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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十六章 ブランの『始まり』の物語

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221話

 忍び込んだ。
 時刻はまだまだ昼と言える。

 あたりは一面の草原で、まばらに樹が生えている。
 ブランとノワは、樹に登り、生い茂った葉に隠れていた。
 動くとガサガサと音が鳴るのでなるべく動かないよう気をつける。

 遠くには濃い色の木々が生い茂る森が見えて――
 ブランとノワの目の前には、テントの立ち並ぶ一画があった。
 十数張のテント群の中心には、旗が高々と掲げられている――『球体をくわえた猫の顔』。猫球旅団の旅団紋であり、旅団旗だ。

 獣人族の、特に狩猟キャラバンというのは、このように屋外にテントを張って過ごす。
 王都近くに来ているからといって、王都に宿をとるわけではないのだ。

 多くの狩猟を専門とするキャラバンは、お金を持っていないので、あまり都の施設を利用しない傾向にあるのだ。
 もっともそれは、必ずしも『貧乏』と同義ではない――狩猟キャラバンが普段生活する際に貨幣が必要でないから、所持していないだけの話だ。

 王都など人間が治める都で買い物をする際には、商売型のキャラバンに保存食などを売り、その都度貨幣を手に入れている。
 それゆえに市街に住む者からすると、狩猟キャラバンの規模やどの程度儲けているのかというあたりはわかりにくいものであった。

 ブランもまた判断基準を持たないが――
 どうやら猫球旅団は、テントの数からして、五十人ほどいるキャラバンのようだった。

 五十というのは、一つの目的を抱いた集団として多いようにブランには感じられた。
 もっとも狩猟キャラバンというのが普通どの程度の規模なのかはわからない――今度調べてみるべきだろう。


「ねえ、なんでノワたちはここにいるの?」


 思索する横で、ノワが言う。
 どうやら状況をさっぱり理解していないらしい――朝から今まで、一度だって状況を理解していないのだろう。


「いいんですよ。お前はなにも考えなくて。全部私がやりますから。お前は私を見て、同じことをしてなさい」
「わかった。ノワはブランを見張ってるよ」


 言葉のニュアンスに引っかかるものがあったが、ブランは気にしないことにする。
 考えるべきことがあるのだ。
 それはつまり――ここからどうしよう、ということだった。

 目的のキャラバンのキャンプ地を発見したのはいい。
 だが、忍び込んではみたが、ここからなにをしたら自分たちの出自を調べられるのかがさっぱりわからないのだ。

 けっきょく、先ほどの老人にはまかれてしまった――だだっ広くなにもない荒野で見失うという、異常な事態を経験させられてしまったのだ。
 ほとんど怪談だ。
 アレク以外にも存在自体が謎の塊みたいな人はいるものだとブランの知的好奇心はますます燃え上がる。

 燃え上がったのはいいのだが――ひどい手詰まり感が漂っていた。
 自分たちはもう九歳になる。つまり、自分たちが売られたのはもう十年近くも前だ。

 当時の記憶は当然、ない。
 名前だって、アレクがつけたもので、別に奴隷として売られる前についていたものではないから、名乗って聞き込みをしたところで、自分たちが誰かわかる人はそれほどいないだろう。

 唯一、わかってもらえるとすれば、それは白と黒の双子であるという特徴ぐらいか。
 街での暮らしや猫球旅団の人々を見ていて気付いたのだが、どうやら、白と黒というハッキリした毛並みの猫獣人は珍しい。

 みんな、だいたい灰色や青、その中間みたいな色をしている。
 ハッキリと黒かったのは――先ほどの老人ぐらいだ。

 それにあの人はなにか知っている風でもあった。
 つまりさっきの老人を捜して問い詰めるのが一番手っ取り早い――


「ついて来てはならんと言ったんじゃがのう」


 ぬっ、と。
 樹に登って葉の陰に潜んでいたブランとノワの目の前に、浅黒く焼けた老人の顔があらわれた。

 ブランの頭のてっぺんから尻尾の先まで震えが駆け抜ける。
 びっくりした。びっくりした。死ぬほどおどろくとはこういうことかと体験してしまった。
 隣でノワなんかは動きの一切を止めて固まっている。

 そんなに低くもない樹にのぼっているのに、目の前に顔がある。
 あまりにもでかい――しかも、足音も気配もない。


「おやおや、おどろかせてしまったかのう」


 老人は穏やかな声で言う。
 ブランは尻尾を逆立てたまま、他人事みたいに思う――これ、外から見たら、一人で樹に話しかけている変なおじいさんみたいに見えるんじゃないだろうか。

 頭は働くのに、体は動かない。
 止まっているあいだに、老人が腕を伸ばし、ノワとブランの襟首をつまみあげ、木の葉の中から引っこ抜いた。

 そっと地面に下ろされる。
 周囲には――人が、見当たらない。老人の影になっている部分が多いのでその向こうにはいるかもしれないが、少なくとも、ノワとブランが見える位置には誰もいなかった。


「なぜ、ついて来た?」


 老人は言う。
 ブランは巨大な筋肉塊を見上げて、


「……ついて来たんじゃないです。見失いましたから。この場所は自分で見つけました」


 どうにか言葉を絞り出す。
 老人は困ったように笑う。


「……ま、同じことじゃな。どれ、君らのおうちは王都じゃな? 儂が送ってやろう」
「私たちの両親はどこですか? 私たちが売られた理由は?」
「……やれやれ」


 老人がため息をつく。
 それから、


「あきらめることを知らん子のようじゃな」
「謎は解かないと、気持ちよくないんです」
「……ふぅむ。知的好奇心というやつか。なににせよ――危ういことじゃのう」
「知らない方が危ないです。私が――私たちがなんで買われたのか、その理由を、私は知りたい。あの人の考えを、私は知りたいんです」
「……買い主に、なにかおかしなことでもされたのか?」
「されてないです。強いて言えば、私たちを買ったのが、おかしなことです。だって奴隷は安くないのに、二人も、しかも働き手にもならない赤ん坊を買おうっていうのはおかしいことだと思いますから――まあ、金銭のやりとりはなかったらしいんですけど、それでも、赤ん坊を引き取るなんて、特別な理由が必要なはずでしょう?」
「……さて、どうかのう」
「なにか私たちに付加価値があったんじゃないかと、私は思うんです。でも、私たちの買い主に聞いても『わからない』みたいなことしか言ってくれないから、この謎は自分で解かないといけなくて」
「それは『わからない』が答えではないのかのう」
「わからないわけないです。なにか絶対、理由があります」
「なぜそう言い切れる?」
「だって、大事(おおごと)じゃないですか。普通ありますよ、ハッキリした理由。まして――パパ……じゃなくて、買い主は、人を見る目があるんですから。私たちになにかを見出した可能性はあると思います」
「君らは買われた当時赤ん坊なんじゃろう? いくら人を見る目があったとて、赤ん坊を見てなにかを判断できるとは思えんのじゃが」
「私たちの買い主は特別なんです」
「……君は、よほど買い主とうまくやれてるようじゃな」


 老人は笑う。
 それは安堵したような優しい笑顔だった。


「ならばなおさら、過去など知らん方がいい。なにかがあったら知るべきではないし、なにもなければそれはそれで、知らずともいい」
「でも、私たちには自分の過去を知る権利があると思います」
「……都会の子供はみんなこうなのかのう。それとも、君が特別か――まあ、君が特別なんじゃろうな。横の子みたいなのが、普通なんじゃろう」
「あなたは私たちのこと、知ってるんですか?」
「ふぅむ……わかった。君らは――君はあきらめんようじゃから、ハッキリ言おう」
「はい」
「君らのことは心当たりがある。しかし、君らの過去を詳しく話すつもりはない」
「……」
「君たちには特別な事情があり、それを明かすことを、儂は絶対にせん。だからあきらめなさい」
「そこまで聞かされて、納得して引き下がるとでも?」
「納得できなければどうする? どのようにして、この老人の口をこじ開けるのかね?」
「……」
「意地の悪い言い方になってしまったかのう。……ともかく、王都まで送ろう。そして二度と近付かんことじゃ」
「……いいです。自分たちだけで帰れます」
「このあたりは野生動物も少ないが、出ないとも言い切れん。それに――都会の子が親もいないのにフラフラしとるのは、危険じゃぞ」
「いいです!」


 それは子供じみた癇癪だった。
 ブランは、自覚している――それでも、どうしても、苛立ちを止めることができない。

 反論できなかった。
 納得できない――そうだ、『だからどうした』という話なのだ。

 今回は、子供だからはぐらかされたわけではない。
 いや、今までだって、本当は、子供だからはぐらかされていたというわけではなかったのだろう――ブランは気付く。問いかけに答えを返してもらえないのは、自分に力がないからだ。

 自分が、考えなしだからだ。
 だってこの老人に、真実を語らせる交渉材料を用意していなかった。
 そんなものが必要だなんて、言われて初めて、思いいたった。

 だから、苛立つ。
 自分の迂闊さに。
 今まで、そんなことにも気付かず、聞けば答えを返してもらえると思いこんでいた――自分の子供っぽさが、恥ずかしくて、たまらない。

 ブランは老人に背を向けて歩き出す。
 その途中でノワの襟首をつかむ。

 去って行く――敗走していくブランを、老人は見送っていた。
 複雑な表情で、ノワの毛並みと同じように黒い、顎髭を撫でながら。
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