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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

二章 モリーンの『屋敷』侵入

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37話

「こんばんは。少々強引な訪問、失礼いたします」



 アンロージーは、廊下で、そのような発言をする男に行く手を遮られた。
 豪奢な絨毯の敷かれた、細長い廊下。
 このあたりは完全なる通路で、近場に部屋はない。

 というか――
 万が一のことがあった場合、外部に逃げるための、隠し通路だ。
 そこになぜか、男が待ち伏せをしていた。

 廊下は明るい。
 すでに時刻は夜だが、内部には等間隔に魔導具により輝くランプがあった。



 アンロージーは白髪頭の女性だ。
 神経質そうな顔立ちをしており、やけに細い。
 スカート部分が大きくふくらんだ旧式のワンピースを身につけている。

 腰には剣があった。
 細身の突剣。
 切っ先は遠目には視認不可能なほど細い。
 また、振ればしなるぐらいに柔らかで粘りのある鋼で作られた高級品。

 モンスター相手ではほとんど役に立たないが、人を相手にするのにこれほど優れた剣はない。
 冒険者と違い、対人戦の多い立場である彼女が好んで使う武器だった。



 アンロージーは。
 苛立ちをおさえきれない声で、言う。


「どいてちょうだい! 今、ワタクシは急いでいてよ!」


 彼女はいつになく苛立っていた。
 今日はあまりにも、悪いことが重なりすぎたのだ。


 昼。
 せっかく、美味しくなるまで育てた亜人を、すんでのところで逃がしてしまった。

 育ててきたのに。
 閉鎖的な環境で。
 向こうがこちらを信頼するように。
 そして――裏切られた時、とびきり絶望的な顔をするように。
 一生懸命、育ててきたのに。

 十五年かけて寝かせた葡萄酒。
 その瓶を割って台無しにしてしまったような気分だ。


 そして――夜。
 襲撃をされた。

 屋敷の表門が爆発して。
 屋敷の一部が炎上して。
 だからアンロージーは逃げている最中だった。

 一度逃げて態勢を立て直す。
 そうすれば、率いる憲兵第二大隊の出番だ。
 犯人を必ずや捕らえて、どうしてこんなことをしたのか吐かせてやる。
 ついでに逃がしてしまった亜人を犯人にして、大規模捜索の口実を作ってやる。

 そう考えていたのに。
 ――今。
 目の前に、男が立ちふさがっていた。



 奇妙で、苛立つ男だった。
 銀色の毛皮でできたマント。
 無気味な意匠の、光沢のある素材でできた仮面。
 しかし、顔を隠す気はないようで、仮面は顔の横にずらしてかぶっている。

 狐面の横にある、目を細めた面相。
 年齢不詳な男の、感情のわからない笑顔。

 亜人ならば、すでに突き殺しているところだ。
 アンロージーが攻撃に移らなかったのは、彼が『人間』だからという理由でしかない。

 つまり――憲兵としての責務。
 人間を犯罪から守る矜持。


 だというのに。
 男は、責務と苛立ちのあいだで揺れるアンロージーを挑発するように。
 のんびり、しゃべる。


「お急ぎでしたか。大変申し訳ありません」
「……だいたい、アナタ何者なんですの? ここに普通の方は入って来られなくてよ」
「口調がモリーンさんとそっくりですね」


 アンロージーは眉根を寄せた。
 そして、腰の突剣を抜く。


「アナタ、亜人の仲間かしら」
「あなたが育てられた子でしょう? 娘も同然の相手を『亜人』呼ばわりは、ひどいのでは?」
「関係ないでしょ! ……いい、最後通告よ。どきなさい。さもなくば、憲兵第二大隊長の権限で、アナタを逮捕します」
「モリーンさんは、あなたをよほど慕い、見習っていたようですね」
「通告はしたわよ!」


 アンロージーは素早く剣を突き出す。
 切っ先は確実に、男の喉元に当たった。


 しかし。
 刺さらない。


 いくら力をこめても、剣自体がしなるだけで――
 男の喉には、少しも切っ先が食い込まなかった。


「個人的な怒りもなくはないですが、それより用件を済ませましょうか」


 男は。
 近付いてくる。
 剣の切っ先を、喉元からどけもせず。


 アンロージーは一歩、下がろうとした。
 その前に。
 男がいつのまにか距離を詰めきって、アンロージーの、剣を持った手を握った。


「ひっ……!?」
「勝手に『狐』の名を使ったことを、訂正していただきたく思い、参上しました」
「『狐』……?」
「十年前に死んだ犯罪者ですよ。公式記録では、そうなっているはずです。……だというのに、あなたが逮捕した者には『狐』の構成員や残党が少なからずいるようですねえ」
「な、なにを……な、なぜ、知っているのかしら……?」
「情報の入手先は明かしませんが、たしかな筋ですよ。とにかく、困るんですよ。『狐』の名を使われては。返していただきますよ。それは俺だけのものです」


 アンロージーは。
 男の被った面を見る。

 無気味な、見慣れない意匠の面。
 それは犬のような。
 あるいは、狐のような。


「……ッ!?」


 恐怖で喉がひきつり、声が出ない。
 ――気付いてしまった。



 死んだ狐が。
 自らの皮を取り返しに来た。



「ご理解いただけたようでなによりです。では、反省の意を示していただきましょう」



 男は微笑んだまま、空いている方の手を横にかざす。
 すると、ほのかに輝く球体が現れた。


「さ、『セーブする』と宣言を」
「……あ、は、はあ?」


 混乱して、反応できない。
 男は小首をかしげる。

 そして、アンロージーの手を放した。
 突然解放されて、戸惑い、動けない。

 その、アンロージーの――剣の切っ先を。
 男は片手でつかんだ。


「よくしなる、いい鋼ですね」


 親指で曲げる。
 そして。
 ビキン!
 木の枝でも折るように、指先の力だけで、折った。


 アンロージーは目を見開く。
 しなる金属というのは、ただ固いだけの金属よりも折れにくい。
 指の力だけで折れるような代物であれば、人体に突き刺すことは、不可能だ。

 それをいともたやすく。
 ペンでも折るように。
 男は、折る。

 折っていく。
 切っ先から、だんだん、柄に近付いてくる。


「切っ先を折りました。中央を折りました。次は根元を折ります。その次は、わかりますか? このまま折っていくと、だんだんと、あなたの手に近付いていきますね。剣が『なくなる』前にセーブをされた方が、あなたのためだと、俺は考えますが」


 笑顔のまま。
 根元を折る。


 次は柄らしい。
 その次は?


 ――指。


 アンロージーは。
 ようやく、思考を取り戻す。


「セーブ! セーブしますわ!」


 金切り声で叫ぶと。
 指に伸びかけていた男の手が止まった。



「ご協力ありがとうございます。ではさっそく白状をしていただきましょう」
「は、白状?」
「あなたが今まで、『狐』という名目で逮捕した者たち、すべてについてです。こちらもある程度の情報はもっていますので、裏をとりたく思います」
「……」
「大丈夫ですよ。ゆっくりでいいですからね。時間はいくらでもあります。ただ、嘘をついたり、逃げたりは、しない方が賢明だと、忠告させていただきましょう。悪いことをする部位は、切除しなければならない場合があります」


 男は、マントの下から、無骨なナイフを取り出す。
 それは柄がついただけの鉄塊だ。
 切れ味などおおよそなさそうな、刃と言っていいかもわからないシロモノ。


「でも、納得できないでしょうから、一度ぐらいは試みていただいても、大丈夫です。なにがあったって、死にませんからね。ロードすれば、戻ります。孤児を育てたというあなたの行為自体は、世間から評価されるべき善行ですから。せっかく手足も舌も無事なまま生きてこられたんです。欠けてしまっては、子供たちも悲しいでしょうし、配慮させていただきますよ」


 男は笑っていた。
 それは絶対的優位を背景にした、勝者の笑み――ではなく。
 凶悪な欲望を満たせる異常者の笑み――でさえ、なく。


 ただの。
 普通の、微笑み。


 日常的に浮かべる、相手を心から安心させようとする者の、優しい笑顔。
 だからこそ怖ろしい。

 この状況でそんな風に、普通に笑える相手は――
 きっと異常者に違いないのだと、アンロージーは気付いてしまった。
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