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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十二章 テオドラの『神殺し』粛清

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169話

「聞いてくれ」


『銀の狐亭』食堂――
 テオドラは、食事をしている宿泊客たちの注目を集めるように手を鳴らして、言う。

 食堂にいた宿泊客は、先ほどテオドラの視界を素通りしていった二名プラス一名だ。
 赤毛の女性。
 白髪の、魔族の少女。
 それから、ホーという名前らしい、あの子供。

 従業員は、アレクがカウンター内部にいた。
 他は見当たらない。

 あの怖ろしい、金色の狐獣人もいなければ――
 邪神も、今はいないようだ。

 だからこそ、テオドラは今しかないと思った。
 ――正しい教えを広めなければならない。

 この宿にいる者どもは、邪神の使徒アレクを中心に、みなおかしい。
 考え方だけではない。
 能力だっておかしい。

 だって、全員が、あの、邪神の使徒に一撃与えているらしい。
 テオドラなんて、全力の攻撃を豆やタオルで受け止められているのに。

 だからまともに敵に回すのは危ないと、テオドラはそう悟ったのだ。
 ――懐柔しかない。

 そもそも、彼女たちは邪神の使徒と長い時を接しすぎて、まともな感性を失っているだけかもしれないのだ。
 ならば、正しい教えを広めよう。
 それが宗教家として正しい行動だと、テオドラは確信する。


「あなたたちには、見失っているものがある」


 全員の方向を見ながら、語りかけるように言葉を紡ぐ。
 なお、アレクの方はなるべく見ないようにする。

 宿泊客三名の反応は――
 あまり、芳しくなかった。

 赤毛の女性は苦笑している。
 魔族の少女はうつむいてしまった。
 ホーという名前の子供だけが、鼻で笑っていた。

 けっこうきつい。
 宣教役はみなこのような重圧に耐えているのかと、テオドラは尊敬の念を抱く。

 しかし、負けない。
 何度屈しようが、決して屈しないのが、自分のいいところだと言い聞かせる。


「信仰、常識、正義の心――などではない。あなたたちが見失っている本当のもの、それは、心の平穏だ!」


 少し注目が集まってくる実感があった。
 赤毛の女性は顎に手を添えて興味深そうにこちらを見ている。
 魔族の少女はうつむいたまま、なにか、ぶつぶつ、つぶやき始めてしまった。
 ホーは、背もたれに大きく体をあずけて、馬鹿にしたような顔だ。
 しかし『聞く』体勢には入っている。

 テオドラは片足を勢いよく椅子の上にのせる。
 そして、声を大きくしていく。


「あなたたちは、この宿に来てから安らいだことがあるか!? いつもなにかにせき立てられるように生きてはいないか!? ……思い出してほしい。あなたたちにも、子供のころの記憶があるはずだ。明日のことなど気にせず、今日を精一杯生きていた時代があったはずだ」


 赤毛の女性は「ふむ」と納得したように声を漏らす。
 魔族の少女は苦い顔で首をかしげた。
 ホーの目はどこかうつろだった。


「それがいつから、明日の糧を気にして生きるようになってしまったのだろう? せき立てられるような『今』を、人々が過ごしているのはなぜだろう?」


 声のトーンを落とす。
 テオドラは己の話に深く入り込む。
 そして。


「すべて邪神のせいだ」


 静かに、力強く、述べる。
 まったくゆるがぬ確信を瞳にたたえ、周囲を見た。

 赤毛の女性はやや前のめりになっている。
 魔族の少女は苦い顔で首をかしげていた。
 ホーは口を真一文字に引き結んで、プルプル震えている。


「あなたたちは建国の守護神アレクサンダーに守られていたのだ! それを! 邪神がアレクサンダー様のお力を削ぎ、あなたたちから守護を奪った! そのせいで人々は明日の不安に悩まされ、せき立てられるように今日を生きるしかなくなったのだ!」


 叫ぶ。
 想いのすべてを声に変えて、叫ぶ。


「こんな、理不尽なことがあっていいのか!? 平穏を奪う邪悪な存在を許していいのか!? いや、いいはずがない! 今こそ立ち上がり、力を合わせ、平穏を取り戻すのだ! 邪神とその使徒を倒そう! そして、奪われた心の平穏を取り戻すのだ!」


 叫びきった。
 言い切った。
 やった。

 テオドラは汗さえ浮かべて、宿泊客たちを見る。
 赤毛の女性は拍手をしていた。
 魔族の少女も、やや引きつった顔だが、拍手をしていた。
 おどろいたことに、一番大きな拍手をしていたのは、先ほど邪神の使徒の手足となり、テオドラを無力化せしめたホーだ。

 彼女は手だけではなく、髪まで動かして拍手をしている。
 そして、表情も明るい。

 明るいっていうか――
 大爆笑だ。

 彼女は目に涙さえ浮かべて笑っていた。
 そして、笑いすぎておかしくなった呼吸をととのえ、言う。


「いやー笑った笑った」
「笑うな!」
「夕飯前の余興としちゃ完成度たけーってマジで。自信もてよ」
「余興ではない! 目を覚ませ! あんな、邪神の使徒の仲間になど、なるな! ここにいる全員で力を合わせれば、きっと邪神の使徒アレクサンダーも倒せる!」
「アレクサンダーは守護神じゃねーのかよ」
「そっちじゃない! ……ああもうまぎらわしいな! なぜ邪神の使徒ごときが守護神の名を賜っているのだ!?」


 実は、そのことが一番地味に解せない部分だった。
 アレクサンダーという名前は神聖なものなのである。
 だというのに、邪神の使徒が同じ名を名乗っている。

 許されることではない。
 あと、渾身の演説を爆笑されていたたまれない。

 テオドラはカウンター内部にいる邪神の使徒アレクサンダーの方へ振り返った。
 彼はにこやかな表情で言う。


「お食事、なににされますか?」
「今までの私の演説を聴いてなかったみたいな対応をするな!」
「ああ、失礼。きちんと聞いていましたよ。すごいですよね。最初に『聞いてくれ』と注目を集めたことでハードルが爆上がりしている中、よく語りきりましたね。お見事です」
「どうせ感想を言うんなら、度胸ではなく内容についての感想を言え!」
「内容は……ええと、はい、聞いてましたよ」
「さては聞いていなかったな!?」
「いえ。ところでお食事、どうされますか? これから修行も控えていますので」
「その前に! ……なぜ貴様はアレクサンダーの名を賜っているのだ。許されることではないぞ」
「アレクサンダーという名前になにか著作権が?」
「…………いや、どういうことかわからんが、とにかく、その名は神聖なものだ」
「しかし母がつけてくれた名前で、今までずっと付き合っていた名前ですからねえ。思春期を引きこもりで過ごしたせいで人生の大事な時期に人から呼ばれることはなく、未だにハンドルネームみたいな感じにしか思えませんが、今さら変えるのも面倒くさい」
「とにかく、許されんぞ!」
「許さないのは誰ですか?」
「神が許さん!」
「あなたはなんの情報から神が許すかどうかの判断を?」
「えっ? いや……なんの情報って……普通に考えて、邪神の使徒が自分の名を名乗るのを、神が許すはずがないだろう……?」
「神とは普通の存在なのですか?」
「えっ? ……えっ?」
「いえ、『普通に考えて』とおっしゃるので、あなたの中で、『神』というのは、『普通に考える存在』なのかなと。通俗的で一般的な思考形態の持ち主なのかな、と」
「いや、その……」
「でもおかしいですね? 以前、あなたは『神』を指して『神ならばただの人みたいな弱さは持ち合わせているはずがない』とおっしゃいましたね? つまり、神は悩まず、怖がらず、ただの人とは違うものと、あなたは、この言葉をおっしゃった時点で認識していた」
「……えっと」
「これは『普通に考える存在である』という認識と矛盾しませんか?」
「………………」


 神とはなんなのか?
 守護神アレクサンダーとはどういう存在なのか?

 だんだん、頭が混乱してきた。
 このままではまずい。

 神が塗りつぶされる。
 守護神アレクサンダーが、なんだかわけのわからない存在になっていく。

 テオドラは。
 大声を出してアレクの言葉を打ち切ることにした。


「食事の内容は任せる!」
「……ああ、そうですね。これから修行ですから、ご用意させていただきましょう」


 アレクは存外あっさり引き下がった。
 話題に対する未練は一切感じ取れない。
 彼にとっては何気ない雑談の一つだったのだろう。

 ということは――
 特にこちらを言葉責めするような意図もないのに、あれだけの質問を口にしたというのか。

 テオドラはなんだかゾクッとした。
 修行中に感じるものとは異なる恐怖を、先ほどのアレクからは感じたのだ。
 言葉にするのは、難しいが……

 ……それにしても、困る。
 修行で、そして日常で、アレクに対する恐怖や脅威だけがどんどん積み重なっていく。

 これではもし、やつを倒せるぐらい強くなっても――
 その時には上下関係みたいなものをすり込まれ、精神的に手出しができなくなっているのではないか?

 テオドラは思い、一人震えた。
 そして、つぶやく。


「私は絶対に屈しない……屈しないぞ……!」


 どこか虚しい、空っぽなつぶやきだと自分で思った。
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