多重人格な彼女(24/58)PDFで表示縦書き表示RDF


多重人格な彼女
作:NAO



後日談・第九話


 起きて最初に耳にしたのは、バイクの遠ざかっていく音だった。

 カーテンがすきま風でゆらゆらと揺れているのは、窓を少しだけ開けて寝たからだ。

「また……か」

 壁に掛けてある、当時、流行した美少女ゲームのカレンダーを見る。
 なまめかしいバスタオル一枚の姿で、俺を悩殺しようと妖艶な微笑みを浮かべている。
 俺はそんな半裸の美少女にはさほど目もくれずに、カレンダーという用途を忘れたカレンダーの小さすぎる日付に目を凝らす。

「一年前……か」

 ベッドに転がっている携帯電話の日付を確認してみても、一年前の日曜日だった。
 俺はベッドから体を起こし、床に無造作に脱ぎ捨てられたジャケットとダメージ加工の施してあるジーンズを見下ろす。
 ジャケットを拾い上げ、袖を通してみる。
 ジーンズをはき、ベルトを締めると、体に馴染んでいるのが分かった。
 肌触りや動きやすさ、どれも長年付き合ってきたもの。良くも悪くも味が出ていて、自分の癖が染みついている。
 けれど、そのジーンズとジャケットには胸を締め付けるような香りが染み付いていた。
 もちろん俺は、自分の匂いで何かを催すような特異体質ではない。
 自己嫌悪に陥るのが分かっていて、俺はジャケットに染み込んだ甘い香りを肺活量限界までいっぱいに吸い込む。


 甘い香りと、雨に濡れた露草のような切ない匂い。


 その二つの相反する匂いに涙が出そうになる。
 この匂いが誰のもので、どうして濡らしたのか。
 全て俺は知っている。


 ――答えてよ!


 頭の中に蘇る悲しみの叫びが、今一度繰り返される。俺はカーテンを開け、朝のすがすがしい空気で肺に入っていた懐かしい匂いを追い出した。
 本当はずっと肺にためておきたった。
 八つ当たりに過ぎないけれど、呼吸をしなければ生きていけない人間が、このときばかりは恨めしかった。
 俺は前髪をなでつけながら、机の上に置いてある鏡の前へ。

「あんまり、変わらないよな、やっぱり」

 右手、右腕、左手、左腕。そして、下半身も同じように。
 自分の体を改めて観察すると、今も昔もあまり成長していないようだった。

「一年じゃ人はそんなに変わらない、か」

 頬をつまんで引き延ばすと、わずかな痛みが走った。

「この顔も、あんまり……いや、今よりはすこしふっくらしているかな」

 笑顔の練習をしてみる。一年前の自分はこんな風に笑っていたんだな、と再確認する。

「そういえば、あのときもこんなふうに笑顔の練習をしたんだっけ……」

 気が付かないうちに、一年前と同じような行為を繰り返している自分がいる。


『幼馴染みの佳乃を選ぶ』
『ツンデレの佳乃を選ぶ』


 ふいに、そんなことを考えていた当時の自分が思い出され、俺は自嘲を漏らすしかない。

「やっぱり世界最高の馬鹿だよ、俺は……」

 鏡をうつぶせに倒して、俺は部屋を出た。

 最後の日曜日。
 ――佳乃がこの世を去った日。

 ……いや、正確には違うな。

 最後の日曜日。

 ――今日は、佳乃がこの世を去る日。



 待ち合わせ時間を十分ほど過ぎた頃、おそらく昨日と全く同じ姿をしているだろう佳乃が待ち合わせ場所に現れた。
 いちいち目で探さなくとも、パンプスの規則正しい音で、俺はそれが誰だか即座に判断できた。
 もう何度、このデートを繰り返しているか分からない。
 だから、その音は耳にこびりついている。間違えるはずがない。
 さて、そんな女の子を視界に納めてみれば、透かし編みのチュニックを押し上げる双丘が、否応なしに目に飛び込んでくる。
 過去は美化されると言うが、さすがに胸まで美化されているのではないだろうか。記憶のアルバムをめくって、当時の佳乃の胸の大きさを描いてみる。……が、正確なバストサイズを知らないので無意味なことだった。
 でも、ただ一つだけ言えるのは、佳乃はやはり、巨と美、を兼ね備える胸の持ち主だと言うことだ。
 何度か偶然にも――本当に偶然――触れてしまったことがあるが、それはそれは理性を狂わせんばかりの柔らかさだった。

「悪いわね。待たされるのは嫌だったから、遅れて出てきたの」

 自信のみなぎった大股の歩みで俺に近づき、開口一番、悪びれもなく言い放つ。
 もちろん、悪い、といいつつ悪いとなんかこれっぽっちも思ってはいない。
 俺はすでにそう言われることは経験として知っていたので、俺も当然のように同じ言葉を紡ぐ。

「別に。それほど待ってないよ」

「あっそ、で、どこ行くの?」

 これも同じ台詞だ。
 腕を組んだまま、人差し指で自分の腕をとたたくポーズ。部下であるOLに不平を漏らすお局様のような雰囲気をまとう。
 佳乃がどうしていらだっているのか、当時の俺には分からなかった。
 考えてみればすぐに分かるはずだった。
 俺は前日の佳乃とのデートで気が滅入っていた。朝、鏡の前で笑顔の練習をしても、平常の状態の顔まで作れたわけではない。
 自分のデートの番だというのに疲れた顔をして待っていられれば、ツンデレ佳乃でなくとも、いらだつのは当然だ。

 何度も繰り返せば、それぐらい分かるようになる。

 同じ映画だって、繰り返してみれば気が付かなかったところに目がいくようになる。映画館で見て感動した映画も、ホームシアターでは全く泣けなかった。
 ……例えるならそんなところだろう。

「佳乃の記憶、共有しているんだろ? 聞くまでもないだろ、そんなこと」

 佳乃がいらだつのが分かっているのに、俺は口にする。
 案の序、唇を引き結んだ佳乃の表情が険しくなった。

「今回は共有してないの。そんなことしたらアンフェアでしょ?」

 険しい顔をすぐに霧散させ、人差し指をたてる。立派な胸を反らせて、得意げに俺に説明する。
 あのときのツンデレ佳乃は、純粋にデートを楽しもうとしていた。
 ……それがお別れ会だとしても、だ。
 自分の怒りで場を壊すことが、自分にとってどれだけ不利益になるかを考え、佳乃は思い直したのだろう。
 彼女にしては、慣れないことをしたものだと思う。
 そう考えると、はじめからツンデレな彼女らしくなかった。
 俺は前日からの気持ちの落ち込みや、佳乃を失うかも知れないという自分の悲しみのことだけ考えて、一番大事なものを見逃していたのだ。目の前の大事な女の子を置き去りにして、自分可愛さに悶々と殻に閉じこもっていたのだから。
 あのとき、そんな彼女に気が付いてやれなかったのが心残りで仕方がない。

 ……本当に、俺は最低だ。現在も何も変わっていない。

「便利なんだな」

 俺はつぶやいて、胸ポケットを探る。やはり映画館のチケットはそこにある。
 予定も何にも立てられなかった行き当たりばったりのデート。サプライズなんてのは言い逃れに過ぎない。

「映画館……鉄板ね」

「ああ、デートの王道にして、覇道だよ」

 過去になかった軽口を口にしてみた。

「織田信長の野望?」

「そうだな」

 俺は微笑む。思った通りの答えが返ってくるのが嬉しかった。

「……どうかしたの?」

 悟ったように微笑んでいる俺をいぶかしがって、佳乃が腰に手を当てながらのぞき込んでくる。

 予定調和だ。

 あらかじめ決められた道筋をたどっている。強引に因果律を変化させようとしても、結局は元の道程に戻ってしまう。
 まるで俺の好きなシミュレーションゲームそのものだ。
 選択肢を選び、願ったヒロインへと、エンドへとたどり着くためにあがく。でも、それはあらかじめ決まったエンディングだ。もともと限られたエンディングしか用意されていないから、全てのエンディングを見てしまえば、それで全てが終わる。
 そうプログラミングされているから、もうそれ以上の発展はない。
 同じ台詞が返って来るようになって、新鮮味がなくなる。
 あとは中古屋に売ってしまうか、棚の奥で眠りにつくか。

 俺が体験しているのは、それの極端なもの。

 エンディングは一つしか用意されておらず、しかも、バッドエンド。

 それを繰返し、繰返し、何度も、何度も、延々と、延々と……。

 何度も体験すれば、馬鹿でも分かることだ。
 この世界は、俺の心の奥にある絶望で出来ている。
 絶望は絶望でしかない。
 黒から白は生まれない。黒から生まれるのは黒でしかない。
 俺はそれを知り、体験し、幾度となく目にし、あきらめることを受け入れた。


 ……佳乃はあと三十分もすれば、この世からいなくなる。


 それがこの世界の結末だ。

「言い忘れてたけどさ。昨日、佳乃と観た映画と同じじゃないんだ」

 観もしない、一生観ることのない映画の話題。

「別にいいわよ。仁も、同じ映画を二日連続で観るのはつらいでしょ」

「つらくないよ。佳乃と二人だから」

 恥ずかしげもなく口にする。
 絶望が待っていることは知っている。あきらめてはいても、俺は少しだけ世界にあらがう。
 虚しく、それでいて、悲しくても。

「あんた馬鹿? 昨日、佳乃と何かおかしなものでも食べた?」

 熱でもあるんじゃないの、と言いたげに俺の額に手のひらを押しつけてくる。

「そんなことない。キャラメルマキアートと、ポップコーンを食べた。美味しかった」

 あらがう。虚しくあらがう。
 別の結末が欲しくて、俺はあえぎもがく。

「にしても、仁……デートだっていうのに、冴えないのね」

 遠巻きに眺めながら、両手の親指と人差し指で作ったフォトフレームに俺を納める。

「見てみなさいよ。佳乃なんて、普段こんな服着ないのに背伸びしちゃって。香水だって、アクセサリーだって、パンプスだって……結構高いのよ、これ」

 自らの着る黒いチュニックをつまんで見せる。

「……それに、下着だっていつ脱いでもかまわないように、勝負ものだし」

 泣きたくなる。胸がつまり、呼吸が苦しくなる。
 結末なんて変わらない。全ては予定調和。元の流れに戻る。

「なかなかきわどい下着よ?」

 佳乃は洋服の首元を引っ張って、自分の胸元をのぞく。
 見知らぬ男が、すれ違いざまに背伸びをしてのぞき込み、だらしなく鼻を伸ばしている。

「見なさいよ、仁、ほら」

 俺に見せようと前屈みになる佳乃。白い谷間のチラリズム。
 佳乃はこうやって俺の動揺を誘おうとした。動揺の度合いによって、前日の佳乃と俺がどこまで進展したか計ろうとしたのだ。
 単純な俺だから通用する、単純な判定方法だ。
 俺はそんな佳乃が愛しく思えてくる。あんなに大人びていたツンデレ佳乃も、どこか子供めいたところがあるのだ。
 嬉しそうに俺の動揺を誘い、やっぱり動揺してしまう俺に、より一層の笑みをこぼす。

「大丈夫、昨日の俺はそんなところまでは進展していたりはしないから。佳乃の考えすぎだよ。俺にそんな度胸はない」

 いたずらのつもりで佳乃の意図を見抜いてやる。
 佳乃には悪いけど、その鎌かけはもう知っているから、動揺しようにも出来ないんだ。

「ふ〜ん、そうなんだ」

 俺の瞳をのぞき込み、嘘がないことが分かると得心したようにうなづく。

「ま、私も何かあるとは元々思ってなかったし。度胸がないことも知ってるし……ね!」

 ね、のタイミングで、俺の額を指ではじく。探っていることを見抜かれたことに対する報復だろうか。

「さっさと行くわよ。映画が始まっちゃうじゃない」

 俺はずんずんと進んでいく佳乃の背中を追いかける。のっぺらぼうのような人波のど真ん中を、海を割るように如く突き進んでいく。
 もちろん、俺はモーセの十戒を想像した。
 ツンデレ佳乃ならば、海を割ることも出来そうだな、と、なぜか納得してしまえるほど、俺は親馬鹿ならぬ幼馴染み馬鹿――もしくはツンデレ馬鹿――だった。
 今でも、その想像は変わらない。

「仁、私ふと思ったんだけど。『昼下がり』って言葉を頭につけると、不思議と嫌らしい感じがしない?」

 どうやらコンの会話は、予定調和として省略されたようだった。何も不思議なことではない。結末さえ同じならば、全ては万事オーケーなのだから。

「確かに」

 胸に巣くう空虚感を押し込んで、佳乃の横に並ぶ。
 そして、俺はこれからの展開を思い出してみる。
 不思議と思い出し笑いをしてしまった。
 当時の俺は不思議がって首をかしげたはずだ。

 そうか? ……とでも言った記憶がかすかにある。 

 けれど、結果的にこれから二人でする掛け合いが、俺を深く納得させることになる。今思い出しても笑ってしまうほど鮮明に、やりとりは俺の記憶に残っている。

「たとえば、そうね……」

 佳乃がたわいもないことを真剣に考えている。
 何事にもベストを尽くすツンデレ佳乃の本領発揮だった。


興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。
読者が離れていくのを承知で言います。
コメディを期待しておられる方は、この小説を見限った方がよいかと思われます。この先、感動の要素はあります。しかし、コメディの要素はありません。
もはや身勝手で、どうしようもない作者の独りよがりです。
本当に駄目な人間です。申し訳ありません。
そんな駄目作者で良ければ、評価、感想、栄養になります。











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう