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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十一章   『月光』の英雄殺し

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156話

「罰を与えるというのは効果的でしたけど、逃げ回られなくなるように加減するのがなかなか難しいですねえ」


 アレクは思案顔で述べる。
『月光』はアレクの肩にかつがれた状態で地面を見ていた。

 その顔に生気はなく、その思考能力は大幅に落ちている。
 修業の後遺症である。

 しかし、そんな今の『月光』でもわかることが一つだけあった。
 修業を終えたこと。

 ……終えたと思う。
 実際のところ、記憶はあいまいだった。
 必死すぎて自分がなにをしていたか覚えていない。

 でも終えたに決まっていた。
 仮に終えてなくても、そういうことでどうか一つお願いしたい。


「いや、終えてはいますよ。ステータスは伸びていますので」
「……わらわの心を読むでない」
「口に出てましたよ」
「頭の中身が口からこぼれておったのか……物理的に……」
「いえ、こぼれていたのは言葉だけですので、ご安心を」


 そんな会話を交わしながら、アレクは山をさらにのぼっていく。
 かなり険しい山道だったのだが、彼の歩調は平地を歩いているかのようだ。
 ただし、多少揺れる。

 アレクの強靱な脚力と、足音も気配もない歩法でさえ、揺れる。
 その事実が現在歩んでいる道のすさまじさを伝えてくるかのようだった。


「……サロモンのやつは、本当にこんな場所におるのか?」


 回復してきた『月光』はたずねる。
 たしか、サロモンの遺体があるのは、エルフの森近くの山のいただき付近だという話だ。

 しかしこれはちょっといただきすぎではなかろうか。
 周囲には風雪が吹き荒び、視界がまったく利かない。

 息をいくら吸ってもまったく呼吸している気がしない。
 きっと、この場所の高度がかなりのものなのだと、『月光』は経験から判断する。

 というか景色は見るからに寒そうだ。
 こんな環境でうかつに呼吸なんかしたら、体が凍りそうである。

 それでも無事なのは。
 やはり、アレクがなにかしているからだろうか。


「サロモンさんは、邪魔が入るのを嫌ったようですね」


 アレクはしばししてから、質問に答えた。
 彼をしても、この雪中行進は集中力が必要らしい。

『月光』は黙ることにした。
 ここでアレクに迷われたら、自分まで死ぬことになりかねない。
 目標達成直前に雪山で遭難するなどというのは、やりきれなさすぎる。

 少しすると、吹雪がおさまってくる。
 ……というか、どこか洞窟のような場所に入ったらしい。

 アレクは『月光』を肩からおろすことなく進んでいく。
 そして――


「到着です」


 という声とともに、ようやく体が地面におろされた。
 そして、目に飛び込んで来た景色に、一瞬言葉を失う。


「……こんな雪山の中に、森、じゃと……?」


 そこには木々が生い茂っていた。
 内部の温度は多少涼しいものの、生命を維持するのに問題ない温度だ。

 呼吸する。
 と、先ほどよりも息苦しくないことに気付く。
 外と比べて空気が濃いのだ。

 そうだ、外がある。
 つまるところ、ここには壁があり、天井があり、『中』と呼べる空間だ。
 岩壁も天井も、薄い緑色の光を放つ物体でできている。

 鉱石や魔石のたぐいとはなにか違うように感じられる。
 強いてたとえるならば、宝石のような、しかし宝石とも少し違う材質の岩肌だ。


「さっそくで申し訳ありませんが、セーブをお願いします」


 森に見とれ、足元に敷かれた土におどろいていると、アレクがセーブポイントを出す。
『月光』は今までの経験から『セーブする』イコール『殺される』と学習していたのでためらったが、ためらったところでどうしようもない。


「……『セーブする』。なんじゃ、性急じゃな」
「申し訳ありません。ですが、早めにセーブしないと命にかかわるもので。ああ、俺もいちおう『セーブします』」
「セーブしたら命にかかわる、ではなく、セーブしないと、命にかかわるのか?」
「……普通、セーブという行為自体に命にかかわるような危険はありませんけど」
「よい。貴様に言っても詮無いことじゃった……で?」
「ここの洞窟……おそらくもともとダンジョンだった場所は、いるだけで魔力を吸収されますから」
「……『魔術師殺しの洞窟』と同じか?」
「さすが、ご存じでしたか」
「貴様の制覇したというダンジョンは調査し、近場に行くのを避けておったからな。貴様が修行に使用する可能性が高そうで、鉢合わせしそうじゃしのう」
「なるほど。ちなみに、ここは『魔術師殺しの洞窟』と比べ、もう少し凶悪な吸収量となっています。どのようにこの洞窟の特性に気付いたかは知りませんが……だからこそ『魔力無限』の人にとっては、邪魔されない、都合のいい修行場所だったのでしょう」
「……サロモンか」
「はい。……進みましょう。今のあなたは魔法威力に伴い魔力も上がっているとはいえ、そう長くは生存できない。生きているうちに話を終えてしまいたいのでね」


 不穏なことを言いつつ、アレクが森の奥へと踏み入っていく。
『月光』は嫌な顔をしながらも、ついていくしかないのでついていく。

 意外と早く、アレクは足を止めた。
 その場所は乱立する木々の隙間、森の中にあって根や幹にふさがれていない、少し広めの空間だった。

 ぼっかりとあいた木々の中央に、一つの巨大な樹が存在した。
 その根元には、なにかが座っている。

 それは。
 本を抱えた人骨だった。


「…………」


 今さら人骨程度を怖れる『月光』ではない。
 けれど、総身が震えるのを感じた。

 骨が怖いわけではない。
 これまでの話から、その白骨死体が誰のものか、想像がついたからだ。


「……まさか、サロモン、なのか」
「その可能性は非常に高いかと。……彼が抱えた本の表紙をごらんください」


 言われるがまま、近付く。
 すると、そこには、このようなことが記されていた。


『我が強敵へ捧ぐ』


 その文字を見た瞬間、『月光』はよろめいた。
 そして、こみあげる感情に、口元をおさえる。


「……こやつは、なにをやっておるんじゃ」


 感情は複雑だった。
 しかし、主なものは恐怖だ。


「まさか……まさか、アレクサンダーを見限ったと言い、エルフたちとともに森にこもってから、ずっとここで、アレクサンダーを殺す方法を開発していたのではあるまいな……?」
「その可能性は高そうですね。抱えた一冊は『完成品』……まあ基礎理論だけですが……生涯の研究成果であり、そこらの土をよく調べると、研究中のメモ書きらしきものが大量に見つかりました。まあ、もう朽ちていて内容の判別は困難でしたが」
「……馬鹿かこやつは」


 吐き気がする。
 そうだ、気持ち悪いのだ。

 サロモンが変わり者であったことを『月光』は知っているつもりだった。
 カグヤの記憶の中にいるサロモンは、いつでも黙っており、口を開けばわけのわからないことばかり言い、闘いになると目を輝かせるような、そういう男だ。

 普通ではないことを、知っていた。
 でもこれは、予想外だった。


「……英雄となれたじゃろうに。人々の最前線でモンスターを駆逐してまわり、今の人間の王都を確保したうちの一人じゃ。エルフ族でも、旅を終えればもっと幸福な暮らしができたじゃろう……? だというのになぜ、こんな、いつ終わるとも知れない研究をした……?」
「……」
「平穏はいらんのか? 休息したいと思わんのか? ……わからん。こんな、永遠に続くような苦行など、わらわのようななにもない存在以外、進んでする理由はなかろうに……」
「まあ、それを言ったら、あなただって進んでする理由はないと思いますけどね。今は知りませんけど、まともだった当時のアレクサンダーさんは、あなたを永遠に縛り付けることを望んでいたわけではないでしょう?」
「…………しかし、こやつには『他』があった。仲間がおった。武勇伝があった。わらわのようになにも知らんかったわけではなかろう。もっと楽をすることは、絶対にできたはずじゃ」
「そうですねえ。俺も最初、英雄ともなればそういう暮らしを望むものだと考えた」
「……」
「だから、サロモンさんが研究をしていた動機を、『月光がなんらかの方法でアレクサンダーさんか他の仲間を殺したので、その復讐のため』だと考えていましたが……」
「……なぜそうなる」
「いえ、サロモンさんの研究はあきらかに不死者を殺そうとするものであり、俺の知る『五百年前からの生存者』はあなただけでしたからね。それに、『生涯全てを費やす研究』の動機が『親友の復讐』というのは適切に思えるでしょう?」
「……そうじゃな」
「ですが、甘かった。サロモンさんを一般的な価値観の持ち主だと思っていた俺のミスです」
「では、貴様はどのように考える? なぜ、サロモンは、見限ったアレクサンダーのために生涯を賭して研究を続けたと?」
「楽しかったからでは?」
「…………は?」


 絶句する。
 英雄となった男が、このような寂しい死に様につながる行為を楽しんでいた?

 意味がわからない。
 だから――理由が気になった。
 かつての英雄と同じような、常人離れした思考回路を持つアレクの思う、理由が。


「……説明せい」
「思ったことを口に出しただけで恐縮なんですが。義務でもなく、他にやることもあって、それでもやってしまうことは、だいたい『楽しいこと』だけでしょう?」
「……馬鹿な。なんの結果も出せておらんではないか」
「結果は重要でしょうか?」
「…………それを、貴様が言うか」
「もちろん、俺は結果に効率よくたどり着くよう修業などをしています。しかし、世の中みんなが俺みたいというわけではないでしょう?」
「そりゃそうじゃが」
「あなたのお話に出てきた過去の英雄は、みんな『結果』を求めてはいなかったように聞こえました。過程を楽しむ人々の集まり――そう、俺の耳にはとどきましたよ」
「……では、なにか。一度は見限ったアレクサンダー殺しの方法開発を……終わりの見えぬ、そもそも終わることがあるかもわからん苦行を、サロモンは楽しんでおったのか?」
「推測ですけどね。少なくとも、彼が抱えている本に『後悔』を示すような記述はない。というか研究成果以外が書かれていない。お陰でアレクサンダーさんが不死身であることは、ここを発見していても、あなたに聞くまでわからなかった」
「……」
「しかし、あなたの話に出てきた事実と、サロモンさんの性格から考えて、楽しんで『アレクサンダー殺し』の方法を研究していたのではないかと、俺は想像しました。だって、時間との闘争ですよ? 彼にとっては楽しいことなのでしょう?」


 解説めいたことをされても『月光』にはわからなかった。
 だが、アレクの口調は生前の英雄たちと話してさえいないはずなのに、どこか確信を感じさせる。

 ……きっと、彼にはなにか、感じるものがあるのだ。
 だって、過去の英雄と同じく、アレクもまた『変わり者』だから。
 凡人には――ただ生存を繰り返すだけの『月光』のような者にはわからない感覚があるのだろう。

 だから、『月光』は笑う。
 笑うしかなかった。


「……なんじゃあ……それでは、わらわが使命として、唯一の目標として四百年以上を費やしても入口にさえたどりつけなかったものに、サロモンは趣味で、長く見積もってもせいぜい二、三百年でたどり着いたということになるではないか」
「エルフの寿命から考えればそうでしょうねえ。まあ、アレクサンダーさんから離れた当初のサロモンさんの年齢にもよりますが」
「…………裏目じゃのう。サロモンがこうしているとわかれば、たずねることもできたじゃろうに。……他を巻きこまんよう一人でやろうとして、失敗したわ。カグヤと同じ蹉跌(さてつ)を踏んでおるな」
「……」
「はは……わらわの四百年は、無駄な道ばかりじゃったか。出自は特異なれど、能力は平凡じゃからな。いや、平凡以下、か。『市民』じゃからのう」


 情けなくて、乾いた笑いしか出てこない。
 力が抜けて膝から崩れ落ちる。


「…………なぜ、わらわなんじゃ」


 それは。
 今まで思ってはいたけれど、決して口に出すことのなかった言葉だった。


「……わらわよりふさわしい、才能ある者は、いくらでもおったじゃろう。なぜ、わらわなんじゃ。なぜ、わらわは普通に赤子として生まれ、普通に人として死ぬような、平凡な――『市民』のような運命に生まれつかんかった」
「…………」
「天命はなぜわらわをカグヤの死体におろした。なぜ、『憑依』などという力を与えた。なぜ不死で苦しむアレクサンダーのそばに置いた。わらわでなければ、わらわでさえ、なかったならば、きっと――」


 ――もっと早くにアレクサンダーを救ってやれたのに。
『月光』は感情の死んだ顔で、地面をながめる。

 ぽたり、ぽたり、となにかがしたたる。
 それは涙だった。


「サロモンにあと百年寿命があったならば、やつがアレクサンダーを殺したじゃろうな」
「そうでしょうねえ」
「……神はどうやら、アレクサンダーのことが嫌いらしい。わらわの存在は、やつに対する嫌がらせでしかなかったようじゃな」
「そうかもしれませんね」
「…………」
「それで、どうされます?」
「……どう、とは」
「あなたの一生をアレクサンダーさんへの『嫌がらせ』のまま続けるか、それとも『救い』にするか、あなたが決めてください」
「…………」
「あなたはことのほか時間効率を求めるお方だったようで、『長くかかった』とかそういうことを気にしておいでですが、そんなのはぶっちゃけどうでもいいかと思いますよ」
「……気休めか。効率以外を気にもとめん貴様が、効率などどうでもいい、などと」
「いえ、俺は効率を上げるのが趣味ですので、あんまり効率悪いのは苦手ですね」
「……では、思ってもいないことは、言うな。気休めなど、余計に……」
「『アレクサンダー殺しRTA(リアルタイムアタック)』はあなたしか走っていません」
「…………は?」
「『アレクサンダー殺し』は、世界で唯一、あなただけが挑んでいることだ。効率のよさは比較することでしか導けません。主観的に『なんとなく遅そう』『なんとなく早そう』と判断することは可能ですが、世界で一人が一回しか挑戦できない以上、他の走者と比べることはできないのです」
「…………」
「だから、このままあきらめたら、あなたの費やした時間はたしかに無駄です。でも、成功させたなら、それは世界最速最高効率だ。だって、世界で唯一の完走者なのだから」
「…………」
「さあ、時間がない。この洞窟はただいるだけであなたの魔力を吸収していく。あなたが今すべきことは、サロモンさんが遺した魔導書を読み、その理論を実践し、習得していくことですよ。無駄な時間を嫌うならば、今そうやってうつむいている時間が無駄です」
「…………はっ」
「ああ、ちなみにですが、本を外に持ち出すことはおすすめしませんよ。たぶんサロモンさんの仕掛けでしょうが、少々面倒くさいことになる。少なくとも、俺は持ち出そうとは思いません」
「……」
「注釈はこんなところでしょうか。質問がなければ、基礎理論を覚える作業に入っていただいて――すぐにでも、『十割殺し』を伝授しましょうか。『一割』からね」


 アレクは笑顔のまま言う。
 ……途中、ひょっとして励まされているのかなとも思ったが、どうやら違うらしい。

 彼は変わらない。
 ただ修行をつけるだけだ。


「……もうちっと、親を労ったりは、できんのか」
「不器用なものでね。嘘は苦手ですし」
「……やはり、貴様の育て方を間違えたらしいのう」
「あなたに育ててもらった記憶はありません」
「そうじゃったな。こんなもの、育てられん」


 親を知らない自分では――
 普通でない生まれ方をした自分では、子供の育て方などわからない。

 ……そもそも自分は、今まで大人ではなかったように思う。
 子供だった自分がようやく今、成長を始めたように『月光』は思う。


「……殺すぞ、アレクサンダーを」


『月光』は立ち上がる。
 目の端の涙を、手の甲でぬぐった。


「思えば、アレクサンダーとも不思議な関係じゃった。わらわに強く影響を与えるアレクサンダーとカグヤは、ひょっとしたらわらわの親のようなものなのかもしれん」
「……」
「ならば、超えねばな」
「……」
「子は親を超えるものじゃ。そうじゃろう?」
「そうですね」


 アレクは笑う。
『月光』も不敵に笑った。

 そうして、最後の修行が始まる。
 英雄の死は近い。
『月光』はそんな確信を覚えていた。
+注意+
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