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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十三章 ヘンリエッタとの思い出

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188話

「は? 気に入るわけねえだろ。バッカじゃねえの?」


 顎のがっしりした、しかし細身の、そういう人だったはずです。
 残念ながらその人の姿はもう記憶にありませんが――

 お姫様のさらわれた夜。
 王都南西部のスラム街の建物の中で、私たちはそんな会話をしました。

 私たち、というか。
 アンダーソンと、アレクが、です。

 もちろん、そばには私たちもいました。
 でもアンダーソンは私を見なかったはずですし――
 私も、アンダーソンの方を見ることは、最後までありませんでした。

 というのも、私はアレクとアンダーソンの会話を、屋根の上で聞いていただけなのです。
 これにはもちろん理由がありました。
 ヘンリエッタさんに止められたのです。


『きっとひどいことになる。世の中には絶対に味方になってくれない人っていうのがいて、そういう人との話なんて、綺麗にまとまるはずがないから。子供に見せるには忍びないほど、ぐちゃぐちゃになる』


 そう言ったヘンリエッタさんは、アレクの隣にいたと思います。
 見ていないので詳しい立ち位置まではわかりませんが、少なくとも、アレクと一緒に、アンダーソンのいる建物に入って行きました。

 なぜか、仮面をつけて。
 ヘンリエッタさんは、仕事の時、いつも木製ののっぺりした仮面で顔を隠しているようでした。

 アンダーソンはなおも語り続けます。
 その声にはうらみがましさがありました。


「俺はそもそも、オマエが入った時から、オマエのことが嫌いだったね。『はいいろ』さんもどうしてお前なんかに目をかけたんだ? ただの捨てられた貴族のガキじゃねーか。さっさと殺しちまえばよかったんだよ。なんなら俺が殺したってよかった」


 どうやら、屋内にはかなりの人数がいるようです。
 アンダーソンはたしか実力者ではありましたから、『はいいろ』の死に際してクランを抜けた何名かは、アンダーソンのもとに集まったのでしょう。

 それにしては多い――と思った記憶があります。
 三十名近くいたでしょう。
 アンダーソンはアンダーソンで、組織を作り、拡大していたのかもしれません。


「和解はできないのか?」


 これは、アレクの声でした。
 おずおずした申し出は、どこか自信なさげに震えていました。

 聞く者によっては、怖がっているようにも聞こえたでしょう。
 実際、アンダーソンはそのように判断したようで、彼の声は、増長したように大きく、高くなりました。


「和解? オマエ今、和解って言ったの? ……あのなあ、俺は、オマエのことが嫌いだって言ったろ? 殺したいほど、目障りだったんだよ。そして今は『はいいろ』さんはいねえし、そっちは二人、こっちは二十人いる。それで和解っていうのは、ちょっと頭がおかしいんじゃねえか?」


 低い笑い声が広がっていきました。
 二十人と自分で言っておきながら、伏せているらしいプラス十名まで笑ってしまっているのが、気配がわかる身からはなんとなく滑稽でしたが……
 アレクの声は押し殺したようなものになります。


「アンダーソン、だったか」
「……『だったか』ってなんだ。俺は、『輝く灰色の狐団』のナンバー四だぞ」
「悪いが、おっさんがメンバーに序列をつけてたなんて話は聞いたことがない」
「…………おい、状況わかってんのか?」
「あんたこそ、状況わかってんのか?」
「はあ?」
「憲兵とか近衛兵が、あんたを捜してる。――っていうか、もう取り囲んでる。俺たちは警備網の密度が高い方向を目指して、ここにたどりついたんだ。あんたを憲兵たちより先に発見できたのは、偶然にすぎない」
「だから?」
「……捕まるぞ、あんた。いや、殺されるかもしれない」
「俺がそんなヘマをすると?」
「取り囲まれてる時点でヘマはしてるだろ。……なんでお姫様誘拐なんて無茶を……」
「無茶じゃねえ! 成功してるだろうが!」
「……無茶じゃなくたって、そんなことをしてどうするんだよ」
「俺が正式な二代目『輝く灰色の狐団』クランマスターだ。『はいいろ』さんも歳のせいか、見誤った。だから、誰が見たってわかるように、成果を挙げてやったまでさ」
「このあとはどうする?」
「抜かりはねえよ。そこで震えてるお姫様を人質にして、街を出て、西に行く」
「西へ行って、どうするんだ?」
「……オマエにゃ関係ねえだろ」
「どんなプランがあるにしたって、無茶は、無茶だ。……なあ和解してくれよ。そうしたら、あんたが厳しい罰を受けないように、俺もがんばるから」
「がんばる? 高官に知り合いでもいんのか?」
「それは……」
「ありもしねえエサちらつかせたって、食いつきやしねえよ。俺は、オマエみたいにバカじゃねえからな」
「……もともと、あんたも俺も、おっさんのところで世話になった仲間だろ?」
「貴族生まれはお気楽だねえ。……いいか、聞け。俺は――オマエのことが嫌いだ」


 空気の質が変わったのが、わかりました。
 緊張感が、ビリビリと、私のいる場所にまで伝わってきます。


「才能があっても認めねえ。実力があっても屈しねえ。どんな得があろうと、どんな損があろうと、俺はオマエを嫌い続ける。誰と和解することはあっても、オマエと和解することだけは絶対にねえ」
「……なんで、そんなに俺を嫌うんだ?」
「ひと目見た時から気に入らなかった。そいつが『はいいろ』さんに目をかけられて、瞬きのあいだに鍛え上げられて、気付いた時には『二代目』だ。気に入るわけがあるかよ」
「二代目が欲しいなら、やる。だからむやみに命を捨てるような無茶は……」


 その瞬間に感じた、凍り付くような寒気をよく覚えています。
 それは人の怒りがもたらす空気の変化でした。


「ふざけんなよ」
「……ふざけては……」
「なあオマエ、人に見えないもんが見えるんだってな」
「……ステータス、か?」
「そうだ。でも、オマエは、人に見えるもんが、見えてねえ。人が当たり前に感じることを、感じられてねえ」
「……それは、なんだ?」
「教えるかよバーカ。一生見えずに、一生苦しめ。見えない限り、オマエは独りだ」
「……」
「もういい。オマエと話してもムカつくだけだ。そろそろ死――」


 アンダーソンの言葉が、途中で止まりました。
 それは、急に女性の笑い声が響いたからです。


「あっはっはっは。おーもしーろーい」


 ヘンリエッタさんの声でした。
 彼女の、その場に似つかわしくない笑い声は、どこか異様な響きを伴っていました。


「『そろそろ死ね』って? まだ早くない?」
「……なんだオマエは。アレクの女か?」
「そうそう。そんな感じ。んでもって、アレクちゃんの仲間だよ」
「……」
「あなたの言った言葉は全部、あたしがアレクちゃんの隣にいるだけで破綻してるの。そんな子供みたいなこと言うより、有益な話をしない?」
「……?」
「ようするにアレクちゃん、今大変なんだよ。『銀の狐団』もさあ、子供が多いのは知ってるよね? だから、自分が稼がないと子供たちが路頭に迷うって、がんばってるわけよ」
「……それがなんだ」
「だからさ、クランに戻って一緒に稼いであげたりしない? 約束してくれるなら、あたしから色んな人に話を通してあげてもいいよ? アレクちゃんと違って、あたしは顔が広いからねえ」
「言ったろ、俺はそいつが嫌いだ」
「嫌いか好きかなんて、些細な問題だよ。嫌いでも好きでも、かかわらなきゃいけない人はいる。それに――嫌いと思ってた人も、時間が経ってみたら案外大好きになれるかもよ?」
「……」
「それとも、あなたの『嫌い』っていう気持ちは、命を懸けてまで突き通すものなの?」
「……はあ」


 アンダーソンの、それは聞こえよがしなほど大きなため息でした。
 彼はその後、はっきりと言います。


「どうにも頭がおかしい二人組みてえだから、あらためて、ハッキリ言ってやる。――そいつと和解するぐらいなら、死んだ方がマシだ。いや、殺した方が、マシだ」
「そっか。じゃあ殺し合いだね」
「この人数差で殺し合いになるかよ。――遊んでやる。死にたいって言うまで、テメェらの尊厳を踏みにじる」
「お、ようやくやる気になったね? でも、いいこと教えてあげる」
「……言葉を聞いてやるのは、これで最後だ。遺言を言え」
「よくね、気に入る気に入らないとか、正しい正しくないとか、そういうことがさも大事なように語られるけどさあ――」


 笑うような声。
 歌うように、気楽に、彼女が語った『最後の言葉』は――


「――けっきょく、強くないと生き残れないから、弱いと全部意味ないよね」
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