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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十七章 アレクサンダーの生誕

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235話

 情報量にめまいを起こす。
 彼はかぶりを振りながら、上体を起こし、自分の体を見下ろす。

 漆黒の鎧。
 指先や肘など、角の多い鋭いデザインの――鋼のヒトガタ。

 不死身の、体。
 初めて得た――誰と共有することもない、自分だけの、体。


「……」


 彼は拳を握りしめる。
 肉体の――体の機能は十全だった。

 視界はハッキリしている。
 ドーム状の空間、宝石のように輝くツタが天井からぶらさがり、そこここには光の粒子が舞っているのが見える。
 なんという幻想的なことか――

 しかし、触覚。
 触れた地面はたしかに岩のような硬い感触で、冷たくて、痛いぐらいに現実味のある地面だと彼は思った。

 嗅覚。
 潮の香り。
 この洞窟には海風がかすかに吹き込んでいるのだろう。鼻孔を撫でる独特なにおいを表現する術を、彼は持たなかった。
 ただ――いいにおいではないな、と思う。
 だからこそ彼は、感じた潮の香りを愛しく思った。


「成功だね」


 聴覚がヨミの声を捉える。
 声の方を向けば、金色の狐獣人がいた。

 彼女はしゃがみこんで、アレクに――生身の方のアレクサンダーに、膝枕している。
 魂が抜けた影響で倒れこみでもしたのだろう。

 アレクは――まだ、目覚めてはいない様子だった。
 このまま眠られていても困る。

 アレクサンダーは立ち上がる。
 鎧と化した体は気遣いなく動いても、音を立てなかった。

 それは鍛冶神と呼ばれたダヴィッドの技術ゆえだろう。
 間違いなく最高の体。
 そこに先ほどまでの、すなわちアレクと体を共有していた時と同じステータスやスキルがあるのを、彼はたしかに閲覧し、確認した。

 まさしく無敵の気分だ。
 もっとも、たとえ無敵でなくても――赤子のように脆弱であっても、彼がとる行動には一切の変化がないけれど。


「起きろよ、アレクさん」


 漆黒の鎧は語りかける。
 反応はない。――だから、言葉を続ける。


「いつまで寝てるつもりだ。いつまで――引きこもってるつもりだ」


 ピクリ、とアレクの指先が動く。
 彼は思い出しながら、続ける。


「起きろよ。あんたも、わかってるだろ? あんたは俺に、言わなきゃいけないことがあるはずだ。無言のまま責任をとったみたいに引き下がるんじゃなくって、きちんと、面と向かって言わなきゃいけないこと、あるだろ」


 アレクのまぶたが動く。
 アレクサンダーの言葉は、止まらない。


「あんたがどう思ってるか、俺には聞く権利がある。だから起きろ。アレクさん。起きて――俺に精一杯の、みっともない言い訳をしろ!」


 感情を抑えきれなかった叫びが、洞窟内にこだました。
 ほんの少しの、静寂があった。
 そして――


「……言い訳は、したくなかったな」


 かすかな声だった。
 目覚めたてだとしても、あまりに弱々しい声。

 注目が集まる中――
 アレクが、上体を起こす。


「というかむしろ、言い訳のしようもないと思う。俺は――たぶん、あなたが俺に言おうとしていることに対して、なにも言えないよ。アレクサンダーさん」


 その静かな、あきらめたような声音に――
 アレクサンダーと呼ばれた漆黒の鎧は、憤った。


「いや、言い訳のしようもなくても、言い訳をしてもらう。みっともなくたって、あがいてもらわなきゃ、いよいよ俺は、あんたを許せない」
「……」
「だから――聞かせてくれよ」


 漆黒の鎧が、アレクへ近付いていく。
 そして、口のない顔で、述べる。


「産まれたての俺の体に異世界から憑依して、俺の人生を奪ったあんたは、どんな気分なのか聞かせてくれ」


 その言葉を受けて――
 ヨミが、アレクを見た。

 アレクは否定しない。
 無言のまま、彼の主張を――本来アレクサンダーとして産まれ、アレクサンダーとして過ごすはずだったのは、今、漆黒の鎧を体としている彼なのだと、認めた。
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