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エト・エウトクタ
作:隆伊



デモニアック


4 デモニアック
 亮太は兄の帰りを待っていた。喉が渇きお腹がすいたが、もう水も食料もなくなっていた。電気のついてない自動販売機にコインを入れたが、飲み物が出てくることはなかった。だぼだぼのズボンをはいた、いかにも不良っぽい金髪の少年が、バールを手に言った。
「ボウズ。ジュース出してやろうか」
 亮太の返事も待たず、少年は自動販売機の鍵穴に細いピンを入れカチャカチャとこね、カパッと開いた開閉部の隙間にバールをこじ入れ、器用にねじり、バキッと音をたて扉を開いた。なかはジュースの山だった。冷えてはいないが。一本を亮太に投げて渡し、
「芸は身をたすく、だっけ。まさか、こんな風に役に立つとは思わなかったぜ」と笑った。亮太も笑みを返した。コワイおにいちゃんかなと思ったが、いい人みたいだ。
 あっという間に、その場は黒山の人だかりとなった。飲料を求める人が、押し合いへし合い。バールを手にした少年は呆れ顔で、「俺は自分の分は取ったからもういい。お前ら、好きにしな」と吐き捨て立ち去った。
 押し合う人のなかにも入れず、遠巻きに見ている少女がいた。亮太より少し年上。長い髪、内気そうな瞳に桜色の頬。見るからに大人しそうなその女の子が、あの争いに入れるとは思えなかった。
「もう、半分しか残ってないけど……」亮太は自分のジュースを差し出した。
 女の子は「ありがとう」と言い、受け取った。
「わたし、仲井麻奈。あなたは?」はにかみながら言った。
「ぼく、亮太。ホンダリョウタ」
「あなたのお父さんは?」
 悪気があって聞いたわけではない。けれど、リョウタは答えられなかった。
「にいさんが言ってた。生きていれば、必ず会えるって。にいさんは今、電話を探しに行っている」
 そう……。悪いことを聞いてごめんなさい、と言い、寂しげな顔をした。
「わたしもパパとふたり。食べ物を探しに行ったわ……。ねえ、フェリー来ると思う?」
「来るさ。こんなに人が残っているんだもの」
 ふたりは海を見た。水平線のうえは赤い夕焼け。フェリーが来るまで、みんな無事だろうか……。いつの間にか、消えていく人がいる。
「ねえ」急に麻奈は明るい声で言った。「ゲームボーイ持ってる?」
 唐突な問いに亮太は思わず笑顔が出た。
「持ってるけど充電切れだよ」当然そうだ。
「わたしも」と言って麻奈も笑った。
「もしさ……。フェリーに乗れて、充電できたら、通信バトルしょう」
「いいけど。何の?」
「ポケモンは?」
「ぼくの手持ち強いよ」
「百レベル何体?」
 五体。わたしの勝ち。え、何体なの。十二体。凄いと驚く亮太に、
「本当は、半分は妹のなの」と麻奈。言葉を詰まらせる。それだけで、何があったかわかってしまった。
 亮太は、何も言えず、空を仰いだ。ぽつんと口から出た。
「ポケモンがいるといいなあ……」
 麻奈の顔が亮太のほうをむく。
「そしたら空を飛んでどこでも行けるのに……」
 麻奈も思わず微笑んだ。
 後ろのほう、遠くで物音がした。ドラム缶が倒れるような音。ふたりはふりかえった。駆けてくる数人の人。その姿を見て麻奈が言った。
「パパ……」夕陽の逆光を受け、目を凝らす。その後ろにいるモノ。たくさん……。
 蜥蜴に似た顔。大きく裂けた口に無数の牙。長い腕の先に鋭い爪。腰から下は獣皮に覆われた毛むくじゃらの足……。
「パパ!!」麻奈が鋭く叫んだ。その声は、父親の耳に届いた。
「麻奈、逃げろ」そう叫ぶと、彼は娘を守ろうと向きを変えた。獣の爪が易々とその体をとらえた。その場に引き倒される。血しぶきがあがる。数頭の獣が群がる。
「いや、いやあ。パパ!!」駆け寄ろうとする麻奈を、亮太は必死で抑えた。どうしたらいい、……どうしよう。化け物はいっぱいこっちへ来ている。おにいちゃん……どうしたら。
 声が聞こえた。
「早くっ!! こっちへ来るんだっ!!」ふりかえれば、さっきの金髪のおにいちゃんだ。フェリー乗り場のビルの入り口で手をふっている。他の大人もみんなそっちへ走っている。
 亮太は泣きじゃくる麻奈の手をひき走った。たどり着くと大人たちに奥へ押し込まれた。「女子供は奥へ」誰かが叫んでいた。建物は鉄筋コンクリ、だが全面硝子張り。しかも入り口は自動ドア。通電していない今、閉じない。自然、人が盾となる。
 なかには、自分だけ助かればいい、そう思う人間もいた。そいつらは人を押しのけ奥へ逃れた。が、大多数の大人の男達は勇敢だった。己が身を盾に獣の群れに立ちむかった。手にした得物はバールや鉄パイプ。中に自衛隊員が数人いた。別府には演習地がある。そこで被災して隊を離脱した者達だ。当然、自動小銃を持っている。アサルト・ライフルだ。八九式小銃。乱射した。が、獣はよけた。
「クソ。弾をよけるという噂は本当だったんだ」ひとりが呟いた。
 次の瞬間には、最初の一匹が躍りかかっていた。台尻で殴り倒した。が、津波のように押し寄せた。血しぶきがあがった。その、血の噴水を突き破るようにして、何匹も人垣のうえに跳びこんできた。手当たり次第に喰らいつき、その鋭い爪で人を引き裂く獣。窓ガラスも破られた。悲鳴があがる。
 亮太は状況がまったくわからなかった。おみやげ物を売る台の上によじ登った。周囲が見えた。地獄。身動きできない、逃げることも叶わない人達に襲い掛かる牙と爪。飛び散る血。べっとりと血で濡れた髪の毛。強烈な、その臭い。悲鳴と泣き声。みんな、死んじゃう……。その時。
 轟音。雷が落ちたと思った。それもすぐ近くに。だけど、その音は立て続けに響いた。建物の外で、粉々に飛び散る獣が見えた。木端微塵に。飛び散る肉片のさなかに見たのは。
ハーフメット、黒いフィールドジャケット、そして見たことない刀を手にした兄の耀。
その兄が、刀をふるう。手が見えない。魔物が木端微塵になる。爆音がとどろき、周囲の魔物が転がる。
「おにいちゃん……」
「あなたのお兄さん?」気づけば麻奈が横に立っていた。息をのみ、涙の滲んだ目を驚き瞠っていた。
 建物に入り込んでいた化け物達が退いた。いっせいに、耀の方へ向かっている。その数、二十匹くらい。すぐに取り囲まれた。
「おにいちゃんが、殺されちゃう……」












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