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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十四章 ネイの都市伝説取材

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193話

 もう充分だ、と誰かが言った。
 それはきっと内なる自分の声なのだろう――そうネイは思う。

 なんだかよくわからないが、修行はやらされた。
 これが本当に、なんだかよくわからないのだ――二言三言会話しているうちに、なぜだかやること前提の流れになっていて、自分もやるような気分になっていた。
 見事な心理誘導と言うしかない。

 もっとも、そのあたりアレクは考えてやっているわけではないのだろうというのが、ネイの見立てだ。
 なんというか――彼は天然なのだ。
 天然で、なにかズレている。

 修行がほとんど一対一で行われたことも、心理誘導に引っかかった理由の一つだろう。
 彼があんまりにもゆらがず独自理論でしゃべるので、二人きりで話していると『あれ? 間違っているのは自分なのかな?』という気分になってくるのだ。

 なるほど――『死なない宿屋』。
 怖ろしいところである。


「そういえば、あなたは目的とかありますか?」


 修行は――ひと区切りついたのだろうか?
 倒れ伏し耳も尻尾も全身もピクピク痙攣させつつ、ネイはアレクの声を聞く。

 場所は相変わらず『爆ぜる洞窟』の内部だ。
 そばにはアレクしかいない。耳には先ほどからすさまじい轟音が届き続けているから、ノワは別な空洞で修行をしている最中だろうか?


「目的……ですか……」


 かすれた声でそれだけ言う。
 なにも考えていない。ただの反射行動みたいなものだ。

 魂の入っていない声――
 しかし、アレクはうなずいた。


「俺はこういう、『お試し』みたいな修行をしたことがないのです。修行を受ける人は必ずなにか目的があり、そのために命を懸けても惜しくないという方ばかりでした。だから、今、少し困っています。やめ時がわからない」


 やめ時。
 それはまあ、きっと今なのだろうとネイは思う。

 だって、記事にするだけならもう充分だ。
 というか、こんなの記事にできない。
 何度も死にましたが、生き返りました――とか書いたら、今でさえうさんくさく思われている『冒険者ネイの異界通信』が、完全に嘘ばかり並べた記事だと思われてしまう。
 それでも続ける理由を考えるならば、それは――


「……続ける前に、少し成果を試したいんですけど。本当にこの修行で効果が出ているかわからないと、記事にできませんから。効果があれば、続けてもいいかなとは、思います」
「そうですか。まあ、俺はステータスが見えるので効果は一目でわかりますが、あなたはそうもいかないでしょうしね」
「ステータス?」
「能力値とか、強さとか、そういう意味で使っている言葉です。異世界の――ああ、そういえばあなたの記事は『冒険者ネイの異界通信』という名前でしたね」
「そうですけど」
「ということは異世界についてなにかご存じで?」
「……いや、あの、『異界』という言葉はですね、『世の人が知覚できず、しようとも思わない不思議なこと』という意味で使っている言葉でして……」
「ああ、そうなんですか。あなたも異世界転生者とかそういうことを、少し期待してしまったのですが」
「……アレクさんは異世界転生者? なんですか?」
「そうですね。だから、同胞だったらいいなあ、と。最近見つけた同胞の方は殺してしまいましたし」
「…………」


 経緯も事情も真偽も不明だが――
 今の語り口だと、仮にネイが異世界転生者だったとしても、『そうだよ』と明かしたら殺されそうに聞こえた。


「ところで『お試し』はどうされます? よろしければ手配しましょうか?」
「えっと、その『お試し』とは?」
「修行の成果を試すのでしょう?」
「あ、はい、そうです」
「今回あなたはSTR、VIT、DEXが上がりました。本当であれば基礎訓練としてもっとHPやVITを伸ばすのですが――」
「ちょいちょいちょいちょーい!」
「――はい?」
「わからない専門用語山盛りで読者に伝えたいことが伝わると思ってるんですか!? 記事として失格ですよ!」
「しかし他に適切な言葉もないもので。あと、別に記事を書いているつもりでしゃべってはいません」
「言い換える努力をしましょうよ!」
「でしたら、STRを筋力、VITを丈夫さ、DEXを器用さ、素早さと認識していただければちょうどいいかなと」
「最初からそう言ってくださいよ!」
「申し訳ありません。つい、見えているまま言ってしまって」
「……見えてるんですか?」
「見えてます」
「なにが?」
「数字と文字が」
「……」


 記者として質問責めにしたい気持ちもあったが――
 なんだろう、かかる時間のわりに収穫がないような予感がひしひしとした。


「とにかく――とにかく、本当にあなたの修行に効果があったのか、実際に確かめるまで、次の修行を受けるなどということは言えません! まずは成果を試させてください!」
「しかしただ成果を試すだけというのはもったいないですよね?」
「まあ……」
「そこで、修行しつつ、修行の成果を試す方法があるのです」


 おかしい。
 話の雲行きが、またしてもおかしい。


「いや、その手には乗りませんよ! 試すならば、自分で試します!」
「なるほど、それもいいでしょう。ちなみにどのような試し方をされるおつもりで?」
「それは……まあ、昔挑んだダンジョンにもう一度行ってみて、楽になったかどうか体感してみるぐらいですかね?」
「ああ、でしたらちょうどいいですね」
「なにがですか」
「『入門者の洞窟』は行ったことありますか? だいたいの冒険者が、冒険者登録直後に向かうことになるダンジョンですが」
「まあ、ありますけど」
「そこで、実力がついたかを確認しながらできる修行があるんですよ」
「いえ、その……」
「修行を続けようかどうかは、迷っているようにお見受けします」
「……そうですね」
「明確に『やめる』という意思がないのであれば、せっかくですから、次の修行を受けつつ、実力がついたかどうかをたしかめつつ、決めませんか? その方が、どちらか片方だけに時間を割くよりも、よほど効率的だと、俺は思います」
「……そう、ですけど」


 そうですけど。
 なんだろうこの、筆舌に尽くしがたい想いは。
 別におかしなことは言っていない――『修行の成果を試したい』『強くなりたい』、両方を同時に試せるのならば、それはもう客観的に述べて素晴らしいことに違いはないのだろう。

 けどなんか……
 なんか!


「そこで俺が提案させていただくプランがあるのですが」
「……いや、その、片方だけに時間を割いてもいいと思います!」
「なぜ?」
「なっなぜ!? いえ、その……なぜと言われると困るのですが……!」
「あなたはまだお若いので、こんなことを言われても実感に乏しいかもしれませんが――人生はそう長いものではないですよ」
「……まあ、はあ」
「特に、若い時など、振り返れば一瞬のうちに過ぎていくものです。その時間を非効率的に使うというのは、もったいないと思いませんか?」
「……」
「特にあなたは冒険者が本業でしょう?」
「まあ、その……貼り出している記事は収益ゼロなので、そうですね……」
「いつ死ぬかわからない――ならば、早いうちに死なないよう訓練を終えてしまうのは、メリットこそあれ、デメリットはないはずだ」
「……う、うーん……」


 たしかにそうかもしれないというような気がしてくる。
 いや――かもしれない、じゃなくて、そうなんじゃないか?

 アレクはそう歳をとっているわけではなさそうだが、ネイよりは間違いなく年上だろう。
 年長者の言葉というのは、ネイにとって重く感じられるものだった――なにせ、両親がいないのだ。こういう人生訓みたいなものを語ってくれる相手は貴重である。

 まして、アレクは芯からこちらの身を案じているように言うのだ。
 しかも彼の言葉はきちんと筋道立てられている――修行をする理由、メリット、しない場合のデメリットがあがっているのである。

 対して自分は『なんか』という理由で修行を断ろうとしているのだ。
 ……あれ? 間違っているのは自分なんじゃないか? ――ネイはだんだんそんな気がしてきた。

 ここでもう一押しされれば、是非もなくうなずいてしまうだろう――
 そのタイミングで、アレクはこんなことを言う。


「ですが、最終的に決めるのは、あなたです」
「えっ!?」
「俺は、あくまでも俺が『いい』と思うプランと、『いい』と思う理由を提示したまでです。あとは、あなたの一存にゆだねられます。俺を説得し、納得させる必要も、ありません。修行をするのは俺ではなく、あなたなのですから」
「そ、それはもう、その通りなのですがっ!」
「それで、どうされます? 修行しながら成果を試すか、修行の成果を試すだけにするか、どちらになさいますか?」
「今ここで決めるんですか!?」
「時間がもったいないから同時にやった方がいい、というのが俺の主張です。なので、検討するのに時間がかかってしまうようでは、本末転倒でしょう?」
「たしかにそうなのですが……!」


 それはそうなのだが、すごく困ります……!
 ネイは愕然とする。この、のぼっている最中にハシゴを外されたような、この、このなんかこうモヤモヤっとした気持ち!

 もういっそ、そっちで勝手に決めてほしい、従うから――ネイの胸中には、そんな気持ちさえ、わき上がってくる。
 頭がぐるぐるしてきた。


「まあ、決めかねているようでしたら、とりあえず修行の成果を試してきていただくのがいいと思いますよ。宿まではお送りしましょう。ノワの方の修行も、一段落ついたようですし」


 気付けば、ダンジョン内に響いていた轟音が消え失せていた。
 ノワが壁を殴っていれば爆発音とかが聞こえるはずなので、ノワの方の修行も一段落ついた――というのは、たしかだろう。

 ひょっとしたら一度死んで『ロード』中なだけかもしれないが、セーブポイントはノワの修行場とネイの修行場のあいだに出されてしまったので、確認するには少々歩く。
 そしてネイが歩き出せば、アレクは『自分の提案は採用されなかった』と認識するような気がする。

 ネイはもう、どうにでもなれと思った。
 意を決したわけでもなく、勢い任せで、言う。


「やります!」
「――おや、よろしいので?」
「え、ええ、もう、やります……やってやりますよ! たしかに時間もったいないですし、ウチの書いている『冒険者ネイの異界通信』は体験取材が旨ですからっ! その修行兼修行の成果お試し修行、やってやりますよ!」
「そうですか。では、修行内容をご説明しますね」
「はい!」
「ダンジョンにこもって、モンスターを全部倒していただくだけです」
「は……はい!?」
「『入門者の洞窟』は当然、ダンジョンマスターがいて、モンスターが生成され続けていますが――大丈夫、秒間六匹ペースで総合五百匹も倒し続ければ、いなくなりますから」
「…………」
「あなたでしたら、五日もこもり続ければ、可能だと思います」
「……五日? ダンジョンに、五日?」
「そうですよ?」


 それ以外ないでしょう? みたいに言われた。
 たしかに文脈から判断してそれ以外にないのだけれど、こちらの論旨はそうではなくて――


「――アレクさん、正気ですか?」
「俺は正気です。ごらんの通りね」
「ごらんの通りと言われると、正気とは判断しかねるのですが」
「そうですか。相手のことがどう見えるかは、各人の立場によると思います。それで、どうされますか? やっぱりやめますか? 体験取材」
「あの、臨死体験の取材をするつもりではないのですが……」
「大丈夫、臨死どころか死にますから」


 この人今『大丈夫』って言った?
 笑顔で?

 なんだろう、『死なない宿屋』の秘密を探るべく取材に来たのに、もうそんなものがどうでもよくなりつつある。
『セーブポイント』という非常識も、『修行』というものも、とるに足りない――一番記事になりそうなのはこの宿屋店主の人格だとネイには思えた。それも事件記事。

 どうするもなにも、普通、やめる。
 さようならと言って二度と来ない。
 ――でも。


「やりますよっ! やってやるんですから!」


 ネイは首飾りを握りしめる。
 牙の首飾り。
 両親の形見で――両親がどこかのダンジョンで手に入れた、戦利品だ。

 ここまできたらヤケだとか、ここで引き下がるのは体験取材を旨とする記者としてどうなんだとか、言っていることはおかしいが一理あるなとか、このアレクという超常現象を取材してやろうと記者魂がうずいたとか、色々理由は浮かんだが――

 ――可能性。
 修行を続けて、強くなって――そうしたら、長いあいだ婉曲的な方法でしか目指せなかった目標を、もっと簡単に目指せるんじゃないかなと。

 自分が都市伝説を追い求める記者となった理由たる事件に、オチをつけられるんじゃないかなと。
 そんなふうにも、思ったのだ。


「では、宿で休憩をしてから、修行場に向かいますか」


 ネイの態度をどう思ったのか、彼はそのように承諾した。
 その表情は、すべてを見通しているようにも、特になにも考えていないようにも見える、笑顔だった。
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