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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

エピローグ なにひとつ変わったところのない日常風景

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248話

「――かくしてロレッタさんに不審人物として追い回された俺は、ヨミさんに時間を稼いでもらっているあいだに逃げたりかくまわれたりして、ようやくここにたどり着いたわけだ」


 疲れ果てた顔で、無個性な少年は言った。
 アレクは苦笑する――色々と笑うしかなかった。

 時刻は夕刻。
『銀の狐亭』には様々な人がいた。
 オッタ、コリー、ソフィ。
 ホーと、それにからみつくヘンリエッタ。
 トゥーラとフードをかぶった貴人――ルクレチア。
 モリーンとロレッタもいる。
 そのお客さんたちの合間を縫うように、ノワがくるくる回りながら飲み物を運んでいる。

 厨房の奧にはヨミとブランがいて、今は料理をしている最中だ。
 もともとそう多くの客を見込んでいないこの店だから、ありえない繁盛を前に従業員は手一杯という感じだった。

 だからアレクも、料理をしながらの応対になる。
 カウンター席に座る、無個性な、黒髪の子供――


「アレクサンダーさん、で合っていますよね?」
「そうだけど、やめてくれよ。俺とあんたの仲だろ、そんな他人行儀な――俺たちは兄弟みたいなもんじゃないか。あと便宜的に俺のことは『アレックス』でいいよ。ロレッタさんには、あんたと同じクランで育ったアレックスだって自己紹介してある」
「……そうか。事情の説明はなかなか面倒だものな。それにしても、なんていうか――その姿なのか。『来る』と聞きはしたけれど、まさか『肉体』をお持ちとは思わなかった」
「まあ連絡用魔石じゃそこまで詳細に話せるほどの通話時間はないからな。『憑依術』の解釈を少しいじってみたんだ。『無機物』じゃなくて『人工物』に憑依できるっていうふうにね」
「じゃあそれは人工的な肉体――クローン技術みたいなものなのかな」
「ああ。まさしく『人工的な肉体』っていう発想自体は、異世界知識からお借りしたよ。即座に実行できる技術力はシロさんのもので、そもそもヘンリエッタさんが不老不死の方法の一つとして開発してた理論があってこそだけど。あんたの過ごした世界はすごいところだな」
「いや、俺のいたころは、理論はあれど倫理的観点から実用はされていなかったはず」
「そうなのか? まあとにかく――今俺が入っている肉体が普通に成長して普通に老化するようになれば、俺も、シロさんも死ねる。かつてシロさんが目指した、人のような死を望めるんだよ」
「……そうか」
「体が子供なのは、技術力の問題と、それから、俺の精神年齢の問題だな。俺ってほら、精神が目覚めてからまだそんなに経ってないわけだろ? このぐらいの年齢が、心とバランスとれてるような気がするんだよな」
「なるほど」
「安心したかい?」
「……」
「この体でわざわざ大陸の西の端の端から来たのは、なにも性能検査のためだけじゃないんだぜ。俺は敗北したし、俺は納得した――いや、納得しないことを納得して、その体の持ち主がどちらかっていう議論を打ち切ったつもりだ。でも、あんたは気にするだろ?」
「…………」
「黙っててもわかるよ。あんたがなにを考えているかはわからなかったけど、あんたがなにをしてきたかは知ってるんだ。アレクさんは自分が被害者にしてしまった相手のこと、いつまでも気にするタイプだろ?」
「そうなのかな……」
「ヨミさんとの関係は、最初から半ばぐらいまで、だからこそ続いていたんじゃないかと俺は思っているよ。『あんたがなにを考えていたかはわからない』と、念を押しておくが」
「たしかに、その点については、わかってないみたいだ」
「……へえ? 興味あるな」
「責任感だけで人の面倒を見続けるほど、俺は責任感が強くないよ。ヨミとずっといたのはもっと別な理由だ――まあ、話してもいいんだけれど、さすがに人が多くて恥ずかしい。あとにしてくれると助かる」
「わかったわかった。やめておくよ。真剣にのろけ話をされて冷静でいられるほど、俺はまだ大人じゃない。俺だってヨミさんのこと好きなんだからな」
「……アレックスさん、あなた、うちの娘にも告白したとか聞いたんだが?」
「アレクさん、俺は女性が好きなんだと思う。もう少し早く気付けたら、あんたの体で片っ端から女性に告白してまわっていたところだ」
「俺はなにげに破滅の危機を回避していたのか」
「人を愛することのなにがいけない?」
「愛することはいけないことだろ。いけないことじゃなかったら、中学生は交際を隠さないし、世の中に浮気なんていう言葉はなくなる。愛だの恋だのは人に見えないところでこっそり忍びながらやるべきだと俺は思ってるよ。この秘密を共有する相手は、一人もいれば充分だ」
「……そんな恋愛観をお持ちだったのか。初めて知ったよ」
「だから俺は、あのおっさんと折り合いが悪かったんだと思う」
「……まあ、積もる話はありそうだけど、今は仕事に戻ってくれよ。この宿、こんなに繁盛したことないんだからさ」
「そうさせてもらうよ」


 アレクは笑い、仕事に戻る。
 料理を作ったり運んだりしていると、様々な光景が見える――

 ソフィの胸に顔をうずめるオッタ。
 そばでヘンリエッタに同じようにされてもがくホー。
 フロアに出てきたブランが、コリーと仲よさそうにしている。
 ローブを脱ごうとする貴人を止めるトゥーラ。
 モリーンは一人、書類を目の前に頭を抱えている――宿屋経営を始めるための勉強だろう。

 ロレッタが、アレックスの横に座った。
「先ほどは申し訳なかった」――そんな声が聞こえてくる。
「好きだ」――そんな声が聞こえる。
 声が聞こえなくなる。

 一瞬の静寂のあと、なにごともなかったかのように声は戻った。
 心臓が止まりかける。それは寿命が縮むような静寂だった――肉体が分割できてよかったと、アレクはこの瞬間に初めて心から思ったかもしれない。

 以前喜べなかったのは、アレックスに指摘された通りだろう。
 気にしていた――アレックスの方が決着を演出してくれはしたが、アレクの心にはしこりがあって、それがようやくとれたから、今初めて喜べたのだろう。

 兄弟だと彼は表現した。
 どちらが兄かわかったものではない。

 喧噪は過ぎていく。
 宿はかつてない賑わいの中にあり、料理も飲み物も、よく出た。
 飲食店みたいな忙しさだ――飲食店を経営して、アレクは初めてそんなことを思った。

 次第に、人は減っていく。
 コリーが帰り、モリーンがお風呂を作成に行った。
 ソフィとオッタ、ホーとヘンリエッタが風呂へ入り、ロレッタも続く。
 トゥーラとルクレチアは最後までねばっていたが――ルクレチアの方がなかなか帰ろうとしなかったが、トゥーラに怒られると、嬉しそうに帰って行った。

 食堂の片付けが一段落したので、ブランとノワを風呂へ行かせる。
 アレックスが最後まで残っていたが、『銀の狐亭』以外の宿を探すということで、出て行って――


「静かになったね」


 ヨミとアレクだけが、残った。
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