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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

七章 コリーの聖剣修理

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109話

「こんばんは。お邪魔していますよ」


 そこは、王都の南西部にある、スラム街だった。
 ボロボロの家屋がたくさん立ち並んでいる。
 酒場や宿屋だったらしき建物もあるが、そのすべてが経営はしていない。

 代わりに、そういった家屋に住み着く者がいた。
 食い詰めた者。
 犯罪者。
 逃亡奴隷。

 いずれもまっとうに生活できない者どもだ。
 人の成れの果て。
 栄えし人間の都、王都の暗部。

 ……けれど、とスザンナは思う。
 最近、このあたりも人が減った。

 スザンナがスラムに身を潜めたのは、もう十年以上も前、二十年もこえているかもしれないほど、昔のことだ。
 その当時、スラム街はもっとにぎやかだった。

 悲鳴、怒号。
 嬌声。
 弱者が強者に搾取される声。

 スザンナは年老いた女だった。
 古びたぼろぼろのワンピースに、ショールを身につけている。
 安楽椅子に座る老女。
 その姿はあまりに弱々しい。
 力がすべてというようなスラム街では、生きにくい。

 だから、身を潜め、じっとしていた。
 目立つことを嫌った。

 けれど、スラムは彼女にとって居心地のいい場所だった。
 ここには色々な生き様があって。
 色々な、死に様があったから。

 年老いた女は安心を求めていた。
 それ以上に、優越感にひたるのが好きだった。

 だから、自分より若い者がスラム街なんていう場所に落ちてくると、安心する。
 未来や名誉というもののない人を見ると、胸をなでおろす。

 ……だというのに、最近のスラム街は、人が減っている。
 見下すべき若者があまりにいなさすぎる。
 だから。


「我慢しきれなかったようですね」


 当たり前のような顔をして、いつの間にか部屋にいた男は、言う。
 年齢がうまく判別できない顔立ち。
 窓から差しこむ夜の光を受け輝く、銀の毛皮のマント。
 不気味な意匠の仮面を、顔の横にかぶっている。

 そいつがゆったりと近付いてくる。
 古びた床がきしむ音。

 スザンナは。
 まっとうに生き、まっとうに年老いた老婆のように、男性を迎える。


「おやおや……おうちを間違えてるんじゃないかい? 盗みに入るにしたって、なにもこんな、年老いたばあさんの家に入ることは、ないだろうに」
「残念ながら、盗みに入ったわけではありませんし、家も間違えていません。あなたに用事があったんですよ、スザンナさん」
「おや、嬉しいねえ。こんなばあさんに用事かい。あんたみたいな若い知り合いは、いないはずなんだけどねえ」
「まあ、あなたは覚えていないでしょうね」
「……おや、本当に知り合いなのかい?」
「ええ。でも、無理もないかもしれませんね。俺は当時、赤ん坊でしたから」
「……?」
「あなたが昔、毒殺した貴族の息子ですよ。アレクサンダーと申します。当時のあなたは侍従の一人だったでしょうか。メイド服を着たあなたの姿を、俺は記憶していますよ」


 ギチッ、と床がきしむ。
 スザンナは動揺した。
 けれど、そんな様子は見せない。

 ――年季が違うのだ。
 目の前の若造がなにを知っているかは知らない。
 けれど、やりこめることなど、造作もないだろう。


「最近、耳が遠くてねえ……アレクサンダーさん、だったかい? もう少し、近くでしゃべってはくれないかねえ」
「俺は――高熱、意識の混濁、体の衰弱。これらを引き起こす毒物を偶然見つけたあなたの実験台にされた男の、息子です」
「……」
「あなたを発見してから、ずっと監視していましたよ。最近はずいぶん、大人しかったようじゃありませんか。てっきり改心したのかと思い放置していましたが……刀剣鍛冶の男性に、最近また毒を使いましたね? なぜです?」
「なんのことやら」
「まあ、証拠はそろっているので、今の質問は興味本位みたいなものです」
「……ああ、ごめんなさいねえ。言ったかしら? 耳が、遠くてねえ。もう少し、近くでしゃべってくれないかい?」
「そうですか? では、失礼しますよ」


 床がまた、きしむ。
 アレクサンダーが、近付いてくる。

 スザンナは柔らかい笑顔を浮かべ、近付いてくる彼を迎え入れる。
 そして。


「バカが! ひっかかったねえ!」


 シワだらけの手が、老婆とは思えない速度で動く。
 殴ろうとした――わけではない。
 手の中には、針を握りこんでいる。

 毒針だ。
 薄めれば、高熱と意識混濁のすえに、死に至る毒。

 薄めなければ。
 すぐにでも全身が激痛にさいなまれ、踊るようにしながら死んでいく、猛毒。

 老女は、優越感にひたるのが、好きだった。
 反対に見下されるのが、好きではなかった。

 貴族とか。
 頑固な職人とか。

 生まれつき偉い者。
 若いころから真面目にやって、結果、偉くなった者。

 どちらも等しく嫌いで。
 そういった者が苦しんで死ぬのが、最高の喜びだった。

 毒針はアレクサンダーの首筋に命中した。
 スザンナは、しわくちゃの顔で醜く笑う。


「質問に答えてやるよ! あの鍛冶屋はねえ、鍛冶屋のくせに、あたしを見下したのさ! 盗みに入ったあたしに、『その剣はやれないから、代わりに金を持っていけ』って金銭を恵もうとしやがった! そういう余裕のある態度、気にくわないんだよ! だからじっくり苦しめて死ぬように、毒針を突き刺してやったのさ! こんな風にねえ!」


 何度も何度も、スザンナはアレクサンダーの首筋に針を突き立てる。
 ……でも。

 なんだか。
 刺さっている感触とは、違うような。

 スザンナは針を見る。
 ……映ったのは、切っ先のつぶれた、針のような、ただの細い金属のかたまりで。


「場当たり的な犯行ですか。なるほどこれは読めない」


 苦しんで、全身の痛みにのたうちまわるはずの男が、笑う。
 毒が効かない。
 いや、それ以前に、針が刺さっていないのだ。


「……けっきょく、『計算外』というのは、そういうものですよね。意図のない犯行。瞬間的な凶行。誰かの気まぐれが、一番予測困難だ」
「……」
「予想通りの回答でした。……おどろくべきことは、なにもなかった。さて、では、本題に入りますか。まあ、こちらも『いちおう聞いておく』程度のことなのですが」
「……」
「あなたの毒の、解毒剤は、ありますか?」
「……はん、なるほどね。あの鍛冶屋に頼まれたのかい。貴族のオヤジの復讐にしては、やけにのんびりしてると思ったよ」
「いえ、半ば勝手に動いているようなものですよ。それで、どうでしょう? 解毒剤の用意があるのでしたら、いただきたいのですが。いちおうこちらでも用意はしましたが、あなたが用意した解毒剤があるならば、そちらの方がきっと正しい。俺たちの作った解毒剤は、俺の記憶を頼りに毒の成分を予想したものですからね」
「渡すと思うかい?」
「そうですね。渡してくださると思いますよ。結果的にね」
「拷問でもする気かい?」
「いいえ。交渉します。その前に、セーブをしてください」


 男が手を横にかざす。
 すると、ほのかに光る、人の頭部大の球体が現れた。


「これに向けて『セーブする』とおっしゃってくださいね。それから、交渉をしましょう」
「はん、誰がするか!」


 スザンナは、言葉と同時に、口からなにかを吐く。
 含み針。
 口中に隠した、相手の隙を突く暗器だ。

 先ほど、首筋にはなぜか針が刺さらなかった。
 だが、眼球ならば。
 人は鍛えようのない部分が、どうしてもある。

 喉。
 首筋。
 脇の下。
 そして――眼球。

 中には皮膚を鍛えているという特例もある。
 だが、そういう特例だって、眼球だけは鍛えようがない。

 果たして、毒針はまっすぐに男の左目に迫り――
 当たり前のように。
 男の指に、つままれた。


「毒針を含むとか、危ないことをなさいますね」
「…………!」


 ここで初めて、スザンナは動揺を表に出してしまう。
 完全に隙を突いた含み針のはずだった。
 だというのに、この男に隙はないのか。

 勝てない。
 殺すことが、できない。

 そう悟ったスザンナは、第二の武器を使うことにした。
 針のような、人の体を傷つける武器ではない。

『老女』という、立場。
 かわいそうな年寄りという武器を、最大限に使う。
 そのために、大げさに椅子から降り、男の眼前にひざまずく。


「許しておくれ……許しておくれよ……! しかたなかったんだ。若いころから、なにをやっても駄目で……! あたしだって、貴族に生まれてたら、あるいは、きちんと職人として修業をできてたら、こんな風にならなかった! でも、そんなことさえ、できなかったんだ。だから、つい、幸福そうなやつらを見て、魔が差しちまったんだよ……! だって、だって、今さら、どうしようもないだろう!? 真面目に生きようと、変わろうとしたって、人はそう簡単に変われないんだからさ!」


 演技をする。
 人は、弱いものへの攻撃や追求をためらうものだ。

 哀れな老女。
 よだれを飛ばし、涙を浮かべ、その長い人生の不遇を語る年寄り。
 そんな相手に厳しく接することのできる者は、もう人ではない。

 そして。
 男は、笑顔で口を開く。


「人は、変われます」
「……え?」
「人は、変わることができますよ。俺の師匠も、人はやり直せないと言っていましたが、あれから何年も経って、やっぱり俺は、人は変われるしやり直せるものだと、そういう結論に至りました」
「……」
「実際に、俺は変われた。この世界に転生した時よりも、師匠たちの修業によって、変わったのです。ようするに――」


 男が右手を差し出す。
 そこには。
 いつのまにかすめとったのか、スザンナが全身にしこんでいた、毒針が、山のように、積まれていて。


「――死ぬような経験が、人を変えます」


 スザンナは、呼吸ができなくなった。
 毒針を刺されたわけではない。
 目の前の男の、あまりに人と違う雰囲気に、呼吸が止まった。

 ……厳しいとか、優しいとか。
 追求とか、攻撃とか。
 哀れな老女という仮面は、そういうものに対し、無敵だ。

 でも。
 哀れな老女という仮面で、助長されてしまうものがある。

 ――善意。
 くもりのない、ゆるがない善意こそ、スザンナがもっとも苦手とする天敵だった。

 男は笑う。
 善意に満ちた笑顔で。


「あなたの人生を、俺が変えて差し上げますよ」
「む、無理だよ……あたしは、も、もう、若く、ない……」
「なにを言っているんですか。人が変わるのに、年齢は関係ありませんよ」
「……」
「変わるのは、たしかに、怖いことです」


 何気ない動作で。
 男は、スザンナの目のあたりに、指をおいた。
 まぶたを上下からはさみこむように、人差し指と中指を、置いている。

 その状態で。
 男は、笑う。


「でも、人生を『切り拓く』のは、いつだって、自分の意思一つです」


 男の指が、わずかに開かれる。
 無理矢理に、まぶたが上下に引き延ばされる。
 ミリミリと、目尻あたりから、してはいけない音がした。
 肌が、引き裂かれるような。そんな音が。


「それとも、障害を排除して『突き進む』と表現した方が、いいでしょうか」


 男の中指が、まぶたから離される。
 そして、スザンナの眼球に、ぴたりと狙いを定めた。

 ……わずかにでも。
 前に『突き進め』ば、その指が目を突くことは、想像にかたくない。


「どちらがいいでしょうか。でも、どちらにせよ、痛みを伴うとは、思います。だから、俺は人に変わっていただく前にセーブをお願いしているのですよ。どうでしょう? 試しに『突き進んで』みる前に、セーブなど、おすすめしますが」
「ひっ、い、いや、いやだ……こんな、哀れな、老婆に……」
「ご自分を哀れだとおっしゃるのであれば、是非、変わってみましょうよ。そうすれば新しい景色が見えるかもしれませんし――見えないかも、しれませんね」


 にこり、と男は笑った。
 その顔に残虐なところはいっさいなく。
 その瞳に悪意のくもりは、まったくない。

 ――善意の化け物。
 もう、スザンナの目には、この男が、人として映らなかった。


「セーブする! ……セーブ、する!」
「結構。では、人生の矯正を始めましょうか」


 男が半歩離れる。
 そして。
 無骨な、ナイフのようでもあり、なにか大きな剣が折れた根元でもあるようなものを、大きく振りかぶった。

 スザンナはガタガタと震えた。
 そして。

 ――刃の輝き。
 そして、そこに映り込む、芝居ではない、本当に哀れな老婆を、目撃した。
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