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密談[1]

 トバルカインは、この日の警備の当番だった。任務を終え帰宅しようとしたところに、サウルが見当たらないとの報を受け、城内の捜索の指揮を取っていた。……が、まさか、厳重な警備をくぐり抜け、子供ふたりが城外へ出ようとは……。今後の警備を見直す必要があるな、そんな事を考えながら、皆寝静まった夜更けに帰途についていた。


 トバルカインは、背が高く均整の取れた体格で、白銀の鎧をまとった姿は彫刻のように美しい。しかも、「大陸一の剣士」、「鋼鉄の騎士」と称される剣の実力も持つ。

 しかし、その真面目すぎる熱血漢な性格が災いしてか、女性関係にはとんと疎かった。そのため、父から「早く嫁をもらえ」と家を追い出され、それからは街外れでひとり暮らしをしていた。


 その名声に似つかわしくない簡素な玄関を入ると、台所の方で物音がする。

「………?」

 深紅のマントを棚に置き、訝しげに部屋を覗くと、銀色の髪の男が鍋を火にかけ、しゃもじでかき混ぜていた。

「……よお、遅かったな」

 視線に気付いたのか、ヨシュアが振り向いた。

「……貴様、人の家で勝手に何をしている⁉」

「見ての通り、晩飯を作ってる。土産に美味い酒もあるぞ」

「………」

 トバルカインは抗議するのを諦めた。この男は昔からこの調子で、人の都合にズケズケと入り込み、自分のペースに巻き込んでくる

 。

 トバルカインは脇の飾り気のない椅子にドカリと腰を下ろし、手甲を外した。


 ヨシュアとトバルカインの関係は、士官学校の先輩後輩に当たる。当時、代々騎士の家柄ながら剣の上達に悩んでいたトバルカインが、ひとつ上に天才的に強い奴がいると聞き、「弟子入り」したことに始まる。

 容姿が特異な事もあるが、学生のほとんどが貴族階級の出身な中、宰相の養子とはいえ庶民の出自である事、実子の弟が生まれ立場が微妙になっていた事で、ヨシュアは周囲から色眼鏡で見られていた。その上、才覚に恵まれ飛び抜けて優秀な成績だったために、特に階級意識の強い連中から妬みを買い、ヨシュアはいつもひとりだった。

 しかし、馬鹿がつくほど真面目で素直なトバルカインと交流していくうち、彼にだけは心を許し、腐れ縁とも言える今日の関係となっている。


 ヨシュアは、彼なりにトバルカインの機嫌を取ろうとするつもりか、カップを前のテーブルに置き、水を注いだ。そんな態度を見せつつも、言うことはいちいちトバルカインの神経を逆撫でする。

「細君に会えるかと期待してたんだがな」

「うるさい!そう言うお前はどうなんだ?」

「俺は結婚はしないと決めている」

「負け惜しみが」

 トバルカインはカップに口をつけた。

「闘技会のあの女剣士とはどうなった?」

 唐突に痛い話題を振られ、トバルカインは盛大に水を吹き出した。


 実は、ヨシュアがマハナイムを去ってから、トバルカインは一度彼に会っている。

 それは三年前、聖都で催された闘技会の後だ。

 その結果に納得できず、ひとりやけ酒に耽っていると、突然宿舎にやって来た。その時は泥酔しており、話した内容も覚えていないが、「闘技会の女剣士」と言われれば、嫌でもその記憶が呼び起こされる。彼女は、トバルカインにとってトラウマに近い存在となっていた。


 四年に一度、大陸中から腕に覚えのある戦士を集め、ホルミスダス大聖堂で行われる神前試合に、マハナイムの代表として、トバルカインが参加した時のこと。

 順調に決勝まで勝ち残り、決勝戦の相手は、教皇カルティール十三世の孫娘エステル皇女の親衛隊長を務めるという、ラケルスという女剣士だった。

 並み居る強豪を軒並み倒し、決勝まで勝ち残る女とは、どのような怪物かと思っていたら、実際目の前にしたその姿は、腰まで届く艶やかな黒髪が印象的な、実に容姿麗しい女性であった事に、トバルカインは少なからず動揺した。

 しかし、いざ試合が始まってみれば、やはり体格と力の差が大きく、苦戦しつつもトバルカインの優勢は明白だった。

 試合の終盤、トバルカインは腕力にものを言わせ、ラケルスの細身の剣を折り飛ばした。ラケルスはその衝撃に態勢を崩し、背中から倒れ込んだ。

 ……勝負あったな。

 そう思ったトバルカインは、剣を納め、ラケルスを助け起こそうと手を差し伸べた。

 ――その時、ラケルスがサッと身を起こし、折れた剣の切先をトバルカインの喉元に突き付けた。

「まだ試合終了の銅鑼は鳴っておらぬ!」

 トバルカインは情けないが、両手を上げるしかなかった。

 ……と、これで試合が終わっていれば、まだ潔く納得できたのだが、その後、トバルカインの紳士的な行動を逆手に取ったラケルスの行為は姑息であると、審判団からクレームがつき、結果、トバルカインの勝利とされたのだ。

 トバルカインは、最後まで諦めずに勝負、すなわち「生き残ること」に執着したラケルスの姿勢こそ、戦士として賞賛されるべきだと思った。そのため、トバルカインは頑なに優勝の冠を受ける事を拒否したが、一剣士の意見など無視され、瞬く間に英雄に祭り上げられた。

 そして、神前試合の優勝者に贈られる鋼鉄の甲冑にちなんだ「鋼鉄の騎士」の称号で呼ばれるようになったのだ……。

 その後やって来たヨシュアにどんな話をしたのかは覚えていないが、ラケルスと再試合をしたいという思いは未だにあるため、そのような話をしていたのだと思う。


 「……あれからアプローチしたのか?」

 ヨシュアがテーブルを拭きながら、ニヤニヤとトバルカインを見た。

「いや、あちらは皇女様の親衛隊長、こちらは地方都市の一騎士。立場が違い過ぎて、再試合の話など……」

「違う。一目惚れしたんだろ?」

「な、何を勘違いしてる⁉︎俺は……」

「酔い潰れながら、おまえ、彼女の容姿の話ばかりしていたぞ」

「貴様、そんな……!」

 トバルカインは慌てて水をあおったが、頭に上った熱を冷ますには至らなかった。

続く

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