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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

エピローグ なにひとつ変わったところのない日常風景

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243話

 ホーは逃げていた。
 本気で逃走経路を考える。

 時刻は昼だ。
 王都にはそこここに人があふれている。その行き交う人々を逃走に利用できないか考える。

 ダメだ。
 ドライアドというのは人口の多い王都でも珍しい種族である。
 まだ若いゆえに真っ白く、長い髪。
 褐色肌。
 たしかに体格は小柄で人混みに紛れやすいだろうが、種族特徴ゆえにどうしたって目立つ。むしろ人混みにまぎれた方が、目立つという可能性さえ考えられた。

 ならばいっそ、走るか。
 自分の身体能力であれば、普通に走っただけでも逃げ切れるかもしれない――

 首を振る。
 ダメだ。ダメなのだ。なにをどうしたって捕まる気がする。どれほど知恵を尽くしても、どれほど肉体を頼っても、どれほどの幸運に恵まれても、絶対に捕捉される予感がする。

 だから、こんなことをしても無駄だと思いつつ、路地に隠れる程度しかできない。
 石造りの家々のあいだ、大通りを行き交う人たちを見ながら、息と気配をひそめる程度しか、できない――


「みぃつけた」
「ぎゃあああああああ!?」


 背後から、声。
 声っていうか――首筋に、息!

 全身がゾクゾクして、思わず飛び退く。
 背後にいたのは――魔族の女性だった。

 長い純白の髪、そこそこ高い――ドライアドから見ると高い身長。
 胸元が大きく開いたドレスに、片手には木の杖を持っている。

 若い女性だ。
 そうとしか見えない――だがおどろいたことに、ホーと彼女とのあいだには、十五を超える年齢差があるのであった。

 ようするに――親子だ。
 あの魔族の女性はヘンリエッタという、ホーが捜していた母親なのである。


「ホーちゃーん……うぇっへっへっへ……見つけた……見つけた……」


 母親が変質者みたいな顔をしながらにじりよってくる。
 ホーは恐怖で腰が抜けそうだった。


「な、なんなんだ! なんで追いかけるんだ!」


 じりじり後退しながら叫ぶ。
 ヘンリエッタはピタリと足を止め、首をかしげた。


「……そういえばなんで追いかけるんだろ」
「おい!?」
「あーそうそう、そうだ。それはねホー、君が逃げるからなのだ! 逃げる者を追うのは人の本能だからしかたないね! そういうわけで追いかけられたくなかったら大人しくしてなさい!」
「やだよ!」
「なんで!? 大人しくしてたらすりすりしたりキスしたり頭なでたり体洗ったりしてあげるのに!?」
「だからやなんだよ!」


 そういうことだった。
 かまわれるストレスで死ぬ猫の気持ちがわかる――たしかに会いたかった。捜した。周囲の者があきらめていたのに、追い求めた。

 会えたのは、嬉しい。
 嬉しいが――


「あんた、接触が過剰なんだよ!」
「違うよ! ホーのさわり心地が異常なんだよ! なにそのスベスベの肌!? 一日中撫でてられるじゃん! 赤ちゃんのころと比べてハリもあってちょっと冷たい体温とかもいい感じでもうこんなの触るに決まってるでしょ!?」
「決まってねーよ!」
「追いかけっこして疲れたね。汗もかいたしお風呂入ろう!」
「話聞け!」
「ごめんねホー。ママ、それだけはできないの」
「いや、話聞けよ! 人として当たり前の機能だろ! あんだろ、耳が!」
「二つしかないし?」
「充分だよ!」
「わかった、わかった。じゃあ、引き下がるから。ちゃんと引き下がると見せかけるから。油断して?」
「あんた……本当……あんた……!」


 言語に絶する性格をしていた。
 ヨミの回想録を見た時には、まさかこんな人格ありえないと思ったが、ありえちゃったのだった。

 ヘンリエッタは唇をとがらせる。
 なぜここで唐突に不機嫌そうな顔をするのか、ホーにはわからないが――
 その理由を、語った。


「ホーがママって呼んでくれない」
「……いや」


 たしかに、呼んでない。
 会うまでは普通に『ママ』と呼べたのだが――面と向かうと、どうしても、呼べない。

 照れはあるだろう。
 おどろきもあるだろう。
 想像よりずっと若い容姿のせいで、ためらうというのもある。
 でも――


「人格的に、あんたをママと呼ぶのが難しい」


 おおよそ人の親とは思えない。
 というか――厳格な祖母の娘とは思えないのが、ヘンリエッタという母だった。


「人格!? ママの人格のせいでホーはあたしをママって呼んでくれないの!?」
「そういうことになるかな……悪い」
「本気のトーンで謝らないでよ! しょうがないじゃん! 人格だもん!」
「いや、なんかこう、もうちょっと落ち着いてくれよ。母って言われても全然ピンとこねーんだよ。アレクさんが保証してるから偽物ではねーんだろうけど……」
「アレクちゃんのこともパパって呼んでないの!?」
「パパなの!?」
「違うけど!」
「……なんなんだよあんたは!」
「ママでーす」
「知ってるわ!」
「知ってるなら親子の語らいしようよー。裸でも全裸でもいいからー」
「なんで着衣っていう選択肢がねーんだよ!」
「……なんでだろ?」
「勢いだけでしゃべるのやめてもらっていいかなあ!?」


 普通に会話をしようと思うのに、つい声が大きくなっていく。
 話しているだけで体力を奪われる――ヘンリエッタについてアレクがそのように表現していた気がするが、まさしくその通りの人物だった。


「でもさー、ホー。あたしから勢いをとったらなにも残らなくない?」
「あんたのことはよく知らねーけど、そんな気はする……」
「じゃあ黙るからさ、ホーからあたしに話しかけてよ」
「急に言われてもな……」
「ないの? 言いたいこと」
「……」
「あたしが真面目になると雰囲気が過剰に重くなるから、あんまし真面目になりたくないんだけど――必要なら、静かにするよ。こちとら、ホーから恨み言を言われる覚悟で戻ってきてるからねえ」


 ヘンリエッタは笑っていた。
 ただし、力ない笑みだ――笑う以外にどうしようもなくて、笑っている、という表情。

 ホーは、うつむく。
 恨み言は――思いつかない。

 というか、なにもかもが突然で。
 捜すという目的のために一生を費やすかもしれないと思っていたぐらいだったのに、唐突に母親が降って湧いてきたせいで、なにも心の準備ができていない。
 だから――強いて言うことがあるとすれば、それは、


「いなくなった理由と、戻ってきた理由を聞かせてくれよ」
「いなくなったのは、ママより――ホーのおばあちゃんより長く生きるためで、帰ってきたのは、ホーに会うためだよ」
「……不老不死の研究、だったか」
「そうそう。ほら、ドライアドってさ、他のどの種族より寿命が長いじゃない。だからきっとあたしは、おばあちゃんより、早く死ぬよ。事故や病気じゃなくて、寿命で、早死にするんだよ」
「……」
「あたしはそれ、すごい悲しいことだと思ったんだ。だってあたしも、ホーがあたしより先に死んだらやだもん。だからまあ――不老不死と言わず、延命できればと思って、夢中で調べてまわったんだよ。そしたら、おどろくべきことを知ったの」
「過去の英雄が未だに生きていたこと、か? 今までずっと『真白なる夜』ってののところにいたとかなんとか……」
「違う違う。そういうのはどうでもいいの。もっとあたしに関係あること。ようするに――不老不死ってね、簡単なんだよ」
「……は?」


 不老不死が、簡単。
 ホーには理解が及ばない。

『不老不死』という言葉から抱くのは、人類未到の難業というイメージだ。
 決して簡単ではないだろう――というか、簡単だったら、権力者や金持ちはこぞって不老不死になっている気もするが、そういう話は聞かない。

 ヘンリエッタは肩をすくめる。
 それはどこか彼女らしくない、大人びた動作だった。


「生きるだけなら、難しくないんだよ。本気でやれば、いつかたどり着くんだよ。……才能や運が不要とまでは言わないけど、不老不死になるだけだったら、あたしはいくつかの方法を開発もしたし、試せば絶対に生きながらえることができるという確信もしてるよ」
「マジかよ」
「マジマジ。でも、死ぬとなると、途端に難しくなる」
「……」
「なんていうか、研究中に『世界の意思』みたいなのを感じることはあったよ。まあ人によっては『運命』とか『見えざる神の手』とか言うのかもしれないけど――ようするに、どうしようもない大きな力を感じるんだよ。『死なせたくない』って神様が思ってるのかもね」
「いい神様じゃねーか」
「本当にそう思う?」
「…………違うのかよ」
「いやあ、アレクちゃんの修行したんでしょ? いっそ死にたいって思ったこととかない?」
「ない……とまでは言わねーけどさ……いやでも、それは気の迷いみたいなもんだろ? いっそ殺せと思いつつ、実際に殺されたら困ったと思うぞ」
「気の迷いでも、毎日思い続ければ、それが正気になるんだよねえ」
「……」
「死ぬという自由を奪われて、初めて人は死という権利の貴重さに気付く――なあんて、格好よく言ってはみたものの、あたしはその貴重さに気付いて、その権利に狂うほど焦がれた人を実際に見てはいないわけですが! ……ま、そういう人について話を聞く機会はあってね」
「……」
「おばあちゃんを看取れるなら不老不死でもいいかにゃーなんて思ってたけど、あたしは『死』を手放す気にはなれなかった。だから不老不死になるにしても、死ねる方法を確立してからの方がいいと思ったんだよねー。でも、難しくて、時間かかっちゃった」
「……できたのか?」
「区切りはついた、っていうだけかな? ただ、問題があって……っていうか、これだよ」
「なにがだよ」
「一つのことに打ち込むと他一切を忘れるのは、あたしの悪い癖だね、本当。今も頭が研究モードに入りかけた。危ない危ない。というか――今回も、懐かしい顔を見なかったら、まだホーに会うことも忘れて研究してた気がする」
「懐かしい顔……」
「ヨミちゃんだよ」
「……」
「だから、戻ってきたのは、ホーのことを思い出したからで……戻らなかった時期は、ホーのことを忘れてたからだよ。あたしは人から見るとだいぶ秘密が多い感じに見えるっぽいけど、実際のところ、頭の切り替えが過剰なだけで、その悪癖にはあたし自身困ってる――」
「……」
「なんていうのは、全部言い訳かな。それでも――恨み言ぐらいは言ってもらえるものと、期待してるんだよ。『なんとも思ってないし、なにも言うことがない』っていうのも、覚悟ぐらいは、してるけどね。……正直きついけど」


 笑う。
 ヘンリエッタは、笑顔以外の表情を知らないかのように、笑う。

 ホーは少しだけ考えてみた。
 でも、ほんの少し考えただけでも、わかった。


「あんたのことは、よくわかんねーわ」
「そう」
「でも、あんたがあたしのこと大好きなのは、わかるよ」
「……」
「なんつーか、ウチの家系は全員不器用なんだよな。やることなすこと裏目に出る感じだ。ババアもあたしやあんたのこと、すげー大事にしたがってたんだけど、あたしはババアのこと口うるさいだけのごうつくババアとしか思ってなかったし。だからなんつーか……愛情が伝わりにくいのは、ウチの家系の呪いなんだと思う、し――そういうの、あると思うんだ」
「んーと?」
「あんたのことは理解できない」
「……そ」
「でも、理解できない相手が家族でも、いいと思う」
「……」
「愛し方には色んなかたちがあるってことさえわかってりゃ、付き合える範囲だと思う。恨み言とか望まれても、困る。あんたのせいで苦労した記憶もねーしな。というかむしろ、あたしはいつでも精神的にあんたの味方だったんだぜ。あんたがババアにうるさく言われたせいで出て行かされたんだと思ってたからな。恨みより仲間意識の方がつえーよ」
「おばあちゃんは、そううるさくもないんだよ、本当はね。ただ心配性なだけ」
「今は知ってる」
「そっか。じゃあ――あたしのことも、知ってくれる?」
「いいよ。知ってやる」
「じゃあ、まずはお風呂でホクロの数と位置から教えてあげるね?」
「………………一瞬どういう流れかわかんなかったわ! 本気で『ホクロ? なんでだ?』とか考えたじゃねーか! だからスキあらば脱がそうとすんんだよ! そんなにあたしの裸が見てーのか!?」
「見たいっていうか、撫でたいし、舐めたい」
「真面目な顔で言うようなことじゃねーよな!?」


 不可解な人だった。
 というか――この空気を読まず容赦なく話題を戻していく感じは、アレクにも似ている。

 彼の人格はヘンリエッタの影響も大きいのだろうか。
 だとしたら、ホーは責任を感じてしまう。


「つーかまーえた」


 と、会話で煙に巻かれているうちに、抱きつかれてしまった。
 ホーは引きはがそうと力をこめるが――ダメだ。

 腕力では勝っているだろう。
 いちいち裸の付き合いをしようとしてくるのが、嫌なのも本当だ。
 今もなでたりにおいをかがれたりしていて、やめてくれというのは本気で思っている。

 だというのに――逆らえない。
 嫌だというのに、そう嫌でもない。


「……あんたはあたしのママだよ、間違いなく」


 この理解しがたい感情はきっと、そういうことなのだろう。
 ホーはようやく、母親という生き物のことを、少しだけ知れた気がした。
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