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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

八章 オッタの『奴隷』購入

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123話

「オッタさん、仕上げに行きますよ」


 ノックの音が耳朶を打つ。
 部屋でまどろんでいたオッタは、静かに目を開けた。


 ――時が流れた。
 ホーとオッタだけだった宿泊客は、増えたり、減ったりした。

 ソフィが来た。
 コリーが来た。
 ロレッタが来た。
 モリーンが来た。

 トゥーラが来て、帰った。
 ソフィが、帰った。
 コリーが、帰った。

 みんな、目的を達成したのだろう。
 オッタだって、目的を達成した。

 ――でも。
 まだやらなければならないことがある。
 剣闘闘技会を行っている者たちに、剣闘をやめさせること。
 エンが望んで叶えられなかったことが、まだ残っている。


 オッタは起き上がった。
 眠り慣れたベッド。

 周囲を見回す。
 見慣れた部屋。
『銀の狐亭』客間。

 ……ひどく懐かしい夢を見ていた気がする。
 オッタは、目尻に浮かんだ涙をぬぐってから、立ち上がった。

 部屋のドアを開ける。
 そこには、銀の毛皮のマントをまとい、仮面をつけたアレクがいた。


「おはようございます。もう、時間は夜ですが」
「……オッタはアレクじゃない。昨日は深夜から昼まで、『仮入団』の仕事してた。夜まで寝るのは当たり前」
「もう少し鍛えれば一週間に数秒の睡眠でもやっていけるようになりますよ」
「がんばる」
「ええ、がんばってください。それで、いよいよ仕上げです」
「……剣闘は、なくなるのか」
「あなたたちがやらされていた剣闘はね。……小さい組織が、まだいくつかありそうなんですよねえ。まあ、そちらも時間の問題でしょう」
「……オッタたちに、剣闘をやらせてた連中は、たしか」
「『一番街自治委員会』。いわゆる町内会ですね」
「……なんか、悪いヤツっぽくない」
「だから、気付けなかった」
「……」
「町内会が普通に催すイベントの中に、剣闘大会があったというのは、おどろきでしたね。『そう来たか』という感じでした。……俺には思いつけない。だって、子供やお年寄り、それになにも知らない普通の人だって使うような場所で、奴隷同士の殺し合いをやらせるなんて、おかしい」
「……最近オッタは、アレクが常識を語るのはどうかと思うようになってきた」
「俺は極めて常識的ですよ」
「……オッタもそう思ってた。でもモリーンとホーが」
「はあ、なにか誤解があるようですねえ」
「……この話は秘密だったような気がする」
「そうなのですか? 別に秘密にするようなことはないと思うのですが」
「……それで」
「ああ、失礼。仕上げの話でしたね」


 アレクが苦笑する。
 そして、話を戻した。


「これまで、町内会の中心人物であるみなさん一人一人に、お願いにあがりました。……いよいよ首魁の番です。政治力をもぎとり、経済力をもぎ取り、証拠をそろえ、証言者を確保し、あらゆる裏をとって、二度と奴隷を戦わせるような興行ができないように準備を整えてきました」
「……」
「あとは、ご本人に反省を促すだけです」
「…………」
「『はいいろ』個人、『狐』個人、『輝き』個人にかんすることは、俺が改心にうかがっていましたが――『不当に酷使されている奴隷の保護』は、我ら全員がうかがうことになっています。そこまでは、ご理解いただけていますか?」
「わかる」
「結構。……そして、今回、剣闘大会主催グループの首魁、シルヴェストロさんを説得しに行くのは、あなたの仕事だ。我らの組織に正式に所属するあなたの、入団後の初仕事だ」
「……」


 オッタは。
 神妙な顔でうなずく。

 アレクは真面目な顔をしていた。
 そして、続きを告げる。


「その前に、最終確認を行いましょう。あなたが所属しようとしているのは、『銀の狐団』の情報部だ。情報部は、特殊な部署です。地味で、きつく、強さと高い隠密性が必要となる。部署の性格は『銀の狐団』の前身たる、『輝く灰色の狐団』に近いでしょう。つまり、犯罪者クランだ。犯罪行為はしないにせよ、ね」
「……それは、もう聞いた」
「あなたがウチのクランに所属したいならば、普通に、製作や商売の方を行うということもできます。というかむしろ、俺があなたやエンさんにすすめたのは、そちらの方だ。……今なら、まだまにあいますよ。よく考えて、あなたが納得できる選択をしてください」
「アレクは、いつも、そうだな」
「……?」
「納得できるようにしろって、よく言う」
「……そうかもしれませんねえ。人間じんかんで生きてみると、『納得する』なんていう些細に思えることが、意外と難しいと気付く。だいたいは、理想と現実とで折り合いをつけて、納得したふりをして生きていくしかないし、それができないと社会不適合者と見なされてしまう」
「……」
「だからこそ、あなたたちには納得して、答えを出して、前に進んでほしいと思っています」
「…………」
「社会があなたたちの『納得』に配慮してくれないならば、俺が、配慮する側でありたい。……そして、『銀の狐団』情報部は、その理念で動く部署です。つまり、誰かの納得のために、地味な仕事や汚れ役を請け負うことが少なくない」
「少し前までは、たぶん、今言われたことを、オッタは理解できなかった」
「……」
「でも、今は、きちんと、わかる。わかったうえで、オッタは情報部に入る。……アレクや、エンや……情報部のみんなに助けられたぶん、オッタもみんなを助けたい。それから、奴隷たちを助けたいって、そう思う」
「……なるほど」
「だから、オッタの気持ちは変わらない。オッタは、情報部に入る」
「結構。……では、これを授与しましょう」


 アレクが片手を横に出す。
 すると、そこに、うやうやしく、ある物が差し出された。

 差し出された。
 誰が、アレクに?

 オッタはアレクの横を見る。
 そこには、仮面をつけていて顔をうかがうことはできないが、金髪の女性と思しき人物がいた。

 ……いつの間に部屋にいたのか。
 オッタは、アレクの横にひざまずく、金髪の人物の存在に、今まで気付けなかった。

 ともあれ。
 差し出された物は――仮面と、マントだ。

 アレクが身につけているのと、同じ。
 無気味な意匠の狐面。
 それから、銀の毛皮のマント。


「仮面はわりと気軽に配っていますが、マントの方は、情報部にしか配布していません。いわゆる制服ですね」
「……」
「それを身につけた瞬間から、あなたは我らの仲間になる。――さあ、どうぞ」


 アレクから、マントと仮面が差し出される。
 オッタは、誰に言われたわけでもないが、ひざまずいて、それを受け取った。

 身につける。
 そして、立ち上がる。

 ……横を見れば姿見があった。
 そこに写るのは、銀のマントと狐面を身につけた自分の姿。

 まだ、似合っていない。
 けれど、いつかきっと、この姿に見慣れる日も来るだろう。

 視線をアレクに戻す。
 彼はいつのまにか、左右の手にひとつずつ、黄金の杯を持っていた。


「どうぞ」


 差し出された杯を受け取る。
 中には、赤い液体がなみなみと注がれていた。

 においをかぐ。
 ……葡萄酒かと思ったが、どうやら、酒ではないようだ。


「仕事前ですからね。アルコールはやめておきましたよ」
「……そうなのか」
「では、長々やってもしょうがないので、入団の儀式をしめくくりましょうか。仕事も控えていますからね」
「……」
「これより、あなたを我ら『銀の狐団』情報部のメンバーと認めます。――新しい家族に乾杯」
「……乾杯」


 杯を合わせる。
 そして、中身を一気に呑み干した。

 アルコールではないが、妙に体が熱くなるのに気付く。
 緊張。
 興奮。
 それから、よくわからない感情。
 全部がないまぜになって、心の中が、ぐちゃぐちゃだ。

 オッタは深く息を吐く。
 アレクはそれを見て、久々に、微笑みを浮かべた。


「では、行きますか。ほんの少しだけ、世界を変えてきましょう」


 アレクが背中を向け、歩き出す。
 オッタも続いた。

 新しい第一歩だ。
 ここに至るまで、色々なことがあった。

 でも、ようするに。
 弱くて、誰かに助けられるしかなかった少女は。
 誰かを助けられるだけの強さを手に入れた。

 ……これはきっと、それだけの話で。
 情報部にいる人にとっては、なんら物珍しくもない、普通の話なのだろうと、オッタは思った。
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