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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十六章 ブランの『始まり』の物語

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225話

 この時より猫球旅団は『銀の狐団』に組み込まれることとなった。
 アレクに屈したかたちである――少々自分に都合のいいように物事をすすめすぎたかな、とのちにアレクは反省混じりに述懐している。
 ともあれ、この縁がもとで、二年後、アレクは母親との再会を果たす。

 当時のブランは見ているだけしかできず、アレクが猫球旅団の意識改革を推し進める中、ガタガタ震えているしかなかった。
 だから――『説得』が終わった帰り道。
 ブランはアレクにたずねた。


「アレクさんは、なんで私とノワを買ったんですか?」


 朝にも問いかけたこと。
 朝にも、答えられたこと。

 ……沈みゆく光が、世界を真っ赤に染める時刻。
 王都を前にして、草原の中、奴隷と主人は――娘と父は、足を止める。

 あたりには人がいない。
 風が吹き抜け、草原は黄金の海原と化す。
 妹のような、姉のような、実際はどちらかわからない血のつながった姉妹が、父のような人の腕の中で寝息を立てている。

 朝早かったのと、色々あったので疲れて眠ってしまったのだ。
 安心も――あったのかも、しれない。

 ブランはアレクに視線を移す。
 彼はやっぱり、困り果てていた。


「理由は、やっぱり、特にないんだ。言われて考えたけど――たぶん赤ん坊が奴隷なのに納得できなかったから解放したかったとか、そういう程度のことだと思う」
「……赤ん坊を買うのは大事(おおごと)だと思いますけど、理由はないんですか?」
「誰かにとっての大事が、誰かにとっては大事じゃない時もある」
「……アレクさんにとって、子供を買うのは大事じゃなかったんですか?」
「どうかな……金銭的には安くなかった……まあ、けっきょくお金はいらないことになったけど、安い買い物だと思ってたわけじゃない。赤ん坊の世話はしたことがあったけど、楽だとも思ってなかった。赤ん坊は目を狙ってくるし……」
「それで目がそんなに細く……」
「いやこれは、営業スマイルの修行中なんだ。さっきは乱れたけど、修行は継続しないと意味がないからいつも笑ってる。本当は言葉もずっと丁寧にするべきなんだろうけど、『家族にはやめて。笑っちゃうから』ってヨミに言われてるんだ」
「そうだったんですか」


 知らなかった。
 アレクのことは単に目が細い人だと思っていたが――また一つ、思わぬ謎が解けた。

 でも、知りたい謎は、まだ謎のままだ。
 ブランはジッとアレクを見つめ続ける。
 彼は考えるように空を仰いでから、


「話を戻すと――始めた理由よりも、続けることの方が大事だと、俺は思う」
「……でも、理由がなきゃ続かないですよ、普通は」
「理由はあとからできるよ。続けてさえいれば」
「……でも」
「まあ、これはあくまでも俺の考えだ。色んな考えの人がいると思うし、自分と違う考えの人と会った時に、理解できなくて困惑することも、あると思う」
「……そんなものでしょうか」
「俺の考えとしては――大事を始めるのには理由が必要っていうけど、ブランはなにか決意して生まれたわけじゃないだろ? 『よし、生まれるぞ』って出てくる赤ん坊はこの世にいないだろ?」
「……まあそうですけど」
「生きていく中で次第に生きる理由とか、死ねない理由とか、そういうものができてくる。だからまあ、なんていうか――お前たちを買ったのに大きな理由はなくって、でも、お前たちが成長していく中で、色々と親でいたい理由ができてきた。俺は、そういう感じ」


 なんとなく、ちょっと違うような気がした。
 生まれるのにそりゃあ『よし、誕生するぞ』という決意はいらないだろう――それとこれとは別な話、と思う。

 でも、どう別なのかは、わからなかった。
 アレクとの会話は謎が解ける代わりに謎が増える――ブランにとって、いつまでも飽きない快感を与えてくれるのだ。


「……パ……アレクさんは、ヨミさんとの結婚の時も、理由がなかったんですか?」
「……あー……うーん……その……実は今まで黙ってたことがあるんだけど」
「なんですか!?」
「実は、俺とヨミ、夫婦じゃないんだ」
「……はあ?」


 とっさに理解できなかった。
 ブランはたしかにアレクを『パパ』、ヨミを『ママ』と長いこと呼んでいたし、この二人は知る限り、夫婦のように生活をしていた。

 それが、夫婦じゃない?
 それは――


「結婚の届け出を出していないとか?」
「うん。正式に結婚はしてない。あと、きっかけ的に考えて、そもそも夫婦っていう関係は偽装だったんだ」
「……偽装?」
「なにか店を経営しようってなったんだけど、色々と手続きとかあいさつ回りがあるんだよ。その時に『結婚してる』っていうのが意外なほどメリットになるんだ」
「……はあ」
「そもそも俺とヨミは兄と妹かもしれないんだ」
「…………はあ!?」
「でも、あいまいで、『兄と妹です』って他者に言い切るにはちょっと問題があったんだ。ありていに言って――説明が面倒くさいんだ、俺たちの関係は」
「…………」
「で、どうしようかってなってた時、ヨミが『夫婦って紹介しちゃえばいいんじゃない?』って提案してくれて、それで、なんていうか、問題あると思ったんだけど――押し切られて、今にいたる」
「…………えっ? じゃあ、二人の関係はなんなんですか?」
「夫婦と呼ぶしかないんだけれど――まあ、その、内情は複雑なんだよ」


 言語に絶した。
 なんということでしょう、父親と母親が夫婦ではなかったのだ――


「えっと、じゃあ、『パパ』と『おばちゃん』? それとも『ママ』と『おじちゃん』?」
「……血のつながりがある可能性が消えてないから、ちょっと大きな声じゃ言えないんだけれど――俺たちはそれでも、夫婦だと思う」
「でも、押し切られただけなんですよね?」
「押し切られて始まった関係だけど、続けてみると本当に夫婦みたいな気がしてくるんだ」
「意思は!? 自分の意思とかは!?」
「俺はけっこう流されるタイプだよ」
「流されすぎでは!?」
「それに、俺とヨミ、戸籍上は他人っぽいし、まあ、もうちょっとしたら――いいかなって」
「いいかな?」
「正式に結婚してもいいかなって思ってるよ」
「……」
「お前たちが成人したら、奴隷身分から解放して、お前たちを養子にする。で、ヨミと俺は正式に結婚する。ただの手続きでしかないけど、それで法律上も家族になる」
「…………言語に絶します」
「だから俺とヨミは兄と妹かもしれなくって、お前たちはそもそも他人で間違いなくって――それでも続けてれば夫婦にも親子にもなるっていうことだよ」
「問題だらけですよ!」
「バレなきゃ問題にはならないよ」


 おおざっぱ……!
 ブランは思考に絶した――理解が及ばない。答えが出ているのに、まったく理解できない。

 世の中には正解がないこともあって――
 でも、どう考えても不正解なのに、勢いで正解にされてしまうようなこともあるみたいだ。


「ところで、ブラン、どうして俺を名前で呼ぶの?」


 アレクが問う。
 ブランは不意を突かれたせいで、返答に詰まった。


「え? だって……」
「今まではパパって呼んでくれてたのに」
「それは――疑問に思い損ねていたからです」
「まあ、お前が接客業みたいなしゃべり方をするのは、なんかそういう癖みたいだからいいけれど……」
「私は頭がいいので、頭のよさそうなしゃべり方を心がけているんです」
「……そ、そうか。まあ正解は人それぞれだけれど――お前に父親扱いされないのは、放置できないな」
「でも、私にとって正解ですよ」
「俺にとって不正解だ」
「じゃあ、どうするんですか?」
「力尽くでパパと呼ばせる――っていう手段は、さすがになあ」


 とある光景が脳裏によぎった。
 自分の正解を他者に押しつける、理不尽な八つ当たり。
 怖いと同時に、ちょっとだけときめく自分をブランは発見する。


「……」
「じゃあ、こうしよう」
「?」
「お前は物事を始めるのに理由が必要だと言う。でも、俺はそうは思わない」
「はい」
「だから――俺を父親として扱うことを、続けてみてくれよ。大した理由もなく父親扱いし続けてみて、それでだんだん父親に思えたら、俺の正解の方が強いってことになるだろ?」
「……うーん」
「試しに、成人まで、父親扱いしてくれ」
「じゃあ、父親扱いして、それでも父親に思えなかったら?」
「その時は『アレクさん』でいいよ。『アレクサンダー』でもいいし、なんでもいい」
「ふむ」


 ブランは考える。
 そして――


「じゃあ、父親に思えなかったら他人ということで」
「……持ちかけたのは俺だけど、いざそう言われると結構堪えるな……」
「大丈夫です。嫌いにはならないです。あなたは私のパートナーにふさわしいですからね。子供というだけで私の質問をはぐらかさず真剣に答えるところなど、好感が持てます。……無力な私に、そうと気付かせず接してくれる優しいところとか、好きですよ」
「……お前はなんていうか、成熟してるな」
「まだまだです。すぐに追い抜きますから」
「……」
「まだ子供だというのは一面の事実として認めつつ、私はすぐに成長しますよ。そして、その時までにきちんと理由を見つけます。なんとなくではなくて、明確な理由を」
「なんの理由?」
「秘密です」
「……そうか。じゃあ、聞かないよ」
「その代わり、私をちゃんと愛して、養ってくださいね。あと、鍛えてください」
「鍛える?」
「今回みたいなことになった時に、いつまでも甘えてられないですし、いつまでも尾行されるのも嫌ですから」
「……きょ、今日は偶然通りがかっただけだから……」
「はいはい。だから――宿屋のお客さんにつけてるみたいな修行、私もします。それで、パパぐらい強くなりますから」
「……そうか。まあ、そうだな。護身程度の力は身につけるべきかな」
「ノワも修行しますから」
「なんで」
「私ががんばるのに、ノワががんばらなかったら、もともと優れている私とノワとの能力差がますます開いてしまって、ノワがかわいそうでしょう? 同じ顔してるのに白と黒でこんなにも違うのか……っていう視線で見られるなんて、哀れすぎます」
「お前はノワをなんだと思っているのかな……」
「大事な妹です」
「妹かどうかはわからないんだけど……ともかく、本人の意思を確認してからな?」
「大丈夫です。私が言えばノワはなにも理解せずうなずきます」
「……本人の意思を確認してからな」


 彼が苦笑する。
 ブランも笑った。

 ――これが、二年ほど昔になる思い出の話。
 ある意味でブランの始まりの物語で――

 同時に、とある男の見せた、人らしい一面のお話。
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