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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

一章 ロレッタの『花園』制覇

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17話

「ロレッタさんの修行を始めてから一睡もしてなかったしねえ」


 ヨミによれば。
 アレクが急に倒れたのは、そういうこと、らしかった。


 ここは、アレクとヨミ、それに二人の奴隷少女が寝起きする部屋だ。
 一階、中庭に出る扉のすぐ横にある、客間より少々広い程度の空間だ。
 四人で寝起きするには、狭いようにロレッタには思えた。

 ベッドは例の『スプリングベッド』とかいうもののようだが、調度品は少なく、殺風景な印象は否めない。
 はっきり言ってしまえば。
 粗末な部屋。
 ということになる。


 アレクは、大きなベッドの上で眠っていた。
 派手に後頭部から倒れこんだような気もしたが、さすがの丈夫さというところだろう。

 無事なのはよかった。
 だが――修行を始めてから、つまり、七日間、一睡もしていなかったということになるのか。
 初日に風呂に入っているあいだも。
 三日三晩、戦っているあいだも。
 一昼夜、眠り込んでいるあいだも。
 彼はずっと、起きていたのだ。


「……私が、アレクさんに無茶をさせてしまったということか」


 ロレッタは、アレクの寝顔を見ながらつぶやく。
 たしかに宿の仕事もあるアレクが、修行までつけるとなれば、寝る暇もないだろう。
 まして並行して二人の修行をしていたようなことも言っていた。
 多忙を極める七日間だったはずだ。

 ロレッタは。
 ヨミに向けて、謝罪する。


「すまない。私のせいで、あなたの旦那様に無理をさせてしまい……」
「んー……ロレッタさんのせいっていうのは、その通りなんだけど……謝ることはないよ?」
「しかしだな」
「寝る気になれば数秒の睡眠で元気取り戻す人だし」
「…………人ではない生物の話を聞いているかのようだが」
「鍛えれば、それこそ誰でもできるよ」
「あなたの旦那のようなことを言わないでいただけないか。努力でなんでもできると思ったら大間違いだ」
「でも、ぼくもできるし……まあ、一週間ぐらいなら、数秒の睡眠を挟めば無理なく活動できるのは本当だよ。一年とかその暮らしだと無理だけど」
「私は一週間でも無理そうだが」
「とにかくだよ。眠らなかったのは、アレクの意思だったってこと」
「……どういう意味だ?」


 問いかける。
 すると、ヨミは悩むそぶりを見せたが……
 笑って話を始める。


「さっきアレクも『見誤った』宣言してたしね。言っちゃうと、修行の締めくくりに、あなたに寝込みを襲ってもらおうとしてたんだよ」
「ど、どういう意味だ!?」
「変な意味じゃなくてね? 眠気で限界で、ふらふらになれば、さすがのアレクでも一撃もらっちゃうこともあるから、そこを狙ってほしかったんだよね。だから、最後の修行に備えて、最初からずっと起きてたんだけど」
「……最初から、そこまで考えていたのか」
「うちの人は考えなしに見えて、けっこう色々考えてるんだよ? ただ過程を話さないから人に誤解されるだけで……」
「似た者夫婦なのか」
「アレクに育てられたからね」


 自慢げに言う。
 ロレッタは笑った。


「……だが、私は彼の深謀遠慮に応えることは、できなさそうだ」
「今は、攻撃されたって起きないとは思うけど」
「そうは言うがな。……先ほど誓ってしまったのだ。寝込みは襲わないと」
「だからアレクも『見誤った』宣言をしたんだと思うよ」
「……申し訳ない」
「不器用だねえ、ロレッタさん」
「……私のやり方は、きっと賢くないのだろうな」
「そうだねえ」
「しかし、賢くなくとも、誰に恥じることのない生き方を、私はしたい」
「……」
「誰かを騙して富をかすめとることは、しない。誰かに卑怯な真似をして得を得るようなこともしたくない。……子供っぽいかもしれないが、私は母を失い、家を失い、それでもそう思った。だからこそ、叔父にも正規の手段で対面し、正しい手段で糾弾したいと、そう思っている」
「なんの話かは、わからないけど」
「そうだったな」
「アレクが自分で定めた予定をあきらめるぐらい評価してる理由は、わかったよ」
「……私は評価されていたのか?」
「あの人、頑固だから。豆修行もいくら言ってもやめないし。ぼくの注意はあんまり聞いてないんじゃないかな」
「そういえばそうだな」
「たぶんロレッタさんの修行も、一週間以内で終わらせる方法はあったと思うよ」
「……そうなのか」
「でも、それはロレッタさんの信念に反すると思って、しなかったんだろうね。……評価されて尊重されてると思うよ」
「…………そう、なのか」


 嬉しかった。
 不器用すぎて失望されてしまったものと思っていた。
 自分が賢くないことは、現状を顧みれば充分にわかる。

 全部奪われた。
 それでも残ったのが、貴族としての矜持だった。
 だから守り通したい。

 正々堂々とあれ。
 卑怯な真似をするな。
 弱き者を守るため、強くあれ。
 それが、貴族たる者の義務ノブレスオブリージュ

 きっと現実には即さない――
 それでもロレッタの目指す生き方だった。


「修行はどうするの?」


 ヨミがたずねてくる。
 ロレッタは、うなずいた。


「可能であれば、続けさせていただきたい。私は『花園』に挑む必要がある。それはきっと、早いのであれば早い方が望ましい」
「普通にやったら数年かかるんだっけ?」
「そのようだ。ここ以上に早く鍛えられる修行場はなく、彼以上に弟子を伸ばす師匠はいないだろう」
「うちは修行場じゃなくて宿屋なんだけどね……」


 苦笑。
 ロレッタも、苦笑した。


「宿屋としても、もちろん評価している。というか、建物の外観に騙されそうになるが、ここはおそらく王都でも最上のもてなしを受けられる宿ではないか? 特に風呂が素晴らしい。あのような広々とした湯船に毎日入るなど、王族でもしていない贅沢だろう」
「あれはアレクのこだわりでね。そこを褒められたら、きっとうちの人も嬉しいと思うよ」


 ヨミが笑う。
 その笑顔に。



「俺が死んだみたいな空気を出すのはやめてくれますか」



 目覚めたアレクが、声をかけた。
 ロレッタはおどろく。


「もう起きて大丈夫なのか?」
「はい。たっぷり寝ましたから」
「……数秒で元気を取り戻すあなたからすれば、たっぷりと言えるのだろうな」


 数分しか経っていない。
 本当に人なのか不思議だった。

 アレクは。
 立ち上がって、ロレッタの正面に来る。
 そして。


「申し訳ありません。約束の期日を過ぎてしまって」
「いや、あなたは充分にやってくれた。私が期待に応えられなかったのだ。本当に申し訳ない」
「ロレッタさんの性格を読み切れなかったのが敗因です。なので、仕方ありませんが――少々強引な手段をとることにしましょう」
「断崖絶壁から飛び降りたり、豆で窒息死をしたり、三日三晩ダンジョンで戦い続けたり、今までも充分に強引な手段をとってきたように、私には思えてならないのだが」
「今までのはスマートでしたよ。俺でもちょっと強引だなと思うのは、次の修行です」
「やだ。もうやだ。助けて」
「今のは年相応に子供っぽかったですね。普段からそのしゃべり方なら、きっと老けては見られないと思いますよ」
「違う。注目してほしいのは口調ではない。『助けて』という言葉の方だ」
「ははは。では、明日の予定ですが」


 アレクは柔らかく微笑む。
 ロレッタは助けを求めてヨミの方を見た。
 いなかった。


「おい! つい今し方までいたあなたの奥さんが、唐突に行方不明だぞ!?」
「俺が起きたので仕事に戻ったのでしょう」
「動いた気配がなかったが!」
「最上のおもてなしのために、従業員一同、常に気配を消しております」
「だから逆効果だと言っているだろう! イヤだ! 助けて! 誰か助けて! きっとものすごく辛い修行やらされる! 私、もう心の傷増やしたくない!」


 ロレッタは逃げようとする。
 だが、背後から襟首をつかまれてしまった。
 背中から柔らかな、包容力のある鬼畜ボイスが聞こえる。


「大丈夫ですってば。次の修行は、ダンジョンに挑むだけですから」
「嘘だ! 今度は五日とかかけてモンスター絶滅させろとか言われるに違いない!」
「まあおおむね間違ってないです」
「やだよお。もうやだよお。素手で、べちょって、拳に、べちゃり、ぐちゃり、って」
「次の修行は、武装していいですよ」
「どんな裏があるんですか」
「ありません。やっていただくことは、普通に、ダンジョンの制覇をしてもらうだけです」
「そ、そうなのか?」


 ちょっとだけ元気を取り戻す。
 ダンジョン制覇は一握りの冒険者にしか為しえない偉業だ――などと言っていた時期もたしかにあった。
 でも、今のロレッタには、まったく大変なことに思えなかった。
 数々の修行に比べれば、街で買い物でもするかのように、気楽なことに思える。

 アレクは。
 いつものように、なんでもない口調で。



「やっていただくことは――『花園』の制覇です」



 ロレッタにとって目標であるはずのことを。


「多少強引な手段になりますが、セーブ&ロードを繰り返して、死にながら攻略していただくことになります。古き良きハック&スラッシュだと思えば、まあ、死ぬのも楽しいかもしれませんよ」


 さも通過点であるかのように、笑いながら語った。
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