挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

八章 オッタの『奴隷』購入

111/249

111話

 オッタが彼と出会ったのは、もうだいぶ前のことになる。
 とあるダンジョンの最上階で、金銭目的で戦いを挑むことになったのだ。


 一攫千金なんていうのは誰でも夢見るおとぎ話で、ようするにオッタもそういうものに憧れた少年少女の一人だった。
 ダンジョンに挑む。
 草原地帯に突き立った金属製の塔。
 数々の悪辣なトラップが冒険者の行く手を遮る、その名も『拒絶の塔』。

 レベルは八十。
 自殺志願者御用達とも言われるそのダンジョンに、オッタは満を持して突入した。

 ダンジョンマスターの部屋にあると言われる『カグヤの予言書』を得るためだ。
 五百年前の英雄、アレクサンダーとともに旅をしたと言われる獣人、カグヤの書。
 そこには、今後起こること、かつて起こったことのすべてが記されているという。

 もちろん、予言なんてあるわけがない。
 しかし、伝説の勇者パーティーにいたメンバーのしたためた書物だ。
 好事家には大金で売れるだろう。

 オッタには金が必要だった。
 それも、途方もない額が。

 普通に生きたって望みようもないほどの大金。
 それを求めて、彼女はダンジョン内部を進んで行く。

 トラップを避けつつ進む。
 階段はもう何段のぼったか知れない。

 外観もそうだったが、内装も、全面、銀色の金属でできていた。
 ピカピカと光る内壁は、整備や清掃をしている人がいるはずもないのに、濡れたように輝く。

 あたりには自分の姿があちこちに映っていた。
 青い毛並みの猫獣人。
 とがった耳と、細長い尻尾には、自信があった。
 無論、見た目の美しさに、ではない。
 その危機察知機能、第六感とも言える鋭敏な感覚に、オッタは大きな信頼を置いている。

 装備は探索用の、肌にぴったりとはりついた、衣擦れ音の出にくいもの。
 腰には太いベルトを巻いている。
 そこに道具を入れるポーチや、回収したお宝を詰める袋、それから短剣を装備していた。

 武器があるとはいえ、オッタは冒険者を始めてから今まで、戦闘を可能な限り避けてきた。
 戦闘をするには、それなりの装備がいる。
 そして、怪我もしやすい。
 お金稼ぎには探索がいいと、数々の失敗で学んでいた。

 学ぶことは大事だと、オッタは思う。
 ここ、『拒絶の塔』のことも、少ない情報しかなかったが、事前に学んでいた。

 モンスターはほとんど出ない。
 ダンジョンレベル八十とは、トラップの多さ、殺意の高さからついたものだ。

 けれど、引っかからなければいい話だ。
 腕力はないけれど、身のこなしには自信がある。
 頭を使うのは苦手だけれど、尻尾や耳が、危険に反応してくれる。

 だからこそ、誰も挑まない自殺者御用達のダンジョンに挑むことができて。
 この『拒絶の塔』の最上階に、この世の誰より早くたどり着くことができる。
 ――そんな風に思っていたのに。



「おや、王都の冒険者でここまでたどり着かれるとは、珍しいですね」



 先客が、いた。
 予想外の事態に、オッタは戸惑う。

 相手は、年齢不詳の男性だ。
 まずは無気味な意匠の仮面が目を惹く。
 次いで目を奪われるのは、銀色の毛皮のマントだろうか。

 腰の後ろに、柄が見える。
 剣を装備しているのかもしれない。

 男性はなにかを持っていた。
 それはかなり分厚い、古い本だ。

 きちんと編纂され、街で見る書物のようにかたちが整っている。
 古そうだが、ページが朽ちている様子もない。
 保存状態はかなり良好。

 分厚く硬そうな表紙。
 オッタは、そこにある本のタイトルに気付いてしまった。


『カグヤの書』。


 それこそ。
 オッタが目指していた、唯一無二の宝だった。

 呆然とする。
 男性は、微笑んで、言った。


「おや、あなたも『コレ』が目的で?」
「……そうだ。オッタは、その本が必要だ」
「しかし、ひと足先に俺が獲得してしまいましたからねえ。冒険者をしていると、狙った財宝を誰かに先取りされるというのは、よくあることです。冒険者のならいに従い、あきらめてください」
「……」
「と、いうのも少々酷な話か。少なくとも、納得はできないでしょう」


 男性はなにかに納得したようにうなずく。
 そして、おもむろに、大事そうに、『カグヤの書』を足元においた。

 捨てた、わけではないだろう。
 男性の意図がまったく読めずに、オッタは首をかしげる。


「オマエ、なにがしたい?」
「納得というものは大事だと、俺は考えています。まあ、冒険者のならいで言えば、先に『カグヤの書』を獲得した俺に、所有権はあるのでしょう。けれど、そもそも、今の俺の職業は冒険者ではありません」
「……」
「そこで、あなたにチャンスを差し上げましょう」
「……つまり?」


 オッタがたずねる。
 すると、男性が一歩前に出た。
 それは、床に置いた『カグヤの書』を背にかばうような位置変更だ。


「『カグヤの書』は俺の後ろにありますね。どのような手段でもいいので、俺の横か、上か、あるいは下か、とにかく、俺をすり抜けて、背後に回ってみてください。そうしたら、あなたに『カグヤの書』を差し上げましょう」
「……」
「まあ、俺も『カグヤの書』が必要なので、手加減はあまりできません。しかし、どのような結果に終わったとしても、挑戦さえできずに目の前で目的の宝を奪い去られるより、納得できるかと思いますよ」
「……オッタは、速い」
「そのようですね。俺から見て、なるべくあなたに勝ち目のある勝負を選んだつもりです。何度挑戦していただいてもかまいません。ただし、挑戦前にお願いが――」

 男性がなにかを言おうとした。
 しかし、オッタは言葉を待たずに動き出す。

 先手必勝。
 男性の意図はさっぱりわからない。
 でも、またとないチャンスなのはたしかだ。

 この好機を逃してはならないと、オッタの直観は言っていた。
 だからこその全速力。

 戦闘能力は高くないオッタだが、足の速さと身のこなしには自信があった。
 本気で走り出すオッタの体は、停止状態からすぐさま最高速に移行する。
 隙を突いたこともあり、常人では反応さえ不可能な加速。
 けれど。


「――お願いがあるのですが」


 男性は。
 脇を通り抜けようとするオッタを、片手で止めた。

 ただ肩を押さえられただけなのに、全身が動かない。
 すさまじい力なのもそうだが、耳のてっぺんから足の先にいたるまで、見えない針で縫い付けられたように、動いてくれない。

 男性は、オッタをおさえていない方の手をかざす。
 すると、手のひらの向いている方向に、謎の物体が現れた。

 人間の頭と同じぐらいの大きさをもつ、球体だ。
 ほのかに発光し、ふよふよと宙に浮いている。

 不可思議な物体。
 それを、男性はこのように紹介する。


「これは、『セーブポイント』です。ここに向かって『セーブする』と発言してください」
「……」
「していただけないのならまあ、それはそれで、やりようがあるのですが……俺としては強く推奨しますよ。だって、セーブしないと、死ぬかもしれませんからね」


 みしり。
 オッタは、つかまれている肩が軋む音を聞いた。

 握りつぶされるという予想ができる。
 この男は、強い。
 そしてこれから始まるのは、相手を倒さなくても勝てるとはいえ、戦いに違いないのだ。

 オッタは、敵対した男性を見る。
 それから自分の尻尾を見た。

 危機を感知し、ふくらむ、優れた感覚器官。
 何度も命を救った、信頼できる自分の肉体。

 なのに。
 確実にこちらを殺せる男性を目の前にして、尻尾はなんの反応も見せていなかった。

 男性は、敵意のない表情で微笑む。
 それから。


「このまま、俺の提案したゲームを続けるのでしたら、セーブを」


 労るように。
 優しい声音で言った。

 その宣言に、なんの意味があるのか、オッタにはわからない。
 ただ、した方がいい、と。直観が告げていた。


「……わかった。『セーブする』」
「結構。それでは始めますか」


 オッタは直観する。
 この人は、危険人物ではない。

 オッタを殺そうとしてはいない。
 むしろ、敵対しているつもりでさえ、ない。

 ただ。
 誤って殺してしまうのを怖れているだけだ、と。

 思想を直観し。
 実力差を理解して。
 それでもなお。


「『カグヤの書』はもらう」
「いい意気です。では、始めましょうか」


 オッタは、勝ち目のないとわかる戦いへ、挑んだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ