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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十五章 メリンダとリンジィの償い

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208話

「……思ったよりも、状況はまずそうですわ」


 夜。
『銀の狐亭』食堂には、珍しく――最近では珍しく、人が少ない。
 修業を終えて宿に帰ったアレクが豆を炒っていると、モリーンがカウンター席に座った。

 アレクは豆を炒る手を止める。
 それから、メリンダとリンジィの気配が客室にあることを確認してから、モリーンへ体ごと向き直った。


「一応確認ですが、メリンダさんとリンジィさんの置かれている状況についての話で合っていますよね?」
「……はい……ちょっと気になったもので、失礼かと思いましたが、調べさせていただいておりました」
「あなたの調査能力は大したものですねえ。『狐』を追ってウチにたどり着くお方だけのことはある」
「……それは、その……総当たりと申し上げますか」
「総当たりで当たりを引けるのは才能ですよ。……それで、まずい状況とは? それは、俺が聞いた方がいい話でしょうか?」
「判断はつきかねますが……お伝えしておいた方がいいかと、わたくしは思いますわ」
「ならば、うかがいましょう」
「お二人の借金は、ある貴族が原因なのですわ」


 モリーンは声をひそめるように語る。
 アレクは微笑み、言った。


「気配が動いていないので、メリンダさんとリンジィさんは寝ていると思いますよ」
「……さすがアレク様ですわね。では、少し声を大きくして申し上げますと――お二人の家はもともと古い薬屋で、『知る人ぞ知る』民間医療の専門家の家系だったようなのです」
「へえ」
「お二人もそのことを誇りに思っていらしたようなのですけれど、ある日、貴族から来た依頼のせいで、問題が起きたようなのです」
「依頼?」
「『薬を調合してほしい』」
「……まあ、薬屋への依頼ならそうですよね」
「その依頼により調合された薬で、ひどい副作用が出たとかで、補償をさせられているというのが今の状況なのですわ」
「ああ、なるほど。しかし、あなたの調査の結果、それは真実ではなかったと」
「……そうですわね。メリンダさんたちの調合した薬で副作用は出なかった――というか、そもそもいらない薬だったらしく、誰も飲まずに廃棄したと、当時、その貴族の家にいたメイドの方からはうかがいましたわ」
「副作用は出なかった。しかし、補償は求められた。……金銭目的とは考えにくいですねえ。いくら数代続いた薬の名家とはいえ、貴族よりお金持ちということも考えにくい」
「……動機の方はまだ調査途中なのですけれど……というか、ここまでは、実際のところそう調べるのが難しい話ではなかったのです。メリンダさんたちを知っている人なら、誰でも知っているような話で――おそらく、メリンダさんも、リンジィさんも、知っていたものと思われるのですわ。『自分たちは難癖をつけられている』という自覚はお二人もあるかと」
「ふむ」
「なので、この件に関して不明な点は、大きく二つですわね。二つともが『動機』――『メリンダさんとリンジィさんが難癖と知りつつお金を払おうとしている動機』、それから『貴族がわざわざメリンダさんとリンジィさんを狙った動機』」


 モリーンはそこでいったん言葉を止めた。
 アレクは首をかしげる。


「それで、モリーンさんは、この話をなぜ俺に伝えようと?」
「……アレク様は、お二人を助けられませんか?」
「なぜ?」
「……アレク様は、わたくしを助けてくださったではありませんか」
「そんなことがありましたっけ?」
「……間接的にですけれど、たしかにわたくしは、アレク様に救われましたわ。いえ、間接的ではなく、直接的なのかもと、今から思えば、そのようにさえ感じますわ」
「そうですか。あれは、人助けだったんですね」
「メリンダさんとリンジィさんは、誰かの悪意により住む場所をなくそうとしているのです。過去のわたくしと同じように――ですからどうか、あのお二人のために、お力を拝借できませんでしょうか?」
「しかし、俺は『宿泊客を過度に手助けしない』という方針だったと思いますが」
「……それは、そのようですが」
「だいたい、なぜモリーンさんは、そこまでメリンダさんとリンジィさんのことを気にされるのですか?」


 アレクの問いかけ――
 モリーンは、考えこむような間のあと、口を開く。


「あのお二人は、まだ間に合いますから」
「……間に合う?」
「これはきっと、わたくしや――オッタさんなども、思うはずのことなのですけれど……メリンダさんとリンジィさんは、まだ大事な姉妹を失っていないのです。わたくしたちと違って」
「……オッタさんにとっての、エンさん以外の奴隷仲間。モリーンさんにとっては――」
「……わたくしより年上の、わたくしのきょうだいたち。罪を着せられ、帰らない者たち」
「…………そういえば、いたとおっしゃっていましたね」
「失った者は帰りません。ですが、失う前ならばやり直せる」
「しかし、今、彼女たちは別にどちらかが死に瀕しているわけではない」
「それはそうなのですけれど……明らかにあのお二人を破滅させる目的で仕掛けてきている貴族が、家を奪っただけで満足するでしょうか? また、家を奪われないよう金銭を用意したところで、それで引き下がるでしょうか? わたくしには、そうは思えないのです」
「なるほど。一理あるかもしれませんね」
「一度欠落してしまったら、永遠に心の穴はふさがりませんのよ」
「それは、経験談ですか?」
「……はい。心の穴をごまかしたり、欠落してしまった喪失感に区切りをつける手段は、あるのかもしれません。たとえば復讐など――しかし、欠落は、埋まることがありません。ですからそういう喪失感を、あの子たちには……あの子たちに限らず、なるべく多くの人に経験してほしくないというのが、わたくしの気持ちですの」
「なるほど」
「ですからどうか、あのお二人になにか起こる前に、起こる可能性を排除したいのです。それは――わたくしの力では、難しいのですわ。ですからどうか、アレク様のお力を貸していただけないものかと、無理をおして、お願いを……」
「疑問があります。正直に答えていただけますか?」


 アレクは言う。
 モリーンは、真剣な顔でうなずいた。


「わたくしにお答えできることでしたら、なんなりと」
「あなたにとって、俺はどういう人物ですか?」
「……はい?」
「文句でも不満でもかまいません。率直に答えていただけると、助かります」
「え、ええと……申し上げにくい表現をふくむのですけれど……敬意を欠くといいますか」
「隠し事をしないでいただければ、それが俺に対する最大限の敬意です。それに、あなたが俺に対し敬意をもって接するべきと思っていることは、今ので伝わりましたから」


 アレクの言葉に違和感があった。
 モリーンは眉をひそめる――アレクの言葉に違和感がある。このこと自体は、いつものことなのだ。彼の発言に違和感がなければ、そのこと自体が違和感である。

 ただ――なにか、いつもと違うような。
 違和感に対し違和感を覚えるというモヤモヤがモリーンの中にわだかまる。

 ともあれ、求められた疑問に応じねばならない。
 モリーンは可能な限り正直に、感想を申し上げる。


「あの、ものすごく率直に申し上げまして――アレク様は、頭がおかしいのではないかというのがもっぱらの評判ですわ……」


『もっぱらの評判』という発言は、心が逃げに入ってしまっていたからだ。
 私は思う、と断言せず周囲を巻き込むのはよくなかったと、言い終わってからモリーンは気付いた。

 こわごわとアレクの反応をうかがう。
 だが、彼は気分を害した様子もなかった。
 興味深い研究材料を発見したかのように、顎に手を添えて、考えこんでいる。
 そして――


「なるほど。他には?」
「……ええと……」


 モリーンは困り果てていた。
 アレクと過ごした時間を思い返して、彼という人物を探ろうとするのだが……
 頭がおかしいエピソードしか思い浮かばない。

 いくらなんでも『頭がおかしいです。以上』では失礼すぎる。
 第一――助けられている。
 なんらかの事情があったにせよ、その行為を思い返すに、彼は――


「……あり得ないことを、あり得るようにしてしまえる方、でしょうか」
「ふむ。あり得ないことというのは、発想的に?」
「それもあるのですが……なんというか、『こうなったらいいな』を叶えてくださる方でしょうか。そう、だから――いい人なのだと、わたくしには、思えます」
「『いい人』か」
「……すいません、あまりアレク様のお役に立てませんで……」
「いえ、ありがとうございました。おかしな質問をしてすみません」
「ええ!?」
「……どうされました?」
「い、いえ、まさかアレク様がご自身のなさった質問を『おかしな質問』と表現なさるとは思ってもみませんでしたもので……アレク様はいつもどのようなことをされたって『普通ですよ』と揺らがずおっしゃる方だと、思っておりました」
「なるほど」
「……あの、しかし、本当におかしな質問だと思います。そもそも、わたくしに聞くよりも、もっとアレク様のことを知っていらっしゃる方がいると思うのですけれど……ヨミさんなど」
「それもそうですね。今度聞いてみます。それで、モリーンさんからのお願いについてですが……」
「……は、はい」


 急激な話題転換――
 いや、今されていた質問こそが横道なのだから、軌道修正をしただけなのだけれど……
 ともあれ、アレクは言う。


「俺の方でも調べてみましょう」
「よろしいので!?」
「そうすることが正しいと判断しましたもので」
「そうですわよね。やっぱり、困っている人は放っておけませんものね」
「……まあ、そういう感じで修業と平行しつつやっていこうと思います。モリーンさんもなにかなさいますか?」
「な、なにかとは?」
「メリンダさんとリンジィさんについて、ずいぶんとこだわっておいでのようですから。すべて俺が引き継いでしまってもいいのですが、消化不良かなと思いまして」
「……手伝わせていただけるんですの?」
「あなたが純粋なお客様であればここらで手を引いていただきますが――まあ、従業員ですし、いいでしょう。ただし、大変ですよ」
「それはもう、大丈夫ですわ。お任せくださいまし」
「では、そのように。追って指示を出しますのでお楽しみに」


 お楽しみに。
 どうしてだろう、その何気ない言葉が怖すぎる。

 ともあれアレクは動き出した。
 ならば事態の解決はすぐだろう。

 モリーンはこれから任されるであろう仕事に不安と緊張を覚えつつ立ち上がる。
 なにをさせられるかわからないなら、今のうちに休んでおく必要があると判断したのだ。


「それでは、わたくしはお部屋におりますので、なにかありましたら――」
「時系列がおかしいですね」
「はい?」
「あなたがメリンダさんに肩入れし始めたのは、メリンダさんに姉がいるとわかる前のことだったなと、今思いまして。メリンダさんたち姉妹ではなく、メリンダさん個人に肩入れした理由はなにかあるのですか? 最初からメリンダさんに姉がいることや、その事情を知っていたわけではないはずですし」
「そうですわね。メリンダさんにお姉さんがいるというのは、メリンダさんに言われるまで知りませんでしたわ」
「ならば、あなたはなぜ、メリンダさんに最初から肩入れしていたのですか?」


 似たようなことは、メリンダ本人にも聞かれた。
 その時は答えられなかったが、今ならば、言葉にできる。
 ……まあ、もったいぶるようなことでは、全然ないのだが。


「責任を感じたのですわ」
「……責任?」
「いえ、その……メリンダさんの目の前で、アレク様を殺してしまったではありませんか」
「そうですね」
「目の前で人が頭部を消失させるというのは大変なことなので、わたくしのせいで心に傷ができたのではないかと……それで優しくしようと……」
「……」
「罪滅ぼしというか……彼女に負い目がなぜかあって、同じ、差別的に扱われることの多い人種のせいか、年下だからか……色々悩んだのですが、『目の前で殺人シーンを見せてしまったからそのフォロー』というのが自分の中で一番しっくりきまして、その――」


 モリーンは言っててだんだん自分がいたたまれなくなってきた。
 なので――


「――アレク様も、そういうことございませんか? あまりに残酷なシーンを見せてしまったあとで、それとなくフォローしようとかそういうの……」


 普段ならば、言う前に『ないか』と結論するような当たり前の――
 当たり前すぎてアレクに共感や理解をしてもらえるとは思えないようなことを、つい、同意を求めるようにたずねてしまった。

 アレクはいつものように笑う。
 そして、


「そうですね。そういうことも、あるかもしれません」


 モリーンに同意するようなことを述べた。
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