第68話
いつもよりやや早めに屋敷を出て、ある人物に聞いた通りの場所で待つ。
人通りは決して多くなく、けれども目的の人物は必ず通る所。
柱の影に身を潜めていると、小さい頃にした隠れ鬼を思い出す。
ただ目的は違う。
鬼に捕まらないようにするのではなくて、鬼を捕まえる為に隠れているのだから。
本当なら、この様なことはしたくなかったのだけれど、
忙しい人だから先手を打たなければ捕まえられないのだ。
そして、どのくらい待っただろう。
たぶん、それほど長い時ではなかったはずだ。
柱の影から出て、目当ての人物の前に立ちふさがる。
「お早うございます。アラン殿」
にこりと笑って挨拶をすると、アラン殿にしては珍しく“しまった”という顔をした。
「……お早う、アイル。どうしたんだ? こんな朝早くから」
だいぶお疲れのようで、眼鏡の奥の目の下にはクマが出来ている。
声にもいつもの精彩がなかった。
だけれど、ここで引き下がるわけにはいかない。
笑顔を浮かべたまま、言葉を続ける。
「思い当たることがお有りでしょう? 申し訳ございませんが、この件に関してアラン殿の他に詳しくご存知の方を知りませんので、こうして待たせて頂きました。会議は午後からと聞いております。少々、お時間を頂けますか?」
形の上ではアラン殿の意思を尋ねているわけだけど、もちろんここでアラン殿を逃がすつもりは毛頭ない。
アラン殿もそれが分かったのだろう、降参だというように両手を上げた。
「分かった。時間を作ろう。だが、よく俺がここにいると分かったな」
「とある女官に聞いたのです。彼女は貴方の信奉者だそうですよ」
それはもう、何処で何の会議があるか、大体何時に何処に現れるかを調べ上げ、統計としてまとめているという。
それを元に立てた予想は、かなりの確立で当たると言うのだから感心する。
それはもう、色々な意味で。
立ち話というのも何なので、私たちはとりあえず、場所を移動することにした。
宮殿の図書室の隣には司書室があり、その更に隣には読書室なるものが何室かある。
ここは予約を入れると、貸切で使えるという個室だ。
個室と言ってもさすがは<宮殿>、それなりに大きい。
読書机に、卓を囲んで椅子が三脚もあるし、しかも防音である。
落ち着いて読書が出来ると評判で、なかなか予約を取るのが難しいのだけれど、司書の方とは顔見知りなので、無理を承知で空けてもらった。
部屋に入り、音につられて小さい天窓を見上げると、一昨日から降り続いている雨が窓を叩いていた。
外は嵐だ。
私はアラン殿に椅子を勧めた。
「君は座らないのか?」
「えぇ、立っていた方が有利ですから」
アラン殿の問いに笑顔で答え、扉を背にして立つ。
苦笑いを浮かべるアラン殿が椅子に座るのを待って、口を開く。
「何故、私がアラン殿をお待ちしていたか、お分かりですね?」
訪ねると、アラン殿は真剣な面持ちで頷いた。
「<イエッタ公国>のスージア公女を皇太子妃にする……という話だな」
「えぇ、そうです。一体、どういうことなのですか? シェリルは皇太子妃に不適格と?」
「落ち着いてくれ。順を追って話そう。……君はその話を何時どこで聞いた?」
焦りで早口になってしまった私とは逆に、アラン殿は冷静だった。
一度腹をくくってしまえば、たじろがない類なのだろう。
普段なら頼もしいことだけれど、今はそれが腹立たしい。
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