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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十七章 アレクサンダーの生誕

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228話

「最初に言っておくと、俺は死ぬのは怖いし、努力はそう好きでもない。楽にやれるなら一番だと思っているから、つらいことはなるべく避けたい」


 彼は言う。
 暗闇だ。
 空から降り注ぎわずかに地上を照らすはずの光は、雲で覆われて見えない。

 それでも彼がかろうじて視界を確保できているのは、そばに『セーブポイント』が存在するからだ。
 青く光る、人の頭部大の、宙に浮かぶ球体。

 どこかネオンを思わせる明かりに照らされるのは、はげた大地だった。
 その大地は不自然な箇所で切れて、先が見えない。

 絶壁だ。
 王都南にある、絶壁――アレクという男にとって思い出深いはずのその地に、彼はいた。

 アレクの姿を持つ、しかしアレクではない彼は肩をすくめる。
 絶壁のふちから見えない向こう側に視線をやりつつ、言葉を続ける。


「もちろん、サボりたいわけじゃない。必要な努力はするし、君たちが『修行』と表現する行為が文字通り以上に『命懸け』なのを俺はよく知っている。ただ――俺は、アレクさんじゃない。精神性も、考え方も、異なる。だからあらかじめ言っておくべきだと思ったんだ」


 そこまで言うと、しばし沈黙が降りる。
 彼は不安を覚えた。
 実はそばにいると思っていた人はいなくて、自分は虚空に向かって一人おしゃべりをしていたんじゃないか――そんな不安が鎌首をもたげる。

 だから、出したセーブポイントのあたりを見る。そこにいるはずの人の姿を確認する。
 気配はないが、たしかに、いた。

 青い光に照らし出された――金の体毛の、狐獣人。
 エプロンドレス姿はまるで貴族のお屋敷に奉公に出されたメイドのようだ。
 実際、まだまだ若く見える。若いというか、幼いようにさえ、見えるだろう。

 少女のような見た目の、女性。
 見た目から想像もつかないのは年齢だけではない。秘めた実力もまた、その容姿からはまったく想像できないほどで――強い。
『カンスト転生者アレクサンダー』にもし修行をつけられるとすれば、彼女を除いて他にはいないだろう。
 ヨミが、静かに、穏やかに笑みを浮かべ、たたずんでいる。


「能力は?」


 ヨミの質問は藪から棒だった。
 意図をつかみかねて、彼は問う。


「どういう意味の質問かな?」
「精神が違うのはわかったよ。でも、能力はどうなの? アレクとあなたは、まったく同じ性能で、まったく同じ技能が使えるの?」
「ああ、なるほど」


 ようやく意図を理解する。
 彼は自分のステータスやスキルを閲覧し――


「多少、違うみたいだ」
「どんなふうに?」
「ステータスそのものは相変わらず『カンスト』だ。『ステータスの閲覧』『セーブポイントの生成』などの、彼が生まれつき持っていた能力も使える。でも、彼が経験により磨いたスキルは十全に発揮できない。スキルレベルが違ったり、スキル自体がなかったりする」
「ふぅん」
「他にも差異はあって……というか――アレクさんは、おかしいんだよ」


 多くの人に『なにをいまさら』と言われるかもしれない。
 でも、彼は思う。
『多くの人』は、わかっていないのだ。
 ロレッタもモリーンもホーも、それ以外の宿泊客も、ひょっとしたらブランやノワだって彼の『おかしさ』の本質をつかめていないかもしれない。


「アレクさんは、いつでも能力を十全に使い過ぎている」


 彼は強くそう思う。
 ヨミは、首をかしげた。


「それがなんか、おかしいかな?」
「……たとえば――『気配察知』一つとったってそうだ。彼は王都の中心に立てば、王都全体の人の動きがわかるぐらいに、詳細に、広範囲のことを感知できる」
「そうらしいね」
「でも、これって、普段から感知し続ける必要はないはずだ」
「……まあ、そうだね」
「彼のように生きてみて思ったのは――常に数十万の人の動向を感知し続けると頭がおかしくなりそうだっていう、当たり前の事実だった」


 王都全体の人の気配がわかる。
 ……その情報量たるや、すさまじいものがあった。
 しかも多くの『気配』はアレクの人生になんのかかわりもない、一生口をきく機会さえないかもしれない、無関係な人たちのものだ。

 無関係な情報が常に頭の中に入り続ける。
 これはもう――一種の拷問だと、彼には思えてならない。


「だから俺には、彼が経験で磨いたスキルを十全に扱うことができないのと同様、彼の精神性ゆえに効果を発揮していたスキルもまた、十全には使用できない。……たとえば無関係な他人の動きを常に察知し続けるとかが、できないんだ。だって気が狂うから」
「……まあ、緊急時でもないのに細かい気配を無視しないのは、アレクならではかもね」


 そこでヨミは、笑った。
 穏やかな、なにを考えているかわからない笑みではなく――『仕方ないな』というように笑ったのだ。


「……俺に対しても、そんな笑顔を見せてくれるんだな」


 彼は安堵する。
 つい、漏れた言葉――それにヨミが反応した。


「どういう意味?」
「……いや、お前……じゃなくて、あなたは、俺のことを嫌いなのかと、思ってて」
「……」
「だから営業スマイルしか向けてもらえないものと思ってたんだ」


 恐怖があった。
 月光が建国の英雄アレクサンダーを『初恋の人』と称したように、彼にとってヨミは特別な相手だったからだ。
 その人に憎悪されているのではないかという、恐怖があった。

 だって彼の出自を思えば、ヨミとの関係は『敵』に近い。
 彼はヨミの夫の体を乗っ取っている――その『乗っ取り』が彼の意思ゆえかはともかく、事実としては、不当な侵略にも等しい。


「あなたは俺に笑いかけてくれないんじゃないかって、思ってたんだよ」
「……」
「アレクさんの体を乗っ取っているばかりか、あなたを騙してアレクさんのふりをしていたからね。……もっとも、あなたはかなり早い段階で、アレクさんの不在に気付いていたようだけど」
「まあね」
「ブランもあなたも、月光さんも、どうして気付けたんだろう。やっぱりそれは、なんて言うべきか――そう、『絆』のお陰なのかな?」
「普段なら、その素敵な発言に、ぼくは、ただ笑顔で同意するだけなんだけどね」


 ヨミが苦笑する。
 そして、


「アレクがいないから、あの人の代わりに空気を読まないことを言えば――あなたと元のアレクとでは、決定的な違いがあったんだよ。知ってれば誰でもわかるぐらいの、違和感がね」
「……俺は結構、上手にアレクさんをやれていたと思うんだけど」
「上手だったよ。だからまあ、騙されてる方が薄情だとかぼんやりしてるとか、そういうことでは全然なくって、単純に、知ってたか、知ってないかの違いだけ」
「気になるな。そのポイントはなんだったんだ?」
「本人の前で言うよ。ようするに、アレクの『どうかと思うところ』だから。陰口は嫌だし」
「それは俺も――アレクさんの記憶だけでもわかるようなことか?」
「アレクが極めて客観的に自分の行動をかえりみることができたなら、わかるかもね。ただまあ――あなた、アレクの記憶を全部持ってるわけじゃないでしょ?」


 ヨミが、言う。
 ……そうだ、思い出せないことがある。

 時系列から見てどうしたってあったはずの日常が、途切れ途切れになっている。
 大きな事件や、お客さんのことなんかは覚えているのだけれど――普通の人が普通に過ごしているような、何気ない日常というものを、ところどころ、思い出せない。


「……たしかに、俺はアレクさんのすべてを知ってるわけではない。でも、なんであなたがそのことを知ってるんだ?」
「お義母さんが言ってたんだよ。『体感で七割ほどしか記憶を共有できていない』って」
「……なるほど、月光さんが言ってたのか」
「うん。ぼくはあいにく、人格が変わったことはないからね。あなたたちのことについてわかったようなことを言う時、それは全部お義母さんからの受け売りにすぎないんだよ」
「なるほど」
「じゃあ、そろそろいいかな?」
「……?」
「修行だよ」


 ヨミは言う。
 ……ここには修行をしに来たのだという事実を、彼は思い出す。

 夜。
 絶壁は彼のすぐ横でその大きな口を開けている。

 数々の悲鳴――記憶を埋め尽くさんばかりの阿鼻叫喚を思い出す。
 修行者たちのあられもない姿を思い出す。
 人の限界と、それを踏み越えさせられる者どもの悲哀を思い出す。


「……ここは修行(じさつ)の名所だったね。彼のせいで」
「そうだね。まあ――アレク風に言えば、『死んではいません。みなさん生きていらっしゃいますからね』っていう感じだけど」
「……アレクさんならそう言うだろうね」


 どういう発想だ、と思わなくもない。
 そうだ、彼がわからないのは、『細かい日常的なやりとり』だけではない。


「俺には、アレクさんの心の動きがさっぱりわからない」


 感情、というのか。精神、というのか。
『なにをしたか』はわかっても、『なにを思ってなにをしたか』は推測するしかない――共有している記憶の中に、ないのだ。

 そして、アレクの行動から、彼の心情を推し量るのは困難だ。
 人に笑顔で自殺を強要できる心情など推測しようもない。


「『日常的ななにげない思い出』は思い出せないのと同様に、彼の心情も、わからないんだ」
「まあ、誰にもわからないだろうねえ……だって、アレクだし」
「だから――あなたたちがなぜ『アレクさんがアレクさんではない』と気付けたのか、答えはあとで聞かせてもらうのを楽しみにしているけれど……俺が『自分はアレクさんではない』と気付けた理由は、『常識』かな」
「ある日自分の行動が異常に思えたから、自分は自分じゃないと思った――ってこと?」
「……そうなんだけど、まとめられると、ひどい話だ」
「あはは。まあ、いかにもアレクらしいよ。……そこまで自分とアレクの違いがわかってれば修行も早く終わりそうだね」
「なにをするんだ?」
「これからあなたには『憑依術』を習得してもらうんだけれど、術以前の問題が一つあるんだよね」
「どんな?」
「『自己の確立』」
「……」
「あなたはアレクと違う存在なんだよね? でも、いつ産まれたかもわからないし――本当は違う存在と思っているだけで、『人が変わった』だけかもしれない」
「……いや、でも」
「断言できる?」
「…………」
「自分が自分だと証明するのと同様に、自分が自分じゃないと確信するのは、難しい――色々と『違う』と思う根拠はあるけれど、いざ『絶対に?』と念を押された時、あなたはそれでも『自分はアレクとは別な人格だ』と断言できる?」


 それは、難しい。
 違うと思うし、違うに違いない。

 ただ、問い詰められれば『違わない可能性もあるんじゃないか?』という疑いは出る。
 それはなぜかと言われれば――


「……俺は、自分がいつ産まれたのか、わからない。どんなきっかけで、アレクさんから俺という存在が分離して出たのか、わからないから、絶対とまで言える自信を持てない。あとひと押し足りない感じは、たしかにする」
「うん。だから、『憑依術』の完成者は言ってたよ。『自分の産まれを知るべきだ』って――そのために、あなたはあなたの、産まれた瞬間を思い出さないといけない」
「完成者? それはヨミ……さんじゃないのか? あなたが『真白なる夜』の遺した方法に手を加えて、未完成だった『憑依術』を完成させたのかと、俺は思っていたんだけれど」
「発見者はぼくだけれど、完成者はぼくじゃないよ。というかまあ――ある意味で、発見者もぼくじゃないんだ。発見者を発見したのが、ぼく、なんだよ」
「そうなのか」
「だから完成者の言に従って、あなたには、あなたが産まれた瞬間を探ってもらう。幸いにもぼくならそれをさせてあげられるし」
「どうやって?」
「こうやって」


 ヨミが人差し指を突き出す。
 彼はなんとなくその指先を見て――

 ――光。
 赤、青、紫、白。様々な色が、ヨミの指先で点滅を繰り返し――

 ――意識が遠のく。
 彼はよろめき、立っていられなくなって、崩れ落ちながら、たずねる。


「なにを、した……」
「修行。……というか、まあ、そうだね、これは……」


 悩む間。
 それから彼女は、おどけたように言う。


「アレクにいわく――『カウンセリング』かな?」
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