挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

エピローグ なにひとつ変わったところのない日常風景

247/249

247話

 ものものしい警備を抜けて、オッタはようやく目的の場所にたどりついた。
 監獄だ。それも、かなり警備の厳重な監獄である――重い罪を犯した者が入れられる場所で、牢の一つ一つが独房となっている。

 面会でさえ特別な資格が必要な場所に、やっとの思いで入ることができたのだ。
 もちろん、正規の手段での来訪である。
 忍び込んでいいならもっと早く来ることができた。
 じれったい思いをさせられたのは、ひとえに手続きに次ぐ手続きに次ぐ手続きアンド手続きのせいなのであった。

 石造りの監獄内を進む。
 分かれ道のない細い通路だ。扉はここまででいくつかあり、途中までは看守が一緒だった。

 今は一人、奧を目指す。
 視線の先には、黒い魔石でできた格子があった。

 その太い格子の向こう――
 オッタは目的の人物を見つけ、駆け出す。


「エン」


 うっかり格子に触りかけ、手を止めた。
 触れたらすごく痛い(意訳)みたいなことを看守に言われたのを思いだしたのだ。

 格子の中で、薄紅色の髪の女性が、笑う。
 それから――


「……相変わらずね、お前は。触っちゃダメっていう注意は受けたはずでしょう?」


 たしなめるように、言った。
 オッタは猫耳と尻尾を垂れさせる。


「言われた。オッタはきちんと覚えてたから、触らなかった」
「触りそうだったじゃない。……まあいいわ。いらっしゃい。よく来たわね。というか――よく面会の許可が下りたわね。私は殺人と放火を行った凶悪犯罪者なのに」


 エンは肩をすくめる。
 オッタはむっとする。


「凶悪じゃないぞ。エンはいいやつだ」
「そうじゃなくって……まあ、いいわ。お前に言っても無駄よね。とにかく――久しぶり。どう、元気だった?」


 薄紅色の瞳が細められる。
 オッタは首をかしげた――エンの様子が、前までと少し違うような気がしたのだ。

 柔らかい、というか。
 厳しくない、というか。


「オッタは元気だぞ。エンは元気ないのか?」
「そんなことないわ」
「でも、今のエンは怖くないぞ。前は怖かった」
「……まあ、色々ね。背負っていたものをおろしたから」
「大剣か」
「たしかに今は大剣を背負ってはいないんだけど……お前、本当に大丈夫? そんなんで社会に出てやっていけてる? 今はなにをして生きているの?」
「アレクの仲間だ」
「……あの人にあんまり甘えすぎないようにね。私が言えた義理じゃないけど」
「甘えてないぞ。オッタはもう子供じゃないからな」
「……お前は子供よ。いくら年齢を重ねても、私にとってはね」
「エンはオッタのママなのか」
「そんな気持ちになることも多いわ。……ああ、でも、お前、アレクさんのところにいるのね。じゃあもう少しで、私もお前と一緒に働くことになるのかしら」
「そうなのか?」
「ええ。刑期がだいぶ、短くなりそうなの。情状酌量っていうのかしら? 最近は色々な法律があるのね。近々出所できると思うわ」
「じゃあ、もう少しでエンのおっぱいと出会えるな。今は昔より布の量が多くて、オッタはちょっと寂しい」
「……囚人服に露出を求めないで。あと、あの格好はもうしないわよ。仕事着みたいなものだったんだから」
「オッタは強い衝撃を受けている」
「なんでよ……あのね、私はもう、剣闘奴隷じゃないのよ。だから、お客さんを喜ばせるために派手な格好をしたりなんか、しなくっていいの」
「エンは趣味でおっぱい出してたんじゃないのか……?」
「どんな趣味よ」
「ソフィはなんだかんだ言いながら結構趣味で谷間見せてるとオッタは思ってるぞ」
「誰よ」
「ルクレチアは趣味だぞ。できたら全裸がいいらしい」
「だから誰――ルクレチアってひょっとして女王陛下?」
「そうだ」
「……お前、大丈夫なの、色々と……」
「オッタは大丈夫だ。なんで心配されるのかわからない」
「だってお前、無礼じゃない?」
「オッタだって相手は選ぶぞ。きちんともできるんだ」
「そうなの? 信じられないわ……」
「こないだも『努力は認める』って褒められたばっかりだぞ」
「……そう」


 なぜか優しい笑顔を向けられた。
 優しい笑顔を向けられるのは嬉しいので、オッタは尻尾を立てる。


「早くエンに格子なしで会いたいぞ。オッタはいつもエンのおっぱいに触りたいんだ」
「この短い会話で二回も『おっぱい』なんて言葉を使うのは、若い下品な男の子かお前ぐらいでしょうね……」
「どうにか格子の隙間からおっぱいだけ出せないか? 柔らかいからいけると思う」
「この格子、触ったら痛いっていう話、覚えてない?」
「そういえばそうだった。痛いのはやだもんな……」
「痛くなくても嫌よ。格子に胸を押しつけてそっち側に出そうとするとか、光景を想像するだに変態じゃない……」
「エンは変態ではない?」
「……お前が私のことをどう思っていたか、問い詰める必要がありそうね。出たら覚えてなさいよ」
「どのぐらいで出られるんだ?」
「……さあ。近々という話は聞いているけれど、詳しい日取りまではまだね。まあ、問題行動も起こしていないし――私のことは、きちんと話が通っているらしくってね。扱いもそうひどくないわ」
「そうなのか。よかった」
「この監獄には他に『壁にラクガキを続ける囚人』とか『日に一回聞いたこともない存在に祈りを捧げる囚人』とか『灰色のものを見ると急に金切り声をあげて暴れ始める囚人』とか、『三十人以上いるのに全員同じ名前の囚人』とかがいるらしいから、その人たちに比べれば、私が扱いやすいだけかもしれないけれど」
「色んなやつがいるな」
「本当にそうね。私の直前に入ったのは『もう若くない、もう若くない』と当たり前のことを繰り返し続ける老婆だったとかいう話もあって――ちょっと怖い場所だけどね、この監獄」
「楽しそうだ。探険したい」
「ダメよ。……まあ、そんなわけで――ここを出たら、きっと私は、お前の後輩になると思うわ。その時はよろしくね、先輩」
「……エンが年上で、エンはママなのに、エンは後輩なのか」
「ママじゃないわ。ママ的な想いがあるだけで……お前は本当に比喩が通じないのね」
「オッタはバカか?」
「バカよ。でも、いいんじゃない? お前の足りない部分は、私がどうにかするわ。ここから出たらね」
「わかった。オッタはエンを困らせる。だから、エンもなにかあったら、オッタを困らせてくれ」
「ええ。お前を信じて、お前に頼るわ。それから――あの人にも」
「あの人?」
「私のご主人様よ」
「………………そういえば、エンはまだ誰かの奴隷なのか?」
「あら? 話通ってないの? アレクさんの奴隷ということになってるのよ」
「……そういえば言われた気がする。アレクはなんかいつも難しいことと一緒に大事なこと言うから、オッタはよく覚えていられないぞ」
「お前、本当に社会に出て大丈夫?」
「こんなオッタでもやっていけるぞ。だからエンはもっと大丈夫だな」
「……元気づけようと、わざとやってた――」
「?」
「――わけじゃないわよね。ああ、本当に……お前はかわいい子だわ」
「オッタはエンにかわいいと言われると嬉しいぞ」
「お前が嬉しいと、私も嬉しいわ。――生きててよかった」


 エンは笑う。
 オッタが首をかしげていると――ガァンガァン、という、金属を叩く音が響いた。

 合図だ。
 扉の向こうで、看守が『そろそろ面会は終わり』と言っているのだろう。


「……お別れだ」


 オッタは沈んだ顔で言う。
 エンは、困ったように笑う。


「そんな顔しないの。近々、きっと会えるから」
「……うん」
「アレクさんによろしくね。あの人は――あの人は、きっとお前を悪いようにしないから」
「うん」
「じゃあ、また、外で会いましょう」
「わかった。オッタはがんばる。エンもがんばれ」
「ええ」


 エンは笑っていた。
 だからオッタも、がんばって笑った。

 きびすを返す。
 最後の最後までエンの姿を見ていたかったけれど、そうしたらもう、ここから出て行けない気がしたから、振り返らない。

 エンは、なにも言わなかった。
 でもきっと、笑って見送ってくれたのだろうと、オッタは信じた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ