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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十六章 ブランの『始まり』の物語

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223話

 かつて、双子が生まれたその日、大嵐があった。
 多くの死者が出て、その原因はどこにも求めようがなくって、だから当時の人々は祭事を司る一家に責任を求めた。
 悲しみを、怒りを、やり場のない様々な感情をぶつける相手を、キャラバンの安寧を祈祷する一家に定めたのである。

 結果として、双子とその母はキャラバンを追放された。
 ……その後どういった紆余曲折があったか、双子の母――娘の事情を、老人は知らない。

 ただ、優しい子だった。
 だから双子が今奴隷になっているのも、事情があってのことだろうと、老人は思う――それが双子からすればとうてい許される事情でなくとも、親である老人は、尊重したい。

 娘のその後は老人にとって想像するしかないものだが――キャラバンのその後、今にいたるまでにあった様々なことは、老人が実際に体験したことだ。
 たとえば、神について。

 大嵐があった日に生まれた双子の赤ん坊と、その母親を祟り神と定めた信仰が、次第にキャラバン内で確立していった。
 人は、弱かったのだ。

 赤ん坊を産んだばかり、しかも今まで守り神も同然に敬愛していた一家の女性を追い出してしまった後悔があった。
 その事実から目を背けるために、より深く恨むように、より強く責任があると思いこむようになっていった――そう、老人からは思えた。

 老人は――祭事を司る一家で、双子の母の父である老人は、『いないもの』として扱われるようになっていった。
 殺されない。けれど、誰もかかわらない。

 ……老人はキャラバンの者たちを我が子のように愛していた。
 だから、娘が追い出されたあと自分が迫害されなかった――無視こそされども石を投げられるようなこともなく、生活も保障されていたのは、キャラバンメンバーの優しさや弱さに理由があると考えている。

 しかし、人は強くなれるものだ。
 だからいずれ、人々が大嵐の時の悲しみや怒りをきちんと呑み込んで、娘が許される日が来るだろう――そうでなくとも、大嵐の記憶が風化して、忘れ去られる日が来るだろうと思っていた。

 だが、信仰は確立してしまっていた。
 すべてを知っている世代が歳をとり、若い世代が台頭してきた。

 若い世代はお伽噺に『大嵐と祟り神の物語』を聞いている。
 しかもそれは、意図的にゆがめられた、子供を怖がらせるための物語だった。

 いい子にしないと、祟り神が嵐を起こしてみんなみんな奪っていってしまうぞ――
 そんなふうに脚色された物語――歪曲された、真実。

 いつしか事実を知らない多くの若者が、『大嵐と祟り神の物語』を信じて――
 事実を知る世代が、退けなくなった。

 ……我が子から嘘つき呼ばわりされることを怖れたのだろう。
 それは特別強い感情ではなかった。
 親ならば誰だって、子供からの信頼を損いたくないものだ。

 大嵐を起こす祟り神――『昔、とんでもない悪女がいて、そいつが迫害された腹いせに嵐を起こしてキャラバンに被害をもたらした』というところまで歪曲された物語は、親から子へと伝わっていく。
 真実を知る者も、己の罪の意識から目を背けて、真実を語らない。

 その物語には色々なものが内包されていた。
 王家の末裔を名乗る、不幸をもたらす一家のこと――触れてはならない、狩りにも出ず生活を世話されている老人のこと。
 双子というのは不吉で、女の子の双子が生まれた場合、キャラバンが壊滅するような凶兆を示すということ――双子の赤ん坊を追い出すことは正統な判断で、そのお陰でキャラバンが未だ存続しているのだという刷り込み。

 ……ある日、若い世代に子供が生まれる。
 それは偶然にも、双子の、女の子だった。

 別になにもない――狩りは順調だったし、大きな事故もなかった。
 死人も病人もとりたてて出ていない。
 商売型キャラバンと協力関係を締結した猫球旅団は、前年に比べ栄えていた。

 でも。
 若者が、言った。


「双子が生まれたのは凶兆だ。キャラバンから追い出すべきだろう」


 それは語り聞かされてきた物語のせいだった。
 大人の世代が作り上げた免罪のための物語が、子供の世代に冤罪を引き起こす。

 もちろん、大人には良心があった。
 大嵐は自然災害で、そこに原因なんかない、ただの偶然だ――大嵐の当時冷静でなかった者たちも、だいぶ冷静になってきたころあいだった。

 でも――嘘つきと思われるのが、怖かった。
 ……双子を追い出すべきだろうという会議が紛糾しているころ、ちょうど、その女の夫が狩猟中死亡したのも、暗い影を落としていただろう。

 やはり祟りはあって――双子は凶兆だ。
 追い出すべきだ。それが事実上の死刑宣告であろうとも。
 若者は祟りを信じていて、大人もまた、自分たちが捏造した祟りを信じた――信じる方が、楽だったから。

 誰が悪いのか。
 きっと、全員が、悪いのだろう。

 弱かったのがいけない。
 家族を愛していたのがいけない。
 大嵐で愛する者を失った人たちが、その怒りや悲しみを呑み込めなかったのがいけない。
 人として当たり前に弱くて、当たり前に隣人や家族を愛していて、当たり前に子供を愛していたことがいけなかった。

 勇気がないのが悪かった。
 ……信じていたのが、悪かった。
 人はどこかで止まることができる、ひどいことをする前に思い直すことができると誰もが信じていて、誰も自分では止まろうとしなかったことが、悪かった。

 老人が、悪かった。
 自分は『いないもの』だから、どうせ止められないだろうとあきらめていたのが、悪かった。『いないもの』扱いを続けられて、心が疲弊していたのが――悪かった。

 思いこみで生まれ、捏造により醸成された祟り神は、こうしてついに本物となる。
 キャラバンは祟りを背負い――

 この祟りは、終わらない。
 神そのものを打倒するまで、決して誰にも、止められない。







「我らは神を討つ。我らの心に巣食う、かたちのない祟り神を、討つ」


 追手の中年男性は述べた。
 老人は答えない。だが、道をゆずりもしない。

 中年男性は強く老人をにらむ。
 そして、重苦しく語る。


「あなただって、わかっているだろう。……もう、成果を出さねば、我々は止まれない」
「この子たちは偶然、あの時の赤ん坊と同じ白と黒の双子というだけ――とは、考えんのかのう?」
「あなたはそう考えているのか? その二人があなたの孫ではないと思っているのか?」
「……」
「もし、そうだったとして、我らにはかかわりのないことだ。祟り神と同じぐらいの年齢の、白と黒の双子というだけで、打倒すべき価値がある。――その死体さえあれば、我らはこれ以上同胞を傷つけずに済むし、あなただって、我らの守り神に戻れる」
「…………」
「どいてくれ、ジロさん。たった二人の犠牲で、これから我らは救われる」


 老人――ジロと呼ばれた老人は、それでもどかない。
 大きな背中を、ブランとノワに向けたまま、


「早く、逃げろ」


 その言葉に反応したのは、ブランとノワではなかった。
 追手の、灰色の毛並みの、中年男性だ。


「ジロさん! わかるだろう!? 我らはどこかで止まらねばならない! その子たちは――かつて我らのキャラバンで生まれた子でなくとも、神に捧げる生贄の資格を備えている!」
「……」
「もう、誰かが子供をみごもるたび、双子ではないかと心配するのは、嫌なんだ。あなたは娘を追い出され――双子を生んだ私の娘もまた、あなたの娘と同じように、キャラバンを追い出された! 抵抗のしようのないうねりの中に我らはいる! 止めさせてくれ! 頼む……! これ以上の悲しみが生まれる前に、早く!」
「…………」
「邪魔するのなら、あなたでも、排除するしかない」
「……やれやれじゃ。いつからこうなってしまったのかのう」


 ジロがつぶやく。
 疲れ果てた声。


「抵抗はせんよ。儂が悪い。すべて、儂が悪い。最初に娘が追い出された時、止めていればこうはならんかった――当時、今の状況を予想などできなんだが、それでもなお、儂が悪い」
「……感謝する」
「抵抗はせんが、邪魔はする」
「……ジロさん」
「娘は守れんかった。せめて、孫は守りたい」
「……」
「しかし、お前たちを傷つけるのも、本意ではない。……弱かっただけじゃからのう。誰も怒りや悲しみを、自分の中にとどめ置けんかった。弱い子を殴ってその弱さを責め立てるようなのは、大人ではない――儂は、これでもまだ、大人のつもりでおるでな」
「じゃあ、どうするんだ」
「黙って受け止めよう」
「……」
「大嵐のあの日に、すべきだったことを、今さら、しよう。……歳をとると判断が遅くなっていかんな。ほぼ十年越しじゃが、お前たちの怒りや悲しみは、すべて儂が受け止める。それで死んでもかまわん。――家族を守れるならば、それでいい」
「考え直してくれ。今さらだ。本当に、あなたの言う通り、今さらだ」
「走って逃げるんじゃ! 早く!」


 ジロの大声。
 それはもちろん、ブランとノワに向けられたもので――
 ブランは、判断に迷った。

 状況に追いつけない。
 それ以上に――この老人を見捨てて逃げるのは、違う気がした。

 理由は、ない。
 彼らの語る物語は、ブランには関係のないものだった――祟り神とか、非現実的もいいところだ。赤ん坊だった自分たちに責任は絶対にないと言える。

 大嵐こそ、人為的なものではありえないだろう。
 仮によほど運の悪い人がいて、その人の運勢に巻きこまれたのだ――なんていう考えだったとしても、そんなのどうしようもない。

 言われたって困る。
 不可抗力で――理不尽だ。

 なにより、ブランは猫球旅団にも、ジロという老人にも、思い入れがない。
 今日知ったばかりの集団だ――その集団のために死んでくれと言われたところで死ねるわけがないし、今の状況は間違いなく『巻きこまれた被害者』でしかない。

 この状況の原因は、自分の軽率な行動にある。
 それは認めたうえで――過去を知ろうとしただけで、殺し合いに発展するなど、誰が想像できようか?

 けれど、ブランを置いて、状況が動き出す。
 猫球旅団の追手たちは、怒号だか悲鳴だかわからない大声をあげながら、ジロへ襲いかかってくる。

 怒っているのか泣いているのかわからない。
 ただ、鬼気迫っている――すさまじい感情の奔流だけが、その場にあった。


「なにをしている、逃げるんじゃ。これは、君らには関係がないことじゃろう」


 ジロは言う。
 大きな騎乗用動物にせまられながらも、優しい声音で、語りかけてくる。

 ブランは彼を助けたいと思った。
 理由はなかった。自分の感情に自分で正解を出せなかったけれど、助けたいという想いがあった。


「やだ、おじいさん、やだ!」


 ノワが叫ぶ。
 彼女の方こそ、なにもわかっていないだろう――それでも、ブランよりずっと素直に、感じたままを、感じたままに、声に出している。

 その方がいいとブランは思った。
 思い悩んで、賢しらぶって、なにもしないより、なにも考えず、思ったままをする姉妹の方が優れているのだと――初めてブランは、認めた。

 でも、なにもできない。
 子供だから。

 ……いや、子供だというのは、言い訳だ。
 事実子供だとしたって――あんまりにも、無力すぎた。

 なにもできない。
 大人ではなく、子供らしくもないブランはなにもできない。

 ――世の中は、求めても与えられない。
 そのことを学んでいた。求められるままに与えてくれる人なんか――一人しか、知らない。

 その人がなぜ与えてくれるのか、ブランは明確な理由を知らない。
 それでも。


「……パパ」


 その人を、呼ぶ。
 ここにはいないはずの、その人を――


「ああ、やっぱり無理か」


 ――どこからか。
 今まで透明だったものに色がついたように、ブランの視界に現れる人物がいた。

 まばらに樹が立つだけで、なにもない草原。
 隠れようもない場所で、見失い続けていた存在。
 彼は事情をすべて見ていたかのように、ブランとノワと――ジロを背にかばい、立つ。


「娘は死んでもよみがえるし、キャラバン内の事情に干渉するのも、なにやら深そうな因縁に割りこむのも、するべきではないと思いましたが――まあ娘に呼ばれては仕方ないということで、ご容赦ください」


 迫り来る騎乗動物たちが、止まる。
 前足をあげての唐突な停止である――まるで自分より巨大な獣に出くわしたかのような、その挙動。

 戸惑ったのは、猫球旅団の追手の方だった。
 十人ほどいる彼らは、全員が一斉に、視線をある一点へ動かす。

 なんの変哲もない、都会で商店に入ればどこにでもいそうな男性。
 突如出現したとしか思えない、異常なる存在。


「……なんだお前は」


 怖れるような静かな口調。
 突如出現した彼は、その疑問に、このように答えた。


「こんにちは。通りすがりの二児の父です」
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