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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

一章 ロレッタの『花園』制覇

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25話

 夕刻。
 ロレッタは戻らなかった。
 きっと無事に色々な問題を解決して、新しい貴族の当主としてがんばっているのだろうとアレクは思う。


 食堂には珍しく誰もいない。
 夕刻の光が差しこみ、辺り一面が茜色に染まっていた。

 アレクはテーブル席で巻物を読んでいる。
 バイロン・オルブライトがくれた『はいいろ』に関する資料だ。


 凄腕の暗殺者だとか。
 実は三つ子だとか。
 百年前から活動しているだとか。


 誇張されまくった噂が、恥ずかしいぐらいの量、並んでいた。
 見ているアレクが赤面しそうだ。


「……真実を隠すなら嘘の中とはいえ、これはあまりにも嘘がきつすぎる」


『はいいろ』にかんする情報をまとめた巻物を、そのように総括する。
 ……が、ちらほら事実に近い話もあったのは確かだ。
 さっさと潰えさせないといつまでも黒歴史を読み上げられ続けそうだと、アレクは思った。

 巻物をたたんで立ち上がる。
 もうすぐ風呂の時間だった。

 風呂の支度はアレクの仕事だ。
 ヨミにもできないわけではないが、彼女は料理を主に担当してくれている。
 夫婦で均等な仕事量を。
 それが、この宿を始める時に交わした誓いだった。


 でも、その前に。
 誰もいない食堂を見ていて、ロレッタが初めて来た日のことを思い出した。


 彼女は、冒険者として最初に目指した目標を達成し、卒業した。
 いいことだ。
 悪いことのはずがない。

 けれど。
 この宿屋から冒険者が巣立っていくのを、寂しいと思う気持ちもあった。

 どうしようもない時間の流れを感じる。
 小さな子供が、旅の中で次第に大きくなり、ついには隣に並ぶ女性になったように。
 赤ん坊のままひどい主に売られようとしていた双子の奴隷を、自分たちのもとで育てていたら、いつのまにか仕事の手伝いができるぐらいに成長したように。

 今が悪いわけではないが。
 不可逆の過去を思うと、どうしようもなく胸が締め付けられるような気持ちになる。


 歳かな、とアレクは笑う。
 そして今度こそ風呂の支度をするべく、中庭をめざし――


 コンコン、と。
 宿屋の扉がノックされる音を聞いた。


 らしくもない物思いにふけっていたせいだろう。気配の察知が遅れた。
 アレクはやや慌てて身だしなみをチェックし、宿屋のドアを開ける。


 すると。
 そこには、ロレッタがいた。


「……おかえり、なさい。どうされました?」


 アレクはおどろきを隠せなかった。
 ロレッタは恥ずかしそうに笑う。


「申し上げにくいのだが、実はだな、叔父が、あらいざらい、罪の告白をしたのだ」
「はあ、それはいいことなのでは」
「そのせいで国の調査団が屋敷に入り、色々と調査をしている。しばらくは家にいることができないほどの、厳しい査察のようだ」
「……おじさんは、ずいぶん色々、悪いことをなさっていたようですね」
「そうだな。親族として汗顔の至りだ。……というわけで、今夜、眠る場所がない」
「……」
「それから、やはり、あの風呂が忘れられん」
「……」
「というわけなので、どうだろう、もう少しだけ、泊めていただけるかな?」


 ロレッタは困ったような笑顔を浮かべた。
 笑うしかない、という様子だ。

 アレクもまた、笑う。
 宿泊客が来たのだ。
 宿屋の亭主として、歓迎しないわけがない。


「ご利用ありがとうございます。『銀の狐亭』へようこそ」


 迎え入れる。

 時間の流れは戻らない。
 冒険初心者が修行をして、初心者を卒業するのは、いいことだ。

 でも。
 たまには出戻りもいいものだと。

 アレクはロレッタを部屋に案内しながら、思った。
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