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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~ 作者:稲荷竜

七章 コリーの聖剣修理

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102話

 けっきょく、その日の修業も朝方までかかってしまった。


「申し訳ありませんが、急用ができてしまいましたので、帰りはバラバラでお願いします」


 そう言い残してアレクは去って行った。
 歩き去ったような気がするのだけれど、なんだかすごい速度だった。

 よほどの急用なのだろう。
 いつその用事とやらがとどいたのかは、まるでわからないけれど……

 というわけで、帰り道はコリー一人だ。
 現在位置は王都南側の絶壁。

 別に巻きこむ範囲が広いわけでもない修業なのだから、宿屋でやったっていい気もする。
 しかしアレクにはなんらかの理由があるらしく、修業は今日も絶壁付近で行われた。

 なんでも『このあたりなら誰にも監視されないでしょう』ということだ。
 監視されたらまずいようなことをやっている自覚があるのだろうか。

 まあ、あのアレクのことだ。
 きっと彼の行動には、コリーに理解できないいくつかの理由があるのだろう。

 というわけで、修業を終えた朝方。
 コリーは一人で帰ることになってしまった。


「……ここは王都の南側だから、当然、南門が一番近いんだけどなあ……」


 一人で南門から帰るのには、抵抗がある。
 なぜならば、王都南門付近には、職人の多く集う『職人ギルド街』が広がっているからだ。

 そこには様々な職人がいる。
 革、紙、石、そして金属。
 刀剣鍛冶なんかも、いる。

 そしてなにより。
 コリーの生家があった。

 アレクと一緒であれば、まだ知り合いに出会ってもごまかせる。
 しかし一人だと、知り合いに見かけられた時、声をかけられる危険性が高い。

 生家を飛び出した身だ。
 少なくとも、聖剣を修理するまでは、帰る気がない。

 まだまだ朝早い時間とはいえ、職人はすでに活動をしているはずだった。
 工房に勤める者だけではなく職人を客とする薪売りなどにも知り合いが多い。
 そういう人たちに出会って、『最近なにしてるの?』と聞かれたら。


「死んだり生きたりしてるんスよ。聖剣を修理するために……とか言えないしなあ」


 死んだり生きたりしている、と言ったってきょとんとされるだろう。
 聖剣を修理しようとしているとか言えば、笑われるだろう。

 いい加減に現実を見ろ、とか。
 親方に謝って工房に帰らせてもらえ、とか。
 そういう、まっとうだけれど納得のできないお節介なことを言われるに違いなかった。

 憂鬱だ。
 王都外壁を迂回して東門から帰ってやろうか。
 でも、クタクタで一刻も早く風呂に入って眠りたい。
 東門まで外壁をそばを回るのは、さすがに時間がもったいなさすぎる。


「……まあいいか。見つかっても、全速力で走り抜けたら逃げられるっしょ」


 最終的に、そのように結論づけた。
 そして王都南門を目指す。

 しばし歩けば、大きな城壁に囲まれた街にたどりつく。
 南門。
 過去の技術で作られた城壁の、東西南北に四つある出入り口の一つ。

 ……当時、なにがこの門を通ることを想定されたのか。
 門は異様に大きい。

 人が歩くのには、あまりに高すぎる。
 槍を持った軍隊が歩くにしたって、それでもなお高い。
 馬車が通ったって、それでもまだまだ高い。
 馬車を数台縦につらねて、ようやく意味のある高さだろう。

 大昔にここまでのものを作り上げた技術は素晴らしい。
 だが、このむやみやたらな大きさにどのような意味があるのかは、わからない。

 ……まあきっと。
 建築を担当した職人が、己の腕を見せつけたかったのだろう、とコリーは思う。

 いつの時代にもそういうことはある。
 建築職人はやたらと無意味に高い建物を建てたがるものだ。
 石材職人はやたらと無意味に精緻なレリーフを作りたがるものだ。

 刀剣鍛冶は。
 ……やたらと無意味に、美しい刃を打ちたがるものだ。

 職人という名前の芸術家は、世に多い。
 そしてきっと、自分もそういう芸術家に憧れるタイプなのだろうと、コリーは思っていた。

 そのあたりがきっと、古いタイプの職人には理解されないのだ。
 世間から見てやたらと無意味なことでも、本人には価値があるものだって、あるのに。

 考えながら、王都南側に到達した。
 あたりには石でできた家屋が建ち並ぶ。
 どこもかしこも、入口を大きく開け放っていた。

 ……懐かしいニオイが、丸い鼻にとどく。
 薪売りが荷車に積んだ木材のニオイ。
 道具売りの運ぶ道具の、金属と油のニオイ。
 鋼のニオイ。
 炉に入る、炎のニオイ。

 音。
 澄んだ甲高い音。
 ゴウゴウと燃える炎の音。

 売り子は朝方だというのに自分の商品を高らかに宣伝する。その声に寄っていく人たちが安くしろと商品にケチをつける。売り子は困ったりしない。文句をつけた人を逆にやりこめてもとより高い値段で売りつけてしまう。
 食事処がにぎわう気配。職人たちは寝起きだからといって小食になったりはしない。このあたりにある職人向けの食事処は、どこだって朝早くからたくさんのお客をさばいている。

 わずかにもやのかかる空気の中、にぎわう街が見えた。
 ……懐かしい感覚に、胸がしめつけられる。

 いつかきっと。
 ここに戻ってくるのだと、コリーはそう思っている。

 意見の合わなかった祖父を思い出す。
 質実剛健な職人。
 腕がいい刀剣鍛冶。

 ……無口で、頑固で。
 よくも悪くも昔気質な、古いドワーフ。

 ふと、祖父の様子が気になった。
 優しいおじいちゃんだった記憶はないけれど。
 でも、物心ついた時から、ずっと、不器用なりに自分を育ててくれた人だ。

 もう、長いあいだ、帰っていない。
 まだ帰る気はない。
 けれど、様子を見るぐらいは、いいだろう。


 魔が差した。
 だからコリーは、生家である工房を目指す。


 コリーが生まれ育ったのは、大通りから少し入った場所にある、中規模の工房だ。
 弟子の数は、コリーが出て行った時点で三人ほど。

 若い男のドワーフが二人。
 それと、もう三十代になろうかという女性のドワーフが一人。

 工房の一階は、いつだって広く入口が開いていたはずだ。
 単純に、炎を扱うので閉めきると暑いのだ。
 だからこのあたりは、通りを歩くだけで、働く職人の姿を見ることができる。

 鎚をふるって火花をあげる刀剣鍛冶たち。
 彼らの仕草一つ一つに、幼いころのコリーは目を輝かせていた。

 ……憧れは、たしかにあった。
 刀剣鍛冶に憧れ、刀剣鍛冶を目指した。
 生家が鍛冶屋でなくとも、きっと自分は刀剣鍛冶を目指したことだろうと、思う。

 数多あまたいる職人の中で、最も好きだったのが、祖父だった。
 無口な頑固者。
 けれど、肩をはだけて、ぶっとい腕で鎚を振るう姿を見れば、言葉なんかいらなかった。

 なにかに打ち込む姿の雄弁さ。
 それをコリーは、ずっと、小さいころから、ながめ続けてきた。


 その、生家である工房。
 ……開いているはずの入口が、閉じていた。


 とっくに職人は活動を開始しているはずの時間だ。
 周囲からは、炎や鉄の音がする。
 鋼や薪が香る。

 だというのに。
 生家の工房だけが、まったくの無音で。
 なにも、香らなくて。

 嫌な胸騒ぎがした。
 コリーは、生家の閉じられた扉にふらふらと近付く。

 もう少しで、生家の扉に触れる。
 そんなタイミングで、がしりと背後から肩をつかまれた。

 コリーは慌てて振り返る。
 すると、そこには女性のドワーフがいた。

 ……一瞬、誰だかわからない。
 でも、それは、祖父の弟子の一人だった女性のドワーフだと、気付けた。

 やけに老けていて、わからなかったのだ。
 そこまで長いあいだ、工房を空けていたつもりはなかったのだけれど。

 コリーは、その人のことを『姉さん』と呼んでいた。
 久々すぎてためらいがあったけれど、コリーは意を決して、彼女のことを呼ぶ。


「ね、姉さん……ひ、久しぶりッスね……」
「コリー、どこに行ってたんだい」


 なぜだろう、姉さんは泣きそうな声だった。
 コリーはよくない予感を覚える。

 このまま、なにも見なかったことにして、帰りたい。
 けれど。


「なにかあったんスか? ずいぶん、その……老けこんでるッスけど……」
「言うじゃないか。……まあ、そうかもねえ」


 女性は、ほう、とため息をついた。
 ……おかしい。
 あまりにも大人しい。

 コリーのよく知る彼女は、もっと豪快で、元気だったはずだ。
 よくいる『職人女』のイメージを煮詰めて濃縮したような女性だったはず、なのに。


「コリー、落ち着いて聞いてね」
「なんスかその前振り。怖いッスよ……?」
「ずっと、アンタのこと、捜してたのよ。言わなきゃと思ってねえ。でも、なかなか見つからなくって……」
「なんスか?」
「……ひと月ほど前、師匠がね、倒れたのよ」


 予感通り。
 いや、予感よりは、よほどいい。

 なにせ、この空気から『死んだ』と言われるんじゃないかと思っていたぐらいなのだから。
 安堵してもいいぐらいだ。
 でも。


「……ひと月前に倒れたんスか? それで、今、工房が閉まってるってことは……」
「まだ、倒れているのよ。……ひどい高熱でね。起き上がるのも、つらいみたいで」
「い、医者は……?」
「診てもらったけど、原因が不明だって。だから……」


 女性は、口ごもる。
 だが、ここで黙りこむほど、軟弱にはなっていなかったらしい。
 疲れ切った様子の彼女は、はっきりと告げる。


「覚悟は、しておいた方が、いいかもね」


 意味はわかった。
 祖父は、いつ亡くなってもおかしくない状況で。
 ……自分は、そんなことも知らなかったのだと。

 もうすぐ聖剣を修理できるというこの状況で、ようやく、思い知った。
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