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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十一章   『月光』の英雄殺し

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153話

「お陰でSTRも伸びましたが、初心者に『ロープを登り切るまで修業は終わらない』とするのは少々ハードルが高そうですね。ですが耐久力の伸び自体はすさまじい……いや、勉強になりました」


『月光』の修業にまる一日かけたあと、アレクはそのように結論した。
 場所は王都南に位置する、絶壁である。

 このあたりは五百年前の『アレクサンダー大王』の冒険においても軽く下をのぞきこんだだけであり、その下、あるいはその向こう側になにがあるのか、詳しくはわかっていない。
 何度か落ちたが、落ちきる前に絶命したので、今も詳しくはわからない。

 さて、冗談でも比喩でもなく、まる一日かかった。
 開始はだいたい昼ごろだったから、今は翌日の昼ということになる。

『月光』はロード地点でうつぶせになって倒れこんでいた。
 つらい。
 年長者の矜持、親の矜持、そういうものがあって情けない姿だけはさらすまいと思っていたのだけれど、無理だった。


「わらわへの復讐でやっとるんじゃなかろうな……?」
「復讐でこんな親切を?」
「親切とはなんじゃ」
「哲学的な質問ですね」
「違うわ! なにを指して貴様は『親切』と述べたのか、それを聞いておるんじゃ!」
「いや、文脈的に『全力で修業をつけること』以外ないかと……」


 顔を上げた『月光』が見たもの。
 それは、『なにを言ってるんだろうこの人』という表情で首をかしげるアレクだった。

 確信する。
 この男は本当に心から『人の足にロープをくくりつけ断崖に吊るし、人を鎖分銅のように振り回して岩壁に叩きつけたのち、気まぐれにロープを切って底の見えない絶壁に叩き落とすこと』を『親切』と表現している。

『月光』も自分がたいがいおかしい生き物である自覚はあるが、これほどではないという自負がある。
 言い知れない感覚のズレを感じた。
 彼はどうしてこんなに歪んでしまったのだろう……


「では、次の修業に移りましょうか」


 アレクがそんなことを言いながら、すぐそばにある大きな包みを見る。
 その成人男性が三人は入りそうな非現実的な包みは、先ほどからまがまがしい気配を放っていた。
 たとえるならば魔物千体斬りの刃などが、この包みのように血と死の臭気を放つだろう。

 できるならば触れずにすませたかった。
 というか休みさえないのか。
『月光』は様々な不安や不満を覚えながら、たずねる。


「その包みの中身はなんじゃ」
「これは豆です」
「豆?」
「俺の修業は基本的に命以外のリソースを使用しないのですが、この修業では珍しく補助器具みたいなものを使います。それが、この、俺が心をこめて炒り続けた、炒り豆です」
「貴様の修業は意図を聞けばうなずけないでもないのじゃが、方法だけ聞くと意味がまったく不明じゃな。詳しい内容を説明せい」
「では。今回の修業ではHPを伸ばします」
「英雄アレクサンダーもそのような概念をよく口にしておったな。生命力とか、体力とか、そういうものじゃな」
「はい。それらは『食事によって増える』のです。ですから、HPというのは、冒険者でなくとも高い者が多い。逆説的に、冒険者にも一般市民程度のHPしかない者は非常に多いというわけですね」
「ふむ」
「差が出にくく、鍛えにくい数値ですが、ここにも俺の見出した法則が適用されます。つまるところ『死ぬ気でやればよく伸びる』」
「……なんじゃろうなあ……なんじゃろうなあ……なんか尻尾がざわざわするのう……」
「つまり、『死ぬ気で豆を食べ続けること』が今回の修業になります」
「ちなみに食材に『豆』を選択した理由はなんじゃ?」
「色々試した結果、同じ修業を同じ期間行なった場合、一番多くHPが伸びたのが『炒り豆』だったのです」
「なるほど。ならば食材については特にわらわから言うことはないが……」
「改善案があるんですか?」
「……いや、ないな。うむ、なにもない」


 本当はいくつか思いつくことがあった。
 しかしここでそのアイディアを出したら、それはそのまま自分に跳ね返ってくるのだ。

 修業の効率化はいいことであり、『月光』はたしかに早く修業を完了できるならその方がいいと思っている。
 だが、『自分が受ける』という前提で考えれば、効率ばかりを追い求めるのはいかがなものかと、そういう自己防衛の本能が働くのだ。

 だから今回、『月光』は意見を出さないと固く決めていた。
 そのはずなのだけれど。
 アレクが小さくため息をつく。
 偶然視線を向けていなければ気付けないような小さな動作に『月光』はめざとく反応した。


「……どうしたアレク、ため息なんぞついて」
「いえ……その……個人的なことですので……」
「かまわんから言え」
「では。俺はこう見えて、自分磨きが趣味みたいなところがありますので。ステータスは伸ばせるだけ伸ばしたいし、技能は習得できるだけ習得したいと、そう思っていました。戦い方を考えたり、トライ&エラーなんかも大好きです」
「……それがなんじゃ」
「自力でできることは、だいたいしてきたつもりでいます。しかし、鍛冶などの特殊技能だったり、あるいはそもそも『これ以上がある』と発想できないものなんかは伸ばすことができず、宿屋経営をしてから今まで、長い停滞人生を送ってきました。宿屋経営してから新しく覚えた技能は、ロレッタさんの居合いぐらいでしょうか」
「……」
「そんな風にこごっていた俺の人生に、あなたが新しい風を吹き込ませてくれたのが、昨日のことです。最高に効率的に仕上げたはずの俺の修業に、よりよい可能性があった。蒙が啓ける感覚とはこれか、と感動さえ覚えたものでした」
「…………」
「きっとこれからの修業も有益なご意見をいただけると思ったのです」
「……………………」
「が、現実はそう甘くなかったなと思い知った次第です。……すみません。愚痴や文句みたいなことを」


『月光』は充分にわかっていた。
 ここで『改善案はある!』とつい言いそうになるのは、よくないことだ。
 なにも自ら苦難の道に足を踏み入れることはない。

 色々あった五百年だった。
 カグヤが死に、その体に入った。――否、その体で、生まれた。
 なんとなくアレクサンダーやイーリィと行動をともにしていた。

 その期間、まあ、出自からしてしょうがないとも言えるが、『勇者パーティーのメンバー』からはあまりよく思われていなかった。
 針のむしろのような時代。
 そのうちパーティーは解散し、多くの人々が寿命で死んでいったはずだ。

 死ねないことがわかり、半狂乱になったアレクサンダーの介護だってつらかった。
 それでも彼の元を離れなかったのは、体に残ったカグヤの残滓が、彼のためになりたいと叫んでいた――とでも言おうか。

 意思や思考ではなく、前提。
『自分はアレクサンダーのためにならねばならぬ』という逆らえないほど強い、けれど『月光』自身にはどうしてそう思うかすらわからない気持ちだけが、この肉体の根底にあり。
 それは、肉体を変えても魂に残る、強すぎる想い――存在意義そのものだった。
 だからつらくても、我慢して、アレクサンダーを殺す方法を探し続けた。

 そも、人生とはつらいものだ。
 長い時を生きて、つらさに耐え続けた。

 だからこそ、今、多少アレクサンダーを殺すのが遅くなろうとも、目的を達成することに変更はないし、苦難を避けて通ったっていいはずだ。
『月光』はそのように思考して。


「改善案はある」


 口から飛び出そうとする言葉を止められなかった。
 そういえば、いつもこんな風になるな、と『月光』は力なく苦笑した。

 ようするに――必要とされることに慣れていない。
 求められる嬉しさに耐えきれない。

 そういう生き物なのだと、自分を定義せざるを得なくて。
 自分という存在のむなしさに、涙が出そうになった。

 自分の意見を必要と言った彼――
 アレクは、首をかしげる。


「改善案があるんですか? でも、さっきはなにもないと……」
「うっ、くっ、あるっ……! 改善案は……ある、のだ……!」
「なんで泣きながら言うんですか……」
「自分で自分が嫌になったんじゃ! 改善案はある! よく聞け!」
「はあ、ハンカチをどうぞ」
「ありがとう! ……よいか、今の修業もそうじゃが、おそらく貴様の修業全体に決定的に欠けているものがある!」
「ほう」
「それは『目的意識』じゃ!」
「目的意識?」
「貴様は目的をわかっておるから『なにをするか』しか言わん。じゃが、普通、目的もわからず修業を行なったところで、修業させられている方は意味がわからんから、命懸けであろうが心の中に曖昧な部分は残る!」
「……『豆を食べろ』と俺がもし言われたら、『それをすれば実績トロフィーもらえるんだな』って思って、特に深く考えずやりますけど」
「そのよくわからん思考ができるのは廃人じゃ! 人らしい心の機能が壊れておる!」
「ええっ!? そうなんですか!? だってみなさん、やってくださいますよ!?」
「それは貴様が意味不明怖ろしいからじゃ! たしかに、今までのやり方でも、やりさえすれば効果は出るじゃろう。けれど、意味がわかって死ぬ気になるのと、意味もわからず死ぬ気になるのとでは、『死ぬ気』の深みが違う!」
「……ええと」
「背後に恋人を守ってモンスターの前に立ちふさがるのと、背後になにもないのにモンスターの前に立ちふさがるのとでは、やる気に違いが出るであろう」
「……ああ、なるほど」
「じゃからの、修業の際には目的を示してやるのじゃ!」
「ですが今までも『この修業にはどんな意味が?』と聞き返されることが多かったので、そのたびに『HPが伸びます』と答えてはきましたよ」
「普通の者が『HP』とか言われて意味がわかるか! この、たわけ!」
「……でもみなさん、それ以上聞きませんでしたけど」
「意味がわからなさすぎて理解することを放棄しただけじゃ!」
「なんだと……」


 アレクが表情に驚愕をにじませていた。
『月光』は叫びすぎて荒くなった息を整える。


「そこで……わらわが思う『豆を食べる修業』の改善点は『得を示すこと』『成功したら褒美を与えること』じゃ!」
「……なるほど……非常に勉強になりました。それで、あなたの場合はどうしましょうか?」
「わらわか……わらわの場合は……………………感謝の言葉でいい」
「……感謝の言葉?」
「わらわのお陰で効率のいい修業ができたと、そのように貴様がわらわを必要としていることを明に示すのならば、それだけでいい」
「……ずいぶん安い褒美ですけど、そんな程度でいいんですか?」
「うるさいわ……この程度でいいのかというのは、自分が一番自分に問いたい……」


『月光』は力なく笑う。
 安いのは、本当にまったくもってその通り。

 ……ようするに生きてきた環境の違い。
 長い時間を人から必要とされず、終わりの見えない目標に捧げ続けたこの身は、悪意や無関心以外の、『正の感情』に非常に弱いのだと。
 そういう安い自分を今さら発見して、『月光』はもう一度深く深くため息をついた。
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