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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

七章 コリーの聖剣修理

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107話

 閉ざされた扉の向こう側は、わからない。
 気配こそ遮断されていないものの、音はまったく耳にとどかなかった。

 アレクは扉を背にして、青き巨人と向かい合う。
 ここから、一週間か二週間。
 コリーが聖剣の修理を終えるまで、このモンスターを足止めしなければならない。

 倒せないモンスター。
 ……それ自体は、別に問題ではない。
 問題なのは、一週間か二週間という期間の方だった。


「さて、眠らずにいけるか」


 日常的な行動をしつつ不眠不休で動けるのは、一週間が限界だ。
 戦闘行動をすれば、もう少し限界は早まるだろう。

 もっとも。
 数秒から数分、睡眠を挟むことができれば、体力的になんの問題もない。
 回復力はそこまで鍛えている。

 そして、青き巨人は一度でも転ばせれば復帰まで数十秒から数分かかる。
 だから眠る気になれば、眠れるだろう。

 必要性、効率、そういった面から言えば、眠りつつ青き巨人と戦うのが、正しい。
 普段のアレクはかなり効率や必要性という観点から行動をしている。
 しかし。


「せっかくの『なにをしても倒せない相手』なんだから、色々しないのはもったいない」


 倒せない相手は、もはやまれだった。
 ……思えば、宿屋経営は本当に『ゴール』だったように思う。

 ダンジョンに挑むことをやめた理由はいくつかある。
 冒険者ギルドのマスターであるクーに『冒険者っていう職業がなくなっちまう』と止められたこと。
『輝き』を捜すという目的のためには、冒険者より経営者が適していたということ。

 そして。
 もう、知恵や力を振り絞って全力で戦うような相手が、いなくなってしまったこと。

 ゴール。
 もはや、アレクにとって、『冒険』は『危険を冒す』というような行為にはなりようもなくなってしまった。

 だから、長らく『挑戦』というものをしていなくて。
 アレクは、挑戦することに飢えていた。


「……どんなに乱暴に扱っても壊れない相手、か。きっと『はいいろ』と『狐』も、俺に修業をつけてるあいだ、こんな気分だったんだろうなあ……」


 人が人に対して抱いていい感情ではないとアレクは思った。
 思い返すごとに、師匠たちのおかしさが身に染みる。

 ともあれ、ここから最低一週間。
 ……青き巨人は、コリーの入った扉の中へ向かおうとしている。
 さぼることは許されない。
 せいぜい、ダンジョンを壊さない範囲において、全力で足止めをしよう。



 ○



 一日。
 二日。
 三日。
 四日。

 このぐらい経つと、そろそろ試すべきこともなくなってくる。
 やはり青き巨人にダメージは通らない。


「あと試してない攻撃方法は――」


 ざっと考える。
 色々やってみているのは、眠気覚ましという理由もあった。
 単調なことをしているといつの間にか眠ってしまいそうなのだ。

 でも、もうない。
 試せる限りのことは、試したように思う。


「……まあ、体力を温存しつつ、地道にコリーさんを待つか」


 ここからは眠気が最大の敵となるだろう。
 ……考えてみれば。

 どれだけの状態異常耐性を手に入れても。
 どれだけステータスを上げても。
 睡魔に完全勝利することは不可能だ。

 人類の最大の敵は睡魔かもしれない。
 そう考えて、アレクは笑った。



 ○



 一週間ほど、経っただろうか。
 あるいはもう、一週間はとっくに超えただろうか。
 正確な時間感覚を持っているはずのアレクだが、さすがにそろそろ眠くなってくる。


「……聖剣、聖剣、か」


 朦朧としてきた意識の中、聖剣のことを思い出す。
 たくされた剣。

『銀の狐団』がまだ『輝く灰色の狐団』という名前だったころ。
 師匠の一人である『輝き』からたくされたものだ。

 青き巨人が迫ってくる。
 それを吹き飛ばし、転ばせる。

 復帰を待つあいだ、非常に眠い。
 朦朧とした意識は今がいつなのかをあいまいにする。

 青い巨人。
 そのよく磨かれた胴部に、過去に出会った人物が映ったような気がした。


 銀色の狐獣人。
 九尾を持つ、いつまでも幼い容姿の女性。


 捜し求めている人の幻。
 それが、口を開いた。


 ――貴様に聖剣をくれてやろう。


 過去の幻影が語る。
 アレクは、ああ、いくつかの修業を経験したあとか、と思った。

 懐かしい気持ちだ。
 思い返せば――師匠たちは、それぞれ違った方向で異常だった。

 先代『はいいろ』は飄々として、いつでも気楽で、難しいことを簡単そうにやるし、やらせようとする。
 常に自分と同じ基準を人に求める、そんな人だった。

『狐』の声は今でもよく思い出す。
 彼女はよく『足音』とか『気配』とか言っていた。
 しまいには自分の足音が、彼女の声で聞こえたものだ。

『輝き』は。
 ……あらゆる痛みと、あらゆる恐怖を、教えてくれた。
 師匠たちの修業の概要だけを人に伝えて『誰が一番おかしいか』を聞いたとする。
 多くの人が一番おかしいと言うのが、『輝き』ではないだろうか。

 でも、アレクの見解は違う。
 たぶんもっともまっとうだったのが、『輝き』だ。


 ――聖剣とは言うがな、もはや、絞りかすみたいなもんじゃ。
 ――機能は失われ、これ以上折れようのないだけの刃にすぎん。
 ――かつての勇者アレクサンダーが、使い尽くしてしまったのじゃ。


 聖剣と聞いて、高揚した。
 でも、説明されて、すぐに消沈した。

 聖剣の絞りかすなどいらない。
 どうせくれるなら、もっとすごい武器がいい。
 アレクは、そう言った。

『輝き』は笑う。
 ……それは、今から思えば、わがままを言う子をたしなめる母そのものの笑顔だった。


 ――しかし、ただの剣としては比類ないものじゃぞ。
 ――かの鍛冶神ダヴィッドの作じゃ。
 ――なに、ダヴィッドを知らんのか?
 ――不勉強じゃのう。武器を扱うなら知っておいて損はない名じゃぞ。


 当時、アレクは『勇者アレクサンダー』についてまったく知識がなかった。
 だから剣の打ち手の名前を出されても、反応に困る。

 そんなアレクを、やはり、『輝き』は笑う。
 他愛ない笑顔。
 ……けれどそれは。
 アレクが経験したことのない、母と子の幸福な雑談だったのかもしれない。


 ――ダヴィッドはゴーレム作りと刀剣鍛冶にしか興味のないガサツな女じゃ。


『輝き』は、鍛冶神と崇められるダヴィッドを、そんな風に表現した。
 それから。


 ――わらわのアレクサンダーよ。
 ――貴様に渡す聖剣は、数多い試し打ちの偽物ではない。
 ――本物の……まあ、ダヴィッド以外は本物と認める聖剣じゃな。
 ――わらわがなぜ、そんな物を持っているか、じゃと?
 ――それはな。
 ――その当時から生きておるからじゃ。


 五百年前。
 勇者アレクサンダーが活動していた時期。
『輝き』はその当時から生きているのだと、そう言った。


 ――まあ細かいところは違うが、その当時から生きていると言ってもいいじゃろ。
 ――貴様ならば本当に本物の聖剣にたどりつくじゃろう。
 ――ゆえに、ばらした。
 ――秘密にしろ、というのは、貴様には無理な話か。
 ――言ってもかまわん。
 ――今までこの話を信じたのは、『はいいろ』と『狐』だけじゃ。
 ――だから、あの二人はこのクランきっての奇人変人だと言ったじゃろ?
 ――わらわも奇人変人じゃと?
 ――ならば、似たもの同士ということじゃろう。
 ――愛すべき夫と、大事な友人じゃな。


 いたずらっぽい笑顔を思い出す。
 ……『輝く灰色の狐団』壊滅の原因は、間違いなく『輝き』だ。
 いくつかの調査から、それはほぼ確定している。

 でも。
『輝き』が『はいいろ』や『狐』に感じていた、友情や愛情が偽物には思えない。

 ……本当に、どういう意図があったのか。
 あるいは。
『狐』が死を選んだのは、誰にとっても想定外で。
『輝き』は『はいいろ』の願いを叶えただけだったのかもという風に、思えなくも――


 近付いてくる幼い容姿。
 過去の幻影。

 ずしん、ずしん、という音がする。
 ここはどこだ。
 今は、いつだ。
 アレクは朦朧とした意識の中で、状況を把握しようと試みる。

 目の前には、つるりとした、青い金属があった。
 鎧の胴部だ。

 視線を上げる。
 ほとんど真上に、青き巨人の頭部。
 振り上げられる長大な腕が見えた。

 アレクはぼんやりと見ているだけだ。
 まだ、少し夢心地。
 意識は過去に置き去りにされている。
 その意識は。


「アレクさん! 聖剣ができたッスよ!」


 背後から聞こえた声で、一瞬にして現在へと帰還した。
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