挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

九章 アレクサンダーのいない日常

126/249

126話

 従業員室には、息を荒げて眠りにつくヨミがいた。
 目は開いていない。
 声をかけても、答えることができないほどだった。


「……ヨミさんでも病気になるのか」


 ようやく現実を信じたロレッタは、そのような言葉をつぶやく。
 心配より先に、つい漏れた言葉だった。
 失礼ではあるが、無理もない。

 ロレッタの中で、ヨミ、アレク、ブラン、ノワあたりは、無敵の存在だった。
 その人が風邪程度に負けるなどというのは、到底信じられることではない。

 実際、ノワとブランにとっても、母親が風邪を引くというのは異常事態だったようだ。
 この事実に対し、ブランなどは――


「今ならママを倒せるかもしれませんねー……」


 などと、大変混乱したコメントをしていた。
 すぐさまノワに拘束されて倉庫に放り込まれていたが、たしかにしばらく頭を冷やした方がいいだろう。

 こんな事態、アレクだって想像していなかったに違いない。
 風邪の気配みたいなものがあったら、セーブさせていったん殺してから行くはずだとロレッタは分析していた。
 そうすれば治るから。

 ともあれ、『銀の狐亭』は朝から大混乱に見舞われることとなった。
 アレクの不在。
 ヨミの不調。
 この二つの『異常事態』がもたらす影響は大きいものだろう。

 時刻は朝になっていた。
 すでに日は完全にのぼりきり、もう少しすれば朝食の時間だ。

 ロレッタは、食堂のテーブル席にいた。
 テーブルの上にあった収集品はすでになく、周囲には人もいない。
 先ほどまで一緒にいたモリーンは、ノワとともにヨミの看病をしている。

 看病役は魔法に秀でた者が行う。
 これは、冒険者的な通例に従った人選だ。

 魔術師は多くの場合、簡単な治療ならば、魔法によって行えるからだ。
 はっきりした症状であれば、力量によってはすぐに治癒ができる。
 なので、病気やケガ、よくわからないが苦しんでいる人などが出た場合、まずは魔術師が様子を診るというのが、冒険者的には当たり前のことだった。

 ただし、一方で『原因のわからない症状』に対して、魔術師は無力だったりもする。
 風邪などの病気がその代表例で、アレク風に表現すると『最大HPとMPの減少していく症状』は、治療の前に原因究明をしないといけない。

 また、症状の原因が複雑かつ根が深いほど、魔法より薬の効果の方が高くなる傾向がある。
 そして、『原因の診察』と『薬の調合』は魔術師としての力量とは別な実力が必要となる。
 いわゆる『医者』は、この診察、薬の調合能力に必要な知識を持った者を指すのだ。

 だから今は、医者を呼ぶべき段階にあるとも言えるのだが……
 医者については、かかりつけがいるかもしれない。
 また、ヨミのような強すぎる人が罹患するような病を、そのあたりの町医者でどうにかできるとも思えない。

 ともあれ、体調の判断はモリーンとノワがするはずだ。
 だから手が空いたロレッタは、非常にのんきで、なおかつ重要な心配をしていた。


「……朝食はどうしたらいいのだろう」


『銀の狐亭』では、主にヨミが料理を行う。
 補助、あるいはヨミが不在の時などは、ブランかアレクが料理をしているようだ。

 だが、今、ヨミは風邪で動けない。
 ブランを解放するのが、おそらく一番早いが……
 ノワは、魔法による『拘束バインド』でブランを拘束していた。
 ロレッタでは、ノワの『拘束』は解けない。

 そして監禁場所である倉庫までは、従業員室を経由する必要があった。
 ノワがやたらと強硬にブランの閉じ込め維持を提案しているので、彼女の許しなしには、ブランを倉庫から出すことすらかなわないだろう。

 だから今は、朝食のことだ。
 ロレッタ一人ならば、よその店に行くという手段がある。
 しかし、心配しているのは、ノワやブラン、ヨミの食事だ。

 作り手たる彼女らが寝こんでいる以上、誰かが彼女らの食事を用意しなければならない。
 しかし、それはロレッタには不可能な事情があった。
 だからどうするべきか、困る。

 などと悩んでいると。
 二階から誰かが降りてくる気配があった。

 そちらを見る。
 降りてきたのはホーだった。

 眠たげに目をこすりながら、だぼだぼの服の裾を揺らし、階段を降りている。
 一段踏み外して転びそうになったが、白い髪を動かして体を支え、事なきを得た。

 褐色肌の彼女は、眠たそうな顔で食堂の方を見る。
 そして、ロレッタを発見し、近付いて来た。


「よおロレッタ。なんかすげーバタバタしてなかったか?」


 たずねながら、ホーはロレッタの正面に腰をおろした。
 ロレッタはうなずく。


「おはようホーさん。そうだな、なにから話すべきか……」
「おいおい、盛りだくさんかよ。嫌な予感がすっからまだ寝てようかな……」
「いや、盛りだくさんというか……状況は一応は落ち着いている。それに、私一人暇で、悪いような気がしていたところだったのだ。状況の説明ぐらいさせていただきたい」
「まあ、そう言うなら聞くけどさあ」
「時系列順に言うと、まず、アレクさんが長期間の外出をすることになったのだ」
「ああ、そうだな。それは聞いてる」
「……私は今朝初めて知ったのだが」
「まあ、宿としての業務自体はアレクさんがいなくても回るしな。言う必要もないと思ったんだろうぜ。あんたは『お客様』だしな」
「ホーさんやモリーンさんだって、宿泊客ではあるだろう」
「この宿で純粋な『お客様』はあんただけだ。あたしは宿泊代金こそ払ってるけど身内だし、モリーンは風呂番で半分従業員だし……オッタはなんか、クランメンバーらしいから、あっちも身内っちゃあ身内なのかな」
「私以外身内……この宿の経営は大丈夫なのだろうか」
「知らねーよ。大丈夫なんじゃねーの? そもそも趣味でやってるみてーだからな」
「まあ、そんなことはどうだっていいのだ。どう言ったらいいのか……」
「なんだよ。あんたが言いよどむなんて珍しいな」
「信じていただけるかどうか、不安でな」
「おいおい、あたしらはみんな、『ありえない』修業を受けてきた仲間だろ? 異常事態には充分に慣れてるし、そもそも、あんたらのことは信頼してる。ましてやロレッタは嘘をつかないやつだ。なんでもいいから、言ってみろよ。疑ったりしねーからな」
「では言うが……ヨミさんが風邪で倒れている」
「は? 嘘だあ」


 ほとんど即答といえるほどの速度で、ホーは言った。
 ロレッタは思う。『信じて』と。

 しかし、納得できない気持ちだって、充分に理解できた。
 だから誠心誠意、信じてもらえるように、言葉を繰り返した。


「……気持ちはわかるが、嘘ではない。もう一度言う。ヨミさんが、風邪で、倒れている。動くどころか、しゃべるのも困難のようだ」
「…………んんん? ちょっと言葉の意味がわかんねーんだが……」
「可能な限り簡潔明瞭に述べたつもりだが」
「……ああ、なるほどな。わかったぞ」
「わかっていただけたか」
「つまり、『ヨミ』って名前の客が来たんだな? そいつが風邪引いてるって?」
「いや、ヨミさんというのは、アレクさんの細君のヨミさんだ」
「……わかった。わかった。ちょっと悩ませてくれ」
「悩むようなことは言っていないつもりだが……まあ気持ちはわかる」
「…………ヨミさんってのは、アレだよな。アレクさんの奥さんで、この宿の良心だ」
「そうだな」
「噂だけにとどまるけど、アレクさんぐらいに強いっていう、あの人だよな」
「そうだな。まあ、少なくとも『風呂沸かし』ができるぐらいの実力の持ち主ではある」
「……前さあ、アレクさんにちょっと興味本位で、この宿のメンバーで実戦やったら誰が一番強いのか聞いてみたんだよ」
「ほう」
「でさあ、まあ、宿泊客は論外として、あの一家の決戦になるじゃねーか」
「なるな」
「ブランとノワは、親子じゃなきゃ相手にもならないらしい。ようするに、いざ殺す時に情で刃が鈍ることはあっても、純粋な勝負だったら、まず負けないっていうのが、アレクさんの意見だ」
「……『いざ殺す時に云々』はアレクさんがそう言ったのだろうか」
「そうだな」
「自分の娘を殺す想定をするというのも、いかにもあの人らしいというか……まあ、はい。続きを教えていただきたい」
「で、二人の勝負になるわけだな。……そうすると、アレクさんは、負けるらしい」
「…………ちょっと意味が……ん、ああ、なるほど。情で刃が鈍るという話か」
「いや、情を抜きにして、相性が最悪だとかなんとかで、まず勝てないらしい。ああ、勝てないっていうか、勝負に持ち込むのが大変っていう話をしてたな。たとえば試合形式で同時に攻撃を仕掛ける義務があったらもちろん勝てるとか、なんとか」
「……」
「で、あらためてもう一回聞くけど、あんたが『風邪を引いた』って言ったのは、ヨミさんなんだよな? アレクさんの口から『勝負に持ち込めない』って言わせる、あの」
「……待っていただけるか。私も自信がなくなってきた」
「おいおい、頼むぞ」
「……いや、先ほど、モリーンさんと二人で確認したのだ。間違いない。風邪を引いているのはヨミさんだ」
「……そうか、そのヨミさんが、風邪なのか……」
「うむ」
「…………あたしらやばくねーか?」
「うむ?」
「いや、ヨミさんがかかるほどの病気なんてさ、あたしらがかかったら……すぐに死ぬんじゃねーか?」
「…………」
「………………」
「ホーさん、私は、モリーンさんやノワちゃんを捨てては逃げられない。あなただけでも逃げてくれ」
「覚悟決めるの早っ!」
「人はいつか死ぬものだ。擬似的な、やり直しのできる死ではなく、本当の死は、誰しも、経験する……その時に、友を見捨てるような死に様だけは、したくない」
「……あんたはほんと、気持ちの切り替えはえーな……いや、まあ、あたしも残るけどさ。今さら手遅れだろうし」
「私と一緒に死んでいただけるのか」
「まあ、今ヨミさんがかかってる病気で死ぬならな……」
「そうか。……しかし、惜しいな。こんなことになるのだったら、もっとやっておきたいことがあった」
「いや、死ぬ前提で話を進めんなよ。心配させたのあたしかもしれねーけど、大丈夫だって。今元気だろ」
「だが……そうだホーさん、もし無事に生きて出られたら、お願いしたいことがあるのだが」
「なんだよ」
「私の家の掃除の手伝いを、お願いしたいのだ」
「……まあ、いいけどさあ」
「助かる。貴族の立場だと、メイドを雇うのにも色々と手間があって……というわけでホーさんにはかわいいメイド服を着て掃除をしていただきたいのだが……」
「……いや、冒険者の格好でいいだろうよ」
「しかし私はかわいい服を着たあなたが見たい。むしろメイド服さえ着てくれたら掃除をしなくてもいいぐらいだ」
「おかしいおかしい……掃除が目的じゃなくてついでみたいになってんぞ」
「……しかし、私はこの通り、見た目が大人びているだろう? だからかわいい服が似合わなくてな……そこで、あなたのようなかわいい人に、かわいい服を着てもらいたいと……そのような、願いだったのだが……どうしても、お願いしたいと、そのように……」
「……」
「いや、いい。無理強いはしない。ただ……少し残念だと、思うだけだ。少しな」
「…………ああもう! わかったよ! 着てやるから! あからさまに沈んだ顔すんな!」
「本当か!? ああ、嬉しい……ありがとう……ありがとう……」
「感謝が重い……」
「……では、なんとしても生き残らねばな。気をしっかりもって……それから、新たな被害者が来ないよう祈るばかりだ。ヨミさんのかかった病気にかかる可能性が少しでも減るように」
「そうだな。……誰も来るなっていうのは、本当にそう思うわ」


 そんな会話をしていると。
 宿屋の扉が開かれる音がした。

 ロレッタとホーは、目を見開く。
 来てしまった。
 このタイミングで、人が来てしまった。

 ロレッタは思う。
 どうして人の祈りは、こんなにも儚いのだろう。

 神は人を嘲笑う趣味でもあるのだろうか。
『一人でも被害者を少なくしたい』。
 こんなささやかな願いさえ、叶えられないというのか。

 この世に軽い絶望感を覚えつつ、ロレッタは入口側に視線をやった。
 そうして、視界に入った人物は――


「ロレッタさんにホーさん、おはようッス。朝メシ食べに来た……ん、スけど…………なんなんスか、その絶望的な表情は」


 首をかしげる、ドワーフの少女。
 先日、宿をチェックアウトし、今でも時々朝食を食べに来る、刀剣鍛冶のコリーだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ