挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

八章 オッタの『奴隷』購入

121/249

121話

「……あきれた子。ここまでやって、まだ来るなんて」


 苦笑。
 待ち受けていたエンが最初に浮かべた表情が、それだった。

 内部はあまりに熱い。
 視界が赤くかすんでいくのがわかる。

 すり鉢状の闘技場。
 そこかしこから火の手と煙があがっている。

 観客席、天井、奴隷搬入口。
 燃えていないところを探す方が難しい。

 エンは、闘技スペースの中央に立っていた。
 土の敷かれた場所。
 ここには、様々な奴隷の血が染み込んでいる。

 彼女の美しさに目を奪われる。
 革に鋲を打ち付けた、要所のみを隠す露出度の多い鎧。
 薄紅色の髪が、熱気にあおられ揺れている。
 白い肌は暑さのせいかうっすらと紅潮していた。

 女性らしい。
 少なくとも、戦士よりは踊り子に見える。

 しかしそのイメージを、彼女の真横に突き立てられた大剣が否定した。
 あの巨大な金属塊を、彼女は自在に操るのだ。


「来るなって、あの人に伝言を頼んだつもりだったんだけど」


 エンが鋭く目を細めた。
 呼応するように、周囲の炎が勢いを増す。

 まるで、闘技場を焼き尽くす炎の主。
 ……いや、違う。
 この空間を燃やし尽くす炎は、彼女そのものだ。

 建物を執拗にさいなみ、時折爆ぜるような音を上げる。
 その赤い輝きは、彼女の怒りと苦しみの具現だった。


「エン。オッタは、オマエを止める」
「……聞き分けのない子。どうして自分から不幸になろうとするの」
「不幸なもんか。エンが生きてることが、オッタの幸福だ」
「…………」
「だから、全部話してもらう。オッタにはわかんなくても、全部聞く。痛そうなのも、苦しそうなのも、今日で終わり。死にたいエンを、オッタは困らせる。だから、エンの痛みで、オッタを困らせたらいい」
「……傷」
「?」
「お前が私につけた傷一つにつき、真実を一つ話すわ。……私を殺さず勝つだなんて、お前が不利すぎるから。その程度の譲歩はしてあげる」
「……わかった」
「でも、まあ、傷の一筋だって、つけさせる気は――」


 奇襲。
 エンが炎そのものならば、オッタは煙そのものだ。

 初動はすぐに最高速に達する。
 いくら速くとも加速に時間がかかっては簡単に捉えられる。しかし、一瞬で最高速に達することができるならば、その姿は、対峙する者にはかすんで見えるだろう。

 煙のように。
 音もなく、姿さえぼやけさせて、オッタはエンに肉薄した。


「――こ、の!」


 エンが戦闘態勢に入るのは、やや遅れた。
 また、彼女の武器は大剣だ。
 最高速と間合いにおいて優れるが、反面、内側に入られれば対応が難しい。

 ……もっとも。
『間合いの内側に入る』程度のことで攻略できる存在ならば、エンは今まで生きてはいない。

 完全に間合いの内側に入ったオッタに、強烈な一撃が入る。
 膝だ。

 大剣使いを支えるもの、それは巨大な武器ではない。
 巨大武器を用いてなお体勢を崩さない、強靱な足腰だ。

 オッタの体が飛ぶ。
 それは衝撃を殺すため自ら後ろに跳ぶ回避動作でもあった。

 けれど、距離がまた離れる。
 一度詰められた間合いは、再び開き――

 エンが、大剣をかまえる。
 オッタの目には城壁にさえ見える、堅牢な金属塊が、二人のあいだに立ちふさがった。

 ただ。
 オッタも、なにもせずに膝蹴りで吹き飛ばされたわけではない。

 エンが笑う。
 膝を繰り出した右のふとももからは、血が滴っていた。
 オッタの短剣によりつけられた、切創。


「……やるじゃない。まさか、いきなり傷をつけられるとは思わなかったわ」
「約束」
「……そうね。私たちと一緒にいた、六人の奴隷のことを話しましょう。エッタ、トレ、フェム、ティオ、シューゲ、オッティ」
「……そう。なんで、いない? 死んだのは、本当?」
「死んだのは本当よ。……最初はティオだったわ。私が殺した――ようなもの、よ」
「じゃあ、エンは殺してないんだな」
「直接手を下す、という意味ではね。……でも、私が殺したようなもの。ティオは病気になったのよ。それで、薬がほしかった。でも、バルトロメオは、治療なんかしてくれなかったわ」
「……だから、バルトロメオを殺したのか?」
「まだ、我慢したわ」
「じゃあ、なんで……」
「一つの傷じゃあ、ここまでよ」
「だったら、もう一つ、傷つける」


 オッタがかすむ。
 静止状態からの急加速――のみならず、気配さえ、消えている。

 それはブランとの修行で身につけた、相手の間合いにすべりこむ方法だった。
 戦闘において相手に一瞬自分を見失わせる技能。

 だが、二度目は通じない。
 エンは大剣を振って、オッタの進路を叩き潰す。

 ――しかし、まだ不十分だ。
 オッタが修行で覚えたのは、気配さえかすませての急接近だけではない。

 見切り。
 エンが戦闘経験から相手の軌道を読むのならば。
 オッタは、直観によって敵の攻撃を予知する。

 大上段から振り下ろされる大剣。
 土の敷かれた地面を叩き、土煙があがる。

 その剣の上を、オッタは駆け上る。
 そして、エンの下がった頭に、蹴りを食らわせた。

 膝蹴りの仕返しのように。
 短剣ではなく、足を用いた攻撃。

 足場たる大剣はすぐさま振り上げられた。
 オッタは、跳ぶ。
 そしてまた、最初の位置に戻った。

 エンは左手で頬をさする。
 そして、苦笑した。


「……傷は、傷ね」
「次の話」
「……ティオの治療は、されなかった。バルトロメオは、病気に負けるような弱い個体は、剣闘に使えないと考えたみたいね。だから、放置した」
「……」
「それだけなら、まだ、よかった。……でも、あいつは、病気のティオを興行に出したわ。しかも猛獣と死ぬまで戦わせる、見世物としてね」
「……」
「生きる価値、ないでしょう。あんなやつ、死んで当然でしょう」
「…………だから、殺した」
「いいえ。まだ、我慢したわ。だって、他にも、いるんだもの。……バルトロメオは最低のやつだけど、あいつは、奴隷たちの生活を保障しているわ。だから、私は、耐えた。守れなかった子は増えたけど、まだ守るべき子は多い。だからここで、私が全部を台無しにするわけにはいかない」
「……」
「でも、あんなやつ、もっと早く殺せばよかった」
「……どういう意味だ?」
「聞きたければ、傷を、つけなさい。まだ、間に合う。これ以上はきっと、聞くに堪えない」
「……それでもオッタは、全部、知る」
「私が、教えたくなくても?」
「……エンの痛みを、全部、わけてもらう。それがオッタの決めたこと」
「馬鹿な子。……いいわ。でも、きっと、ここまでよ」
「……やってみなきゃ、わからない」
「じゃあ――やってみなさい!」


 エンの足元で土が爆ぜる。
 闘技場を焼く炎が、勢いを増す。

 迫り来る大剣。
 オッタは、直観に従い身をかわす。

 しかし、一回かわした程度では、なんの解決にもならなかった。
 次から次へと。
 まるで、小枝でも振り回すような気軽さで、巨大な金属塊が何度も振り下ろされる。

 繰り返される剣撃。
 闘技場と比例するように白熱していく勝負。

 振り下ろされた大剣をオッタの腕力で受け止めることは不可能だ。
 だから、振り切られる前に、何度も短剣で叩いて、大剣の軌道を逸らす。

 吸いこむ息は、とっくに高熱を帯びている。
 炎と煙が、あたりを満たす。

 まるで灼熱の檻。
 バキバキとなにかが崩れる音。
 震動。
 地面すら、ぐらぐらと揺れる。

 だというのに。
 もう、お互いに、お互いしか見えない。

 一回、二回、三回、四回。
 大剣が振り下ろされるたび、それに三倍する数、短剣が大剣を打つ。

 焼け爛れる世界の中で二人のいる場所だけが静寂をたもっている。まるで別世界だ。ここだけ周囲となにもかもが違って感じる。空気も、温度も、時間の流れも。

 見てからでは追いつかない。
 感じるままに短剣を振るう。

 直観だけでは読み切れない。
 心に焼き付いた、彼女の姿から、次の動きを予測する。

 未来のために、過去を見ている。
 ……だからだろうか。

 ――ふと。
 懐かしい記憶が、頭をよぎった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ