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月影に咲く華
作:天原ちづる



第37話


一向に進まない現状にため息がもれた。
区切りのよい所で本を閉じる。
その本を片付けようかと視線を上げると、二人がまだにらみ合っていた。
いや、正確にはシェリルと殿下がにらみ合っているのを、横からカリスが余計な一言を挟んでいるという感じだ。
いくら図書館に他に人がいないからといって、あまり長いこと、この状態を続けるのは良くないだろう。
いえ、二人の所為で誰もいなくなってしまったのだけど。
「調べ物は終わりましたの?」
仕方がなく仲裁しようと立ち上がった私に、カリスが話しかけてきた。
私はつい恨みがましい声で尋ねた。
「カリスは二人をあおることは止めたの?」
「えぇ、あのお二方のやり取りは面白いですけど、流石に飽きてきましたもの」
さらりとかわされて、これ以上文句を言うのは諦めた。何を言っても無駄だろう。
重たい本を抱えて書架の間を行ったり来たりしながら、読んだ本を元に戻していく。
魔術に関する本を集めた書架があることはあるのだけれど、他の所からも出してきたので、ひどく面倒くさい。
カリスは当然のように手伝わない。元から期待など、欠片もしていないけれど。
せっせと本を片付けていると、カリスが備え付けの豪奢な椅子に腰掛けながら、思い出したように尋ねてきた。
「そういえば聞きたいことがあったのですわ。アイルは<フェリタン>の話をご存知でしょう?」
「<フェリタン>の活動が活発化しているらしいという話?」
「えぇ、そうですわ」
カリスが頷きながら、さぐりを入れようとしている顔で言う。
「アイルのご実家はハレンヒルダ。詳しい話を伺ってもよろしいかしら」
私は本を戻す為にカリスに背を向けながら答えた。
「詳しい話と言っても、詳細は聞いてないもの。それにこの十年の間、あちらが大人しくしていた方が不思議でしょう。例え先の戦で大きな損害をこうむっていたとしてもね。その辺りは、カリスの方が詳しいのではない?」
カリスはこう見えて、情報網が広い。
<帝都>に来たばかりの私より、遥かに情報収集能力に優れているだろう。
色々な意味で、得がたい友を得たと思う。
反応が見たくて振り返ると、カリスは当たり前というふうに、すまして言う。
「確かに各方面から情報は入っておりますわよ。各界はこの噂で持ちきりですもの。そうと言っても、やはり幾人もの方を通して回ってくる話というものは、どこか歪められているものですわ。わたくしが欲しいのは、もっと確実な情報ですもの。ただの噂ではない、ね」
「ちなみに、その噂というのを聞いても良い?」
「えぇ、わたくしが知っている限りでよろしければ」
「もちろん、それで十分よ」
そう言うと、カリスは「くだらないものばかりですわよ」と前置きしてから、嘲るような口調で言った。
「例えば、<フェリタン>が超古代兵器を発掘し、実用化に成功したとか、実は<フェリタン>の地下には巨大な都市があって、そこに住んでいる地底人と手を結んだとか、新しい族長は悪魔の息子だとか、最近流行しているフェベロン風邪は<フェリタン>の生物兵器だとか、レイスデルト大臣が奥方に離縁を言い渡されたのは、<フェリタン>の呪いだとか……」
私はすらすらと噂を列挙し続けるカリスを止めた。
止めなければ、ずっと挙げ続けただろう。
「本当にくだらないものばかりね。荒唐無稽もいい所ではないの。だいたい、フェベロン風邪は子どもの間で流行しているけれど、あれはただ扁桃腺がちょっと腫れて、ちょっと熱が出るくらいで、命に別状はないし、レイスデルト大臣に至っては、次官の奥方に手を出したのがばれて失脚したからでしょう。……まさか民の間でも、そんな噂が流れているの?」
「いいえ。民の方がもっと落ち着いていますわよ。ただ嫌悪感や危機感はあるようですけれど」
さらりと答えるカリスに敵わないと思うのは、こういう時だ。
私も屋敷の者たちから話を聞いたりしているけれど、やや情報を選別していると感じている。
女中頭辺りから、あまり品のないことや好ましくない噂は私たちの耳に入れないように、という指示が出ているのだろう。
まだこちらに来て日が浅いということが、いつまでも免罪符になるとは思っていない。
もっと情報網を広げないと。
まずは女中頭と家令の説得からだ。
骨が折れるだろうとは思いつつ、決意を固めた。












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