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霧の海

 テラ大陸。

 かつてユーラシア大陸と呼ばれたその大地は、「神の審判」後、大きく様相を変えていた。


 ――神の審判。

 それは、約1000年の昔。「西暦」と呼ばれる暦の2051の年に起こった。突然、地表に薄桃色の霧が沸き起こり、それに触れた人々は、為す術なく命を落とした。

 「霧」は、一夜にして、この惑星に住む人の半数を飲み込んだ。

 その後も「霧」は晴れることなく、地表の低いところに留まり、海は全て覆い尽くされた。

 こうして、「霧の海」が形成された。


 「霧の海」が奪ったものは、人の命だけではない。低地に暮らす野生動物もまた、同じ運命を辿った。

 だが、植物には直接の影響はなく、生き残った人々に希望を与えた。

 ……それも束の間。やがて、木々は枯れ、大地を覆っていた草も消滅し、砂漠と化した。植物の生育に必要な養分を作り出す微生物の類も死滅したからである。

 海の生物は……、「霧」により太陽の光が遮られ、そのほとんどが絶滅したと思われる。光の届かない深海に棲む生物が僅かに生き残っているかもしれないが、今となっては、確認のしようもない。


 それでも、この災厄から逃れた人々は生きなければならない。そんな彼らに、更なる試練が襲いかかった。

 「霧」は気体であるため、風の影響を受ける。風が吹くたび、「霧」は流され、内地奥深くまで押し寄せた。それにより、更に多くの人々が命を落とし、最終的には、以前の人口の8割が失われた。


 絶望の中、残された人々は仲間を求め、寄り添い、僅かに緑の残る高地を目指した。そこに、高い防風塀で囲まれた街を作った。

 このような街は、大陸内部の随所に造られ、街道を通して交流も行われるようになった。


 一方で、それまでの機械に頼った文明は、そのエネルギー源を失ったために完全に崩壊し、人々の生活や文化のレベルは、かつて「中世」と呼ばれた時代の程度にまで退廃した。


 ――こうして、現在の人々の暮らしの基礎が形成された。


 その後、人々は僅かな緑を共有し、ささやかに暮らしたかというと、そうはならなかった。

 緑、すなわち「植物の生育できる土地」は非常に貴重で、人々はそれを強く欲した。耕作をして作物を栽培し、食べていかなければならないからである。

 そのため、人々は命を懸けて争った。

 それは、街と街の間で起こることもあれば、塀の中で起こることもあった。

 ――生きるために、他者を殺す。殺さなければ、生きていけない――。

 閉塞され鬱屈した人々の心は、救いを求めた。


 そこへ現れたのが、宣教師ラルヴァンダードである。

 彼は、自ら信奉する「セント・マグス教」の教えを人々に説いた。

 セント・マグス教は一神教であり、絶対神テラが、人の一生から宇宙の運命まで、全てを決めるとしており、「神の審判」も、テラによる人類への試練だと、ラルヴァンダードは説いた。

 ――絶対神テラを讃え、自らの欲望を捨て神に捧げる者は、救いを得られる――。

 人々はラルヴァンダードの説法に心酔し、セント・マグス教は瞬く間に大陸中に広まった。


 ラルヴァンダードは人々から財を集め、大陸交易路の中心、人と豊かな品々で栄える街に、大教会を築いた。

 ――ホルミスダス大聖堂。それは、大陸中から腕利きの職人を呼び寄せ、あらゆる芸術の粋を集め、煌びやかに黄金で装飾された、絢爛極まるものだった。

 そして自ら、その大司祭の職へ就いた。


 その後のセント・マグス教の躍進は圧倒的だった。数多くの街を教義的支配下に置き、政治的にも強い力を持った。

 だが、中には独自の信仰を貫き、ラルヴァンダードに屈しない人々もいた。

 すると、セント・マグス教信者の中から有志が集まり、聖騎士団を設立、その街へ攻め込んだ。

 セント・マグス教では、絶対神テラ以外への信仰は神に逆らう行為とされ、「異教徒」を排除する行為は、神への忠誠を示す聖なる行為とされたためだ。

 聖騎士団の諸行は、目を覆うばかりの残虐なものだったが、信奉者たちは、テラへの忠誠を否定する「罪」へ対する「罰」を与えた正義の行いとして、彼らを賞賛した。

 圧倒的武力と狂信的暴力。それには逆らえず、心ならずも改宗する街も多く現れ、セント・マグス教は大陸の隅々までを支配下に置いた。


 こうして、ラルヴァンダードは大陸を統一し、ホルミスダス大聖堂にて戴冠を行い、「教皇」を名乗った。

 そして、西暦を改め、「大陸歴元年」とした。


 ラルヴァンダードはその後、皇国の支配を絶対的なものにするために行った事がある。

 それは、徹底的な「焚書」だった。

 「神の審判」以前の書物を、発見次第焼き尽くし、過去の歴史を封印した。そして、書物の提出を拒む者、焚書に異を唱える者は、一族もろとも火に投じられた。

 それから何世代もの時が流れ、口伝での記憶も失われ、この世界の歴史は、セント・マグス教の教典が全てとなった。

 これにより、ラルヴァンダード皇国の治世は絶対的なものになり、以後九百年余りにわたり続く事になる。


 ラルヴァンダードの死後、その偉業を讃え、その名が冠せられた「聖都ラルヴァンダード」。

 時は流れ、その都からの旅人が、ある目的を果たすため、大陸交易路の西の終点「マハナイム」に辿り着くところから、この物語は始まる……。

続く

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