挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

二章 モリーンの『屋敷』侵入

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

33/249

33話

 アレクが帰ったころには、もう夜になりかけていた。
『銀の狐亭』の内部に、ぽつぽつとランプが灯る。


 一階食堂。
 そこにはすでに、ヨミとモリーンが帰っていた。

 食堂のテーブルや椅子を寄せて、中央あたりにスペースを作っている。
 どうやらそこで着せ替えをしていたようだ。
 周囲には、装備屋や服屋のものと思しき袋が、大量にあった。


 アレクは二人に声をかける。


「ずいぶん買いましたね」


 モリーンはおどろいて、飛び退いた。
 まったく気配がないところからいきなり声が聞こえたのだ。
 心臓が止まりそうだった。


「あ、アレク様!? いつからそこにいらしたの!?」
「たった今、帰りました」
「宿の玄関が開いた音さえありませんでしたけれど!?」
「従業員一同、お客様に快適な生活を送っていただくため、極力物音をおさえて行動しておりますので……」
「それでドアの開閉音まで消せるんですの……?」
「気をつければ誰でもできますよ」


 アレクがそう言うということは、誰にもできないか、できるまでに相当な修行が必要なのだろうとモリーンは思った。
 物覚えが悪いと自認するモリーンだが、さすがにその程度は、いい加減わかっている。


「ところで、いい服は見つかったようですね」
「え、えっと……その、たくさん買ってしまって……」
「それはたぶん、妻が無理矢理買わせたんでしょう?」
「……そうと言えば、そうなのですけれど」


 ちらりとモリーンはヨミを見る。
 彼女のせいにしてしまうようで申し訳ないと思ったのだ。
 けれどヨミは気にした風もなく、笑って答える。


「うん、いっぱい買ったよー。ついでにノワとブランのお洋服も買っちゃった」
「……お前なあ。あの二人は着せ替え人形じゃないんだぞ?」
「えー。でもかわいいじゃん?」
「かわいいけどさあ」
「だったら着せ替えようよー」
「……まあ、そうだな。いいか。かわいいし」
「うん」


 夫妻がのろけている。
 モリーンは、ふと、気付いた。
 そういえばアレクが丁寧に話さない相手は、ヨミと双子の奴隷ぐらいだ、と。

 それだけ心を許しているということだろう。
 心を許す……
 アレクに心?
 そんなものがあって、それであの修行ができるのだろうかと、疑問を覚えないでもなかった。


 考えていると――
 アレクが、急にモリーンを見た。
 モリーンはビクッとなって、あわてて叫ぶ。


「べ、別に、心ない人だとかは考えておりませんわよ!?」
「……なんの話ですか?」
「いえ! いえいえいえ! なんでもございません! それで、わたくしにどのようなご用件でしょうか!?」
「ああ、服、お似合いだなと思いまして」
「…………そうでしょうか」


 モリーンは、自分の全身を見下ろす。
 買い物に出る前――
 緑色のマントを着ていたはずだ。
 それはたしかに地味で、長いあいだそればかり着ていたからボロボロで、いい服ではなかった。
 でも、褒められることがなく、失敗ばかりの自分にはちょうどいいものだと思っていた。

 けれど、今――
 着ているのは、漆黒のローブだ。
 それも、体にフィットする、光沢のある素材。
 足には大きなスリットが入っている。
 はっきり言って、派手すぎて、自分には似合わないような気がしていた。

 でも。
 アレクは言う。


「お似合いですよ」
「……どうにも、わたくしには派手すぎるような気がして……ほら、わたくし、見た目が地味ではありませんか……」
「……地味? あの、人種差別的な発言に聞こえてしまうかもしれませんが……魔族の方の見た目は、地味ではないですよ。白い髪に白い肌、左右で色の違う瞳で、みなさん顔が非常に整っておられますから。むしろ、今までの地味な服装の方が、あなたの容姿に負けていたように思います」
「あ、あの、褒めてくださるのは、とても嬉しいのですけれど、奥様の前で、あまり他の女性を褒めない方が……他意がなくても」
「妻なら仕事で厨房に移動しましたが」
「いつ!?」


 たしかに、いない。
 よく見れば、あたりに散らばっていた服屋のバッグも、一つを除いて片付いている。
 一つ以外は全部双子の服だったので、きっとヨミが持って行ったのだろうけれど……
 動いた物音も気配もなかった。


「従業員一同、お客様の邪魔にならないよう、極力物音を消して行動しておりますので」
「普段からどこか警備の厳しい場所へ侵入する時のように行動するなどと、わたくしなら気が狂いそうですわ」
「慣れれば普通にできますよ」
「ごめんなさい。アレク様の『普通』は、わたくしにとっては『未知』なので……」
「モリーンさんは、あまり一般常識の通用する場所で生活をされてこなかったようですからね。憲兵の第二大隊長のおうちともなると、一般の貴族の方よりやや特殊な環境でしょうし」
「あれ? 常識がないのはわたくしの方ですの?」


 常識とはなんだろう。
 モリーンは頭が混乱してきた。

 弁解する前に。
 アレクが笑顔のまま話題を変える。

「ところで、どうです? かなり『魔力吸着率』の高い装備になりましたが、力があふれている感覚とか、わかるものですか?」
「ごめんなさい、買い物中も色々言われたのですけれど、『魔力吸着率』とはなんですの?」
「ああ、ご説明がまだでしたね。魔法を使う時に、自分の中にある魔力を消費するのは、わかっていただけているかと思いますが……」
「ええ。そのせいで何度も死にましたので」
「実は魔術師が魔法を使う際に消費するのは、自分の中の魔力だけではないんです」
「……どういうことですの?」
「大気中にも魔力は漂っておりまして、自分の魔力で大気中の魔力に働きかけ現象を起こすのが魔法と呼ばれる技術なのです。つまり、自分がモーターで、大気中の魔力がギアで、ギアを回すことでモーターの出力を効率的に増幅しタイヤを回すということですね」
「ごめんなさい、『つまり』から後がまったくわかりませんわ」
「魔法は思うより複雑な仕組みで発動しています」
「なるほど、思うより複雑な仕組みで発動していますのね……」
「それで話を本題に戻しますと、その『大気中の魔力に働きかける』という段階で、魔力吸着率の高い装備を身につけていると、よりスムーズに自分の魔力を大気中の魔力に働きかけることができます。つまりギアに塗るグリースのようなものですね」
「つまりの先がわかりませんわ」
「実によく体になじむということです」
「なるほど、実によく体になじむのですわね」


 モリーンはうなずく。
 アレクは笑顔のまま続けた。


「魔力吸着率は、魔術師の攻撃力を上げるためには気にすべきものです。ただ、難点もあります。それは、魔力吸着率が高いと、逆に相手からの魔法攻撃も効きやすくなるということです」
「……それは、駄目なんじゃありませんの?」
「もともと魔術師適性のある方はCONが高いのであまり関係ありませんが、戦士系の装備には、あえて魔力吸着率を低く抑えてあるものも多いです」
「……なるほど」


 モリーンはわからない単語を気にしないことにした。
 アレクが首をかしげ、たずねる。


「ところで、杖は買われましたか?」
「……実は、買っていないのです。買い物はほとんど奥様にお任せしていたのですが、双子ちゃんのお洋服を買うのに夢中でしたので、お忘れになっていらっしゃるのかと思い……けれど買い物に連れていっていただいている身で指摘もおこがましいかと」
「いえ、妻は俺の意図を汲んで、杖を買わなかったのです」
「……どういう意味ですの?」
「杖は、明日の修行で作ります」
「はあ」
「なので、杖なしで素材を集めるのが、明日の修行です」
「素材集めだけですの?」
「そうですよ」


 ずいぶん簡単な修行に聞こえるとモリーンは思った。
 素材集めというのは、冒険者の主な仕事の一つだ。

 冒険者の仕事はだいたい『ダンジョンの探索』だが……
 探索というものの中でも、実作業はさらに細分化される。

 増えすぎたモンスターをある程度の数倒せ、とか。
 遭難した冒険者を捜せ、とか。
 そういった依頼の中に『素材集め』もあった。


 基本的に、素材集めの難易度は、探索クエストの中で一番低い。
 冒険者が命を落とすのは、モンスターとの戦いによってがほとんどだからだ。
 一応、ダンジョンの隠し部屋などにしかない素材を持って来いと言われるような例外もあるにはあるが……

 普通、依頼される『素材』は、『すでに発見され、ある程度の有用性のあるもの』ばかりだ。
『あるかもしれないこんなのを見つかるまで探せ』という依頼は存在しない。
 ギルドがそのようなあいまいな依頼を受諾しないからだ。

 なので、素材集めは、だいたい、素材のある場所も、そこに行く危険度も明確だ。
 それゆえに賞金が低いものの……
 レベルの低い冒険者が日銭を稼ぐにはちょうどいい。
 それが、素材集めクエストというものだった。


「わたくしはなにを集めればいいんですの?」
「『巨大霊樹の根』というアイテムですね。それを、九十九個」
「きゅ、九十九……」


 モリーンは理解する。
 この途方もない数。
 なるほどアレクらしい修行だ。

 それにしても中途半端な数だ。
 そこまでいったら、百まで集めさせない理由が、少し気になるが……
 モリーンはうなずく。


「わかりましたわ。九十九個、集めます。二日もダンジョンで暮らせば見つかるのでしょう?」
「そうですね」
「もう、慣れましたわ。二日間、不眠不休で死に続けて、魔法を覚えましたもの。あれに比べれば素材集めなど、簡単なことですわ」
「食事は挟んだので不休ではないですが……まあ、そう言っていただけるなら心強い限りです。挑んでいただくダンジョンは『古木群生地帯』という、南の絶壁近くのダンジョンですね」
「落とすモンスターは教えていただけますの?」
「そこのダンジョンマスターです」
「……はい?」
「巨大霊樹というのは、古木群生地帯の、ダンジョンマスターです」
「……ダンジョンマスターは、九十九匹もいますの?」
「いえ、一匹ですね。そこから命からがら逃げ帰った冒険者が、偶然持ち帰った巨大霊樹の破片こそが『巨大霊樹の根』と呼ばれるアイテムですね。非常に魔力吸着率の高い、魔術師の杖には最適な素材となっております」
「……ごめんなさい。わたくし、頭が混乱してまいりましたわ。一匹しかいないダンジョンマスターから、九十九の素材をとれと、そういうことですのね?」
「そうですね。ちなみに魔力吸着率の高い素材がダンジョンマスターの体からとれたので、当然、そのダンジョンマスターの弱点は、魔法だと思われます」
「それは明るい情報ですわね」
「いいえ」
「……いいえ?」
「そのボスを、今のあなたの魔力で殺さないよう、九十九の素材を集めるまで、攻撃し続けてください。ああ、死んだモンスターが消えてしまうのはご存じと思うので、死ぬ前に素材だけはぎ取らないといけないというのも、わかっていらっしゃいますよね?」
「……はい」
「魔力のコントロール力が身につきますよ」


 にっこり。
 アレクは笑う。

 えへへ、とモリーンも笑う。
 そして、予感した。
 ――たぶん発狂する。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ