挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

十章 カグヤの語る英雄譚

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

137/249

137話

「おっ、生きてんじゃん」


 暗闇に差しこんだ光とともに、そんな、男性の声が降ってきた。
 夜のはずなのに、あまりにまばゆい。
 彼女は目を細め、開かれた天井を見上げる。

 目が慣れてくれない。
 だから、見えるのはヒトガタのシルエットのみ。

 でも、なにかがおかしい。
 どこかつるりとした印象の頭部を見る。
 ……そうだ、そのシルエットには、あるべき場所に耳がないのだ。
 おまけに、尻尾の影も見当たらない。

 不自然さに首をかしげる。
 と、シルエットが、手を伸ばしてきた。


「ほれ、出るぞ、チビ狐」
「……」


 不可解な言葉だった。
『出る』とは、どういうことなのか。

 少女は知っている。
 自分は、ここから出てはいけない存在だった。

 かびくさい、湿った地下の空洞。
 鍵のかかった天井から、わずかに差しこむ光。
 食事は投げ込まれる残飯で、寝床は少しだけ盛り上がった岩場。


 ――呪われた子供。
 ――お前は、みんなを不幸にする。
 ――いいかい、決して、神の許可なく言葉を発してはいけないよ。
 ――ここから出ても、いけない。
 ――じゃないと、みんな、みんな、不幸になるからね。


 幼い少女は、大人たちの言葉を信じた。
 自分は呪われていて、みんなを不幸にする。
 口を開いてはいけない。
 この場所を出てはいけなくて――
 ここで、死んでいく。

 そういうものなのだろうと、少女は信じていた。
 だというのに、男は『出ろ』と言う。

 少女には理解できない言葉だった。
 だから、反応しない。

 男は、少女があんまりにも動かないものだから、焦れたのだろう。
 すたん、と天井にある『入口』から、少女のいる場所に降りてきた。

 初めて男の姿がはっきり見えた。
 幼さを残す少年だ。
 頭の上に耳はなく、尻尾もない。
 髪も目も黒く、顔にはどこかいたずらっぽい笑みがあった。


「うっわあ、ヒデェ……避難のために入った感じじゃねーな。知ってるぞ。コレ。モンスターよりなおひどい人の所業だ。お前、閉じ込められてたんだな」


 顔をしかめながら笑う、という器用な表情だった。
 中性的な顔立ち。
 身につけた革製の鎧と、背中に背負った大きすぎる剣が、やけに似合っていない。


「……やっぱり『チートスキル』持ちか。ったく、この世界は狂ってんな。優れた力を持ったやつがいるなら仲良くすりゃいいのに。……怖がって閉じ込めて、馬鹿みてーだよ、ほんと」


 男性は、目を細めて、なにかを見ていた。
 少女の方向にある、けれど、少女の顔より少し上の、なにかを。

 ……男の見ているものが、少女にはわからない。
 けれど、きっと不愉快なものなのだろう。
 だって男は、舌打ちをしたから。

 一瞬だけ不機嫌そうになった男は、また笑う。
 それから、少女の両肩に手を置いた。


「チビ狐、さっきから黙ってるけど、生きてるか?」
「……」
「おーい」
「……呪い」
「あん?」
「……わらわと話すと、呪われるぞえ」
「はあ、呪い? ……ああ、はいはい。そういう理由付けをされてたわけね。色々考えるもんだなあ……イーリィの時は『魔の封印』だったっけ」
「……?」
「まあ、詳しい事情まではよく知らねーけど、俺が思ったこと言っていい?」
「……」
「お前のしゃべり方、おもしれーな」
「………………」
「実際いるんだな、お前みたいなしゃべり方するの。……ありがとう。お前と話して、俺の世界はまた広がった」
「……」
「なあ、今まで閉じ込められてたんだろ? 退屈だったろ? こんな、狭い場所で、ずっと生きてきたわけだろ? つまんなかっただろ?」
「……」


 答えない。
 少女は必要以上にしゃべるのを嫌がった。

 だって、不必要な言葉は、不幸を生むから。
 だというのに。


「世界の果てを見たくねーか?」


 男性が笑って語った言葉。
 ……なぜだろう。
 その言葉だけは、どうしたって、聞き返さずにいられなかった。


「……世界の、果て?」
「そうだ。世界の、果て。知らない場所。知らない文化。知らない人々。知らないなにかを、見てみたくはねーか?」
「…………よくわからぬ」
「よくわからない! 俺もだ! だから見に行く! 俺たちは、その旅の途中なんだ」
「……」
「お前も来い。この世界には魔法がある。モンスターがいる。ダンジョンがある。色んな人種がいる。そのすべてを知り尽くさないだなんて、あんまりにももったいない。この広い箱庭を俺と一緒に遊び尽くそう。お前の力はきっと、そのためにある」
「……しかし、わらわと話すと、不幸にならんのか?」
「不幸? なんで?」
「……わらわは、呪われておる。それゆえ、閉じ込められておった。じゃから、わらわが口を開けば、誰かが不幸になると、この村の大人は、みんな、信じておったのじゃ。神からの言葉しか、わらわは、語ってはならぬ、のに……」


 どうして。
 この男のことは、無視できないのだろう。

 少女は戸惑う。
 男は、笑う。


「ふうん。で?」
「……やはり、わらわの言葉は、通じておらんのか? しゃべるなと、そのように言っておるつもりなのじゃが」
「いや、わかるよ。多少は通じにくいけど……でもなんでそんなしゃべり方なんだ?」
「わらわの言葉は、人ならざる者が、わらわの口を借りて発する言葉じゃ。それゆえ、みなと同じように話してはならぬと」
「なるほどね。わかるような、わからないような。まあ、この村なりの信仰があったってことなんだろう。しかし呪いねえ。非科学的な――とか言い出したら、魔法もそうだな」


 男性は笑った。
 少し考えるように黙りこんでから。


「まあいいよ。別に、呪いがあったって」
「……じゃが、不幸になると」
「不幸すら楽しめなくてなんのための冒険だ」
「…………」
「目的のモンスターに会えなかったり、欲しいアイテム出なかったり、金策に苦労したり、ダンジョンで死にまくったり、そういうのもひっくるめて『冒険』ってもんだろ? 不幸、いいじゃん。歓迎する」
「……」
「だから、お前の言葉で、俺を不幸にしてくれ」
「……」
「俺の力で、不幸をいい思い出に変えてやるから」


 ――光が、差しこむ。
 これが夜の光だと、少女は知っていた。

 朝や昼の光は、もっとギラついていて、強いものだ。
 でも、夜の光は、少女のいた地下道を優しくぼんやり、照らしてくれる。

 男性は天井の入口から、空を見上げる。
 そのあと、唐突に、名乗った。


「俺の名前はアレクサンダーだ。お前は?」


 少女は名乗り返したかった。
 でも。


「……わらわに、名はない。わらわは、呪われし子供」
「じゃあ俺が名付けるか。そうだなあ……」


 アレクサンダーが空を見上げる。
 夜の光が差しこむ、空。
 その明かりを受けて立つ、少女。

 ……しばらく、間があった。
 そして、アレクサンダーはようやく、なにかに思い至ったらしい。


「カグヤ」


 不思議な音の連なり。
 名前なのかどうか、少女には判別がつかない。

 けれど。
 アレクサンダーは、自信満々に、おかしなことを言う。


「俺の元いた世界の、昔話のヒロインだ」


 まるで、ここ以外に世界があるかのように。
 しかも『ここではない世界』を、すでに経験済みであるかのように。


「月光を受けて輝く、狭い場所に閉じ込められてた女の子。ちょうどいい名前だろ」


 男性は、いたずらっぽく笑った。
 ――それが、アレクサンダーと、カグヤの、出会い。
 後に世界を変える――変えてしまった責任をとらされることになる、男の、不幸の始まり。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ