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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

一章 ロレッタの『花園』制覇

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13話

 かくして、ロレッタ最後の修行が始まる。

「じゃあ、今から始めますので、ご自由にどうぞ」



 軽い調子だった。
 アレクはあくまでも次の修行内容を伝えに来ただけらしく、部屋を出て行こうとする。


 ロレッタは。
 きびすを返す彼の背中に、声をかけた。


「待ってくれ。今、試しに、一撃を入れてみたい」


 アレクは振り返った。


「あの、奇襲でもかまわなかったんですけど」
「そうは言うが、武装もしていない相手の背中にいきなり斬りかかるなど、私にはできない」
「……まあ、奇襲も正々堂々も結果はあんまり変わらないですし、やりやすい方でかまいません」
「必要なら奇襲も考えるが……まずは一撃だ。あなたの修行で私がどれほど強くなったのか、宿に来た日に試した技を、今一度、あなたに当ててみたい」
「なるほど。確かに、今のあなたのあの技でしたら、可能性はあるかもしれませんね。あれは俺も回避しようと思っていますし」
「……回避とかするのか」
「どうにも、わざと喰らってもレベルは上がらないみたいなので、それなりに本気で回避や防御もしますよ。それでもなるべく油断するように努めますが……」


 ロレッタは『油断するように努める』という彼の表現に、おかしさを感じる。
 わざとでもいけない。
 本気でいけない。
 普段は考えの読めない彼の葛藤が、その一言からは見えたような気がした。

 ロレッタは深く息をつく。
 そして、腰に刷いた剣の柄に、手を添えた。


「では――」
「あ、待ってください。セーブをしていただかないと」
「……そういえば、反撃するのだったな」
「はい。一応、攻撃された瞬間にこちらも臨戦態勢に入りますので、そのつもりで」
「わかった。鎧は脱いでおこう。修行が終わるころには跡形もなくなっていそうだからな」
「死ぬことに抵抗がなくなっていますね。いい傾向です」
「あなたのお陰だ」


 ロレッタは鎧を脱ぐ。
 アレクは、右手をかざして、セーブポイントを出現させた。


 暗い部屋の中。
 ふよふよと漂う球体――セーブポイントの淡い光だけが、あたりを照らす。


「セーブします」
「セーブする」


 儀式は終わり、死ねる状態になった。
 ロレッタはあらためて、アレクを間合いに入れ、剣の柄に右手を添える。
 彼は動こうともしない。
 本当に、攻撃をされるまでは臨戦態勢に入らないつもりのようだ。


 それを好機だとは、ロレッタにはもう思えなかった。
 彼は油断していても充分に強い。
 たった一撃当てるだけでレベルが五十も上がる修行を、今日までしてこなかった理由もわかる。


 当時の自分では、どうがんばっても、彼に有効打を与えられる可能性が皆無だったのだ。
 そうロレッタは判断していた。

 今、強くなった。
 頑丈になり、持久力もついた。
 腕力も上がったし、ダンジョン内での戦いで、脚力もずいぶんついた気がする。
 それに、戦いというものに対して、以前より深い理解をしている。

 死ぬ気で――いや、死にながら努力した成果だ。
 その努力に実を結ばせ、師匠であるアレクに報いるためにも――



「今度は軌道を明かさない。……今の私の本気、見てもらおうか」



 剣を抜き放つ。
 一撃は神速。
 軌跡に残る光の筋だけが、その剣の軌道を視認させてくれる。

 狙いは首。
 容赦のない、殺すつもりの剣だ。
 それはアレクという人物の強さに対する信頼の表れだった。

 そして。
 瞬きほどの時間もかからないその必殺の剣を――
 アレクは、身を軽くかがめて、かわした。


 瞬間。
 ロレッタはとてつもない怖気を感じた。


 反射的ですらない。
 本能的に、部屋の端まで跳びずさる。


 たったそれだけの動作で息があがり、ドッと汗が噴き出す。
 ……運動による発熱での汗ではない。
 恐怖による、冷や汗だ。


 ロレッタは視線をアレクへ向ける。
 彼は、今までロレッタの顔があった位置へ、右拳を突き出していた。
 ……あのまま立っていれば、頭部が弾けてロードやりなおしだっただろう。
 アレクはおどろいた顔をする。


「今の、よく避けましたね」
「アレクさん、女性の顔を殴るのに抵抗があるのではなかったのか?」
「臨戦態勢ですからね。相手の性別や種族なんか気にしてる余裕はありませんよ」
「なるほど。……改めて、本気というわけか」
「そうじゃないと訓練になりませんから。――さあ、死ぬ気でどうぞ。俺も、殺す気でいきます」


 アレクの言葉を聞いて。
 ロレッタは、笑った。

 高揚の笑みではない。
 もちろん、面白くて笑ったわけでもない。


 笑うしかなかった。
 改めて彼女は思う。

 ――とんでもない宿屋に来てしまったな、と。
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