俺は思いますよ」
「そうですわね」
「今度こそ本当にチェックアウトですね」


 彼は笑う。
 モリーンは。
 意を決して、言葉を紡ぎ出す。


「あの、そのことでお願いが」
「はい?」
「……わたくし、今回のことで痛感いたしましたわ。もし家でなにかトラブルがあった時に、逃げられる場所が必要ではないかと。……わたくしにも、この子たちにも」
「はあ」
「ですから……この子たちをお屋敷に帰したら、わたくしは、家に戻らず、冒険者を続けようと思うのです」
「……」
「そして、この子たちが街に出た時によりどころとなれるような場所を作りたいと、今回のことでそう思いましたわ」
「……なるほど。それで?」
「つまりですね……わたくし、宿屋を経営したいと思いますのよ」
「………………」
「そこで、なんと言いますか……この宿屋で、学ばせてはいただけないでしょうか? わたくしは鈍くさいかもしれませんが……お風呂なら、わたくしの力でも、できますし……」


 魔法を六つ同時に発動し、長いあいだ維持する。
 アレクがさらっとやっている難業だ。

 さすがに、見ないで維持するまでは、今のモリーンには無理だが……
 見ていれば、数時間なら維持できるぐらいには、なっているはずだった。
 魔法も五つまでなら同時発動はできるようになったし。


 モリーンはうかがうようにアレクを見る。
 アレクは困ったように頭を掻いて。
 それから。


「……そういえば、風呂の出張を頼まれているのですが、たまたまその日が、目を離せない修行の日とかぶってしまいましてね」
「……」
「妻を向かわせようかと思っていたのですが、双子だけに店を任せるのは、まだ少し心配という気持ちもあります」
「……」
「なので、俺の代わりに出張で風呂を設営できる人材が欲しいとは、思っていました」
「……で、では?」
「よろしければ、モリーンさんにお願いします」
「わかりましたわ! 精一杯、努めさせていただきます!」


 モリーンは笑う。
 ――これは、彼女が初めて抱いた夢。

 馬鹿にされ。
 蔑まれ。
 才能にないことをやらされ、失敗ばかりで。

 屋敷を出て。

 励まされ。
 修行をして。
 才能を伸ばしてもらって、初めて見ることができた、未来の自分。


 今はまだ足りないけれど、彼女は第一歩を踏み出す。
 彼女は家を飛び出し、自信を手に入れた。


 ……もっとも。
 その第一歩は。


 アレクは言う。


「じゃあ、週末に、女王様のところに行って、女子会の風呂設営をお願いしますね」
「……女王様?」
「女王陛下です。実は、風呂の依頼は女王陛下からなので、断れもしないし、困ってたんですよ」
「…………え、えっと、わたくし、頭が混乱してまいりましたわ。女王陛下とは、あの、この王都の大きなお城に住んでいらっしゃる、女王陛下のことで間違いありませんの?」
「他に女王陛下はいないと思いますが……」
「は、初めての、お仕事が、じょ、女王陛下の、お、お風呂番……?」
「そうですね。いやあ、女性だし、ちょうどよかった。助かります」
「……えへへへ」


 笑うしかないような大仕事。
 彼女はさっそく、現実にくじけそうだった。
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