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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

エピローグ なにひとつ変わったところのない日常風景

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246話

 その来客はコリーが本日三つ目の剣を打ち終わった時に来た。


「コリーさん、少しお話よろしいでしょうか?」


 真っ白い毛並みの猫獣人である。
 もちろん、知り合いだ――名前はブラン。かつてコリーが宿泊していた宿屋夫妻の娘の一人である。

 美しい少女だとコリーには思える。
 なんというか都会的だ――表情にとぼしく、大人しく、物腰が丁寧で、いかにも『街の子供』という様子なのである。

 場所にそぐわない。
 もちろんこの工房も王都の中にあって、他の街からしたら間違いなく都会だ。
 でも土が敷かれた床とか、道具でゴチャゴチャした台とか、いるだけで汗が噴き出すような熱気とかが、ブランの涼しげな印象とまったくマッチしていないように思えた。

 コリーは布で汗をぬぐう手を止め――首をかしげた。
 見合わない以上に、ブランの来訪は意外だったのだ。

 彼女のことはもちろん知っているし、会話をしたこともある。
 ただ、あんまり接点はなかった――コリーはそこそこ長く例の宿屋に泊まっていたものの、店主の妻や娘と話す機会をあまり持たなかったのだ。

 性格の問題だろうか。
 コリーは自分が社交的な性格だとは思っていない。

 職人と呼ばれる連中の中だと比較的朗らかだとは思うが、職人自体が世間的には内向的な連中の集まりだ。
 なにせ『背中を見て仕事を覚えろ』の世界なのである――コリーはそういう古い習慣が嫌いだったりするが、育ての親が古い職人なので、そういう気質は受け継いでいる自覚がある。

 だから、困った。
 お話よろしいでしょうか――それはもちろんタイミング的にも全然よろしいのだが、こういう時咄嗟にどう応対していいかわからなかったのだ。


「えー……よろしいッスよ。なんスか?」


 結果、いつも通りになる。
 下っ端っぽいというか、目上の人への話し方なので、子供相手にこんな口調もどうかと思いつつ、変えられない。

 椅子に座ったまま、短い足を組んで、膝に肘をついて、ほおづえをつく。
 ブランの表情はまったく変わらない――基本的に感情表現の乏しい子なのだ。


「このあたりに妙な子供は来ませんでしたか?」
「妙な子供? このあたりだと、ブランちゃんも充分に『妙な子供』に入るッスけど」
「個性のない子供です。見ればそれとわかるぐらいに、無個性なんです。年齢は――十歳ぐらいでしょうか。黒髪で、種族は人間なんですけど」
「見ればそれとわかるぐらいに無個性ってなんスか……それ充分個性的じゃないッスか」
「なんでも顔立ちは世間の人の平均値ぐらいを目指して作成したらしいので。人造の無個性なんですけれど」
「……まっとうな人間を捜してる感じじゃないッスね」


 人造の無個性――
 お人形かなにかだろうか。
 人形が動くというのもだいぶファンタジックだが、あの宿屋で起こることはだいたいなにかがおかしいので、コリーは今さらおどろけない。


「で、その人……人? が逃げてるのを追ってるんスか?」
「そうです。いえ、本当は追う必要もなかったんですけど……」
「でも逃げてるんスよね?」
「はい。わたしたちから逃げているというか、ロレッタさんから逃げている感じですね」
「……状況がさっぱりッス」
「生真面目な方は面倒くさいですよね」
「まあロレッタさんは色々面倒くさい人ではあるッスけどね……」
「わたしが今捜している人、ちょっと事情が複雑なので、母がロレッタさんに言い含めているあいだ姿を隠してもらっていたんですが、あの人に本気で姿を隠されると誰も見つけられないんです」
「アレクさんみたいッスね……」
「……まあ、ある意味」


 ブランは不機嫌そうな顔になった。
 珍しい。

 そういえば――コリーは思い出す。
 感情表現の乏しいブランだが、アレクのことになると、比較的表情が変わりやすい。


「ブランちゃんは相変わらずパパのこと好きなんスか?」
「変化をするものを愛とは言いませんから。変わるはずがないですよ」
「んん? すまないッス、よく意味が……」
「愛です」
「あ、愛ッスか……」
「そういえば話はまったく変わるんですけど、今、わたし、知り合いをまわって署名を集めてるんですが、コリーさんも一筆いかがですか?」
「署名?」
「『アレクサンダーとヨミの結婚への反対署名』です」
「いや、反対する理由がない……っていうかあの二人、もう結婚してるッスよね?」
「実はまだだったのです。色々事情があって、正式な結婚はわたしたちの成人後ということになっていたのですが……」
「……そういや聞いたことある気がするッス。実の兄と妹の可能性がどうとか……」
「それは解決してしまっていて――いや、今わたしが祖母を言い含めて、どうにか実の兄妹ということにしてもらおうと画策中なので、まだ全然『解決してしまった』とあきらめるのは早いのですが、それは置いておいて、やっぱりあの二人の結婚はおかしいと思うんですよ」
「どこがどうおかしいんスか……」
「あの二人が結婚してはおかしい理由を今、作ったり探したりしているところなんです。それまでは中身がなくとも『おかしい』と言い続けて、問題を引き延ばさなければなりません」
「……ブランちゃんは変わった遊びをする子ッスね」


 そうとしか言えない。
 コリーの社会適合者的直感が告げている――この話題に深く踏みこんではならない。


「まあとにかくアタシはなんにも知らないということで。お帰りはあちらッス」
「わたしとしては、是非ともコリーさんの協力はほしいところなのです」
「なんでッスか。というか、なににッスか」
「カリスマ刀剣鍛冶の名前があれば、多くの職人がなにも知らずとも『あのコリーさんが署名してるのなら』と署名に協力してくれる気がするからです」
「嬉しいけど嬉しくないッス」
「いいですか、署名は数です。署名した人がなにに署名したか知らなくとも、数さえ集まってしまえばいいだけなのです」
「ブランちゃん、今とても最低なことを言ってる気がするッス。まあアタシはなんの話をしているのかまったくわからないッスけど……」
「わからなくてもいいんです。どうか署名にご協力を」
「イヤッス」
「逆に考えてみてください。嫌がる理由、ありますか?」
「いらない二次被害をアタシにもたらしそうなんで、イヤッス」
「つまり、嫌がる理由はない?」
「はっきり理由を示したッスよね!? ブランちゃん、アレクさんよりたち悪くないッスか!?」
「パパは人のために行動していて、それだけが目的ですから。わたしは、自分の主張を押し通すために行動していて、それだけが目的ですから」
「ブランちゃんは奇抜な性格をしておいでッスね……」
「愛の名のもとに行動する限り、わたしのすべては許されます」
「それ本人が言っちゃダメなヤツに聞こえるんスけど!」
「こうやって会話をしているうちに、だんだん署名をしたい気分になってきましたか?」
「署名するだけでお帰りいただけるなら、たしかに署名したくなってきたッス……」


 すごい。
 この会話の空気感、修行中を思い出す。


「……間違いなくアレクさんの娘ッスよ、君」
「間違えてはいけません。わたしはパパの娘ではないですよ」
「……そういや血縁はなかったッスね。でもアレクさんの影響を感じるッスよ」
「……そうなんですよねえ」


 と、ブランが悩むような素振りを見せた。
 コリーは近くにおいておいた水筒の水を飲んでから、


「どうしたんスか?」
「いえ、パパを目指して話し言葉などまねしていた時期もあるのですが、そのせいでパパに似過ぎてしまったらしく、パパからも最近『お前は本当、俺に育てられた感あるな』と言われてしまい……」
「『育てられた感』ってなんスか。育てたでしょ、アレクさんが」
「でも私は大変なことに気付いたのです。パパに好かれたいなら、ママの人格をこそ見習うべきだったのではないかと……」
「アタシはなぜそんな話を打ち明けられているんスか」
「……本当ですね。誘導尋問ですか?」
「いや、自爆だと思うッスよ」
「運命の日がせまってきているのもあって、わたしがそろそろなりふりかまわなくなってきたのもあると思いますが――コリーさんはなぜだか、話しやすいんですね」
「そうッスか?」
「年上のお姉さんという感じです。……一緒にお風呂入ることが多いせいでしょうか?」
「……まあ、身長の問題があったッスからね……一緒に入ってた時も、君とはほとんど会話がなかったッスけど」
「そうですね。わたしたちはお風呂が嫌いなので、お風呂に入っている時はだいたい機嫌が悪かったせいかもしれません。ですが、今日をさかいに、お互いいい関係を築いていければいいと思います」
「それはまあ、やぶさかでないッスけど」
「仲良しのきっかけに、サインなど書いてくださいませんか?」
「油断も隙もねえッスね、君は!」
「チッ」


 舌打ちした、この子!
 それからブランは笑い――わざとらしく笑い、


「とにかく、気が変わったらお願いします。――なるべく早く」
「……急ぐ必要もない気がするんスけど」
「いえ、パパとママが正式に結婚する日が早まりそうなので。あの二人ったら、問題をすっかり全部解決した気で、もう余生とか始める気でいるんですよ」
「そうッスね……まだ君という大きな問題が残ってるのに気の早いことッスね……」
「ええ、本当に」
「……ん? っていうか、結婚するんスか? 式とかなさる?」
「しますよ。まあ、おばあちゃんがフラリとどこかに消えたので、戻ってくるのを待つつもりではいるようですが……最悪、おばあちゃんが拉致監禁される事態になりかねませんし、待つのは悪手だと思うんですけど」
「月光さんが拉致監禁された場合、犯人は君ッスよね?」
「しかし証拠はない」
「アタシが証人ッスけど」
「コリーさん、お友達になれそうだったのに、残念です。いい人でした……」
「…………怖気の走る冗談はやめるッスよ」
「ええ、冗談ですよ。この手の冗談はノワとかに通じなくって、なかなか言えないんですよね。やはり冗談を冗談と見抜いてくれる方相手じゃないと、冗談は言えません」
「君は本気っぽいッスからね」
「わたしたち、仲良くなれそうですよね?」
「……今までのどの言葉より、今の言葉が一番怖いんスけど。なぜッスかね」
「式にはお招きしますよ。まあ、それがパパとママの結婚式である保証はありませんけど――仲良くしましょうね、わたしたち。では、お邪魔しました」


 笑顔を浮かべて、ブランは去って行く。
 コリーはその背中を見送り――水をまた一杯、飲んだ。


「なんか心配になってきたッスね……」


 ご飯でも食べるついでに、様子を見に宿へ行くか――
 コリーはそう思い、休憩を短めにして、今日こなすべき残りの仕事へと戻った。
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