挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十三章 ヘンリエッタとの思い出

184/249

184話

「おかえ――うわっ!? なんかすっごいボロボロ!?」


 というヘンリエッタさんの声が記憶に残っています。
 アレクとの修行開発の帰りでした。

 もちろん『千回』なんていう回数がその日だけで終わるはずもなく、私たちは修行開発を途中で切り上げました。
 アレクは『途中で引き上げる』なんていうことはしたくなさそうでした。

 ただ、私たちはいちおう『監視』を受けている最中なのです。
 クーさん宅で過ごすヘンリエッタさんやホーさんとの日々は、おおよそ『監視』という厳しい響きとは無縁のものでしたけれど、建前上は、相変わらず『監視』のままでした。

 だから――私が、アレクに言いました。
『帰らないといけないよ。帰らないとだめだよ』。

 だめだよ。
 私の精神が駄目になるよ、というような意味もあったような気がします。

 実は試行した修行の内容を、私は虫食いのようにしか覚えていません。
 よく覚えているのは、精神的な変遷です。

 最初は『嫌だなあ』と思い続けていました。
 次第にアレクに対して『バカ』とか『嫌い』とかの暴言を述べることが増えていったように覚えています。
 そして、言葉を考えることができなくなり、無言だった期間がしばしありました。

 その後――
 どこかでフッと、気分が軽くなったのを覚えています。
 ただ目の前の課題に集中し、他のことを一切考えない精神状態です。

 一言で述べるならば、『無』でしょうか。
 そして『無』を乗り越え、雑談なんかを楽しみながら修行試行ができるようになったころには、もう数十万回死んでいたと思います。

 こうして思い返して、感じるのですが――
 私はいったいなにをさせられたのでしょうか?

 いえ、修行の試行だということはわかっています。
 ここでわからないのは、もっと深い部分というか、修行試行という名前で、そう私たちが認識していたものが、その実なんだったのか――と言いますか。

 うまく言えませんけれど。
 なんだか心の変遷が、思い返すと不自然に感じて……
 実は修行開発ではなく精神開発をされていたのではないかと、そういう不安がよぎります。

 ともあれ、そこにいたる前、修行開発一日目の私はひどくボロボロでした。
 ヘンリエッタさんの、彼女にしては珍しく、本気で心配するような声が耳に残っています。


「あーもー! 服とか! 体とか! ボロボロのドロドロじゃん!? なにしてきたの!?」
「えっ? 修行……」
「とにかくヨミちゃんもアレクちゃんも洗わなきゃ!」
「いやそんな洗濯物みたいに……」
「全身が一週間地面に引きずり回したマントの裾みたいになってるじゃん!」
「どんなマントだ」
「昔家出してた時のあたしのマントだよ!」
「家出してたのか」
「してたよ! 十一歳から十五歳まで! ホーもその時に――ってそれよりヨミちゃん洗わないと!」
「ああ、そういやそうだな。よし、じゃあ――」
「あたしに任せて!」
「いや、なんでだよ!?」
「なんでって――なんで!?」
「知るか! まあたしかにヨミぐらいの年齢だったらいいのかもわかんないけど、こいつ結構恥ずかしがりやだから、俺がやるよ!」
「えっ!? 恥ずかしがりやなのにアレクちゃんがヨミちゃんを洗うの!?」
「そりゃそうだろ!」
「そ、そうなのかな……? そのぐらいの年齢の子はほら、デリケートだから、あんまりアレクちゃんに体見られたくないんじゃないかなって、元少女のお姉さんは思うんだけど」
「なんで今元少女の見解を述べたんだ……」
「えっ、いや、ヨミちゃんの気持ちにならなきゃいけないんでしょ?」
「そうだよ」
「……ん? んー? んー?」
「なんだよさっきから……とにかく――そうだ、風呂に、入ろう」
「風呂? そんな高級品、さすがにこの家にはないよ?」
「ちょっと姉さんに習ったことを使えばできるんじゃないかって……とにかく、試してみていいかな? 無事にできたら、ヨミを洗うために一緒に入るわ」
「一緒に入るの!? あたしじゃなくて、アレクちゃんが!?」
「いや、あんたより俺のが適任だろ!? とにかく中庭借りるから!」


 そんな会話でした。
 このかみ合ってない感じは、私の性別に対する認識の差でしょう。

 さすがにヘンリエッタさんは一目で私を女性と見抜いたようでした(そもそも服装などで性別を偽っているつもりはありませんでしたが)。
 というか一目でわからないアレクが少数派なのだと思いますが、この時までずっと性別誤認をされ続けていた私としては、ヘンリエッタさんがきちんと私を女性と思っていてくれたことに安堵しました。

 そんな安堵もありつつ、アレクが初お風呂作成です。
 ちなみに、お風呂作成が完了するまでそこから半日ほどかかりました。

 その時の紆余曲折というか苦労は、全部アレクの内面にあるものなので、私視点では十全にわかりません。
 ただ、クーさんの家の中庭でアレクが唸りながら地面を爆発させたりお湯を爆発させたりしていたのは記憶にあります。

 記憶にはありますが、その時の私はまだ茫然自失状態でした。
 お風呂に入るその瞬間まで、朦朧としたまま意識の狭間みたいなところをさまよっていたかと思います。

 私がハッキリと状況を認識したのは――
 アレクに服を脱がされている最中でした。


「…………」


 ちょっと違いました。
 脱がされている最中というか、上半身は完全に脱がされたあとでした。

 場所は、クーさんの家の中庭だったと思います。
 クーさん宅の中庭は、草木が生い茂る、それなりの広さの空間です。
 なんでも王都南東にあるドライアドの森の植物を取り寄せているそうで、クーさんの生まれ故郷に近い環境なんだそうです。

 その空間で――
 覆い被さるような体勢のアレクに、ものすごく胸を凝視されました。
 そのタイミングで目覚めたこちらは、アレクの顔を凝視しました。

 互いに視線が合わないその時間は、ずいぶん長く続いたような、一瞬だったような……
 感覚的には、すごく長かったです。
 しばらくして。


「……太った……わけじゃないよな?」


 私の、男性にしては――そして平均より細かった私にしては、大きな……つまり女性間での相対的にはそう大きくない胸を見て、そう聞いたのだと思います。
 でも脱がせた女性に『太った』とか言うのは失礼だと思いました。

 私は無言でうなずいた記憶があります。
 このぐらいから、だんだんと今がどんな状態かを認識し始めました。

 恥ずかしい、という気持ちはありませんでした。
 もちろん、まだ成人前とはいえ、そこそこの年齢ではありましたし、もう少し羞恥心が強くてしかるべきだと思いますが、それよりも思うことがあったのです。

 ああ、これでようやく、性別に対する誤解が解ける。
 長かった――そんな解放感が、私の胸をいっぱいにしていました。

 しかしアレクはまだ『ヨミが女ではない可能性』を探っているようでした。
 彼があきらめるまでは、もうしばしかかりましたが……


「……お前、女の子だったのか」


 ようやく、彼は認めました。
 この間、私の胸は外気にさらされっぱなしです。


「お前、女の子だったのか」
「……なんで二回言うの」
「いや、その……だって」
「……普通、見たらわかるよ」
「しゃべり方男っぽいし……俺がヨミを男として扱ってても、『はいいろ』も『狐』も訂正しないし……お前も訂正しなかったし……」
「でも、見た目、男じゃないよ。服装だって、男じゃないよ」
「それはほら、独特な文化があるのかなって……」
「一緒にずっと暮らしてたのに」
「だって、別に一緒にトイレ入ったり、体の洗いっこしたりなんか、しないし……体に触るのだって、殺し合いの最中にたまたま触るぐらいで、そんな、胸があるなんて、わかんないし」
「着替えとか」
「年下の男だと思ってる相手の着替えなんかジロジロ見ないし……」
「女の子だってわかってたら見たの?」
「いや、もっと見ない」
「……ぼく、女の子です」
「………………はい」
「…………」
「えっと、その、風呂、湧いてるから、先にどうぞ」


 アレクはお風呂を指し示しました。
 視線は私の顔を向いています。

 体勢だって変わりません。
 つまり――私を押し倒すようにして、私の上半身の服を脱がせている状態です。


「アレク、邪魔」
「あ、はい。ごめんなさい。いえ、失礼しました……」


 なんだか妙に他人行儀になったアレクが、そそくさと中庭を去って行きました。
 私は彼の背中に声をかけます。


「一緒に入らないの?」


 意識がもうろうとしているあいだに、アレクが私と一緒に入るとか、そんなことを言っていた気がしたのでした。
 当時の私は特に羞恥心とかはなかったので、彼が一緒に入るならまあいいか、ぐらいに思っていたはずです。
 アレクはなにも言わず、手をひらひら振って去って行きました。

 当時はよくわからず私は首をかしげるだけでしたが――
 今思うと、子供ってとんでもないなと感じます。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ