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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十五章 メリンダとリンジィの償い

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213話

 男は不自然な環境にいた。
 部屋に帰ることができないのだ。

 ここは、自分の屋敷だった。
 広い家だ――王都に住む貴族の中でも、指折りの広さだと、自負していた。

 その彼はその家の主だ。
 リベラート。
 そういう名前の、来年五十代になる男性だ。

 赤い髪はいくらか色がくすんでいて、赤銅を思わせる色となっている。
 太い見た目をしているのだが、でっぷりとしているわけではない――体格がいい、とそのように表現するべき、分厚い肉体だった。

 住み慣れた家である。
 石造りの廊下。美しい調度品や絵画がかけられており、足の下には絨毯もある。

 歩いている。
 書斎から寝室に戻る最中だ。
 いくら広い屋敷とはいえ、とっくに廊下を抜けてもいいぐらいの時間はすでに歩き続けている。

 止まりたい。
 でも、なぜかリベラートは足を止めることができないでいた――無意識に歩いているとでもいうのか、足を止めるという選択肢を、なぜか選ぶことができない。


「……どうなっている」


 疑問を口にしながら歩き続ける。
 廊下はいつまでも果てなく続く。
 なにが起こっているのか、わからない。
 足を止めることも、できない。

 ……ずいぶん長い時間、歩き続ける。
 次第に息があがってきた。止まりたい。でも、止まることができない。汗がにじみ、足の裏が痛みをうったえても、まだまだ止まることができない。

 どうなっているんだ。助けてくれ――
 乾く喉では声も出ずに、リベラートは心の声で助けを求める。

 すると、足が止まった。
 まったく無意識のまま突然止まったので、リベラートは転びそうになる。
 手をついてなんとかこらえ、上体を起こす。

 すると、リベラートの視界に一人の人物が映った。
 それは仮面で顔の左側を隠した少女だ。


「……ラウラか?」


 まぎれもなく娘のラウラだった。
 しかし、なにかがおかしい。
 呼吸が苦しい。胸が脈打つ。頭が働いてくれない。
 違和感の正体にたどりつくことができない。


「お父様」


 娘の声。
 しばらく聞いていないが、その疲れ果てた声は幽鬼を思い起こさせる。

 ……そうだ、しばらく聞いていない。
 リベラートは、違和感の正体に気付いた。


「……お前、なぜ、外にいる」


 娘は幽閉していたはずだった。
 また勝手な行動をされて誘拐されてもたまらないから。
 顔の傷を知られると、嫁にもらってくれる家が減るから――まあ、これは無意味に終わったが。

 無意味に終わったから、もういらない存在だった。
 貴族の女に生まれたというのに、他の家とのコネクション作りにも役立たない。こんなものはいらないが、捨てることもできない。

 だから、しまいこんだ。
 いずれ役立つ時が来るだろうという、淡い期待もあったのだ。

 それが、外に出ていた。
 傷のついた宝石が、宝石箱から勝手に飛び出している。
 おどろかないはずがない。


「誰だ? 新しく雇ったメイドか?」


 リベラートの思考は次の段階へと進む。
 つまり――『誰が娘を外に出したか』だ。

 犯人を見つけねばならない。
 そして、見つけた犯人には相応の罰を与えねばならない。


「犯人を言え。貴族に損害を出す平民には、罰を与えねばならない。さあ、言え。誰がお前を出した! 私の傷ついた宝石を、誰が勝手に出したのだ!」
「……それが、理由?」
「なにがだ」
「メリンダと、リンジィに借金を背負わせたのは、それが理由?」
「……薬屋か。それは違う。いや、それもあるが、それだけではなく――」


 言いかけて、リベラートは疑問に思った。
 なぜこんなことをしゃべろうとしているのだろうか?
 そもそも、今の状況はなんなのか?

 考えるのだけれど、頭がふわふわして、考えがまとまらない。
 どこか夢見心地のまま、リベラートは語る。


「――お前の祖父に毒を飲ませたことを、知っているかもしれないだろう?」
「……」
「私が家を継ぐには、邪魔だった。祖父は平民なんぞと付き合いが深かったからな。薬屋も、あれは祖父の幼なじみらしい。信頼できる相手だとか――馬鹿なことを。なぜ貴族が平民なんぞを信用しないとならない。しかも、しかも、位を売って平民に落ちるなどと、そんなことを言い出したのだぞ! 貴族としておかしいだろう!」
「……」
「貴族と平民は違う。人種が違う。なにもかも、違う。貴族なのに平民にまじわろうとするなどという者も、平民のくせに貴族とまじわろうとする身の程知らずも、等しくおかしい。罰を受けるべきだ!」


 リベラートは息を荒げた。
 快感があった。
 ずっと人に秘していたことを、声を大にして叫ぶことができたのだ。

 おかしい、という想い。
 位を売って平民として暮らす方が幸福だ――そううそぶいていた父。
 平民なんぞと遊ぶために屋敷の外に出た、馬鹿な娘。

 みんな、おかしい。
 貴族位とは金で買えるものではなく、貴族であるということは、それだけでいかなる宝石をもしのぐ宝を身につけているのと同様なのだ。

 位の価値を知らない者も、己の価値を知らない者も、嫌いだ。
 貴族をなんだと思っているんだ。
 リベラートはずっと叫びたかった。でも、叫ぶ相手がいなかった。

 初めて、自分が思っていたことを言えた快感。
 リベラートの中でふつふつとわき上がる達成感。
 ――それに、冷や水をかけるように。


「貴族はみなさん、似たようなことを考えるみたいですねえ」


 娘が。
 いや――娘の姿をした男が、言う。


「それとも貴族の中では家格至上主義が一般的なのでしょうか? 位や家のために殺人を犯すというのは、俺にはよくわからない」
「貴様は、誰だ?」
「先ほども申し上げたのですが、俺はアレクサンダーと申します」
「……先ほど?」


 先ほどもなにも、さっき書斎から出て、寝室を目指して歩いていたところだ。
 誰とも会っていない。

 ……そのはずなのに。
 なにかがおかしい。無視してはならない違和感を、無視してしまっている気がする。

 長い廊下。長すぎる、先の見えない、廊下。
 自分の意思で自由にならない足。
 娘の姿をした男の声を持つ謎の人物。

 この状況はなんだ?
 これは――現実なのか?


「今は、娘さんの姿を見ていらっしゃるのですか?」
「……なにを、言っている?」
「あなたがなにを見ているか、俺の側からは観測できませんので」
「…………」


 嫌な汗がにじんできた。
 なにが起きているのかはわからない。
 でも、この状況はあきらかにまずい。


「三つ数えます」


 娘の姿で男が言う。
 リベラートは全身から嫌な汗が噴き出す。
 恐怖で、ねばついた汗。


「三」
「おい、やめろ」
「悪いことは起こりませんよ。二」
「おい、頼む」
「一」


 娘の姿で誰かが笑い、パン、と手を叩いた。
 そして、リベラートの見ている景色が一変する。







 そこは寝室だった。
 本棚、ベッド、壁には絵画があって、足元には薄い茶色の絨毯。
 見慣れた己の寝室。

 終わらない廊下が終わり、寝室に帰ることができたのか?
 嫌な夢だった――そう思い、リベラートは座っていたらしい椅子の背もたれに深く体重をあずけようとする。

 だが、できない。
 ……体が、後ろ側に動いてくれない。

 なぜだと思って、自分の体を見下ろした。
 手足が椅子に縛り付けられていた。


「お目覚めですか」


 背中側から歩いて来た誰かが言う。
 獣のような意匠の仮面。それから、銀の毛皮のマント。

 ――すべて、思い出した。
 書斎から寝室に帰ったリベラートは、部屋で待ち伏せをしていた何者かに襲われた。
 そうして椅子に拘束され――

 夢を見た。
 終わらない廊下の夢。
 歩き続ける夢。


「……アレク、サンダー……」
「思い出していただけたようでなによりです。俺はあまり幻術が得意ではないので、記憶に混濁が見られたらどうしようかと思いましたよ」
「なにを、した……私になにを……いや、私は、お前に、なにを言った……」
「記憶に混濁が?」
「……」
「あなたは白状してくださいましたよ。ご自身がなさったこと、ラウラさんを幽閉していた動機、リンジィさんとメリンダさんにひどい仕打ちをした動機、そして――ラウラさんの祖父、すなわちあなたのお父様に毒を盛ったこと」


 記憶に混濁はなかった。
 妙に気持ちよくしゃべっていたあの言葉は、現実に口に出したものだったのだ。

 罪を自白したということで――
 それが知られれば――特に父殺しがばれれば、貴族位を剥奪されるかもしれない。


「い、嫌だ……嫌だ……助けてくれ……私は、平民なんかになりたくない……! 私は、貴族だ……貴族なんだ……!」
「貴族には二種類いるようですねえ。極度に位にこだわらない方と、極度に位にこだわる方。あなたは後者ですか。平民の身からすると、前者の方が好感が持てますね。……ああ、違うのか。俺も生まれは貴族だったみたいですね、たしか」
「貴族なのか!? 貴族なら、わかるだろう!? 我らは民に支えられて生きている! 位を奪われたら、私はどう生きていけばいい!? 誰が私を支えるのだ!?」
「さて、俺は父親が――産みの父親が貴族だったようだ、という程度ですから。ですがご安心を。俺があなたを告発することはありえません」
「……そうなのか?」
「人に訴えられて刑罰を受けたところで、それは真の反省とは言えないでしょう。出て来て、また罪を犯す。再犯率をなくすことが俺のやり方――だったような気がします」
「……?」
「いえ。ともかく、俺が告発するのではなく、あなたが告白することが重要と、俺は考えています。ですので、告白できるようにお手伝いしましょう」
「手伝い?」
「たしか、そう――カウンセリングですよ。あなたが告白できるようにお手伝いしますね」


 男が腰の後ろからなにかを抜く。
 それは、あまりに無骨な刃物だった。

 切れ味のよくなさそうで、重そうな。
 たとえばアレで肉なんかを切ろうと思ったら、それは『切る』ではなく、『重さで刃を食い込ませながら繊維を引きちぎる』ということになりそうな、刃物。


「告白の手伝いなんて、言葉だけなら、なにかロマンチックですね」


 男が笑う。
 今のは冗談だったのだろうか。

 リベラートにはわからないが――
 男はずっと、笑っていた。
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