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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

一章 ロレッタの『花園』制覇

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23話

 バイロン・オルブライトはがっしりした体格の中年男性だった。
 普段好んで身につけるものは、深い緑色のローブだ。
 派手ではないがセンスのいい、高級な小物を身につけることを好んでいた。


 彼は、オルブライトという貴族の家に生まれた。
 姉こそいたが、長男ではあった。

 通例、貴族とは男子が家長を務めるものだ。
 だから彼も、将来は家長となるべく英才教育を受けてきた。



 それが。
 なんの間違いか。
 姉が、家督を継いでしまった。



 きっとそこから人生は狂い始めたのだと、彼は思っている。
 商才があった。礼儀作法は完璧だった。
 剣術にも秀でており、お陰で、ダンジョンが発見された際に『調査』を行い、簡単な地図を書く役割も仰せつかっている。

 だというのに。
 姉が、家督を継いだ。

 しかも理由が馬鹿げている。
 曰く――『誰よりも貴族らしいから』だ。


 ――貴族とは無私無欲の存在であれ。
 ――高貴なる者の義務は、民衆を助け導くことにある。
 ――権力や財力はすべて民に還元するため、一時あずかっているにすぎない。
 ――貴族は民あってのものだ。


 馬鹿馬鹿しい。
 ご立派な主張だとは思う。
 だが、現実というものをまったくわかっていない、お伽噺の貴族のような理念。

 そんな夢みたいなものに、彼は将来を奪われた。
 恨んでも恨みきれない。
 悔やんでも悔やみきれない。

 だから彼は、家督を正式な後継者、すなわち自分がいただこうとした。
『貴族らしい』理念で活動していて零落していく我が家を見ていられなかったのだ。

 けれど、姉は拒んだ。
 だから殺して。
 今、その娘も追い落とし――


 しかし。
 先日、家長の証たる指輪を落とした。

 彼の太く丈夫な指には細すぎたから、首飾りにしていたのがいけなかった。
 いや、それ以前に――ダンジョンの『調査』を行なう際に、護衛役の冒険者が無能だった。

 でも、それももう忘れよう。
 指輪はまた戻ってきた。

 不安の種は取り払われ、彼の人生は今、絶頂にある。
 商いを終え、交渉を終え、こなすべき雑務を終え。

 最近の楽しみは、報告書を読みながら酒をあおることだった。
 琥珀色のアルコールの香りを記憶に思い描きながら、彼は自分の寝室へと入り――



 窓の枠に腰掛ける、不審な人物を発見した。



 獣の毛皮でできたマントと、仮面を身につけた男。
 仮面を身につけているが、顔はわかる。
 その男は面相を隠す気がまったくないらしく、仮面は、顔の横にかたむけてかぶっているのだ。

 不気味な意匠の仮面。
 動物をモチーフにした、妙に光沢のある、不思議な素材でできたものだ。
 あれは、犬か、あるいは、狐だろうか。

 男の年齢は、よくわからなかった。
 若く見える。
 だが、妙に落ち着いた雰囲気をもっていた。
 若者だと言われても、あるいは自分より年上だと言われても、バイロンは納得しそうだった。


 ――輝きが、目にちらつく。
 そいつが身につけた毛皮と面が、夜の光を受けて銀色にきらめいているのだ。
 妙に気に障るなと、バイロンは思った。


 その男は。
 部屋にあったのであろう巻物を読んでいた。

 まるで主のような振る舞いだ。
 実際、部屋の持ち主のような気分でいるのだろう。
 その男は、バイロンに気付くと、笑って、こんなことを言う。



「ようやく来ましたね。お待ちしておりました」



 客人を迎えるかのような応対。
 バイロンの中で、未知の侵入者に対する恐怖より、いらだちが勝る。


「貴様、何者だ」
「どうやらあなたには、暗殺者と思われているらしい者です」
「……?」


 バイロンは眉をひそめる。
 この男の発言は、なぜか、いちいち気に障る。
 大したことも言っていないのに、馬鹿にされているような。
 いらだちにまぎれて、叫ぶ。


「衛兵! 衛兵! 侵入者だぞ! なにをしている!」
「ああ、みなさん寝ておいでですよ」
「……なんだと?」
「あまり大事にするつもりはなかったので、少し眠っていただきました。おそらく半日は目覚めないかと思われます」
「……!?」


 バイロンは。
 ここに至り、ようやく、事態の危険性を悟る。

 侵入者の男が静かすぎたせいで気付くのが遅れてしまった。
 あの男は、危ない。

 本能が警鐘を鳴らす。
 この場から一刻も早く立ち去るべきだと、頭より先に体が動き出す。
 慌ててきびすを返して、部屋の入口に向かう。



 しかし。
 振り返った先に、たった今まで窓枠に腰かけていたはずの男が、すでにいた。



 バイロンは窓の方向を振り返る。
 そこにはもう誰もいない。
 つまり――この男は、バイロンが振り返るより速く、移動をして立ちふさがったということだ。


 ありえない事態に思考が停止する。
 男は、柔らかな笑みを浮かべて語った。



「本日は、お願いにあがりました。ぶしつけで申し訳ないのですが――あなたが雇ったという『はいいろ』を、ニセモノだときちんと宣言していただけませんか?」
「……は、『はいいろ』?」
「そうです。……いや、俺もね、迷惑をしてるんですよ。噂の一人歩きっていうんですか? 困るんですよね、昔の恥ずかしい黒歴史ノートが、なんかの間違いで公共の電波に乗っちゃったみたいっていうか」
「なにを、なにを言って――」


 風でカーテンが揺れる。
 雲が動いて、夜の光が、陰った。

 ――はいいろ。
 夜の光で銀色に輝いていたマントと面が、光沢を失い、灰色に見える。

 バイロンは。
 気付いた。


「まさか貴様、本物の……!?」
「はい。昔、『はいいろ』と名乗っていた者です」
「伝説の、暗殺者!?」
「違います。『はいいろ』は暗殺者じゃありません」


 男はどこまでも柔らかく笑う。
 その笑顔から、バイロンはとてつもない恐怖を感じた。
 喉がひきつる。
 男は――本物の『はいいろ』は、語る。


「勘違いされがちなんですが、『はいいろ』としての活動で人を殺したままにしたことは、一度だってありませんよ。人を殺したら犯罪ですからね。悪いことは、しちゃいけません」


 壊れている。
 この男は、見た目こそ人だが、どこかが壊れていると、バイロンは感じた。


「だいたい、殺すのは非合理ですよ。殺人でなにが変わるんですか? たとえば悪人を殺したってまた別の悪人が同じ悪事をするだけですし、権力者を殺したってまた別の権力者が同じことをするだけです。非合理的ですよね。問題をリセットしてまた同じ問題を起こすだなんて」


 男は、バイロンにはない視点から物事を語っているようだった。
 俯瞰している、というか。
 他人事、というか。
 ――まるで物語の評価でもするかのように。
 バイロンにとっての現実を、語っている。


「だから俺は殺して終わらせません。悪人に変わっていただく活動をしていました」


 男が右手を横にかざす。
 バイロンはなにかをされると思い、反射的に目を閉じた。

 しかし、なにも起こらない。
 目を開ける。

 すると――見慣れない物体があった。
 ふわふわと浮いた、ぼんやり光る球体。
 不思議なそれを、男はこのように呼ぶ。


「セーブポイントを出しました。さあ、これに向けて『セーブする』と宣言してください」


 なんの話だかわからない。
 バイロンは、黙ったまま球体を見る。
 男は。
 唐突に、バイロンの手をとった。


「人間の指は、手に十本、足に十本あり、それぞれ、人体の中ではもっとも鋭敏な部位です。つまり、指が折れると、肋骨など他の骨が折れるより痛く感じるとされています」


 ベキン。
 軽い音を立てて、バイロンの右手小指が折れる。


「……ッ!? がああああ!? あだ、な、なな、なに……!?」


 バイロンは、目を見開いて、へたりこむ。
 男は。
 笑っていた。


「『セーブする』と宣言してください。次は、薬指ですね」
「セーブするッ! セーブ、するッ!」


 バイロンは慌てて叫ぶ。
 男は、満足そうにうなずいた。


「ご協力ありがとうございます。では、これからが本番なのですが。……悪い方に反省を促すために、どうしたらいいか、俺は考えました。俺以前の『はいいろ』が長く請け負ってきた暗殺稼業を終わらせようとしたわけですね」
「……ッ、ぐう……」


 バイロンは脂汗を垂らしながら、痛みにうめいている。
 男は気にした様子もなく、続ける。


「そこで、俺は、俺にできることを考えました。殺人ではなにも変わらない。けれど、仕事は殺人だ。食べていくためには人殺しをしないといけない。でも、殺人はしたくない。では、クライアントの目的はなんだろう?」


 一人語りは続く。
 彼のつむぐ言葉は、ある種の儀式めいた雰囲気を兼ね備えていた。


「そうだ、殺す対象が、元の性格や考え方のままでなくなることが望みだ」


 笑顔。
 バイロンは、へたりこんで、理解できないものへ向ける視線を注ぐしかない。
 彼は言う。


「では、暗殺対象の性格を矯正しよう」


 毛皮のマントの下から、ナイフを取り出す。
 身幅の厚い、切れ味の悪そうなナイフ。
 短剣大の金属のカタマリ。


「俺はそう考えたわけですね。だから今日も、あなたがすべての罪を認めてくれるまで、反省を促し続けます。――二度と『はいいろ』を騙らないように、念入りに、矯正をします」
「助け……助け、たす、助けて」
「大丈夫です。死にませんよ。死んだって、復活します。セーブしていただきましたからね。あなたの命は保証しますよ。ですから、反省して、末永く生きてください」
「助けて、ください……! 助けて!」
「もし後日、反省が薄れた場合は、またうかがいます。――陽光が白く輝く昼も、黒い闇が深まる夜も、いつだって俺はあなたを見ていますよ。なにせ、『はいいろ』ですから。昼も夜も、俺には関係がありません」
「いやだ……いやだいやだ……」
「では、いきますね」


 彼は笑う。
 そして、ナイフを無意味なぐらいに大きく振りかぶり――
+注意+
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