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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十二章 テオドラの『神殺し』粛清

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163話

「本当のところを話しましょうか」


 夜の王都。
 ここは共同墓地の中だ。

 種族、宗教ごとに様々な墓石が並んでいる。
 そこは遺族が故人を想い、偲び、弔う場所だった。

 だというのに、多くの者は『夜の墓場』というシチュエーションに言い知れない無気味さを感じることだろう。
 それはきっと、近代化が進んでいるからだ。

 人は『死』から目を背けたい。
 現代は、憲兵が市中を見回り、医療制度が整備され、戸籍が管理されている。

 道ばたに放置される死体はほぼなくなった。
 病魔をふりまくと怖れられ誰も近付かない死体は減った。
 身内の死を隠したり、無視したりすることも、かなり減少傾向にある。

 人の生活は次第に『死』から遠ざかっている。
 ……だというのに、墓所には『死』があふれていた。

 ここは善き死者たちの眠る場所だ。
 でも、怖いものは怖い。

 そういう考えはまともで――
 石ころを立てただけの簡素な墓石の前に立つアレクには、無縁の感情だった。


「実際のところ、わからなかったのは母の所在ではなく、ある集団の目的でした」


 墓石に語りかける。
 死者を悼む。

 そのような感傷的なことをする男だっただろうか?
 彼を知る者ならば首をかしげるだろう。

 ならば、ただの独り言か。
 しかしアレクは誰かが聞いているかのように――


「その集団というのは、あなたたちだ」


 語りかける。
 そして、しばらく黙った。

 すると――
 共同墓地の闇から這い出るように、複数の影が出てきた。

 それは、そろいの衣装を身に纏った集団だ。
 全身をぴったり覆う濃紺の服は、闇に融けるためのもの。
 顔を覆う頭巾と鼻まで隠すマスクは、素顔を隠すためのもの。

 集団の中から、一人が歩み出る。
 そして、顔を覆う頭巾をとった。

 長い漆黒の髪が広がる。
 あらわれたのは、女性の面立ちだ。

 種族は人間。
 頬をゆるめ笑顔を浮かべている。
 しかし、目つきの鋭さのせいで、その笑顔からは親しみが感じられない。

 見下すような笑顔。
 自身の絶対優位を確信している者の表情だ。


「我らの存在に気付いていたのか。まずは見事、と言ってやろう」


 高圧的な口調。
 そして、拍手。

 この世界においても賞賛を意味する『拍手』という行為に、なんら尊敬の念がない。
 顎をあげて、相手を見下しているからだろう。


「それで? 我らの目的はわかったのかな?」


 女性は問いかける。
 アレクはうなずいた。


「『過去の英雄、アレクサンダーの保護』ではありませんか?」
「ほう」
「アレクサンダーさんを殺させず、保存するための組織、でしょうか」
「なぜそう思った?」
「俺が母と接触してから、あなたたちの動きが急に雑になったので。あとは、母からアレクサンダーさんの真相を聞いたのが大きいでしょうか」
「……」
「あなたたちは母の『アレクサンダー殺し』という目的を知っていたのでしょう? しかし母を殺しきることが難しいから、止めずに放置していた。母はあの通り、死体を確保している限り不死身ですからね。それにアレクサンダーさんの不死性もある」
「ふむ」
「だから、あなたたちの邪魔を避けるために、なるべく長距離を、可能な限り素早く移動し続け、いざ『殺す』と決めた時には性急に行なう必要があった。……本来なら、もう少しアレクサンダーさんの死なない理由を調査して、確実にやりたかったんですがね」


 アレクは肩をすくめる。
 一方で、女性は面白そうに口の端をあげた。


「では、我らはなんだと思う?」
「宗教家」
「……」
「過去の英雄アレクサンダーの生存を隠そうとする組織という線も考えましたが、隠すメリットが現在の王族以外にはない。でも、そんな動きをする王族はいなかった。なので、『過去の英雄アレクサンダーを奉る組織』かなと。どうでしょう?」
「ふむ。では、貴様のしたことも、わかっているな?」
「したこと?」
「貴様は我らの神を殺したのだ」


 女性が見下すような笑顔のまま、腰の後ろからなにかを取り出す。
 それは、細く短い棒のようなものだった。

 女性が棒を一振りする。
 ……と、棒から光の筋が伸びた。

 魔法剣。
 魔力を編んで刃とする、過去の英雄アレクサンダーが用いた『聖剣』だ。

 アレクはそれを見て、一瞬だけ眉根を寄せた。
 そして、言う。


「美しくない」
「……は?」
「アレクサンダーさんの伸ばした魔力は、もっと綺麗でしたよ。道具も、本人も、まるで再現性がない。質の悪いコスプレの小道具みたいだ」
「……なにを言っているんだ貴様は」
「いえ。……まあ、とにかく、あなたたちが英雄アレクサンダーのことを大好きなのはわかりましたよ。彼の英雄が生存していたと気付けた理由は……たぶん偶然でしょうが、まあ五百年近く誰にも見つからないというのも、おかしな話ですしね」
「……」
「それで、始めないんですか?」
「……始める?」
「あなたたちは、神様を殺した俺を粛清しに来たのでは?」


 男はあっけらかんと言い放った。
 女性は眉根を寄せる。

 おかしい。
 ひとけのない場所で、集団で取り囲んだ。
 こちらは精鋭そろいだ。

 死をも厭わぬ、敬虔なる信徒たち。
 だというのに――なぜ、包囲する者たちが、一様に半歩下がったのか。

 今すぐに集団に号令を出し、男を殺させよう――
 そう思った彼女の機先を制するように、男は「やれやれ」と口にする。


「あなたたちは、あまり調査能力が高くないようですねえ」
「……なんだと?」
「第一に、英雄アレクサンダーを殺したのは俺ではありません」
「ふん。どちらでも、同じことだ。貴様も、やつも、その関係者も始末する」
「第二に、『あなたたちが俺を取り囲んでいる』のではない」
「……?」


 彼女は、男の発言の意味がわからない。
 なぜなら、間違いなく自分たちが男を取り囲んでいるからだ。

 自分たちのさらに外側に、誰かがいる気配はない。
 一人二人はいる可能性もあるが、その程度の増援がいたところで問題にならない。
 だというのに――


「第三に」


 男は笑う。
 その笑顔には、恐怖や絶望はおろか、危機感すらも、まったくない。


「あなたたちでは、俺を殺せません」
「……はっ、大した自信だ」
「事実です。そして、俺の家の襲撃も失敗に終わるでしょう」
「……」
「あなたたちに家を襲わせたくはなかったもので、全員連れてきたかったんですが……無理だったようですね。あなたたちに申し訳がない」
「貴様の言動はいちいち不可解だ。なぜ我らに謝罪する? 貴様が謝罪すべきは、犠牲となる貴様の家族だろう?」
「誰だってひどい目には遭いたくないでしょう?」
「……?」
「俺の家を襲おうとしている人たちを救えなかった。……妻も母も敵には容赦がない。娘にはまだ容赦を教えていない。……困った。殺さないように言ったことは、逆に失敗だったかもしれない。かわいそうに……」


 男は心底後悔するようにつぶやく。
 彼女は、だんだん、おかしさに気付いてきた。

 ……なにか、『違う』。
 この男が強いということは、調べていた。

 元冒険者だ。
 ダンジョンを制覇して稼いだ賞金で、宿屋の経営を始めた。

 ダンジョン制覇者が弱いわけはない。
 しかも、公式記録によると、制覇したダンジョンの数は二つ――現在の冒険者ギルドマスターに並ぶ数なのだ。

 それでも勝算があった。
 鍛え上げた集団が死を厭わずに突撃すれば、殺せない者などいない。

 男の存在を気にしてからの期間は短かったが、充分な勝算と調査、そしてその結果を受けて確実に相手を殺せるだけの戦力をそろえた。
 だというのに、なぜか、足が勝手に、男から遠ざかろうとする。


「はあ、まったく。思わぬアフターケアですよ。母は本当にトラブルしか起こさない」


 男が剣を抜く。
 それは。

 それは――おおよそ刃物とは呼べない、無骨なナイフでしかなかった。
 折れた聖剣。

 英雄アレクサンダーの伝承に数多く登場する、聖剣のなり損ない。
 ……本物ではない、はずだ。

 その証拠に、男は剣の刃を魔力により出現させたりはしなかった。
 代わりに出したものは――
 青く光る、人の頭部大の球体だ。


「粛清は始めていただいてかまわないのですが、その前に、これに向けて『セーブする』と宣言してください」
「……?」
「おや、知らないのか。俺のことを調べたのはごく最近、たぶん、俺と母が接触してからなんですね。俺は結構アレクサンダーの真実について嗅ぎ回ってたと思ったのに、マークされてなかったのか……気配がなかったものなあ……なんだかへこむなあ」
「貴様は、なにを、なにを言っている……?」
「親切を申し上げております。セーブした方があなたたちのためになると、そういうふうに」
「……」
「していただけないのならば、説得するしかないのですが、気が進まないな……」
「…………?」
「ほら、ここは墓所でしょう? 故人が眠っていらっしゃいますから、あまり騒がしくしたくないんですよね。荒らすのも、よろしくないし……この人数に暴れ回られると、片付けがちょっと面倒くさいっていうか……ああ、そうだ」


 男がなにかを思いつく。
 そして。


「手足がなければ暴れられませんよね」


 ……なにか。
 とんでもない結論に、たどりついた。


「ちょっと雑な説得になってしまいますけど、まあ、俺もイベント直後でスタミナ回復アイテムが切れてる状態みたいなものですし。それに、口さえ動けばセーブはできる。失った直後ならロードができれば生えてくる。うん、繊細じゃないけれどなかなかいい思いつきだ」


 ……吐き気がする。
 目の前で笑う生き物が、だんだんヒトに思えなくなっていく。

 彼女は視界がグラつくのを感じた。
 ……彼女自身、自分たちがまっとうな市民だとは考えていない。

 悪事を働く。
 倫理に背くこともする。

 すべては信仰のためにそうあれと教え込まれてきた。
 だから彼女たちは、自己の良心や世間の倫理にもとる行動をする時、神の存在を想う。

 でも、彼はなにかが違う。
 たとえば――

 目の前にいる、生きたヒトを。
 同じヒトと最初から認識していないかのような。
 そういう、根源的なズレを感じるのだ。


「では始めますか。あまり意地をはらないでくださいね。こう見えて、家を標的にされたことに対して、かなり不快な気分です。時間がかかると、処理が多少雑になってしまうかもしれない。大変なんですよ、殺さないように『もぐ』のも」


 彼は笑顔を浮かべたまま、ゆっくり歩き出す。
 彼女は真実に気付き、笑う。

 ……取り囲んでいるのは、たしかに自分たちではなかった。
 自分たちが大口を開けたバケモノに呑み込まれる哀れな犠牲者なのだと、この時ようやく彼女は知った。
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