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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十三章 ヘンリエッタとの思い出

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190話

「……アレクさん、あたしのママがすげー迷惑かけた感じで申し訳ねえ」


 回想録を読み終えて、ホーはまず謝罪した。
 あたりはとっくに夜らしかった。

『銀の狐亭』従業員寝室には明かりが灯っている。
 さらに言うならば、掃除中で散らかっていたはずの部屋は、すでに片付いていた。

 ホーが髪で持っていたちりとりや箱なども、存在しない。
 ……いつとられたのだろう。
 掃除の時ぐらい物音や気配があっていいと思うのだけどれど。

 あの男性は――『銀の狐亭』主人、アレクは、つくづく人としてどこかおかしい。
 ……今も、気付けば壁によりかかって『我が強敵に捧ぐ』とか表紙に書かれた本を読んでいたし。
 アレクは少し間があってから、ホーの声に反応する。


「読み終わったのかい?」
「……ああ。なんか赤ん坊のころのあたしが書いてあって、むずがゆいっていうか……記憶はねえから他人事みてーな感じもするんだが……変な気持ちだ」
「赤ん坊のころのホーは、よく人の目玉を狙い、呼吸器をふさぐ子でね……」
「……重ね重ね申し訳ない」
「いや、それで――なにか参考になったかな? ヘンリエッタさんについて」


 アレクが本を閉じ、たずねる。
 ホーは腕を組んで考えてから――


「……なあ、あたしのママは、本当に回想録にあったような人格なのか?」
「俺の記憶ではそうなってるね。クーさんから、ヘンリエッタさんについての話を聞いたことはあるよね?」
「あるが……なんだ……その……優秀で冷静な仕事人みてーなこと言ってたから、こんな酔っ払いみたいなママとは思わなかった」
「まあ、これも一面、それも一面なんだろうね。つかみどころのない人だったから」
「……これだけ色々見ても、ママの記憶がちっとも思い出せねえな。少しぐらい印象とかあってもいい気がするんだが――」
「本当に透明な人だねえ」


 透明な人。
 回想録を読んだ限りではそのような印象はなかったが――


「……影もかたちもねーからな。たしかに、透明だ」
「俺の母さんの捜索は『絶対にここだろうな』と思う場所があったのに、姉さんの捜索はまったくそういうのがない。すごく印象的な人なんだけど、気を抜くとどんな人か忘れそうになるような、不思議な人だったよ」
「……今のアレクさんみたいな人なのか」
「ああ、なるほど。笑顔とか、仮面とか?」
「仮面? ……まあ、いや、そういうのもあるんだろうけど……なんか色々全体的に」
「俺の人格に影響した人を三人挙げろと言われれば、姉さんはたしかに入りそうだ」
「あと二人は……回想録にあった『はいいろ』? と、最近捕まえたお袋さんか?」
「『はいいろ』のおっさんはどうだろう……」


 アレクが悩むように首をかしげる。
 しかし、答えは出なかったようだ。


「……それで、ホーはまだヘンリエッタさんを捜すのかな?」
「捜すよ、そりゃあ」
「あの性格だし、強い人だから、帰ってこないなら『捜されたくない事情』があるんだと、俺は思うけど。あるいは――」
「……あるいは?」
「――いや。言ってはみたものの、特になかったよ」
「本当かあ? なんか心当たりあるんじゃねえの?」
「…………」
「あからさまに視線を泳がすなよ。回想録の時期から隠し事苦手なのは変わってねえなあ」
「……まあ、ほら、新しい旦那さんを見つけたとか」
「それで言いよどんだのか……いいよ別に。そういうことも、覚悟はしてる」
「ホーの妹か弟がいたり……」
「そういう覚悟はしてなかったな……」


 ある日突然紹介されたらどうしよう。
 だがたしかに、母がどこかで誰かと再婚していたら、そういう可能性もあるのだ。


「大丈夫だよ。俺なんて全国に何人のきょうだいがいるかわからないし。それでも元気に生きてるし」
「アレクさん……フォローになってねーよ」
「まあ本当は母の日記を読んで、何人きょうだいがいるかは把握してるんだけどね」
「アレクさんは本当にフォローがヘタクソだなあ……」


 人の心がわからないのだろう。
『ステータス』は見えても、空気は見えないのだ。

 まあ。
 空気なんて、本当は、誰にも見えないが。


「ともあれ、わかってもらえたかな?」
「……なにがだ? アレクさん、主語は明確に頼む」
「いや、俺が、お前を姪っ子みたいに思ってるっていう話。赤ん坊のころだけど、浅からぬ付き合いがあって、どうにも丁寧に話すのがためらわれるっていう……」
「それはわかったよ。記憶にはねーが、こうして記録はされてるみてーだしな。……赤ん坊のころの話だから覚えちゃいねえけど、あたしにない記憶も、そっちの頭にはたしかに実在するわけだしな。うん、まあ、いいんじゃねーか? あたしは姪っ子で」
「あの無数の足で『はいはい』してた子が、二足歩行してるのは、ちょっとした感動だよ」
「無数の足って……髪だろ。ドライアドは手足より髪のが器用だしつえーから……」
「本当は、うちで引き取ろうと思ったんだよ」
「……誰を?」
「お前を」


 あっさりと打ち明けられた話に、理解が追いつかない。
 ホーは自分を指さし、たずねた。


「あたしを、アレクさんが、引き取ろうって?」
「うん。クーさんは忙しい人だし、ホーは知らない仲じゃなかったからね。ヘンリエッタさんが失踪した時、引き取ろうっていう……まあ、世話だけでもしようかって、提案をした。クーさんにね」
「……」
「そしたら、断られたよ。『あたしの孫だ。あたしが育てる』ってね」
「……そんなことがあったのか」
「クーさんはまあ、言わないだろうね。聞かれない限り」
「ああ、そういう性格だよ、あのババアは。お陰で情報が少ねーのなんの」
「まあ結果的には正解だったと思う。そのあたりの時期、俺たちもちょっと忙しかったから、お前の世話までしてられなかった」
「おい」
「その後様子も見に行けないぐらいだったからねえ。しばらく忙しくて、様子を見ることもできなくて、どうにか安定してきたころには――もう忘れてた」
「……ま、そんなもんだろ」
「再会した時はおどろきのあまり目玉が飛び出るかと思ったよ。飛び出すと抉られるから注意したけど……」
「いや、さすがに抉ら――」


 抉らない、と言いたかったが……
 再会の時にいきなり攻撃を仕掛けた経緯があるので、言葉に詰まった。


「――ともかく、わかったよ。アレクさんとあたしはまあ、深い関係ってことだ。あたしの方は認識してなくともな」
「そうかい? どんなことにせよ、ヨミの回想録が役立ってくれたならよかった」
「……しっかし変わった趣味だよな。回想録って」
「まあ、あいつの記憶はだんだんなくなっていってるからねえ」
「は?」
「年齢とともにね」
「あ、ああ、そういうことか……」


 アレクの口ぶりは、いちいちまぎらわしい。
 発言一つ一つでヒヤリとかドキリを提供しないでほしいとホーは思った。


「じゃあそろそろ、ご飯にしようか。お腹が空いただろう?」
「……そういやそうだな」


 ずっと乗っていたらしいベッドから降りる。
 それからホーは、アレクを――部屋を出ようとする彼の背中を、見た。

 変な気分だ。
 回想録の中の若者と、今のアレクが、つながるような、つながらないような。

 ……まあきっと、なにかの事件があったりなかったりしたのだろう。
 それらが人格に影響したりしなかったりして、過去と現在はつながるのだ。


「……ママはなにがあったんだろうな」
「なにが、って?」


 アレクが足を止め、振り返る。
 ホーは、なんとなしにつぶやいた言葉に思ったより反応されてしどろもどろになりながら、


「い、いや、ママとババアは、うまくやってたじゃねーかよ。だからさ、その……なにかそれっぽい事件があったのかなって。出て行く動機っつーか……」
「さて。あの人のことだから、ふと思いついたんじゃないかな」
「……いやいや。『思いついたから子供残して家を出ます』って駄目な人すぎだろ」
「別に立派じゃなくても子供はできるし」
「…………まあそうなんだろうけど」
「納得できないなら、逆に考えてみたらどうだろう?」
「……その言葉を聞くと嫌な予感しかしねーんだが」
「駄目な人が立派になるために、お前を置いて旅をする必要があった」
「……」
「立派になって帰ってくるって、そう考えてみるのは、駄目かな?」
「お気楽だな」
「よく言われたよ」
「だがまあ……まあ、そうだな。見つかるまでは、そう思っておくのも、いいかもな」
「だろ?」


 彼は笑う。
 なんの解決にもならない意見。

 ただ――
 この問題を解決するべきは、アレクではないのだ。

 自分が、いずれ、母を見つけ出す。
 その時に真相をたずねるとして――

 今は。
 とりあえずご飯を食べたり、眠ったりしながら、生きていこうとホーは思った。
 きっと母も、どこかでそうしているだろうから。
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