第三話
昼休み。
ざわ……ざわざわ……ざわ。
教室中の男子の頭上に、ざわ、の文字が躍る。胸板の厚いレスリング部の田中と、その他大勢の男子生徒が、異様にあごを尖らせながらざわめきたつ。その原因となっていたのは。
――弁当だ……。
――きっと妹さんのお手製なんだ。
男子生徒の視線の先には、ピンクの布に包まれた箱があった。時は昼、持ってきたのは鹿岡義妹。
「これは愛妻弁当ならぬ、愛妹弁当だな」
「おっ、上手いこと言うじゃないか」
俺が鹿岡義妹の持つかわいらしい弁当箱を指差しながら言うと、周囲の男子が一様にうなづいた。
「言い得て妙。要チェックよね」
「ナイス推理ですぅ〜」
新聞部の皆川亜矢子が腕を組んで大きくうなづけば、早坂美緒が日向ぼっこをする猫のような気の抜けた声で拍手していた。
二人は遠巻きに男子の喧騒を眺めながら、弁当を広げていた。
「あれ、そういえば美緒係の桐岡は?」
「桐岡君はお休みですぅ」
両手で持ったメロンパンを口にしながら、ぽけぽけと話す。
「なんでもぉ、私の作ったケーキを食べてからぁ、調子が悪くなったそうなんですぅ……」
さすがのアメリカ帰りの軍事オタクも、美緒のぽけぽけ攻撃には勝てなかったということか。
「ま、いつも一緒にいる恋人がいないんじゃ、元気でないわよね」
たこさんウインナーを空中に放り投げ、それを口でキャッチしながらにやりと笑ってみせる亜矢子。三つ編みが揺れると同時に、美緒が動揺する。
「はわ〜っ! 桐岡君と私はそういうえっちぃ関係じゃ……」
「あれ、美緒のこと言ったんじゃないんだけどな〜」
「それ以前に、聞き逃してはならない言葉があったろ。俺は聞き逃さなかったぞ」
普段からのんびりしている純朴な美緒の口から、あんな言葉が聞ける日が来るとは。
「リバース!」
頭を抱えて脳内ハードディスクを巻き戻す。
――桐岡君はお休みですぅ。
「いかん! もっと先!」
――ま、いつも一緒にいる恋人が……。
「もう少し先!」
――あれ、美緒のこと……。
「今度は行き過ぎた! くそ! この動画の再生と巻き戻しの使い勝手の悪さは、まるでPSぴ――」
瞬間、俺の視界が真っ暗になる。
レスリング部の田中が、横回転しながら俺の後頭部を直撃した。
――レスリング部の田中が一撃でやられたぞ! 追え、追え!
粉塵を巻き上げながら、教室中の男子が一斉に出撃していく。
――お兄ちゃん待ってー!
スカートを翻しながら兄を追いかける鹿岡義妹。他学年の教室に堂々と入ってくる度胸もさることながら、ハートをあれだけ周囲に撒き散らす一途なラブラブ光線も、実に見ていて幸せになる。
というか羨ましい。
俺に殺意が芽生えるのと時を同じくして、勢いよく田中が立ち上がる。
「今のは痛かった……。痛かったぞー!」
田中の周囲の空気が爆発する。だが、なぜか生暖かい。
「田中君のぉ、戦闘力がぁ、五十三万を超えてますぅ〜、ぱく」
困惑する俺。
「せ、戦闘力? 何の話?」
メロンパンにかぶりついたまま俺に視線を向ける美緒。
「ああこあん、おうお(亜矢子ちゃん、どうぞ)」
「いちいち説明するのも面倒だ……てめえで勝手に想像しろ!」
亜矢子が手に持った箸で俺を指し示す。握りこぶしが歓喜に震えている。そんなに気持ちよかったのか。
くそ、だとするとなんか悔しいな。何かないか。
三時間目の体育が一度目の戦争、そして今が二度目の……よし、これだ!
「また戦争がしたいのか! あんたたちは!」
……教室が氷河期に突入した。
田中すら戦う気力をなくして俺を冷えた目で見つめる。漫研の女子だけが、顔を赤らめて俺を見ている。
「あ、あれ?」
「引くわ、それ。某大学の特殊サークル並みに。サークルのつづり間違ってるしね。SじゃなくてC。大学生にあるまじき浅学よね」
いや、それわざとなんだって。作者もそう言ってるじゃん。
「そうですぅ〜、シン君」
「いや、俺は仁ですから」
「ざふとのぉ……」
「ついでに言うと、豚みたいなモビルスーツでもありませんから」
「高機動……」
「ハイマニューバとかありませんから」
ことごとく機先を制したせいか、ぽけぽけ少女は目に涙を浮かべる。
「うう〜、作者って〜、なんですかぁ、って聞きたかったんですぅ」
食べかけのメロンパンを両手で持ちながら膨れて見せる。
「4&…」
「そういえばぁ〜、佳乃ちゃんをほおっておいていいんですかぁ〜?」
聞いておきながら華麗にスルー!?
危うく口にしかけた意味不明な単語を飲み込んで、授業を途中で抜け出した佳乃のことを思い出す。
「授業の途中で出て行ったっきりよね。なんかつまらなさそうにしてたわよ」
「少し近寄りがたかったですぅ〜」
「あはは……体調でも悪いのかな?」
どうやら今はツンデレ佳乃に切り替わっているようだ。
「弁当は佳乃が持ってるし、昼一緒に食べるって約束もしたし、少し探してみるかな」
「約束? ……弁当だと?」
レスリング部の田中が俺の背後に立つ。
「佐々木仁、戦いの中で戦いを忘れていたようだな……」
矛先の変わった戦いは、のんびりした美緒の微笑をもって始まりを告げる。
「ま、また戦争が……し、した……」
ぜんまい仕掛けのように振り返る俺に、田中は二の句を継がせてはくれなかった。
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