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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十六章 ブランの『始まり』の物語

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226話

 大きくなった。
 ブランは思う――自分もノワも、だいぶ大きくなった。
 誘拐されてから二年ほどが経過していて、修行をしているから、強くもなっただろう。

 色々あった。
 たくさんのお客さんを見てきたし――ロレッタとか、モリーンとか、ホーとか、オッタとか、半分住人化している人も、増えた。

 ただ、なにかが変わったとは思えない――世の中には答えの出ない物事が多いし、正解でも不正解でもないことが数多い。
 すべてのものには、必ずしも明確な答えがあるわけではない。
 そういうものだと、ブランはとっくに学んでいる。

 でも、続けるだけでものになるのか。
 続けるだけで――意思もなく、きっかけもなく、たいそうな理由さえなく、本当にただ続けただけで、本物になるのか?

 ブランはまだ『違う』と思っている。
 アレクに助けられたあの日から今までずっと、やっぱりなにかを始めるには理由が必要だし、理由もなく続けているだけで本物になるとは思えない。
 なんとなくなにかを始めた人は、しっかりと理由を持っている人に並ぶほどには絶対にならないと、そう考えている。

 だから――
 ――『銀の狐亭』。

 夜の従業員寝室で、ブランは彼を待ち受ける。
 ベッドには入っていない――ノワはとっくに寝ているけれど、起きて、待っていた。

 彼はブランの存在に気付いているだろう。
 でも、ドアを開けて寝室に入ってきた彼は、おどろいたように言う。


「おや、ブラン、起きていたのかい?」


 アレクサンダー。
 血のつながらない――父親。

 ブランは彼を父親として扱うことをなまけていない。
 父親として扱い、父親と呼び、父親として見ようとし続けることで、一つの答えを追い求め続けている。
 続けている――それだけで、なんとなく始まったこの親子関係は本物になるのか、たしかめ続けている。
 なのに。


「最近、おうちで寝ないんですね」
「……まあ、色々と忙しくて」


 彼は言う。
 ブランは父親が暇な人ではないのを知っていた。

 だから、家にはあまりいない。
 それでも――何日も家で寝ないということは、なかった。

 父親だから。
 よほどのことがない限りは、帰って、一緒のベッドで寝る。

 彼はなんとなくで始めた『父親』という役割を、ずっとやり続けている。
 ブランも物心つく前に始まった『娘』という役割を、そつなくこなし続けている。


「見てください、ノワを」


 ブランは言った。
 アレクサンダーの視線が、ノワへと動く――そこには呑気に寝息を立てる、黒い毛並みの猫獣人がいた。


「なにも考えずに寝ていますよ」
「……お前はノワに対して、ちょっときついんじゃないかな」
「馬鹿にしてはいません。――どうせ答えが出ないことばかりなら、なにも考えずただ毎日生きている方が、賢いと、私は思っていますから。なにも考えずに起きて、なにも考えずに眠ることがどれだけ素晴らしいことか、きちんと私はわかっています」
「……」
「ただ、むかつくだけです。私が毎日無駄に悩んで生きているのに、この子は脳天気で、だからうらやましくって――むかつくだけです」
「……そうか」
「あなたも」


 と、ブランは言う。
 父親として扱い続けると決めた男性に対し、『あなた』と呼びかけ――


「最近、無駄に悩んで生きているみたいですね」
「……そうかな」
「私みたいに愚かな生き方です」
「……お前、何歳だっけ」
「十一ですよ」
「そうだよな。……女の子の成長が早いんじゃなく、お前が特別、成熟が早いのかもな」
「ええ。月光おばあちゃんも言っています。私は今が熟していると」
「それはちょっと意味が違うと思うけど……あの人の言葉は教育に悪いから、聞き流すようつとめなさい。最近仲がよさそうで、俺は不安だよ」
「質問、いいですか?」


 ブランは真っ直ぐ、彼を見上げる。
 彼は、一瞬だけ部屋の扉を振り返った。

 それは弱さを感じさせる動作だ。
 強敵と遭遇した時に逃げ道を探すみたいな、そんな、逃避行動のように、見えた。

 でも、彼は逃げなかった。
 あきらめたように――と、表現するのがふさわしい、弱い息をつく。


「……なんだい?」
「あなたは、なんですか? ――あなた、パパじゃないですよね?」
「……」


 彼は口ごもった。
 ブランは、語調を変えずに質問を続ける。


「見た目では判別がつきません。思い出も共有しています。でも、なんとなくパパじゃない」
「……なんとなく、か」
「ええ、なんとなくです。なにかと明確な理由とか明確な答えとかを求めたがる私が、なんとなく思ったことです」
「……」
「普通、こういう疑念を、私は『勘違いだろう』ですませます。でも、これは口に出して問いかけねばいけないと――そういうふうに、なんとなく、思いました」
「…………」
「敗北宣言ですよ。屈辱です。物事には理由とかきっかけとかが必要だと思っていたのに、長い時間を一緒に過ごして、私は『なんとなく』パパというのがなにかをつかんでしまっていたのです。だからこそ、言葉にできない違和感に気付いてしまいました」
「……」
「あなたは私のパパではありません。なにもかも同じで、でもなにかが違う。理由を列挙すればするほどパパに違いがないのに、どれほどたしかめても納得できない」
「……そうか」
「だから、あなたはなんなのか、聞きたいのです。見た目も記憶も同じで、でもなにかが違うあなたは、なになのか、教えてください」


 質問に対し、彼は笑う。
 諦観と解放感のにじんだ笑顔。


「わからない」
「……ふざけているわけじゃ、ないんですね」
「ああ、わからないんだ。ある日生まれた――いや、ある日、表に出た、というのかな。たぶん俺は、君のパパであるアレクと一緒にずっと生きてきたんだと思う。ただ、今までは眠っていただけなんだ」
「……」
「自分がいつ目覚めたのか、明確にはわからない。でも――もし、カグヤさんの死体から月光さんが生まれたという話を知らなかったら、自分でも自分が成り代わったことに気付かず、生活を続けていたと思う」
「……ようするにあなたは、カグヤさんに対する月光おばあちゃんみたいな人なんですね」
「たぶん、そうだ。その正体はおそらく、もう一つの人格なんだと思う」
「『カグヤの呪い』」
「月光さんに聞いたのかな? じゃあこの話も知っているかもしれないけれど――カグヤさんは人を呪わないと、月光さんは言っていた。その言葉を信じるならば、これは狐獣人が多くかかる症状というわけじゃなく、誰しもに平等に起こりうる、精神的ななにかなんじゃないかと思うよ」
「……」
「狐獣人にかかりやすいというのはきっと、英雄アレクサンダーの伝説のせいだ。カグヤは二重人格だっていう説があって、そこから、狐獣人たちは二重人格を『自分たちの英雄と同じ症状』として隠さなかったから、『狐獣人にもう一つの人格が生まれやすい』っていう話になった――こんなところじゃないかと推理しているよ。真実は、わからないけれど」


 彼は語る。
 アレクサンダーと呼ぶしかない彼は、疲れたように――


「君の父親は、おかしな人だね」
「……」
「いざ彼のようにやろうと思うと、どうしたらいいか、さっぱりわからない。最初から最後まで、彼が強く思ってなにかを始めたことが、一度もないんだ。一貫して彼は受動的で、己の意思というものが薄弱で――彼になろうとするのは、かなり、難しい」
「パパは、そういう人ですよ」
「うん。生まれてから『輝く灰色の狐団』に入るまでの生活、『輝く灰色の狐団』に入ってからそれを継いだ時、クランを守ろうと奮闘していた時、ギルドマスターの家での日々、商売を始めようとした時も、ヨミと夫婦関係になった時も、双子の赤ん坊を買った時も、全部彼は確固たる動機や意思を持たずに、流されるまま、与えられた役割をこなすように行動している」
「そうでしょうね」
「たぶん俺が表に出たのは、彼が自分を見つめ返したからだろうと思っている」
「……どういうことですか?」
「長年追っていた月光さんを見つけて、彼は目標を失った。世界の真実を暴く――そう言ってはいたけれど、それは具体的な目標じゃなかった。なにせどこから手をつけたらいいかわからないからね。だから彼は、人生で初めて、流されるまま生きられない状況にぶち当たった」
「……」
「そういう時に、彼はふと、気付いたんだ。自分の意思というものがどこにもないことに。月光さんにも突っ込まれていたけれど、ようやく本当の意味で自覚したというべきかな。だから自分を見失って――自分じゃない、俺が今、彼を代行している」
「……そんなものなくたって、パパはパパなのに」
「そうだね。彼がなにも思わず行動したって、彼は彼なりの行動を自然にできてしまう――でも、そのことを本人が自覚するのは、なかなか難しい。人は、自分の姿だけは見えないものだから」
「……はい」
「たぶん、俺が表に出たのは、月光さんを見つけた直後――テオドラさんの修行をつけていたあたりだと思う。その時は自覚がなかったけれど、色々と人と語らううちに、自分がアレクさんではないかのような違和感を覚えた」
「……その時期は、私の推理とも合致します」
「俺の正体は、アレクさんのもう一つの人格だろうとは思う。違うかもしれないけれど、そういうのは正直なところ、どうでもいいんだ」
「どうでもよくはないですけど」
「いや、どうでもいいんだよ。――だってどうせ、消えるつもりだから」


 アレクサンダーと呼ぶしかない彼は、語る。
 晴れ晴れとした顔で。


「この人生は彼のものだ。俺にそれを奪う権利はない」
「……」
「君にとっても、その方がいいだろうし――ヨミにとっても、それがいいだろう。知らない他人と同じベッドで寝るなんて、考えただけでもゾッとするしね」
「だから、最近、家で寝ないんですね」
「いちおう、彼に義理立てているんだよ。親と呼んでいいかわからないけれど、月光さんも、カグヤさんには遠慮しているフシがある。そのへん、俺と月光さんはよく似ている。――自分たちが偽物だっていう自覚が、俺たちにはあるんだ」
「いいんですか?」


 ブランは問いかける。
 彼は、首をかしげた。


「なにがかな?」
「あなたは、消えてもいいんですか? あなたは――自分の命を大事にしないんですか?」
「……君にとって、俺は消えた方がいい存在だと思うけど」
「私にとってはもちろんそうです。あなたの存在は、私の不正解ですから」
「……だよね」
「でも、それは私の不正解で、あなたの不正解じゃない。あなたにとっての正解は本当に『消えること』なんですか?」
「そこ、掘り下げる? 俺の意思は、聞かないでも問題がないし、聞いたところで、問題だらけだと思うけど」
「誰かが死んで、誰かが幸福になるのか、客観的に考えているだけです」
「……」
「あなたは私にとって、いなくなってもいい人です。でも、それは、あなたがパパの体にいるからで――あなたが、あなたとして生きているぶんには、私にとって、どうでもいい」
「…………どうでもいい、か」
「だって、他人ですから」
「……他人、か。俺は――人かな?」
「あなたを人ではないと否定すると、月光おばあちゃんも、人ではないことになります」
「……」
「パパはおばあちゃんを人として扱っていますから、私はそれを否定しません」
「利発な子だ、本当に。……女性として好きになりそうだよ」
「あなたに言われても嬉しくないです。でも、その声でのそのセリフは、今度、魔石に録音しますから、その時もう一度言ってください」
「……ぶれないね、君は」
「成人後に法廷でママと戦うための事実がほしいだけですから」
「怖いなあ、君は……」
「私の本性を知っている人はあんまりいませんよ。秘密にしてくださいね」
「まあ、どうせ消えるから、それは大丈夫だよ。月光さんには今、俺を消すか封じる方法を探してもらっているし――」
「愚かですね。本当に、月光おばあちゃんがそんな方法を探しているとでも?」
「……まあ、ポンコツだけれど、暗躍しているぶんには輝いている人だから」
「そういう意味じゃないですよ。あなたは本当に、パパの記憶をしっかりと持っているんですか?」
「……どういう意味かな?」
「あの人はもう、死にたい誰かを手助けしないですよ」


 ブランが言う。
 そのタイミングを待ち受けていたように――
 寝室の扉が、開いた。

 勢い良く開かれた扉に、全員が注目する。
 入って来たのは、十本の尻尾を持つ、銀色の体毛の狐獣人――月光だった。


「いい導入じゃな。孫よ、貴様、見所あるぞ。わらわの手駒としてこれからも励め」
「嫌です」


 ブランがキッパリと言う。
 月光は「ぐぬぬ」とうなって、それから、表情を切り替え、アレクサンダーを見た。


「というわけじゃな。不肖の――血がつながっとらんのじゃから不肖で問題ないが、不肖の孫が言う通り、わらわはもう、誰かが死に向かう手助けをせんぞ」
「……どういう意味なんだ?」


 アレクサンダーと呼ぶしかない男が、首をかしげる。
 月光はニヤリと笑う――間違いなく悪だくみをしていそうな、顔で。


「死ぬべきだと思っておるんじゃろう? ――生かしてやる」
「……」
「だいたい、ただ人格を封じ込めるだけのものを探すのに、そこまで時間はいらんわ。すでに見つけて、獲得してある。貴様を封じアレクを呼び戻すだけならば、とうにできる。……見つけたのはわらわではないがな」
「じゃあ、なんで……」
「そんなもの、貴様を生かす方法を探しておったに決まっておるじゃろうが」
「……あるのか、そんなのが」
「ないと思っておったが、あった。……見つけたのはわらわではないがな!」
「……えっと、調査はあなたがしてたんじゃ?」
「馬鹿者、わらわは成果を出せぬことで有名じゃぞ。だから今回の調査では中央で情報を統括することだけに務め、実際の方針決定や調査は他の者に任せておったんじゃ」
「……」
「適任の者に丸投げする――アレク方式じゃな」


 月光は楽しげに笑った。
 それから、表情を引き締めて、言う。


「すべてはヨミが見つけたものじゃ」
「……」
「貴様がアレクでないことなど、あの女はとっくに気付いておったぞ。貴様がばれないようにしていたアレクの家族は、ノワを除いてとっくに事実に気付いておった」


「妹が馬鹿ですいません」とブランが恥ずかしそうに言った。
 なぜか月光が「よい」と許しを出して、


「そういうわけで――貴様の精神を、アレクの体から抜き出し、移し替える」
「できるのか、そんなことが」
「目の前にいるわらわがどうやって生き延びてきたか、知らんのか?」
「…………そういえば、そうか」
「貴様も尻尾が増えるのかのう? ――じゃがな、簡単にはいかんぞ。技術の習得には必ず必要となるものがある。それがなにか、わかるか?」


 わかる。
 アレクサンダーの――アレクの記憶には、しつこいぐらい、刻まれている。

 死ぬ気でやれば、なんでもできる。
 死ぬ気で――


「修行をせよ」


 月光は言う。
 その顔に浮かぶ笑みは、なぜだろう、今までにないぐらい楽しげだった。


「生きたくば、己を鍛えよ。死にたくとも、己を鍛えよ。鍛えるうちに、死にたいなどという軟弱な気持ちは消え失せるじゃろうが、ともかく鍛えよ」
「つまり、あんたの力を獲得しろってそういうことか?」
「少し違う。間違いなく、この技術はわらわの力に着想を得たものじゃが――死ねない英雄がおった。そやつの不死性の原因が肉体にあると思った者がおったのじゃ。だから、ゆるやかに穏やかに、優しく、敬意をもって英雄を殺してやろうと、そう考えた者の編み出そうとした技術じゃな」
「……その人は」
「『真白なる夜』。五百年前、とある港街を騒がせた暗殺集団の名であり、特に集団の長をその名で呼んだ。やつは英雄アレクサンダーに敗北し、問題を力尽くで解決され、その後はアレクサンダーを信望し――死ねない英雄を殺してやろうと、晩年を捧げた」
「……」
「そやつが編み出そうとした――つまり、わらわ考案の方法ではなく、これからの修行もわらわがつけるものではない。ゆえに失敗はおそらくないじゃろう」
「……そう、か」
「じゃがまあ、このやり方はアレクのものじゃからな。一応、聞こうか。――修行をするかしないか、どちらじゃ?」


 答えの難しい問いかけだった。
 生きるべきか、死ぬべきか。

 生存のためにつらい修行に挑み、命懸けで己の生命を勝ち取るのか。
 それとも己の価値を認めず、座したまま封じられ、かき消されるべきか。

 いったい、どちらが。
 どちらが――自分の、アレクサンダーと名乗るしかない自分のとるべき選択なのか。

 悩んだ。
 答えは出なかった。
 でも、


「……生きたい。俺は、消えたくない」


 理由もない。思いもない。考えてもみない。意識さえしていない。
 だからこの声は産声だ。誕生の際にその理由を考える者など、いない。
 自分が初めて、自分の存在を認めて――この瞬間に、彼は誕生した。


「よかろう。貴様を生かすぞアレクサンダー」


 月光はそう言った。
 それから、大事な注釈のように――


「ただし、わらわはなにもせんがな!」


 なぜだか勝ち誇ったような笑みで、そう付け加えた。
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