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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十四章 ネイの都市伝説取材

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192話

「では修行ですが、ひたすら壁を殴るだけです」


 そう言われて、ネイは苦笑しつつも納得した。
『死なない宿屋』の『死なない』秘密たる修行――とはいえ、まだ幼いお子さんにつけるようなものだ。まあこの程度だろうな、と思ったのだ。

 心中には安堵もあった。
 だって――連れてこられた場所は、ダンジョンだったのだ。

 そこは『爆ぜる洞窟』と呼ばれるレベル六十のダンジョン――らしい。
 レベル六十といえば、たいそうな難易度だ。
 一般の冒険者のだいたいがレベル三十程度のダンジョンを引退までの稼ぎ場としている。
 六十というのは単純にその倍である。

 つまり『長くやっていればいつかたどり着く』とか『なにかの偶然でクリアできる』とかではなく、才能があって、目的意識があって、ちゃんと鍛えて目指すようなレベルで――
 才能や努力があったからってたどり着けるとは限らない難易度なのだ。

 こんな場所にいきなり連れ込まれてネイはためらったが――すでに制覇済みのダンジョンらしい。
 モンスターは出ないし、罠の解除もすんでいるらしいので、歩く分にはなんの危険もない。

 しかもダンジョンを構成する鉱石がぼんやりと赤く光っていて、視界にも困らない。
 構造だってそう複雑ではない。

 それでもダンジョンで修行をさせられるという異常な状況に緊張していたが――
 耳にした修行内容は簡単そうなもので、ホッとしたのだ。


「ノワは内容わかってると思うけど、お客さんがいるから、あらためて説明を」
「うん」


 親子はそんな会話をして、視線をネイに向けた。
 ネイはペコリと慌てて礼をして、


「お手数かけます! 説明、よろしくお願いします!」
「はい。では――ここは『爆ぜる洞窟』と呼ばれるダンジョンでした、というあたりまでは先ほど、道すがら説明したと思います」
「はい。制覇済みのレベル六十のダンジョンでしたよね?」
「そうですね。では、なぜここが『爆ぜる洞窟』と呼ばれているかはご存じでしょうか?」
「いえ、ダンジョンのことはなにも知りませんし、興味もないです! ウチが興味あるのは都市伝説だけです!」
「そうですか。この洞窟は爆ぜるのです」
「…………ええと、それはまあ、『爆ぜる洞窟』なんだから、爆ぜるんだと思いますけど」
「壁や天井などに一定以上の衝撃を与えると、爆発します。殴って、その爆発および高速で飛来する壁の破片などから身をかわしつつ、一定の距離を掘り進むのが、この修行ですね」
「……」


 なにかこう、雲行きの怪しさを感じる。
 親子のほのぼの修行コーナーではなかったのか?

 ネイは少し考えた。
 それから、思いついた疑問をぶつけることにする。


「あの、ケガしそうなんですけど、大丈夫なんでしょうか?」
「ケガで済んだらそれはもちろん『大丈夫』と言えるでしょう」
「言い回しがよくわからないです。もう少し明瞭にお願いします」
「そうですね、十回壁を殴ったとしたら、九回は反撃ダメージで死にます」
「……は?」
「なので、死なず、ケガで済んだらそれは、『ああ、大丈夫だった』と胸をなでおろすべき被害の少なさだと、そういうことを言いたかったわけです」
「……つまり、十人の人がこの洞窟で壁を殴った結果、うち九人が死んでるという……?」
「死んだ実数はもっと多いと思いますよ。このダンジョンが現役だった当時、ダンジョンに挑んだ人や、ダンジョンのモンスターが少なからず壁を殴っていると思うので」
「いや、そうじゃないんです。ウチの聞きたいポイントはそうじゃないんです」
「では、なんとお答えすれば?」


 アレクが首をかしげる。
 ネイは思う――この人は、質問の仕方を少しでも間違えると望む答えを返してくれないタイプの人だ。

 たまにいる。『昨日なにしてた?』と聞いたら『呼吸』とか答えるアレである――まあそりゃあそうなんだろうけれど、こちらの質問の主旨はそうじゃない、というアレだ。
 しかもアレクはわざとはぐらかしているわけではなく、天然で察してくれていない感じなのでいっそうタチが悪い。
 だからネイ側が考えて、質問する。


「今からやる『壁を殴る』修行、死者が出ていたりするんですか?」


 出てる、と言われたら修行は見学のみにしよう。
 出ていない、と言われたら次の質問を考えよう。

 頭の中にそのような選択肢を用意して、ネイはアレクの言葉を待つ。
 すると、彼は言う。


「その質問はお答えするのが難しいですね」


 ……まさかの第三選択肢であった。
 都合が悪いからはぐらかした――というふうでもない。
 本当にどう答えていいのか迷っているような、そんな感じである。

 しかし、じゃあどう聞けばいいんだ。
 ネイが質問の仕方を考えていると――
 アレクが、逆に質問してきた。


「ネイさんは、『死ぬ』とはどういうことだと考えますか?」


 まさか死生観をたずねられるとは思っていなくて、ネイは固まる。
 ウチの記事はそういうのじゃないんですよ――とも答えられない。

 なにせ『冒険者ネイの異界通信』は知られざるこの世の真実、世間で言う都市伝説とか与太話とかを扱っているのだ。
 死生観にまつわるオカルティックな話題だって取り扱うし、今度の特集は『死なない宿屋』の予定だ。

 なるほど、死生観は大事だ。
『死なない宿屋』を扱うならば用意しておいてしかるべきだった。

 ネイは自分の準備のいたらなさを恥じ、反省する。
 そして考えてから――


「そ、そうですね……『死ぬ』とはつまり……うーん……『人に死んだと思われること』じゃないでしょうか?」
「なるほど。なんとなく記者さんらしい考え方ですね。他者の認識の中で死んだならば、それは肉体的な死も同然――含蓄がありますね」
「いえ、まあ、そんなたいそうなことじゃなくって……どんなに生きてるってうそぶいても、死んだとみんなに信じられてたら、それはもう、その人の生存なんて――都市伝説みたいなものですし」


 信じられないもの。巷説の中にだけ存在するもの。
 与太話。
 本気にしたらおかしいと思われるもの――都市伝説。

 だからネイは都市伝説を追い求める。
 都市伝説はただの幻じゃなくて、実像が人の口にのぼってゆがめられただけの、実在する話なのだと――そう、世に示し続けている。


「では、あなたの質問に対する答えは、『死者はいません』となりますね」


 アレクは答えた。
 そっかー、じゃあ安心ですね! ――なんて言えるほど、空気は穏やかじゃない。


「でも、それとは別に、ほら、医者が診断する『死』も、やっぱり『死』だと思いますよ? あのあの、呼吸が止まったり、そういうのもね?」
「なるほど。でしたら、死者がいるかもしれません」
「あの、明瞭にお答えいただけますか!? 実際にその修行で死んだのは何名なんですか!?」
「その質問も、お答えするのが難しいですね」
「……」
「あなたは残機を『一人』とカウントする方ですか?」
「は、はあ!?」
「この世界の人向けの説明が難しく、俺は未だにコツがつかめないでいるのですが――たとえば、あなたが死んだとしましょう」
「不吉なたとえですね……」
「失礼。でしたら俺が死んだとしますか」
「まあなんでもいいですが……それで?」
「俺が死んだとします。しかし、その俺が復活しました。この場合、あなたは『一人死亡』と数えますか? それとも、結果的に生きているので、『死者なし』と数えますか?」
「ええっと、仮定が意味不明すぎてお答えしかねるのですが……その仮定だとあなたは生きてるんですよね? 生きてるっていうことは、死んでいないのでは?」
「いえ、死んでいるけれど、生きているとしてください」
「あの、死んでいる人は、生きていないです」
「ですが、死んでいるけれど、生きているのです」
「じゃあ生きてるんじゃないでしょうか……?」
「では、この修行で死者はいません」


 わかった。
 これは――会話だけだとらちが明かないやつだ。

 挑むしかない。
 しかし――挑むの? これに?
 死ぬとか死なないとか言っているヤツに?

 もう、ネイの頭の中では『親子のほのぼの修行ごっこ』という可能性は消え失せていた。
 これから始まるのは、なんだか得体の知れない、無気味な、修行と称されるが実態はまったく別ななにかだ。

 と、ネイはまだしていない質問に気付く。
 慌てて、口にした。


「あっ、あの、復活っておっしゃいましたよね!?」
「はい、申し上げました」
「その復活って……ええと、死者を復活させる技術が存在するんですか!?」
「死者を復活させる技術はありません」
「えええ!? じゃあ、なんで死んでも復活するとか仮定したんですか!?」
「ああ、なるほど。そういえばご説明がまだでしたね」


 どうやら正解の質問をできたらしい――
 安堵するネイの目の前で、アレクが片手を横にかざす。

 すると、不思議な物体が、手のひらの向いた方向に出現した。
 それは人の頭部ぐらいの大きさの、青い球体だ。
 かすかに発光していて、支えもなく、ふよふよと宙に浮いている。


「これは『セーブポイント』といいます。これに向けて『セーブ』を宣言していただくことで死んでもここからの復活が可能です。ですが――一度『セーブ』しても、セーブポイントが消えていたりすると、復活できないのでご注意を」
「……セーブポイント?」
「はい。記憶、経験も引き継げますよ。ただ、壊れた装備や失った金銭などは戻らないのでご注意を」
「……それ! それこそが『死なない宿屋』の『死なない』秘密じゃないですか!? 修行よりよっぽど死なないやつですよ!?」
「そうでしょうかねえ。こんなもの、ただのオマケだと思いますけれど。本当に大事なのは、特殊な能力ではなく、積み上げた自身のスキル、ステータス、それから経験だと俺は思いますけれどね」


 言っていることは大変まともなのだが……
 そういったまともな心構えがどうでもよくなるぐらい、この『セーブポイント』というのは常識外の存在であった。

 もっとも、彼のした説明が真実であった場合に限る。
 死んでも復活します――などとやすやすと信じられるわけがないのだ。

 たとえば、そう。
 ……実例を見るとかしないと。


「パパ」


 ネイがちらりと幼い猫獣人――ノワを一瞥してしまったタイミングで、彼女がつぶやく。
 アレクはノワの方を振り返り、


「じゃあ、ネイさんに実例を示すためにも、ノワ、やってみようか?」
「わかったの」
「じゃあ、セーブをして」
「うん。『セーブする』の」


 その宣言の直後――
 ノワが壁を殴った。

 それは小柄な少女とは思えないほどの膂力であった。
 殴った壁に亀裂が入る。……見た感じ、特別柔らかいというようにも見えない、少なくとも普通の岩ぐらいの強度はありそうな壁に、だ。

 一瞬の間。
 そして――次の瞬間、壁が爆ぜた。

 轟音と衝撃、それから粉々に砕けた壁の破片がつぶてとなって迫り来る。
 ネイは時の流れがやけに緩慢になっていくような感覚を覚えた。
 そして――どことなく、のんびり、思う。

 ――あれ?
 ――これ、ウチ、死なない?

 砕けた壁は、砕いた者だけを狙う、なんていうことはなかった――普通に全方位関係なく迫り来る。ノワにはもちろん、アレクにも、そしてネイにも。
 ノワは大丈夫そうだ。ものすごいフットワークで避けている。
 しかしネイはそうはいかない。せまる破片。爆風、一瞬あとの死を予感する。


「おっと、いけない」


 とかいう男性の声が、やけにのんびり耳にとどいた。
 ――時の流れがもとに戻る。
 一瞬を何倍にも引き延ばしていた知覚がもとに戻り、ネイはすさまじい速度で迫り来る破片や爆風に対応するため、目を閉じ、腕で顔をかばった――もちろん、そんな程度で対応とは呼べない。よくて大怪我、悪くて死亡だろう。

 だが、そんなことにはならなかった、らしい。
 おそるおそる、目を開ける。
 すると、視界に入ってきたのは、アレクの背中だった。


「すいません、あなたにもセーブをしていただかなければならなかったのに」


 彼が肩越しに振り返って言う。
 どうやらネイになんの被害もなかったことと彼がいつの間にか目の前に立っていたことは、なんらかの関係性があるらしい。

 ネイはパクパクと口を開閉させた――言いたいことがいっぱいあるはずなのに、なんにも言葉にならなかったのだ。
 そのあいだに、アレクが肩をすくめる。


「ああ、ノワ、避けるのに失敗してしまったようだね」


 ネイは固まる。
 避けるのに失敗――ということはつまり、よくて大怪我、悪くて……

 ネイは顔を青くして、アレクの背中から少しだけ顔を出し、ノワのいるあたりを見た。
 するとそこには無残な子供の死――

 ――体が、あったように、一瞬、見えた気がしたのだけれど。
 なんだか幻みたいにパッと消えて。
 次の瞬間には、ちょっとだけボロッとしたノワが、普通に、元気に、立っていた。


「失敗しちゃったの」


 えへへ、と笑う。
 かわいい子供の笑顔そのものだ――今生き返ったばかりとは思えない。

 アレクはノワに近寄っていく。
 そして、微笑んで彼女に問いかけた。


「まだやるかい?」
「やる」
「お前は別に腕力を鍛えなくたっていいんだけれど。魔法があるんだから」
「……でも、いつもブランに殴り合いで負けるの、やだ」
「俺はお前たちが殴り合いのケンカをする方が嫌なんだけど……まあ、強くなりたいのはいいことだし、お前が続けるっていうなら、続けようか」
「うん!」


 かくして修行は続行されるらしかった。
 ネイの頭にフラッシュバックする。血まみれの地面、転がる少女、そして――


「というような修行ですが、では次はネイさんにやっていただきますか」


 ――そして。
 フラッシュバック。
 物言わぬ、転がっていた少女と、自分の姿が、重なる。


「今ごらんいただいたように、死ねば自動でロードされて、生き返ります。――死んでも、復活するのです」
「……」
「つまりはこういうことですが、あなたはどう思われますか?」
「え?」
「この修行に死者はいますか? いませんか? ――そこでストレッチをしているノワは、死者ですか? それとも、生者ですか? あなたは、どう思います?」


 彼は笑っている。
 ネイは、うまく言葉が出なかった。

 というか、呼吸ができない。
 ただただ頭の中に『生』という文字と、『死』という文字が、踊るばかりだった。
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