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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十章 カグヤの語る英雄譚

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146話

『影』との戦いは、長く続いた。
 戦闘そのものが手探りなのだ。

 どうやら魔法は吸収するらしい。
 物体は吸収されないものの、『通り抜ける』という印象で、手応えがない。
 向こうからの攻撃も、剣や鎧などを通り抜けて、そのくせ肉体にはダメージがあるし、吹き飛ばされたりもする。

 相手に干渉するには魔法的な技術を使わざるを得ず。
 また、相手の攻撃を受けるのにも、魔法的な力が必要だ。

 ……よく、パーティー外の協力者には勘違いされることがある。
 それは『不死身の英雄アレクサンダー』が『一切防御をしない』という勘違いだ。

 アレクサンダーはたしかに死なない。
 しかし、防御行動を軽視しているわけでもなかった。
 彼にその理由をたずねると――


「いや、痛いから」


 と、答える。
 つまり彼にも痛覚はある。
 人並みとは言えないほど鈍感かもしれないが、ともあれ、彼は避けることができる攻撃は避けるし、受けることができる攻撃は受ける。
 防御を捨てるのは『とっておき』であり、『心臓に矢を刺されても突撃しない限り勝ち目がない』というような、『命懸けでのみ活路を開ける状況』だけなのである。

 だから、しばらくはカグヤも安心してアレクサンダーたちの戦いを見ていられた。
 こういった初見のモンスターとの戦闘には、いくつかの段階があるのだ。

 まずは、調査。
 遠巻きに見たり、こうして実際に剣をまじえたりして、相手の能力を推し量る。
 現在、長く続く『影』との戦闘はこの段階にあたった。
 斬って、射って、殴って、切り落として、あらゆる攻撃を試し、なにが有効でなにが無効かをたしかめているのだ。
 だから、もしアレクサンダーが『とっておき』をやり出すとすれば。


「よし、だいたいわかった」


 調査が終了して――攻勢に転じる時だ。
 アレクサンダーは戦いに参加している仲間……サロモン、ダヴィッド、『真白なる夜』に対して指示を飛ばす。


「脳筋戦法に入るぞ! サロモンはありったけ魔法の矢をぶち込め。ダヴィッド、サロモンを守れ! 俺とシロで撹乱する! 物理効かないで魔力を吸収するなら、はち切れるまで喰わせてやれ!」


 そして。
 背後で待機していた、非戦闘メンバーを振り返って。


「イーリィはダヴィッドに回復集中! ウーばあさんとカグヤは逃げてろ! 以上!」


 アレクサンダーが剣を伸ばす。
 それは多くの人が『聖剣』と呼称し、ダヴィッドだけが「これが剣とか刀剣鍛冶なめんな」と不機嫌そうにその存在を語る、『魔力により刀身を伸ばす剣』だった。

 戦いは激化していく。
 カグヤは、アレクサンダーの命令を無視した。

 横でウー・フーが髪をうねうねさせながら「え、行かないの? わし逃げたいんだけど」と不安そうな声をあげている。
 カグヤは一瞥だけして、その場にとどまる。

 激化する戦いの中、アレクサンダーにはもう背後を気にする余裕はなかったようだ。
 敵は巨大な『影』が一体。
 しかし敵の動作は俊敏だ。たった一体だというのに、アレクサンダーと『真白なる夜』が全力で攪乱してなお、ダヴィッドの方向にまで攻撃が及ぶ。

 それは、影の左手にある五指が、触手のように伸び、うねり、こちらを貫こうと狙ってくるからだった。
 人ならば『右手の剣で二人に対応しつつ、左手では他の五人に向け攻撃をしかける』という行動を頭で処理しきれない。
 しかし『影』は正確無比に、一瞬でも気を抜けば死ぬような攻撃をしてくる。


「即死だけはすんなよ! 一瞬でも息があれば、イーリィがどうにかする!」


 アレクサンダーが攻撃を続けながらそれだけ叫ぶ。
 つまり、少しでも間違えば即死させられかねない状況なのだ。

 こういう強敵相手には無類の強さを発揮する『真白なる夜』も、今は攪乱で精一杯だ。
 そもそも、弱点を見抜く目を持っているだけで、弱点のない敵には効果がないのだろう。

 激戦は続く。
 そして――

 ダツン、という不思議な音がした。
 カグヤはパン作りを思い出す。
 ちょうど、よく練った小麦を切り分ける時の音が、こんな感じだったのだ。

 そんな拍子抜けさえするような音を立てて。
 アレクサンダーが、『影』の左手首を切り落とした。


「ようやく攻撃が通ったか」


 安堵したような声だった。
 サロモンは反対に「この程度で終わってしまうのか」と落胆した声を発していた。

 アレクサンダーが『脳筋戦法』と称した『限界まで魔力を喰わせる』戦法がようやく功を奏したのだ。
 ここからは、逆転劇の始まりだった。

 次々に解体されていく『影』。
 手を失い、足を失い、胴体を失っていく。

 すべてから切り離された頭部は宙を舞い、口とおぼしき部分から、槍のような触手をはき出して攻撃してきた。
 頭部には今まで見えなかった、黒い球体のようなものがあることがわかった。
『真白なる夜』も「ああ、アレが弱点みたいですね。いやあ、ようやく終わる。よかった」とボロボロになりながらも穏やかに笑って告げた。

 全員の攻撃が、『影』の宙を舞う頭部に集中する。
 全員が同じところを見ている中――

 やっぱり、カグヤだけは、違う場所を見ていた。
 視界の中心は周囲にちらばったままの、『影』の体だ。

 モンスターは死ねば消える。
 ただし命が尽きるまでにうばった『皮』や『肉』などはそのまま残るという法則があった。

 だから、誰も気に留めない。
『影』の体が切り落とされたまま残っていたところで、それは『影』本体を倒せば消えるものであり、ようするに『いつものこと』だ。

 でも、カグヤはやけに『影』のちらばった体が気になった。
 ――天啓と言うならば、まさしくこれこそが天啓だろう。

 それは予言でこそなかったものの、カグヤの中ではたしかな予感だった。
『影』の左手。
 五指を触手として操ることで、主にダヴィッドやサロモン、イーリィたち後方支援を行なっていた者たちに猛威をふるったソレ。

 じっと、ながめる。
 するとわずかながら動いているように見えたのだ。

 カグヤは、走り出した。
 ウー・フーが「おい!?」とおどろきの声をあげる。
 イーリィが「カグヤちゃん!?」と叫んだ。
 二人の横を駆け抜ける。

 アレクサンダー、サロモン、『真白なる夜』、ダヴィッドは気付かない。
 今、それどころではなかった。
 もう少しで激闘の決着がつくのだ。
 体はボロボロで、精神力だって尽きかけている。
 さっさと倒して楽になりたい――本人の意思とは別に、肉体がそんな悲鳴をあげていたとしても、仕方のないことだろう。

 だからこそ。
 完全なる不意打ちとして、『影』の左手が五本の触手を伸ばした。

 カグヤは――
 間に合った。

 間に合ってしまった。
 走り出した彼女を止められる者はなく、彼女はそのまま『影』の左手を抱きしめるように、体に抱え込んでいた。

 伸びた五本の触手すべてが、彼女の小さな胴体を貫く。
 紙のようにやすやすと引き裂かれる、幼い少女。
 しかし肉体一つ分の抵抗は、たしかに『影』の五指による攻撃から『不意打ち』と呼べる効果を取り払った。

 アレクサンダーたちは、背後から迫ってきた五指に、対応する。
 不意打ちは失敗に終わり、アレクサンダーたちに傷一つつけられなかった。
 ……少なくとも、サロモンやダヴィッド、『真白なる夜』にこの奇襲で傷一つつかなかったのは、間違いなくカグヤの功績だ。

 そして。
 奇襲に対応し終わり、アレクサンダーたちは、ようやくカグヤの状況に気付いた。


「なにしてるイーリィ! カグヤを治せ!」


 冷静ではなかった。
 胴体が空っぽになった少女を見て『即死してはいない』と判断したのは、その証拠だろう。

 この無意味な指示に、イーリィはすぐさま対応した。
 貫かれたカグヤの体が治っていく。
 空っぽになった胴体に、血肉が戻っていく。

 意識は。
 戻らない。


「……この……!」


 アレクサンダーの剣が、ひときわ長く、太く、伸びた。
 彼は白の天井を切り裂きながら、その剣をふるう。


「悪あがきしないで、大人しくやられとけ!」


 城ごと斬り裂く一閃。
 アレクサンダーが太く長く伸ばした剣は、逃げ回る『影』の本体、そこにあった黒い球体を真っ二つに切り裂いた。

 光。
 それから、風。

 やられたモンスターを中心に、ダンジョン内部に不可視の波動が広がっていく。
 モンスターの生成が止まったのだ。

 だが、そんなことはもう、どうでもよかった。
 アレクサンダーはカグヤに駆け寄る。

 倒れたまま、彼女は目を開けない。
 アレクサンダーは膝をつき、小さな体を抱え、ゆさぶった。


「おい! カグヤ! 起きろ! もう傷はねーぞ!」


 返事はなかった。
 ただ。
 少女の顔には、腹部を貫かれ絶命したとは思えないほど、穏やかな笑みがあった。


「くそ、なんで……なんでこんな……!」


 どうにもならないことは、全員がわかっていた。
 ……死人のまったくいない旅では、なかったから。

 目の前にあるものが、『まだ望みがある』ものなのか、それとも『修復だけはされた空っぽの肉』なのかは、全員が察した。
 そして、全員が判断した。
 ――もう、カグヤは死んでいる、と。

 だから、声を発することのできる者はおらず。
 ――最初に、静寂を破ったのは。


「……うん? なんじゃ、どういう状況じゃ?」


 死んだはずの少女。
 全員があきらめた生命。

 カグヤその人で――
 ――ただしこれは。

 残酷な――少なくともアレクサンダーにとって、カグヤがただ死ぬよりも、もっと残酷な仕打ちの始まり。
 目覚めたのはカグヤではなく、カグヤの皮を被った何者かでしかなかったと。
 そういう喜劇の、始まりだった。
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