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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十六章 ブランの『始まり』の物語

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217話

 この時、ようやく奴隷商人はアレクに対する認識を改める――彼は貴族のボンボンなどではなくって、ただの後先考えないアホだったのだ。

 だが、好感が持てるアホだった。
 後先考えないあたりは子供をあずけるには不安ではあるものの、一日で莫大な金銭を稼ぎ出す実力を見るに、将来に不安がない。
 いざという時力押しでもなんでもなんとかできる――そういう実力を持った相手であることは充分に伝わった。

 まあ、詐欺師という可能性も一応疑ったが――
 持ってきた金銭がすべて本物だったことと、冒険者ギルドマスターに問い合わせたところ様々なエピソードが聞けたので、色んな意味で本物だろうと奴隷商人は判断した。
 ただし。


「赤ん坊を育てるっていうのは、並大抵じゃないよ。同情やら偽善だったら、絶対にもたないからおすすめはしない」


 金を稼げることと、子育てができることは、また別なのだ。
 奴隷商人の心境は商人よりも親に近い――だからこそ、興味本位や冷やかしの客は彼女のもとをおとずれないし、おとずれても、あんまりにも口うるさいのを煙たがって離れていく。

 彼は離れなかった。
 どういう理由かは知らないが、赤ん坊を買うことにこだわっているようだ。
 ただ――


「わかってる。赤ん坊は目玉を狙ってくるんだろ」


 彼の決意はなんだか的外れだった。
 赤ん坊をなんだと思っているのだろうか。

 奴隷商人は不思議な気持ちになる。
 彼は若いが、年齢的に言って、立派な大人ではあるだろう。
 だというのにどこか幼い。成熟していないというか、子供っぽいというか――

 放っておけない。
 奴隷商人はもともと教師気質であり、多くの子供たちに母親のように接してきた。その経験や気質もあいまってか、どうしても放っておくことができそうになかった。


「……アンタら、商売はなにを始めるんだい?」
「なにも考えてない」


 なんかは考えろ!
 奴隷商人は年甲斐もなく大声をあげそうになった――実力はある。金は稼げる。だというのにこいつはその力の活かし方をなんにも考えていない。

 どうしてこうなった――
 悩む奴隷商人に、女の方が声をかけてきた。


「店舗の大きさは二階建てで、それなりに広いです。一階は冒険者ギルドが構造的に近いでしょうか。大きな部屋が二つあります。二階は部屋数がそれなりに多いですけど、全部そこまで広くはありません」


 奴隷商人は獣人女の話を聞いて、『お前のせいか』と言いそうになった。
 横でものを考える担当が、この幼げな少女なのだ。
 そのせいでアレクは今まで細かいことを考えずに生きてきたのだろう――甘やかしすぎると子供は駄目になるなと奴隷商人は心に刻む。

 しかし――この獣人、抜け目がない。
 店舗の構造を聞かせることで、意見を出させようとしている。


「アンタ、名前は?」
「ヨミです」
「アンタはなにか、やりたいことないのかい?」
「別にありません」
「……二人の店だろ?」
「アレクがやりたいって言うから……ぼくは、別になんでも」


 奴隷商人は頭を抱えた。
 強い力を持ち、力押しで莫大な金銭を稼げるのに、力の活かし方を考えていない夫。
 冷静で頭が回るのだけれど、自分の意思というものを感じさせない妻。

 この夫婦は――あまりに幼い。
 人として、なにかが欠けている。

 放っておけないという思いが強くなってきて、奴隷商人は舌打ちする。
 損な性分だと自分でもわかるのだが、このお節介は年齢を経てもどうにもならない――どころか、歳を経るごとにいや増しに増しているような気さえした。
 大きくため息をつく。


「……店を、実際に、見せてもらおうか」


 奴隷商人は頭痛を覚えながら告げる。
 夫婦は顔を見合わせ、夫の方が「よろしくお願いします」と言った。







「店の構造は宿屋に向いてるけど、このあたりは絶望的に人通りが少ないねえ。冒険者ギルドも、工房ギルドも、商人ギルドも、みんな遠い。狙うべき客層がいない――」


 夕刻。
 王都の大通りから一本入った場所には、まだ屋号のない建物があった。
 二階建ての、石造りの、おんぼろの家屋――これからなにかになろうとしているそこは、何物でもないまま、幽霊屋敷の風情さえたたえて、入口前に立つ三人を見下ろしている。


「――裏通りでも客を呼ぶんだったら、それこそ奴隷商人か娼館かね。娼館なら建物の構造も活かせる。ただしどっちも最近は御上の目が厳しい。新しい女王の御代となってから、アタシらみたいな職業が襟を正さなきゃならない時代になった。いいことだが、新参には厳しいね」


 奴隷商人は笑って、アレクたちを見る。
 そして、


「さて、客が見込めそうもないけれど簡単に始められる宿屋か、客は見込めるかもしれないけど簡単には始められない娼館か、この建物がなるのは、どちらかな?」
「どうしようかなあ……」


 アレクはヨミを見た。
 ヨミもアレクを見ていた。

 二人は黙って見つめ合っていた。
 奴隷商人は歩いて二人の視線のあいだに立った。


「いつまで見つめ合ってんだい。日が完全に沈んだらこのへん真っ暗になるだろ。さっさと決めな。別にアタシの意見で全部決めることはないんだから、この二つならどっちがいいとか、そういうざっくりした感想ぐらいはあんだろ?」
「その二つなら、宿屋かな……娼館はちょっと……自信がない」
「宿屋なら自信があるのかい?」
「ヨミが料理上手だから」
「……」


 なんだかのろけられている気分だった。
 このふわふわした若者たちを本当にもうどうしてくれようか――奴隷商人は、はからずも年齢を感じてしまう。今時の若いもんは、とか言いそうになる。

 奴隷商人は余計なことを言う前に、彼らの店を見に来た本当の目的を達成することにした。
 本当の目的とは――


「で、店を始めるとして、どういう手続きが必要かはわかるのかい?」


 そのあたりの常識――いや、起業しない多くの者がよく知らないはずの、自分で店を始めようとする商売人だけが知っているべき知識を問いかけることが、目的だった。
 このフワフワした夫婦にそのあたりの知識があるとは思えないのだ。

 どのような店でも、勝手に営業を開始すると色々なところから注意を受ける。
 業種によって様々だが、なにをやるにしたって国の許可は必要なのだ。

 場合によっては許可をとるだけで半年や一年は平気でかかる。
 資格が必要な職業であれば、もっと長い期間を起業準備にかける必要があるだろう。

 奴隷商人や娼館が新参には厳しいと言ったのも、そのあたりが理由だ。
 昔はそうでもなかったが、今は必要資格ととるべき許可がやたらと多い――しかも監視が厳しく、許可をとれていない奴隷商人は次々と潰されている。

 なのでこの夫婦が必要手続きを知らなかったら教えてやろうと思っていたのだが――
 意外な返事をされた。


「手続きはいらないんだ。もう済んでる」
「……ちょっとお待ち。どんな店をやるかも決めてなかったのに、もう手続きが済んでるっていうのはどういうことだい?」
「女王様に『なんでもやっていい』っていう許可をもらってあるんだ」
「………………アンタ、詐欺に遭ってるんじゃあないかい?」


 なんだそのテキトーな許可は?
 そんなものでことが済むなら、世の中それだけでいい――難しい試験をパスして資格を得る必要もないし、煩雑な事務作業をこなして許可を得る必要さえない。
 しかし――


「許可は本物だよ。ちょっと女王様と伝手があって、色々と交流する中でもらったんだ」


 奴隷商人は彼についての情報を思い返す。
 そういえば――こいつは、ダンジョンを『何個か制覇して』莫大な金額を実際に持ってきた腕利き冒険者だった。

 あまりにも現実味がなさすぎて考えることを放棄していたが、どんな分野でも突出していれば女王陛下に謁見する機会ぐらいはできるだろうか?
 しかし、特に世が乱れてもいないこのご時世に、強いというだけの冒険者と会う機会を女王がわざわざ作るか?
 反乱の可能性を考えて抱き込んでおいたとか?

 今の女王は以前までの女王よりも頭が切れる印象で、なにを考えているか奴隷商人からではよくわからない。
 まだ成人したての少女だという話だけれど、いや、少女だからこそか、今まで誰も思いつかなかったようなことを次々断行している。

『出しゃばりすぎですぐに暗殺されそうだなあ』という印象だったのに、暗殺されることもなく改革を進めまくっているし……
 思えば今の女王も、目の前の夫婦と同じぐらい現実感のない存在だ。

 ともあれ――
 事実はどうでも、アレク本人が本物と確信してるならいいか、と奴隷商人は思うことにする。
 責任をとるのは自分ではないのだ。
 ……まあ、責任をとらされることになったら、見てられなくて手を貸しそうな気もするが。


「それにしても伝手があったら活かせるんだね、アンタは」
「政治の基本は偉い人に気に入られることだっていうから、がんばったんだ。偉い人に気に入られるには、『相手を守ること』『相手に尽くしていると思わせること』『相手の要求に適度に応えること』だってのは知ってる」
「……誰に習ったんだい?」
「冒険者ギルドマスターに」


 色々普通じゃない男なのはわかった。
 伝手も力も運も、奴隷をあずけるに不足がないと、奴隷商人は改めて思う。

 ただ、二人とも『親』という感じじゃないのが気になる。
 むしろアレクにもヨミにも、まだまだ彼らを教育すべき親が必要という印象だった。

 政治のこともそうだが、彼らは教えられれば覚えるのだろう。
 そう考えて――奴隷商人は、やたらと心がうずくのを感じた。

 それは教師魂とでも言うのだろうか。
 この二人に商売を教えてみたらどうなるだろうという気持ちだ。


「そういえば奴隷の代金の件だけど、いいかね?」


 奴隷商人はそう切り出す。
 アレクは神妙にうなずいた。


「王城よりはまけてもらえると助かるんだけど」
「……アレは断るための文句だよ。普通は、そう言われたら『コイツ売る気ないな』って思うもんだろう?」
「…………ああ、そうだったのか。ヨミの言う通りだった」


 ごめん、とアレクは隣のヨミに謝った。
 ヨミは少しだけ唇をとがらせたが――表情は、乏しい。

 見れば見るほど夫婦という感じがしない。
 駄目な兄と、できた妹という構図だ。


「……金はいらないから、アンタらの人生を少しだけ貸しておくれ」


 ため息まじりに奴隷商人は言った。
 アレクはヨミと顔を見合わせてから、


「人生って?」
「半年――はいらないか。とにかくアタシが、商売の基本を叩き込んでやる。その成果を見て、あの双子の赤ん坊を売るかどうか、決めようじゃないか」


 どうしてここまでしようと思ったのか、奴隷商人自身にもわからない。
 売る奴隷の将来を案じるのは、いつものことだ。
 だから奴隷が売られる家の経済状況と、奴隷の主人となる者の人格はいつも調査する。

 人柄を見極める期間がほしかったのはあったと思う。
 普段奴隷商人のもとに来る客は、だいたい一目で人柄がわかるような者ばかりなのに、この夫婦はまったくわからないのだ。

 勘違いのないよう付け加えれば、普段の客が単純というわけではない。
 来るのはいつも、すでに完成された大人で――奴隷を買うような金持ちは、よくも悪くも完成されるほどの年数を生きているのが普通だった。
 だから未完成で未成熟な、アレクとヨミのような客は珍しく、人柄を見極めるのに普段より時間が必要だったということは、絶対にある。

 ただ、経済状況も人柄も、自分の定めた基準に満たないような者ならば、普段はその時点で奴隷を売らないという旨を告げる。
 客を試す商売人――それでもやっていけるだけの奴隷を育て上げているし、それでも客がつくぐらいに人を見る目はたしかだった。

 客の方を育てようなどと、そんな酔狂、今までになかった。
 だから奴隷商人は自分の心根がわからない。


「とにかく一週間でなに屋をやるかは決めな。話はそれからだ」
「宿屋をやる」
「……あのね、アタシの意見ばっかりじゃなく、アンタもアンタで考えなよ」
「いや、たしかにあなたに言われた理由が大きいけど、それだけじゃないんだよ。考えてみれば俺に宿屋はピッタリだったって思って」
「どういう意味だい?」


 奴隷商人が問いかけると――
 アレクが笑い、片手を横に突き出した。

 そして、手の平の向いた方向に、青い球体が出現する。
 人の頭部ぐらいの大きさで、支えはなく、フヨフヨと宙に浮かぶ、発光する球体――


「これは『セーブポイント』と言って、これに『セーブ』を宣言することで、死んでも経験値や所持品を引き継いで復活が可能になるんだ」
「……」
「これは、俺のいた世界のゲームだと、よく宿屋にあるものだった。だから――『セーブ&ロードのできる宿屋さん』なんてどうかなって、そう思ったんだ」


 発言の意味はなにひとつ飲みこめなかった。
 でも、アレクがそう言って、なんだか満足そうなんだから、それでいいのかなとも思った。
 だから奴隷商人は――


「そうかい、がんばんな」


 一応の声援を送る。
 かくして何物でもない石造りの建物は、宿屋になることとなった。
 後に『銀の狐亭』と名付けられる、今はまだ名前のない店の、これが始まりである。
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