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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

二章 モリーンの『屋敷』侵入

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28話

 翌朝。
 修行のために『現地』へ向かった。
 そこは、元ダンジョンだったとおぼしき洞窟だった。


 エメラルド色にきらめく岩壁。
 明かりもないのに、内部はぼんやりと明るく、視界に困ることはない。



「ここは昔、俺が制覇したダンジョンの一つで、魔力を吸収する岩でできています」



 アレクは語る。
『昔、俺が制覇したダンジョン』まではいいとしても、『の一つで』はどういうことなのか。
 一生のうちに二つも三つもダンジョン制覇できる人類など、存在するのだろうか。
 モリーンにはもう、常識がわからなくなりつつあった。


 二人は美しい広間に、向かい合って立っていた。
 洞窟の内部にぽっかりとできた、どこか人工的な広さの、ドーム状の場所だ。

 モリーンは周囲の美しさに目を奪われる。
 あるいは、現実逃避する。
 だが――逃げてばかりもいられない。
 修行はもう、始まりそうなのだ。
 しかしモリーンは、一応、言ってみる。


「あの、わたくし、少し、お腹が痛いかもしれないので、今日の修行はお休みにいたしません?」
「おや体調不良ですか。仕方ありませんね」
「えっ!? お休みになりますの!?」
「いえ、一回死んでおきましょう。体調も回復しますよ」
「元気ぃ! わたくし、超元気ですわ!」


 お薬用意しますね、みたいに『死ね』と言われた。
 モリーンはあきらめる。
 ――もう逃げられない。


「元気ですか? じゃあ、セーブポイント出しますね」


 ぼんやり光る、ふよふよと浮かんだ球体が出現する。
 モリーンは死んだ目で「セーブしますわ」と唱える。

 ここでセーブしないというごね方も、彼女は思いついたが……
 その場合、どんな恐ろしい手段でセーブを強要されるかという不安もあったので、もう、あきらめていた。



「はい。では、ご説明しますが……だんだん体がだるくなっていっているのは、わかります?」
「……たしかにだるいですわね」


 心因性のものかなとモリーンは思っていた。
 けれど、わざわざ説明の枕で言うぐらいだから、理由があるのだろう。
 アレクは語る。


「先ほども言いましたが、このダンジョンを構成する岩は、魔力を吸収します。魔導具からも、人からもです。ただ立っているだけで、どんどん魔力を吸い取られていくもので、このダンジョンは現役当時『魔術師殺しの洞窟』と呼ばれていました」
「……ちなみに、わたくし経験がないのですが、魔力を吸い尽くされるとどうなりますの?」
「衰弱死します」
「………………えっ?」
「衰弱死、します。魔力がゼロになった時点から、だんだんと体から力が抜けていき、やる気がなくなり、まず呼吸が困難になり、最後に心臓が鼓動を止めて、死に至ります」
「そ、それは、魔術師だけですの?」
「いいえ。魔力というのは、人が活動するための必須エネルギーですから、職業は関係ありませんね。魔力を吸収されれば、剣士だろうが弓師だろうが、いずれ死にます」
「でも『魔術師殺しの洞窟』って」
「人より魔力消費が多い魔術師は、他の職業より死にやすいですからね。実は魔力の総量自体は、みんなそれほど差がないんです。剣士だって剣技を使うのに、剣に魔力をこめたりしますから。ただ一番大きな自然現象を起こせて、一番燃費の悪い魔術師が、一番死にやすいんです」
「で、でも、そうしたら、この洞窟だけではなく、他の場所だって、魔力を失えば死ぬのでは」
「通常、魔力が残り二割を切ると気絶します。そうやって意識をシャットダウンして、衰弱死を逃れているわけですね。いやあ、すごいですね、人体」
「では、ここでも気絶すれば死なないのでは?」
「気絶している人だろうが、起きている人だろうが、関係なく魔力を吸収するのが、この洞窟なんですよ」
「……あの、ここで魔法を撃ち合うのですよね?」
「ええ。あなたが中級までの魔法を覚えるまで撃ち合いますね。二日ぐらいかかるかな?」
「それは自殺では?」
「いいえ、修行です。必死にならないと覚えないですから。それに、魔力を吸い尽くされて死ねば人体が『もっと魔力必要だ』って学習して、次の人生では最大魔力量が増えます。ロードするたび魔力が増えるのです。いやあ、一石二鳥ですね」


 アレクは笑っている。
 モリーンは、頬をなにか冷たいものが伝うのを感じた。
 それはこれから待ち受ける苦境に折れかけた心が流す、一粒の涙だった。

 アレクは。
 優しい顔で微笑んだまま、言う。


「ちなみに、属性についての授業も、ここで行ないます。今から」
「魔力を吸収されながら?」
「そうですね。ですから、必死に覚えないと、身体の衰弱でだんだん呼吸すらままならなくなり、少し苦しいなという状態がずっと続いたあとで、死に至ります。覚えきるまで、何度も、何度も」
「……………あっ、わたくし、すごくいいアイディアを思いつきましたの。お風呂で授業とか、なさらない? その方がきっと楽しいですわよ?」
「あはは。すいません、妻がいるもので。風呂は、他の女性とは、娘……奴隷の双子以外とは入れないんですよ。『浮気はしてもいいけど本気になっちゃだめ』とは言われてますが、それでもやっぱり男として筋を通したいというか……実はですね、双子をそばに置くと決めた時だって、一悶着ありまして……」
「こんな状況でのろけ話をしないでくださらない!? わたくしの命だけではなく、あなた様の命だってかかっていますのよ?」
「ああ、すみません。俺の命はかかってないです」
「なぜ!?」
「俺の魔力を吸い尽くすより、俺の寿命が尽きる方が早いんじゃないかな?」
「……はい?」
「普通の方の魔力総量は、百とか、鍛えても三百とか、そのぐらいなんですが、俺、ちょっときつめに修行してますので、兆とかなんですよね。億の次の単位の、兆」
「………はいぃ?」
「ですからこちらのご心配はなさらずに。ちなみにあなたの魔力総量は、おどろいてください。なんと修行なしで百五十ぐらいあります。これなら、この洞窟でなにもしなければ、一時間と少しは生きていられますよ」
「…………」
「では、安心していただいたところで、修行――ではなく、授業を始めましょう」


 笑う。
 なぜか、笑う。
 なにが楽しいのか、彼はずっと、笑顔のままで。

 モリーンも、きっと笑えば楽しくなるのだろうと思って、笑おうとした。
 でも、無理だった。
 引きつった顔で震えるだけで。
 涙が止まらず、こぼれだした。

 彼はさらに、追い打ちをかけるように。
 ほがらかな声で、言った。


「まずは火属性からいきましょうか。がんばってくださいね。この世界の属性は八つありますし。属性と紐付けて、中級までの魔法にどんなものがあるかも、一気に説明しますからね」


 モリーンはようやく笑えた。
 でもそれは。
 引きつってかすれた、笑顔以外にどうしたらいいかわからず浮かべただけの、空虚な笑みだった。
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